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007 一番弟子、食堂で再会する

「うわぁ……なんだこれ!」


 食堂はとんでもなく混んでいた。

 それこそデシルですら間をすり抜けて通るのが困難なほどに。

 今日は試験日ということで在校生は授業が休みである。

 しかし、そもそも受験者数がいま在籍している生徒の総数より圧倒的に多いのだ。


 他に受験生が時間を潰せるところと言えば外か医務室かトイレくらい。

 そして時間は昼頃とくれば食堂が混むのは致し方ないことだ。

 この日のためだけに増築するわけにもいかない。


(座るところはなさそうかな……。でも、カウンターは比較的スムーズに動いてて食べ物自体は受け取れるみたい)


 食堂では調理パンのような持ち運びやすいメニューも用意されているので、それだけ購入して他の空いた場所で食べることも出来る。

 ちなみに料金は無料だが、普段の食堂に比べるとメニューの数は減っている。


(何にしようかな……あっ!)


 デシルはあるメニューの写真に釘付けになる。


(ハンバーグだ!!)


 デシルは肉料理が好きだった。

 特にハンバーグは食べやすくて、それでいて肉々しさもあるお気に入りの料理だ。

 家でもよく大きめに形どった物をじっくり焼いて食べていた。

 お気に入りのソースはデミグラス。煮込むより焼いたものに後からかけるのが好みだ。


 食堂のハンバーグはどうやらソースが選べるようで、その中にはデミグラスもあった。

 学生が食べるものということでサイズが大きく、フライドポテトもついてくる。ライスも大盛だ。

 デシルの中にはもうハンバーグを食べる以外の選択肢はない。


 すぐさま列に並び、おなかを鳴らしながら順番を待つ。

 そして注文を終えた後番号札をもらい、出来上がりまで待つ。

 熟練の技と魔法が合わさった調理は素早い。

 すぐにデシルのもつ番号が呼ばれ、出来たて熱々のハンバーグを受け取ることができた。


(で……これをどこで食べるの?)


 トレイの上にはハンバーグに大盛ご飯、サラダにスープまで乗っている。

 食器類は返却しなければならないし持ち出し禁止。

 このとんでもなく混んだ食堂の中でどうにかして食べなければならないのだ。


(食堂の天井は高いし、空に浮かんで食べれば……。いやいや! そんなのお行儀が悪いし目立ちすぎる! それにこっちはスカートなんだから!)


 人との関わりが少なかったデシルも恥じらいの感情は持ち合わせている。

 それに控えめな性格ゆえ悪目立ちは避けたいという気持ちもあった。

 しかし、この混みようで空いてる席など……あった。

 正確には『ある人』の周囲だけ、その人を避けるかのように席が空いているのだ。

 その人にデシルは見覚えがあった。


「あ、オーカさんだ」


 赤い髪の女性が席に座って不機嫌そうに大盛のカレーライスをつっついていた。

 その威圧感というか、近寄りがたさは紛れもなく喫茶店で出会ったオーカ・レッドフィールドその人である。

 とはいっても、この混雑具合で彼女の隣を避ける人間ばかりだとは思えない。

 きっと何か理由があるのだと思い、デシルは近くの見知らぬ受験生に理由を尋ねた。


「どうしてあそこは空いているんですか?」


「えっ!? 知らないのかい? あの赤い女の人が見えるだろ? あの人はオーカ・レッドフィールドといって、とってもガラが悪いって有名なんだ」


 確かに相手を威圧するような話し方をするが、ちょっと褒めればすぐ気を良くするお姉さんとデシルは認識している。

 流石に近くで食事をとっただけで怒りだすとは思えない。

 喫茶店の時だってデシルが下心丸出しの目で彼女を見たから怒られたのだ。

 ただ、コーヒーとケーキを食べているだけで突っかかってはこないだろう。


「そ、そんなに悪いことをしてるんですか?」


「ああ……そもそもレッドフィールド家は有名な魔法道場を経営していて、彼女はその道場の師範の娘なんだ」


 オーカは師範家族の末っ子として生まれた。

 年の離れた末っ子ということでみな彼女をかわいがったが、誰も道場の後継者として考えてはいなかった。

 それに腹を立てたオーカは実力を示すため、兄たちをぶっ倒したり各地の魔法道場破りをしたりとやりたい放題。

 結果強いことはわかったが素行が悪いので道場の後継者にはできないと言われ、彼女は王都に飛び出てきた……らしい。


「そんな家庭事情までウワサになるものですか?」


「真実はわからない。ただ、彼女が強い力を持っていることは真実だと思うよ。名前からしてレッドフィールド道場の娘というのは確かだからね。行き場のない彼女に学園側から受験を勧めたって話もある。『赤土の狂犬』なんて二つ名まであるんだ」


「きょ、狂犬……」


 オーカを表すのにぴったりな言葉だとデシルも少し思ってしまった。

 ただ、犬は接し方を間違えればどんな犬でも牙をむく。

 逆に正しく接すれば狂っているように見える犬でもしっぽを振ってくれるかもしれない。


「キミも気を付けた方がいいよ。僕は怖くて近寄れないな……。実際いまも殺気が……」


「……お話ありがとうございました」


 オーカのことを話してくれた受験生に礼を言い、デシルはオーカの隣へと向かった。


「あっ、君……」


 驚いたような声も無視してオーカの隣に立ったデシルは静かに声をかけた。


「オーカさん、隣座っていいですか?」


「え……あっ、デシルちゃん! いいよ座りな!」


 スッと椅子を引いてデシルを手招きするオーカ。

 礼を言ってデシルはすとんとそこに座った。


「オーカさん、他の席も座っていいですよね?」


「いいんじゃない? あたしにダメって言う権利ないし」


 デシルの行動とオーカの言葉によって、どんどん空いていた席は埋まっていった。

 そして、二人の周囲で普通にご飯を食べたりお話したりする受験生であふれかえるようになった。


「ったく、私がそんなに怖いのかね……」


「やっぱり、わかってましたか?」


「こんな露骨に避けられたらわかるよ。でも慣れているし気にしてないさ。どこ行ってもこんな扱いだ。だからこそ、デシルちゃんが隣に来てくれて嬉しかった……あ、ありがと」


「いえいえ、当然のことをしたまでです」


 少し口調は荒いが、悪い人ではないとデシルは再確認した。

 あんな怪物を見るような目で見られ続ければ、誰だってそのうち本物の怪物になってしまう。

 殺気立つし、気持ちも暗くなって目つきも悪くなっていくのだ。


(私は誰かから『恐ろしい』という目で見られたことはない……。でも、きっと辛いってことはわかる)


 ハンバーグをもりもりと食べながらデシルは思った。

 この後の実技試験でオーカの気持ちが痛いほど理解できるようになることも知らずに。

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