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006 一番弟子、筆記試験に挑む

 オーキッド自由騎士学園入学試験当日、デシルはいつも通りの時間に起きた。

 つまり、早朝である。

 王都のホテルのベッドは家のベッドより少し硬かったが、これはホテルのベッドの質が低いわけではない。

 眠りの質にこだわる師匠シーファが用意した家のベッドが最高級の特注品なだけだ。


 起きた時、いつもと違う景色にデシルは少し戸惑ったが、すぐに体を起こし身支度を整えた。

 その後、ホテルのフロントでどこか体を動かせる場所はないかと尋ね、近くにある公園を紹介してもらう。

 一時間ほど公園の周囲を早朝ランニングしてる人々と共に走ってからホテルに戻り、軽くシャワーを浴びて食事をとる。

 普段の修行よりはずっとぬるいメニューだが、試験前に全力を出してはいけないことくらいデシルにもわかっていた。


(人に料理を作ってもらうって……すばらしいことだなぁ)


 自分で作って当たり前だったデシルにとっては、たとえお金を払っているとしても人が作った料理が運ばれてくるのが嬉しいことだ。

 そのことに感謝しつつ食べていると、自分でまた何か作りたい気持ちがわいてくる。

 しかし、今やるべきことは一つ。入学試験に合格することだ。


(ちょっと早いけど学園に行っちゃおう!)


 食事を終えたデシルは受付開始三十分前にも関わらず試験会場であるオーキッド学園に向かう。

 あくまで受付開始が三十分後なので、試験開始はさらに後になるがそれでも向かう。

 彼女は約束の時間が近くなるとソワソワして他のことが手につかなくなるタイプだ。


(早めに目的地に着いておいて、雰囲気を掴んでおかないとね)

 

 ホテルから学園は近い。徒歩移動ですぐに着いた。


(こ、これは……どこからどこまでが学園なんだろう……?)


 城壁ほどではないにしても巨大な壁に囲まれていて、一時的に感知魔法を発動すれば上空にも結界が貼られていることがわかった。

 その中には白く輝く校舎と広いグラウンド、他にも何に使うのかまだわからない施設がたくさんある。

 自然も豊かで今日朝一番にランニングした公園のような憩いの場も設けられている。


「とんでもないところに来ちゃったぞ……」


 思わず声を出して驚き、心から早めに来ておいてよかったと思ったデシル。

 彼女と同じような初受験者は他にもいて、みな口を開けて景色を眺めている。

 そんなライバルたちと学園の中を交互に見ていると時間なんてすぐに過ぎて受付が始まった。


 デシルはサッと並んで受付を終え試験会場へと向かう。

 午前中は筆記試験。

 いろんな国の大きな事件に歴史、魔法のこと、戦闘、モンスターや自然などなどいろんな知識がカテゴリー分けされていて、カテゴリーごとに決められた時間で解いていく。

 試験開始前に瞑想によって精神を統一したデシルは周囲に他の受験生がいる環境でも心を乱すことなく、すべてのカテゴリーを十分以上余裕をもって解き終えた。


 座学に関しては師匠はあまり口を出していない。

 問題集を買ってきて「解いておくように」と言っただけだ。

 ただ、最初の一度だけは「この日までに解いて見せに来い」と宿題のような扱いだった。

 それに対してデシルは期限よりもずっと早く問題を解いて師匠に見せた。

 以来、師匠は座学にあまり口を出さなくなった。

 怒ったわけではなく、言わなくても出来る子と判断したのだ。


(筆記試験は我ながら完璧かも。でも、筆記は覚えさえすれば解ける問題ばかりだし、学園の人が重要視してるのはやっぱり午後からの実技試験だよねぇ……)


 回答が回収され、口々に試験の出来具合を語り合っている受験生の中でデシルは一人冷静だった。

 無論、試験している以上筆記が軽視されているなんてことはないが、実技の方が重視されているのは確かだ。

 その情報はあらかじめ公開されているので、他の受験生たちもまだまだ緊張が解けていない。

 ここからが本番だ。


「キミ、筆記試験はもう終わったよ」


「えっ! あっ! すいません!」


 試験会場からはすっかり人がいなくなっていた。

 集中状態が切れておらず、周りの動きが把握できていなかったのだ。

 またやっちゃった……とうつむくデシルに声をかけた者が肩に手を置いた。


「調子が悪いのかい? 医務室なら開いているし実技試験まで時間も十分ある。ぜひ利用してくれたまえ」


 声の主は座っているデシルと目線を合わせるためにしゃがみ込む。

 色っぽいたれ目に泣きほくろ、鮮やかな唇が目を引く女性だった。

 オレンジに近い金髪を後ろで二つに縛るという髪形だけは妙に幼く、それがまたミステリアスな魅力を生んでいる。


 デシルには彼女が高い能力を持った人だということがなんとなくわかった。

 自信とそれを支えるだけの実力を持つ者は、それぞれ方向性は違えど人を引き付ける魅力を持っていると師匠から教えられていたからだ。

 目の前の女性の場合は容姿も美しいが、デシルには何より自分を見つめる優しい目に魅力を感じた。


「あの、ちょっと集中しすぎてただけなんで体は大丈夫です! ごめんなさい!」


「ふふふ、それならなよかったんだ。今は休憩時間で受験生に解放されている施設は食堂と噴水前のベンチ、後はお手洗いくらいだよ。前は体育館とかで実技に向けて魔法の調整も許可してたんだけど、その最中にライバルを蹴落とそうと攻撃を仕掛ける者も多くてね……。年々手口が巧妙化したから今は禁止しているんだ。すまないね」


「なにからなにまで説明してくださって本当にありがとうございます。私がぼんやりしていて聞いてなかっただけなのに……」


「よくあることさ。気にしないでくれたまえ。過去には試験中に緊張で倒れる受験生もいたんだよ。それでも合格してのちに優秀な自由騎士になった……つもりだけどね。まあ、君は試験中は堂々としていたから問題なさそうだけど」


「おかげさまで試験の方はなんとかなりました。次に備えて食堂で何か食べようと思います」


「それがいい。緊張で食べない子も多いけど、実技は魔力と体力を使う。動けないほど食べる必要はないけど、空腹では最後の方で差が付く。ぜひ何か食べてくれたまえ。何よりここの学食はおいしいからね」


「はい! あの、私デシル・サンフラワーって言います。お世話になったのでぜひお名前を……」


「私はルチル・ベルマーチ。この学園の教師をさせてもらっている。まだまだ若手扱いだけどね。デシル君が私のことを『先生』と呼んでくれる日が来ることを願っているよ」


 最後にルチルはデシルの背中をかるくさすってくれた。

 魔法は使われていないが、ほんのり体が温かくなったような気がした。

 そのぬくもりは食堂へ向かう廊下を歩いていても確かに感じられた。


(私の師匠は師匠だけですけど、先生は別枠です。ルチル先生……私もあなたのことを先生と呼びたいです)


 少し優しくされるとすぐ好きになる惚れっぽいデシルであった。

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