057 一番弟子、山を登る
「ハーイキング! ハイキング! 楽しいものですね! ただ山を歩くだけというのも!」
今日は林間学校最終日。明日は学園へ帰る予定になっている。
大きく成長を遂げたOクラスの生徒たちはもはや慣れ親しんだクランベリーマウンテンを登っていた。
この山はそれなりに標高が高く、山頂は遠くの王都も見える絶景ポイントだ。
生徒も騎士団員たちもみな自分のペースでゆったりと自然を楽しみながら山頂を目指していた。
「とはいえ、やっぱ山登りって体力使うなぁ……」
オーカは額の汗をぬぐってつぶやく。
クランベリーマウンテンの参道は騎士団によって整備されているが、その道は足で踏み固められているというか、手作り感満載だ。
完全な自然な山よりは登りやすいが、常人に気軽に楽しめるようにはなっていない。
「でも……ここまでやってきた山での授業に比べれば楽々よ……」
「山頂から見えるデルフィニウム王国が今から楽しみですわ!」
苦楽を共にした四人はワイワイ会話をしながら山を登る。
山の天気は変わりやすいというが、今日は特別快晴で雲一つない青空だ。
きっと、いい景色が見える。
そう思った矢先、あたりに霧が立ち込めたようにモヤがかかりはじめた。
「おっ、霧か……。湿気もなかったし、これは予想外だね」
「しかも、何かこの霧紫色っぽいような気がしますわ。体に悪そう……」
紫紺の霧……想像されるのは毒。
デシルは無言のうちにみんなを守る風のバリアを生成する。
「みなさんはここで待っててください。私が少し調べます」
一人バリアから出てその身に毒を触れさせるデシル。
みんなの心配をよそに冷静に分析を行う。
その結果出た答えは『麻痺毒』だった。
吸っても触れても死ぬような毒ではないが、しばらく体が動かなくなる。
殺意はなくとも悪意に満ちた霧が何者かによって拡散されているのだ。
それを察し、デシルはスッと風のバリアの中に戻り、みんなにこう告げた。
「敵です」
「……だろうねぇ」
キリッとした表情を見せるオーカにも内心動揺がある。
もう訓練ではない。
本当に悪意を持って戦いを挑んでくるものがこの山にいる。
そして、麻痺毒の散布という行動から、その目的は生徒の身柄の拘束にあるとわかる。
殺しが目的ならばもっといい毒がある。
「今から私が味方と敵の位置と数を探ります。そして、それを拡声魔法で山にいる全員に伝えます」
「パニックとか……起こらないかしら……?」
ヴァイスの指摘にデシルは一瞬腕を組んだが、すぐに「問題ありません」と答えた。
みなOクラスの優秀な生徒だ。少し慌ててもすぐに落ち着くはず。
それに敵がいるということを知らずに不意打ちを受ける方が危険だ。
デシルは宣言通りに感知魔法をフルパワーで発動する。
この山にいるすべての人間の位置を探るのだ。
個人の判別は難しい。
毒の霧には感知を阻害するジャミング効果もあるし、クラスメートならまだしも一緒に山に登っていたり警備をしている自由騎士団員の魔力の感覚はつかめていない。
だが、敵の判断はつく。
おそらく彼らは集団で動き、本来ならば行くはずのない山の険しい場所や見通しの悪い場所に潜んでいる。
そう考えて感知を広げると、四つの不審な集団を発見した。
一集団に十人近くもいる。生徒の班ならば騎士と一緒に歩いていても明らかに多い。
それにそれぞれ上手く一定間隔距離をとっている。
話を合わせていなければこうはならない。
考えがまとまったところで、デシルはその事実を拡声魔法で山に響かせた。
これは敵にも聞かれている。
むしろ、敵の方がびっくりしてパニックになっているかもしれない。
こちらから攻めるなら今のうちだ。
「私は今から風上にいる霧の発生源を叩きに行きます。みなさんは少し山を下ったところにいる他の班と合流してください」
「デシルさん!? 一人でそんな正体のわからない方と戦うのは危険すぎますわ!」
「はい、でも私が戦って危険な相手はみんなに危険なんです。だから、みなさんは他の人たちを守ってあげてください。この班には実技ナンバー2とナンバー3、それに回復のスペシャリストがいるんです。きっと誰かの助けになるはずです。お願いできますか?」
林間学校に来てからのハイテンションなデシルとは違う。
急に大人びたようなクールな対応。
オーカたちはその言葉に静かにうなずいた。
彼女たちは強い。だからこそ、デシルと離れてみんなを助けるのだ。
「じゃあ、ささっと行ってきます。すぐに霧は晴れると思いますけど、極力吸わないように。この班には私以外風魔法が使える人はいませんが、キャロさんの鎖とヴァイスさんの闇魔法は多少有効です。あと、ここから一番近い班にはマリオンさんがいるはずです。上手く協力してあげてください。彼女はのんびりした人なんで、きっと今パニック気味なはずですから」
そう言ってデシルは光の残像を残し消えた。
デシルの心は熱くなっている。
今こそ自分の判断でみんなのために戦う時なのだと。
それでいて頭はクールだった。
冷静な判断こそが人を救うのだと知っているから。
倒すべき敵を見据えるその目はかつての大賢者を思わせる鋭さだった。
● ● ●
「よし、山全体に上手く広がっただろう。まったくとんでもない作業だ……」
クランベリーマウンテンを紫紺の霧で覆った張本人。
A級犯罪集団『病魔の鉄鼠』のリーダーは一息つく。
彼は禁術とされている毒魔術を扱う危険な男だ。
魔力を使って体内に含んだことがある毒を再現することができる。
つまり、即死するような毒は扱えない。
しかし、もう一つの得意魔法である水魔法を発展させた霧魔法により、広範囲に毒を素早くまき散らすことができる。
さらには霧状の毒は体に浸透しやすく通常よりもよく効くのだ。
これを応用すれば薬の広範囲散布や素早く効き目を出すことにも使える。
だが、彼はそんなことを考えない根っからの悪だ。
目的は生徒の誘拐だが、そのためには山に住む動物に毒を吸わせることもいとわない。
環境への悪影響も考えないそんな男だ。
「それにしても本当にオーキッドにケンカを売っちまったぜ。あの学園の制服を着せたまま生徒を売りとばしゃ大金が手に入るだろうが、今まではあまりにも危険すぎた。だが、今は違う。あいつの持ってきた兵器は素晴らしいもんだ。国自体にケンカを売っちまってもいいかもな!」
同意を求めるように周囲の部下に話しかけた時、それはやって来た。
光のような速さで。
「雷光鞭!!」
光と稲妻のムチがリーダーの男を除いた九人に直撃。
そのまま彼らは意識を失った。
目にもとまらぬ早さとはこのことだ。
誰一人ムチが自分の体に触れたことすら理解できなかった。
神経がそのことを頭に伝達する前に、鞭の雷が先に脳にたどり着いてその機能をショートさせてしまった。
「あ……あ?」
自由騎士で言えば全員B級に匹敵する部下たちが全員倒れている……。
リーダーの男は油断しているようで感知魔法は常に展開していた。
A級犯罪者集団が犯罪中に油断はしない。
そもそも、彼は霧のように拡散させる魔法が得意なだけあって、感知の範囲も広く敏感な方だ。
しかし、その存在は想像の遥か上をいった。
「動くな。首が飛んじゃいます」
男はいつの間にか首に冷たいものが当たってることに気づく。
珍しい形をした片刃の剣、極東の国の刀と呼ばれるものだ……などと妙にどうでもいいことを考えていると、再び声がした。
「さっき言ってた『兵器』のことを話してください。言わないと……」
バチバチと雷がスパークする音が響き、男に濃い影を作り出す。
背後で光と雷の魔法を発動せんとしているのだ。
しかも首には刀。
男は毒を扱えても体を毒そのものには変えられない。
首を切られればそれまでだ。
「兵器と言うのは……」
男は両手を上げ、完全に降伏した状態ですべてを語った。




