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056 一番弟子、料理の腕を披露する

 林間学校は特に問題なく進んでいた。

 大きな怪我もなければ、病気をする生徒もいない。

 みな山での実戦訓練で何か刺激を受けたのか、例年よりやる気に満ちた林間学校になっていた。


 しかし、毎日訓練ばかりでは面白くない。

 人間、どうしても疲労がたまるし飽きもくる。

 そこで林間学校四日目の午後は授業はなし!

 お昼から自由時間、そして夕方からは班対抗お料理バトルが開催されることになった。


 テーマは林間学校らしく『カレー』。

 材料は騎士団側が用意している。

 過去には山で材料を集めて対決なども行われたらしいが、毒のある物を持ち帰ることが多く今はやっていないらしい。


 となると、料理対決の結果は班のメンバーの料理の腕だけで決まることになる。

 この勝負にデシルは燃えていた。

 やっと自己紹介の時に言った料理の腕を披露する時が来たのだ。

 寮の部屋にはキッチンがなく、自炊は出来なかったので本当にやっとだ。


「うおおおおおおおおおーーーーーーーっ!!!」


「何やってるのデシルちゃん……?」


「野菜を切るシミュレーションです! 久しぶりなんで! 野菜は鮮度が命! 長い間温かい手で触ると質が落ちます! 一瞬で……切る!」


「へ、へぇ~……」


 班の仲間たちも引くほど熱くなっているデシル。

 彼女にもこういう一面があるのかとオーカは思った。

 そして、『戦いに熱くなるあたしもみんなにはこう映っているんだなぁ……』とちょっぴりだけ反省した。


 だが、本当のデシルの熱血が発揮されるのは本番が始まってからだった。


「では! 私は一番大変な野菜の玉ねぎを切ります! オーカさんはジャガイモ! キャロさんはお肉を! ヴァイスさんは切れた野菜をどんどん炒めてください!」


 お料理バトルは班ごとに戦う。

 生徒たちの五班に加え、騎士団側もお料理担当四人を一班として送り込んできた。

 計六班でそれぞれカレーを作り、騎士団員たちを審査員として一番を決める。


 順位が出るのは一番だけで、それ以下は発表されない。

 あくまでもお遊びの対決。

 最下位の班を公開してガッカリさせる必要はない。


 ただ、一番は発表されるのだ。

 ならば、一番を取りたい。本気で!

 デシルはそう思っていた。


「オーカさん! ジャガイモの皮が残りすぎです! それに切った大きさもバラバラすぎます! これじゃあ火が均等に通りません!」


「ご、ごめん……」


「キャロさん! 包丁の持ち方が剣の持ち方になってます! 両手で持ち手を握る必要はありません! そんな振りかぶって切ったら危ないですよ!」


「あ、あら、そうですの……?」


「ヴァイスさん! 炒めてるものは混ぜないと焦げちゃいます! 木べらを使ってパッパッと混ぜてください!」


「パッ……パッ……」


 箱入り娘三人があまりにも料理が出来ないというのもあるが、デシルの言葉もかなりきつくなっている。

 そのことに気づかせてくれたのは、騎士団のお料理班に入れられていた団長アルバだった。


「デシルくん、炎のように熱くなっているね。熱いのはカレーを煮込む鍋だけで充分さ」


「は? あっ、ごめんなさい……どういうことですか?」


「ぐっ……下手な例えだったね……。まあ、何が言いたいかっていうと、そんなに焦らなくても時間はあるさ。確かにダラダラ料理を作ると素材の鮮度が落ちで味も落ちるけど、誤差の範囲さ。その誤差はみんなで楽しく料理を作った思い出で埋められる。だから、お料理になれてないお嬢様方に少し時間をかけて教えてあげればいいと思うよ」


「そ、そうですね……。私久しぶりのお料理で気合が入りすぎちゃいました……」


「気持ちはわかるさ。それに彼女たちは料理に慣れてないどころか料理を知らないかのような料理スタイルだからね……。誰だって多少のお小言を言いたくもなるよ」


「でも、あんまりキツくならないように教えてみます! ありがとうございましたアルバさん!」


「いいよいいよ。さて、俺も調理に戻るか」


 デシルはオーカたちに向き直ってまずはここまでの発言を謝罪した。


「すいません! ちょっと言いすぎました!」


「気にしてないよ。それよりジャガイモはこんな感じでいい? 皮残ってるとやっぱダメ?」


 オーカは皮をむくという細かい作業にイライラしてきたのか、さらに荒い仕上がりとなっている。


「包丁は使いにくいですわ! 短剣ならば多少心得がございますし短剣で切りましょう!」


 キャロラインは懐から綺麗な装飾がちりばめられた短剣を抜く。


「パッ……パッ……。これもしかして同じとこばかり混ぜてる……?」


 ヴァイスはゆっくりぐるぐる混ぜるだけで焼けているのは同じ面だけだ。


「……………………」


 デシルが少しの間真顔で無言になる。

 無意識のうちに師匠譲りの無言の圧力が出てしまった。


「や、やっぱこれじゃダメだよね! もうちょっと頑張ってみるよ!」


「ほほほ……やはり料理に使う刃物は包丁でないと! 短剣を使うなんて冗談ですわ!」


「混ぜる混ぜる……!」


 その三人の姿を見てデシルは笑顔を取り戻した。


「はい! その調子で頑張りましょう! 私もコツを教えていきますね!」


 なんとか冷静さを取り戻したデシルの指導は的確だった。

 野菜の切り方、肉の切り方、炒め方……。

 どれも見違えるほど上手くなった。

 そして何より優しさを重視した指導は、三人のお嬢様に料理の楽しさを教えることができた。

 いろいろあったものの、カレーが完成したときには四人で大いに喜んだ。


 その後、みんなで食事会が行われた。

 各班のカレー料理は多めに作られているのでお替り自由。

 全部の料理を少しずつもらって食べても良い。


「むっ、この平たいパンのようなものは……ナン! 異国の料理をこんなところで食べられれるなんて!」


「このカレー、ライスが入ってないよ。あっ、これはスープなのねぇ」


「ルーがない。でも、ご飯がカレーの色してるし、これもカレーなんだわ」


「カレーパンまでありますのね。美味しいですけど、この短時間でパンを焼いてさらに揚げるなんてことよくできましたわね……」


 みな思い思いに食事を楽しみ、結果発表の時。

 デシルたちは自分たちの作った王道のカレーライスも食べていた。

 多少大きさがバラバラでもよく煮込んで火が通っている野菜。

 大きめに切っていあることで食べ応えがある肉。

 そして、デシル魂のスパイス選択。


 自分で作ったという贔屓をなしにしてもカレーライスは美味しかった。

 どこの料理にも負けていないと思うが、他の料理も美味しかったということに嘘はつけない。

 誰が勝っても恨みっこなし。

 はたしてその結果は……。


「一番投票が多かった班。つまりベスト・オブ・カレーは……一班です!!」


「一班! 一班……一班? 私たちは何班でしたっけ!?」


「一班だよデシルちゃん! おめでとう!」


「えっ!? やったああああああ!!」


 見事デシルたちの班が一番になった。

 味はどの料理も最高だったが、やはり王道のカレーライスだ。

 単純に強い!

 誰も文句なしの一番である。


「デシルやったね。デシルと料理するの楽しかったわ。それに……私も自分たちのカレーが一番だと思ってた」


「おめでとうデシルさん。いい勉強になりましたわ。お料理なんてやってもらえばいいと思ってましたけど、単純に趣味として楽しめる奥深さがありますわね」


「みなさん……嬉しいです! 勝ったことももちろんですが、みんなでお料理できたことが嬉しいです! またやりましょう!」


 ちなみに一番になったことによる特別なご褒美はない。

 ただ一番という称号だけが褒美である。

 これに景品を付けると遊びじゃなくなるという、騎士団側の粋な計らいだった。

 おかげでデシルは純粋に料理を楽しむ心を思い出すことができた。

 料理は誰かのために作るグッと美味しくなるのだ。

 そして、誰かと一緒に楽しんで作っても美味しくなると知ることができた。




 ● ● ●




「うーん、よかったよかった!」


 アルバは後片付けの最中でそう独り言を言った。

 上手く若い子を導くことができてホッとしているのだ。


「それにしても、今回のお料理バトルの最下位ってどこなんだろ? 票はとったから、学生たちに公開しないにしても結果は出ているはず……」


 アルバは急に自分の班の順位がどこなのか気になり始めた。

 そして、集計担当の団員を説得し、その結果を見せてもらった。


「……俺たちの班が最下位か!」


 アルバたち『深山の山猫』のお料理班は最下位だった。

 近くにいた団員たちが団長を慰めようと声をかける。


「ま、まあ、俺たちは団長の料理を良く食べてますし……。珍しさと言うか……」

「それに票は学生に入れてあげないとね……」

「単純にみんな美味しかったですし、偶然ですよ!」


 団長はしばらく無言だった。

 それを凹んでいると思いあたふたする団員たち。

 しかし、アルバは凹んでなどいない。

 むしろ、喜んでいた。


「ナイスだみんな! 意図を伝えなくても理解してくれてたんだな。俺たち騎士団の班はもし何かの手違いで全体の順位がバレちゃった時、学生の班を最下位にしないための保険さ! 俺の料理が誰にも負けないくらい美味しいってのは俺がよく知ってるさ!」


 団員たちはホッと胸をなでおろした。

 投票にそこまで深い意図はなかったが、とにかく団長が上機嫌で良かったと思った。


「……もしかして、本当に俺の料理が最下位だったり? 言ってくれていいよ?」


「一番美味しかったです!」

「当たり前でしょう!?」

「意図を察しただけです!」


 無理な気遣いではなく本心である。

 ただ、今回は本当に学生の料理も美味しかった。

 差があまりなかったので無意識に学生の班に投票したいという気持ちが強くなっただけなのだ。


「お前たち……ありがとう!」


 こうして班対抗お料理バトルは幕を閉じた。

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