051 一番弟子、お菓子をふるまう
「くっ……流石に移動の速さだけなら、地魔法使いのあたしより上がいくらでもいるか……」
オーカ・レッドフィールドがクランベリーマウンテンに現れたのは昼前。
全体の順位で言うと二十人中の七位である。
実技二番手を自負する彼女もスタミナだけでなく効率的な移動力を試されるこのマラソンでは好成績を残せなかった。
「はぁ……はぁ……デシルさんに強化魔法を習っていなかったら最下位でしたわ……」
キャロライン・メディカルテがクランベリーマウンテンに現れたのは昼過ぎ。
順位は十四位となった。
彼女の一番の得意魔法は移動にも向かないが、移動の疲れを癒すことができる回復魔法だ。
これで疲労をごまかしつつ、デシルに習って形になり始めた強化魔法を使って移動を続けた。
キャロは魔力量は非常に豊富なのでこの魔法を使いまくる移動法にも耐えられる。
「ぐはっ……ノ……ノーコメント……」
ヴァイス・ディライトがクランベリーマウンテンに着いたのは大きく昼を過ぎた後。
順位は最下位の二十位。
彼女が最後だということで撤収してきた休憩所や給水所の団員たちに応援されてのゴールとなった。
こうなってしまった原因はやはりスタミナのなさである。
以前に比べれば体力はついた方だが、そもそもがなさ過ぎたのだ。
Oクラスは優秀な生徒の集まりで、常人に比べればスタミナが多い者ばかりだ。
マラソンとなれば闇魔法もそこまで力を発揮しない。
ある意味当然の結果ともいえる。
とはいえ、収穫がなかったわけではない。
ヴァイスは闇魔法に発生する引力を使って、前へと自分の体を引っ張ることを覚えた。
思いついたのが終盤だったのでフラフラしながらの使用となったが、それでも効果はあった。
これからの林間学校でそれを魔法として煮詰めていくつもりだ。
「ヴァイスさんお疲れ様です! お菓子……は食べれる状態じゃないですね……。ちょっと危険な感じなので回復魔法を使いますね!」
頭に白い三角巾、体にはひまわりが描かれたエプロンを身に着けたデシルが倒れこむヴァイスの側に膝をつく。
その横にサッと同じように寄ってきたのはキャロだ。
「回復なら私にお任せあれ。得意分野ですから」
「そうですね! キャロさんお願いします!」
「各関節が熱を持ちすぎていますし、筋肉もズタズタ……。内臓も悲鳴を上げていますわ。最後の方で置いて行かれていることに焦ってペースを崩したのかしら……まったく! 気持ちはわかりますけど!」
キャロは袖からシュルシュルとピンクゴールドに輝く鎖を伸ばしてヴァイスの体に巻き付ける。
そして、鎖を通じてピンクの回復オーラを流し込む。
これは『命の鎖』と呼ばれるメディカルテ家に伝わる魔法道具である。
代々回復魔法を得意にしてきたメディカルテ家が長い年月を費やして作り上げた物で、回復魔法を増幅する効果を持つ。
また、治したい部分に巻き付けることでそこだけに魔法を集中させ、無駄な魔力の消費を抑えることも出来る。
さらには回復魔法使いの宿命である戦闘能力の低さをカバーするため、非常に頑丈に作られている。
ムチのように振り回したり、体に巻き付けておけば簡易的な鎧にもなる。
名家にはこういう非常に優れた魔法道具がいくつかあるものなのだ。
そして、オーキッドに入れるような優秀な子どもに託されることが多い。
「あ……楽になってきた……」
「完全に回復させたり、痛みを無理やり抑え込んだりしても体に負担がかかる……。ですから、ちょっとの疲労感は残ってしまいますわよ。これからは無茶をしないように」
「はい……わかった……」
むくりと自力で起き上ったヴァイスは、デシルとキャロに案内されて他の生徒たちがご褒美のお菓子を食べている場所に移動する。
「おっ! やっときたのかヴァイス! 遅かったねぇ!」
そこにはバクバクとお菓子を食べまくるオーカがいた。
流石はスタミナのオバケといったところで、到着後少し息を整えてからずっと食べ続けている。
お菓子を作った団員たちも『すごいなぁ……』といった目で彼女を見ていた。
「まだまだこんなもん……。これからよ……これから……」
「ふっ、その調子でいてくれないとなぁヴァイスは! ライバルとして張り合い甲斐がない」
「この林間学校でもっとスタミナをつけてやるんだから……」
「まっ、今は食べな食べな! デシルちゃんが作ったこのクランベリーのタルト美味しいよ」
「デシルが……いただきます……」
ヴァイスは小さい口でタルトをかじる。
「おいしい……!」
「ありがとうございます! 皆さんにそう言っていただけて私も嬉しいです! 団員さんにも褒められたんですよ~」
「料理の腕でも敵わないけど……マラソンの後にお菓子を作る余裕があることにも驚きよ……」
周囲の人間はみな『そうだそうだ』と言わんばかりにうなずく。
「いやぁ~師匠と一緒にいた頃は修行の後にご飯を作るのが当たりでしたので、むしろ普通というか慣れているというか」
「流石デシルね……。おかげでみんな美味しいお菓子を食べられるわ……」
「ほめてもらえて嬉しいです! でも私はお手伝いしただけで、お菓子を作ろうと言い出したのは『深山の山猫』の団長さんなんですよ! 少し話しましたけど信用できる人だと思います。いまはどちらに……」
キョロキョロと視線を巡らせて団長アルバを探すデシル。
発見した彼はいままさにかつての同級生ルチルと話をしているところであった。
デシルたちは耳を澄ましてその会話を聞く。
「久しぶりだなルチル。まさかAランクに上り詰めた同世代のホープが若くして教師になるとは今でも驚きだ」
「もとから教育者志望だったのでね私は。でも、実戦経験のない騎士の教えなど若い子たちには響かないと思って実績を作っていたのさ」
「作ろうと思って実績が作れるお前はやっぱりすごいよ。俺なんてまだBランクだ。焦りを感じてしまうな」
「年齢を考えるとBも十分すごい。上にもうAとSしかないのだよ。Sは特殊な立ち位置だし、Bは実質最高の一歩手前さ。それに君だって実績は十分だし、人々のためになることをたくさんしていると思う。今回、林間学校の手伝いを引き受けてくれたこともそうさ。胸を張ってくれたまえ」
「ルチルにそう言われると、自信ついてきたよ」
デシルたちは『流されやすい人だ……』と思った。
でも、それだけ人の意見を真剣に受け止めているのかもしれない。
やはり良い人という評価は正しく思えた。
「それでこれからの予定のことなのだけど、準備は整ってるかい?」
「ああ! ちゃんと地形をそれ用にいじくって準備万端だ! 山という特殊な環境で行うプロとの四対四陣取り対決! きっと戦いを通して生徒たちにも自分の課題が見えてくるはず! 団員の方も見えちゃうかもしれないけど……」
「うむ、では試合の順番はどうしようか?」
「それは一応マラソンで早くゴールした子のいる班から行おうと思ってるよ。早く到着していればそれだけ体力を回復する時間もあっただろうし。まあ、一位と最下位が一緒の班にいた時がかわいそうだけど……」
「私もその案に賛成だ。きっと良いお手本になる試合を見せてくれるよ」
ルチルは視線をデシルの方に送って微笑んだ。
そのルチルにつられてデシルを見たアルバの顔はひきつった。
一番手に選ばれた四人の生徒は、おさげの女の子一人を除いてみな戦いを待ち望むかのような顔をしていたからだ。
そして、その中にはあの規格外の金髪美少女もいる。
(あっ……そうだった。あまりにも現実離れした子だったから脳が無意識に忘れようとしてたけど、あの子が一番だったんだ……。一試合目からせっかく整えた地形がぐちゃぐちゃにされそうだ……。でも、仕方ない! かわいい後輩のために俺頑張ってまた整えるよ……!)
アルバはこぶしを握った。
騎士の才能がなければ詐欺にでもあいそうなお人好しなのである。
いや、この性格が何よりの才能なのかもしれない。
ただ、そんなこともつゆ知らず、デシルたちは派手に暴れる気満々だった。
「四対四で山の地形を生かした陣取りですか。詳細なルールが早く知りたいところですね!」
「対外試合と言えば、王国騎士との親善試合以来か……。あの時は泣かされたけど、今度は泣かすくらいでいってやろうじゃん!」
「万全ではないけど……負けないとも思う……。闇の力は昔より深さを増しているもの……」
「み、みなさん、その自信はどこから湧いてきますの……。相手はプロだというのに! でも、私も自分の殻を破るためにこの班に入ったのですから、活躍して見せますわ!」
高まる四人のオーラ。
騎士団員の一部は気づき始めていた。
今年のオーキッドは強い……と。




