005 一番弟子、オシャレな喫茶店で問題児に会う
「ここが王都……の大通り!」
デシルはたくさんの人が行きかう王都の大通りを道のはしっこから眺めていた。
石で綺麗に舗装された道路、鮮やかだが派手すぎない色合いの建物、楽しそうに歩く王都の人々……どれも彼女にとって新鮮な光景だった。
「ここでしばらく眺めててもいいんだけど、私にはいきたいお店がある!」
ガイドブックを開いて目当ての店への道順を何度も確認する。
その店は広い王都の中にいくつも同じ店を抱えるほどの人気で、コーヒーや紅茶、その他季節の飲み物や軽食を提供しているいわゆる喫茶店だ。
今大流行しているというわけではないが、王都の住民なら喫茶店と言えばここの名前が最初に浮かぶほどポピュラーな存在だった。
デシルは料理が一番の趣味と言っていいほど好きだ。
王都に来たらいろんな料理を食べて知識をたくわえ、師匠にこれまでよりもっとおいしい料理を作ってあげるというのも一つの目標なのだ。
そのためにはまず誰もが認めるおいしい店に行かなくてはならない。
(夏休みには師匠でも「おいしい!」と叫んでしまう料理を作って見せますからね! そのためにおいしいものを食べに行くんです! もちろん、私がただ食べたいから行くというのもありますけど!)
デシルは行動を開始した。
押し寄せる人の波も彼女にとっては容易に避けられる障害物。
一度もぶつかったりお見合いになることなく目的の店へとたどり着いた。
「さてと……」
この店は席に座る前にカウンターの店員に欲しい商品を注文しなければならない。
カウンターの上に設置されたメニューをよーく読んで、欲しいものを決めてからデシルは列に並んだ。
彼女は戦闘以外のことに関しては優柔不断な方で、並んでから欲しいものを考えると焦ってしまう。
「ドリップコーヒーとシフォンケーキで」
お金は師匠からたんまり渡されているので何を注文しても問題ない。
とはいえ、初めてきた店なのでまずはシンプルなメニューを頼む。
他のお客さんが飲んでいる見た目も派手な飲み物も気になったが、試験に合格すれば王都にとどまるのだからいつでも飲めると自分に言い聞かせた。
注文の品を受け取ったデシルはテラス席に座る。
そこからは外の景色が良く見えるのだ。
「いただきまーす!」
何も入れていないブラックコーヒーを口に含むデシル。
(おっ、ブラックはちょっとカッコつけすぎたかなって思ったけど案外飲みやすい! 長く続いている人気店は誰もが楽しめる味に仕上がってるってことなんですね!)
続いてシフォンケーキも食べる。
こちらも生クリームがちょこんと乗せられているだけの非常にシンプルな一品だ。
(んっ! ふわふわだ! それにほんのりとした甘さがコーヒーの苦みで引き立つ! 我ながら初来店で完璧な組み合わせを発見してしまいました!)
都会の食べ物に感動するデシル。
リュックからガイドブックを取り出し、それを片手にコーヒーをすする。
まるで店の常連のようにふるまうが、読んでいる物のせいで完全におのぼりさんだとわかってしまう。
こういう姿が王都の各地で見られるようになると、住民たちは春の訪れを感じる。
オーキッド自由騎士学園の入学試験というのは季節の風物詩になっていた。
「あっちい! それに……にがぁい」
デシルの近くの席に座っていた女の子がコーヒーを飲んで顔をしかめていた。
ゆったりとウェーブのかかった赤い長髪、鋭い目、ラフな格好にはだけた胸元。
その足元には大きな荷物が置かれており、テーブルの上にはオーキッド学園の学校案内書があった。
(わぁ、あの人も私と同じ受験生なんだ。苦いもの苦手なのかな? スタイルいいなぁ……特に胸が大きい……。谷間っ……もうちょっとこっち向いてくれたら……)
デシルは親しみを感じて女性をじっと見る。
その視線はあまりにも露骨だった。
「おい、何見てんだ?」
赤髪の女性はガンッとコーヒーカップをテーブルに置き、デシルの方までドカドカと歩いてきた。
立ち上がるとその背の高さと肉付きの良さで相当な威圧感がある。
「ひっ! ご、ごめんなさい!」
デシルは彼女の怒気にひるんだわけではない。
この程度ならばちょっと不機嫌な師匠の方が怖いからだ。
ただ、他人をいやらしい目で見てたことに負い目を感じて小さく震えていた。
「なんであたしのこと見てた? 言ってみ?」
「そ、そのオーキッド自由騎士学園の入学案内が見えたので、同じ受験生だなって……」
「へぇ、あんたも受験生なんだ? 名前は? 年は?」
「名前はデシル・サンフラワーです。年は十二歳です」
「十二か……それにしては結構発育が良い方だな。どこの道場から来た?」
「ど、道場? ちょっとよくわからないです……」
「誰に魔術とか武術とかを教わったのかってことさ。呼び方はなんとか塾とか、なんとか部屋とかいろいろある。オーキッドはそこら辺の学園とは違って誰かに基本的なことを教わらないととてもじゃないが入れない。あんたにも師匠くらいいるんだろ?」
「はい! 師匠はいます! 名前は言えませんけど!」
「個人塾か……。誰がやってるのか気になるが、まあ言えないことを吐かせようとはしないさ」
「た、助かります……」
デシルはいきなり師匠との約束を破ることにならなくて心底ほっとした。
「あたしはオーカ。年は十五歳」
「じゅ、十五歳!?」
「なんだぁ……文句あんのか?」
「い、いえいえ! すごく大人びててスタイルも良くてお綺麗だったので私見とれちゃってたんです! まさか私と三歳しか違わないなんてまったく思わなくて……」
「あたしが……綺麗?」
「はい!」
デシルの嘘偽りない本心だった。
もっと大人の女性だと思っていたし、鋭い目に強気な表情はデシルの好みだ。
「ふぅん、そうかそうか……。あたしの魅力がわかっちゃうとはなかなか見る目あるじゃん! 流石私と同じオーキッドの受験生! きっとあんたの師匠も名前が出せないくらい大物なんだろうね! いやぁ、立派な人だ!」
「は、はい!」
「あたしの周りの奴らときたら、あたしのことを狂犬だの問題児だの怪物だの酷いこというんだ! でも、やっぱり都会にはわかる人がいるんだよ。かわいい子には旅をさせろってね。地元から出てきてよかった!」
デシルを持ち上げるとギュッと抱きしめるオーカ。
驚いたもののデシルは大きくて柔らかい胸に顔をうずめられてまんざらではない。
(師匠のより大きい……はっ!? 私なんてことを……! でも、これは抗いがたい魅力……)
もっとその感触を楽しみたかったデシルだが、突然オーカが体をはなした。
そして彼女はどかどかと自分のテーブルへと戻っていく。
「良い子のデシルちゃんにはプレゼントあげよう! あたしはちょっと用事があってもう行かないといけないから、気にせず受け取ってくれよな!」
オーカは自分のブラックコーヒーを持ってくるとデシルのテーブルに置いた。
完全に飲めなかったから押し付けた形である。
「じゃあね! デシルちゃん! きっと受かるさ! あたしが言うんだから間違いない!」
「は、はい……」
オーカはテラス席から道路へ飛び出て人ごみの中に消えていった。
代金は先払いなので食い逃げではない。
「あ、嵐のような人だった……。狂犬っていう周りの評価はきっと悪口じゃなくて本当の事なのかもしれませんね……」
デシルは冷めかけのコーヒーを魔法で温めなおし、自分を落ち着けるようにゆっくりと飲む。
苦みと酸味が緩んだ頭を引き締めてくれる。
「でも、もし二人とも学園に受かって、向こうが私のことを覚えていてくれたら友達になれるかも」
自分から人に声をかける性格ではないデシルにとって、向こうから話しかけてくれたオーカはとてもありがたい存在だ。
話し方はかなり荒っぽかったが、それもまた彼女の魅力と思えばいい。それにスタイルも良い。
「あなたもきっと受かりますよ、オーカさん。学園で会いましょう」
オーカとの出会いを大切にしようと思うデシルであった。
次回から入学試験編です。
一応学園ものなので入学するまでは更新頻度高めでいきたいと思っております。