030 一番弟子、怒る
第三試合、騎士団長アズール・マリガンとオーカ・レッドフィールドの試合はデシルの応援むなしく一方的なものだった。
「私が普段言っていることを守っていればこんな娘に後れを取ることはないはずなのですがね……」
「よく言うよ……。純粋にあんたは圧倒的じゃないか……」
アズールの武器は長い槍だが、それはあくまで魔法発動の補助にしか使われていない。
実際の武器は彼女の周囲に浮かべられた無数の水球である。
これが攻撃に防御にと自由自在に動き回るのだ。
敵にぶつければ水の振動を加えた強い衝撃が走り、盾にすればオーカの生成する岩よりも硬い。
現時点でオーカに勝てる見込みはまったくない相手……王国の騎士団長とはそういう存在なのだ。
「なぜ私の育てた騎士たちが負けたのか……。それはあなたが若くて美しい女だからです! だから嫌いなのです、若い女は!」
「否定はしない……。ただ、だからって鼻の下伸ばして油断する奴が悪いんだよ……。それこそ団長さんの教育が……」
「黙りなさい! この大きな胸が! くびれた腰が! 丸い尻が! 目障りです!」
口に出した部位に順番に水球をぶつけていくアズール。
発言は大人げないが、その魔法操作能力と威力は圧倒的だ。
デシルに教わった見えざる防御結界も簡単に砕き、オーカをバトルフィールドの端っこへと追いつめる。
「美人も得なばかりじゃないねぇ……。ということでそろそろ……」
オーカはフィールド外に出ることで試合を終わらせようとする。
限界まで戦った。悔しさは残るが、もはや勝ち目はない。
自らの実力を把握して引くことも大事だと自分に言い聞かせて……。
「従順なる水球よ! 我の命に従い逃れる敵を捕らえる檻となるのです! 水球の檻!!」
しかし、アズールはそれを許そうとはしなかった。
流れる水のようなよどみない詠唱でバトルフィールドを覆う水のドームが生成される。
キッチリ白線に収まるサイズ。この水のドームを越えなければ場外には出れない。
オーカは残ったわずかな魔力で赤土隆起撃を発動する。
だが、薄く見える水の壁は硬く、貫くことは出来なかった。
「ちっ、水の癖にどうしてこう硬いのかね……。わかったわかった降参だよ。もうこっちには打つ手がない。あんたの勝ちだ」
アズールが場外に出る自分を止めた理由は、その口から「降参」と言わせたかったからだとオーカは考えた。
なので素直に敗北を認める。
言い方は置いといてその気持ちに嘘はない。
ただ、それではアズールの怒りが収まらなかった。
「何よりうっとおしいのが……その整った顔! そして、生意気な口が気に入りません!」
叫びとともに繰り出されたアズールの拳がオーカの顔面に直撃する。
鈍い音と短い悲鳴を発してオーカが吹っ飛び、水の壁に激突した。
それでもなお水球の檻は解かれない。
「あなたも性根を叩きなおしてあげます……。敗北を心から認めればもっと別の言い方ができるでしょう……」
アズールが血が滴る鼻を抑えるオーカに追撃を入れようとしたその時、一迅の風が水球の檻を切り裂き向かい合う二人の間を走り抜けた。
「そこまで……いや、やりすぎですよアズール殿……」
「私の水球の檻を詠唱もなしに一撃で……流石Aランク自由騎士と言ったところですね」
教鞭をアズールに突きつけ、普段決して生徒には見せない感情をあらわにするルチル。
その怒気に気圧されアズールはオーカの降参を認め、第三試合は終了した。
「すまないオーカくん、もっと早く止めに入っていれば……」
「いや……いいんだ。むしろ最後まであたしを信じてくれて……ありがとう」
ルチルに支えてもらいながらフィールドの外へ。
すぐにデシルは駆け寄って回復魔法をかけようとする。
が、オーカはなぜかデシルが近寄ってくるのを嫌がった。
「だ、大丈夫だからこれくらい……。ほら、体の本来の治癒力を高めるためにほっといた方がいいよ……」
「そんな! じゃあ、せめて血だけでも止めさせてください!」
「いや、いいって……」
何故それほどまでに治療を嫌うのか、デシルは察してしまった。
オーカは薄っすらと涙を浮かべているのだ。
「あっ……」
「ちょ、見ないでって。少しビックリしただけなんだから……」
デシルは何か今までに味わったことのない感情が心の奥底からあふれ出てきたことを感じた。
衝動的にオーカに近寄ると顔を隠す手を払いのけて無理やり治療を始める。
「誰もオーカさんを笑ったりしませんから」
「う……」
怪我は全体的に軽いものだった。
どこも骨は折れていない。
「回復魔法ですか。その程度の怪我に大げさなことです」
まだイライラが収まっていないアズールのネチネチとした嫌味を言う。
「レッドフィールドの道場は私も知っています。あなたがそこの娘であるということも。そして、道場破りを趣味にしていたことまで把握しています。ふふっ、笑えますね。その程度の力ではとても道場の師範クラスは倒せないはずなのに。きっと有名な家の娘さんだから手加減をしていたのですね。可愛い子ですもの。きっとわざと負けてあげることも苦じゃなかったはず」
「……」
「赤土の狂犬なんて言われていますが、結局はしつけがなってない犬というだけです。名門と謳われるレッドフィールドも子どものしつけは甘かったと……。いや、そういえば王国騎士団の入団テストにレッドフィールド道場出身者は毎度何人かいましたね。ふっ、まあだいたい大したことありませんし、そもそも道場が……」
「やめて……。あたしのことは何言ってもいいけど、家のことは悪く言わないで……」
大粒の涙を流しながらアズールを睨みつけるオーカ。
普段は見せない弱った姿にデシルの心はさらにざわつく。
「ふん、泣けばいいと……」
「それ以上私の生徒を侮辱するのはやめていただきたい」
ルチルがアズールに詰め寄って教鞭を胸元へと突きつける。
教鞭はルチルの武器でもある。
それを胸元、心臓に突きつけるという行動は決して軽いものではない。
「おっと、私は彼女の減らず口とたるんだ精神を指導していただけですよ」
「確かにオーカくんの口は悪いです。担任として認めざるを得ません。しかし、あなたの行動は指導ではなく、ただ鬱憤をぶつけているだけにしか見えません。それを続けると言うのなら……」
「言うのなら……どうでしょう? ここはひとつ私とあなたで直接戦ってみませんか? 私、あなたには大変興味があるのです。若くしてAランクの自由騎士となり、人々からの信頼も厚いあなたに。ぜひともその実力を知りたいのです。まあ、教師となってなまっていなければいいのですが……」
「むぅ……!」
ルチルもまだまだ若い。
アズールの挑発に思わず「受けてたとう!」と返事をしてしまいそうになる。
だが、そのセリフが放たれる前に別の人物が二人の会話に割り込んできた。
「ルチル先生、次は私が出ます」
「……デシルくん」
デシルはすでにバトルフィールドに入っていた。
返事など気にしていない。彼女は戦いたがっている。
だからこそルチルは迷った。
怒ったデシルを見たことがないから、何をしでかすのかまったくわからない。
しかし、もう言って引き下がることはないだろう。
「これはあくまでも王国騎士と生徒との親善試合です。ルチル先生が出るまでもありません。私がやります」
「う、うむ……」
デシルは普段に比べると抑揚のない話し方をしている。
ルチルにはそれが必死に怒りを抑え込んでいるように見えた。
「そうですか……あくまでも生徒たちに決着をつけさせるというわけですね。わかりました。ふっ、彼女も泣くことにならなければいいのですがね」
アズールの言葉をもはや誰も聞いていない。
デシルは怒りで、ルチルは心配で耳が塞がっている。
そうとは知らずアズールは悠々とバトルフィールドの定位置につく。
「アズール殿、審判は私がやります。私がやめと言ったら試合をやめること……わかりましたね?」
「構いませんよ」
「デシルくんもわかってるね?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
アズールが何をやろうがもはやどうでもいい。
ルチルはとにかくデシルを止められるかどうかだけが不安だった。
だからと言って、このままオーカの仇がとれぬまま親善試合を終わらせることも、教師である自分が出しゃばって決着をつけるのも間違いだと思った。
(私は教師だ。生徒たちを導き、間違ったことをしていれば止める……! デシルくんの怒りはよくわかる。でも、君が本気を出してしまったらとんでもない事になるんだ!)
教師としてのルチルの戦いも始まる。
ゆっくりと息を吸いながら旗を上にあげ、振り下ろした。
「はじめっ!」
異変はすぐに起こった。
試合を見守ろうとまっすぐにバトルフィールドの中央を見据えたところで、ルチルの体は動かなくなってしまったのだ。
その仕組みはわからない。しかし、原因はすぐにわかった。
(デシルくんの足元から光の波紋が!?)
静かな水面に水滴が落ちた時のような円形の波紋。
それがデシルの足元から何重にもなって発生し、地面に広がっていくのだ。
これが体の動きを封じる魔法だというのはわかる。
しかし、その仕組みはルチルにもまったくわからない。
ただ確かなのは、この場で動けるのはデシル自身だけだということ。
デシルはゆっくりと歩いてアズールの元へ向かっていく。
いつもの愛らしさがまったくない鋭い目、固く握りしめられた拳……。
ルチルはただ人の命だけは奪わないでくれと祈ることしかできなかった。
そして……。
「この……バカァーーーーーーーーーッ!!!」
デシルの拳がアズールの顔面に直撃した。
目にもとまらぬ速さでアズールの体は吹っ飛び、訓練場を取り囲む石造りの壁にめり込んだ。




