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014 一番弟子、学園長に呼び出される

(どう考えてもへネスのせいですよね……。いや、もしかしたら師匠の書いた書類に不備があったということも……。師匠が文字書いてるとこあまり見たことがありませんし)


 学園長室は施設案内の際に紹介されていたので迷わず向かうことができた。

 ちなみにオーカは連れてきていない。

 呼び出しに友達を連れていくことは良くないと本能的に思ったからであった。

 オーカは寮に戻ってデシルの帰りを待っている。

 一人では迷子になりそうと言うので、後でデシルが迎えに行って一緒にご飯を食べる予定だ。


(それにしても学園長ってどんな人でしたっけ。たしかピンク色の髪をした美しい女性だった気がします。丸顔でとっても優しそうだったから、そんな怒らない人だと良いんだけど、そういう人ほど怒ると怖いなんてお話よくあるし……)


 不安になるとデシルは無心で体を動かす。

 危うく学園長室を通り過ぎようとしたところでデシルは我に返り立ち止まった。


「し、失礼しまーす……」


 大きな扉を開けて中に入るデシル。

 次の瞬間、何者かにいきなり抱きしめられた。


「む、むぐぅ!?」


 緊張から察知魔法を無意識に展開していたにも関わらず、それをかいくぐって抱き着いてきた存在にデシルは目を見開いて驚く。

 そんなことができるのは師匠ぐらいのはずなのだ。


「あぁ……デシルちゃん……。会いたかったわ!」


「が、学園長先生!?」


 抱き着いてきた者の正体はデシルを呼び出した張本人、学園長マリアベル・オーキッドだった。

 桃色の髪からは本物の桃の匂いがふわりと香り、その頬は桃のようにほんのりピンク色をしている。


「あ、あの、こんにちわ! えっと、それでなぜ私をお呼びに……」


「ふふっ、本当に謙虚な子ね。師匠のシーファとは似ても似つかないわ。まあ、出来の悪い親の子はしっかり者になるって言うしね」


「し、師匠のことをご存じなんですか!? あっ、でも師匠は出来が悪くなんてありません!」


「ごめんなさい、あなたの師匠を馬鹿にするつもりじゃなかったのよ。でも、あの人料理とか家事とかぜんぜんできないでしょう? 全部デシルちゃんに任せっきりだったんじゃない?」


「はい……それは事実です……」


「やっぱり! 変わってないのねそういうところは……」


 昔を懐かしむように遠くを眺めるマリアベル。

 その横顔は美しく、話しかけていいものか困ってしまうような荘厳な雰囲気があった。


「あっ、自己紹介が遅れたわね。私はマリアベル・オーキッド。この学園の創立者であり現学園長よ。そして、大賢者シーファ・ハイドレンジアとは古い友人なの。まっ、向こうが今も私を友達と思ってくれてるかはわからないけどね」


「師匠のお友達なんですか! 師匠にもいたんですね、人間のお友達!」


「あはははははは!! そうよね! あの人友達いなさそうだもんね! だって無口だもん!」


 師匠に友達がいたことを大いに喜ぶデシルの姿がツボに入ってしまったマリアベルはしばらく笑い転げていた。

 それが落ち着くと、机の引き出しの中からアルバムを取り出しそれをデシルに見せる。

 そこにはデシルの知る師匠よりほんの少し若い師匠の姿が映っていた。相変わらずの仏頂面だ。

 隣にはこれまた少し若いマリアベルもいる。こちらも今と同じくほがらかな笑顔だ。


「これがシーファね。どう? 今もこんな感じ?」


「はい、少しだけ年をとっているように見えますけど大体こんな感じです。このムスッとした表情を今もよくしています」


「そう……なんか嬉しいな……」


 マリアベルは目に涙を浮かべている。

 それに驚いたデシルはただあたふたすることしかできなかった。


「ごめんね……。もう何十年もシーファの行方がわからなかったから、今も元気にしてるんだと思うと嬉しくってね……」


「だ、大丈夫ですよ! 師匠は今もとっても元気です! 元気すぎて困っちゃうくらいです! 私なんてまだまだ足元に及ばないですし!」


「ありがとうデシルちゃん……」


 マリアベルはぱたんとアルバムを閉じてまた同じ引き出しにしまった。


「ふぅ……シーファとは連絡を取れるの?」


「はい! お手紙でやりとりしています!」


「そうそう、へネスが来てたのよね。不死鳥だけあってあの子も変わらないわね」


「あの、学園長のお手紙も一緒に届けてもらいましょうか?」


 デシルの提案にマリアベルは数秒間真剣に悩んだ後、静かに口を開いた。


「嬉しいけどやめておくわ。シーファとはまず直接会って話したいし、その機会はそう遠くない気がするの。その時まで長年溜まった思いはとっておくわ」


「そう……ですか。また、気が変わったらいつでも言ってください」


「ごめんね、こんなことで呼び出しちゃって……。思いが抑えきれなくて……。でも、これでかなりすっきりしたわ。ありがとう! これからは私のことなんて気にせず学園生活を楽しんで。たまにシーファのことを話してくれると嬉しいけど、何よりもあなたを慕ってくれる友達との時間を大事にしてね」


「はい! でも、もし時間できたら学園長先生にもっと師匠のことをお話しします! だって、勝手にいなくなった師匠のせいで学園長先生は寂しい思いをしたんですから! 師匠の責任は弟子の責任です!」


「ふふふっ……本当に良い子ね、あなたは」


「良い子に育ててくれたのも師匠なので、ややこしいですね……ふふふっ。あっ、そうだ! これからオーカさんと食堂にご飯を食べに行くんです! 学園長先生も一緒に食べましょうよ! それなら学園長先生との時間も、友達との時間も大事に出来ます!」


「ありがとう。でも、今日はお友達と食べなさい。だって、初めてなんだからね。それに私も結構な年なの……。若い女の子の中に混じるのは純粋に勇気がいるの。わかってくれるかしら?」


「は、はい……」


 そこは踏み込んではならないと察したデシルは引き下がり、マリアベルに見送られて学園長室を後にした。

 遠ざかっていくまだ小さな背中を見つめてマリアベルはつぶやいた。


「シーファ、あなたのあの子への愛情が伝わってくるわ。あなたも丸くなったのね……。すぐにでも会いに行きたいけど、放置に放置を重ねられてから尻尾を振って会いに行くのもちょっとプライドが許さないわ。絶対あなたを引きずり出してやるんだから……うふふ」


 ねっとりとした粘り気のある笑い声とともにマリアベルは窓の外を見つめた。

 夕暮れの空、赤い太陽の光を受けて不死鳥が飛んでいた。

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