003
話を六年前までさかのぼる。
一二歳の俺には、遠い親戚の幼馴染がいて、彼女はヴェロキア・ディケイオという名だった。愛称はヴェル。子供の割には、人前では無邪気さが少なく、落ち着いた奴だった。いわゆるオマセってやつだ。
だけど、正義感は無駄にあった気がする。俺もそんな彼女に対して尊敬はしていたが、彼女は俺の前では子供らしい一面を見せることもあった。
――というか、俺の前では子供じみた(子供だったが)仕草を見せることの方が多かった。俺が尊敬していたのはあくまで猫かぶりをしていたヴェルのことであり、普段のヴェルは、立場の同じ、幼馴染であり、親友でもあり、妹のような存在に近かった。決して姉ではない。
閑話休題。事件が起きたのは、その年で、故郷に春一番が吹いた翌日だった。強風が収まり、日差しの温もりが少しずつ強くなってきた頃だったのは鮮明に覚えている。
「ねぇ、・・・・・・キ、起きて」
意識を眠りから引きずり起こそうとする声。徐々に近づく。……徐々にとかいう生半可な速度ではない。疾風の如く速さで。というか、朝から耳元で大声出すな頭に響く。大きくなる声は眠っていたい欲をかき消し、無理矢理に意識の覚醒を導く。
「起きて! 起きて! 起き「うるせえちょっと黙ってくれ!」
悲鳴を上げるよりも早く、毛布が取っ払われ、舞う銀髪がわずかに垣間見えたと思ったら、わき腹に衝撃。げへえ、と気の抜けた呻きが喉から。
「朝っぱらから、わき腹に突っ込まないでくれよヴェル! あと踏むな!」
「ロキ君が起きないのが悪い」
「いや、起きてるからな!? 毛布から出ていないだけで」
「うるさいもう冬じゃないんだから早く起きてご飯食いなさい起きないなら、踏み続け「すいません起きるからやめてくれ!」
朝から騒がしいのはいつからだったか。物心ついた時から朝はうるさかった。・・・・・・この習慣が四年後に復活することをこの時の俺は知る由もないがそれはまた別の話。
寝ぼけ眼を擦る。無駄に眩しい陽光が窓から差し、その奥に雲の存在を許さない青空が広がっていた。
「なにぼーっとしてるの。早く顔洗いなさい!」
「朝だけはうるさいよな、ヴェルは。俺の前じゃ、まわりで見せてるオマセな姿なんて見せないくせに」
「朝だけは、ロキも子供だからね仕方ないね」
「いや、俺はちゃんと起きてるんだけど」
どうやら聞く耳を持たないようだ。俺をまたぐようにしてのしかかっていたヴェルはベッドから飛び跳ね、さっさと出て行こうとする。振り向きざまに、
「水汲みするから、井戸集合ね! サボったら朝食作らないからよろしく!」
朝から元気だな。なんて呆れ笑いが漏れる。
朝食抜きは御免だったので、ヴェルの後を付いていくことにした。
井戸は水底まで透き通って見えた。まず一汲み。滑車を引く。井戸のそばで待ち構えていたヴェルが桶を縛っていた麻縄を解いていく。地下で冷やされた水で顔を洗えば、たちまちに目が冴える。
「早い内に持っていかねえとな、桶。ヴェルが飯を作ってくれないからな」
尻に敷かれているような気がする。
「まあ、朝食なんざ、最悪俺が作ればいいわけなんだけど」
「ロキは、スクランブルエッグしか作れないからね」
「それだけは極めた」
「だけなんだよなあ……」
さもつまらなそうな目でこっちを凝視しないでほしい。ほら、瞳にトーンが入ってない。
「料理もろくにできないのに『俺が作るから』って八〇%のキメ顔で言うものじゃないの」
「一〇〇%のキメ顔とは言わないあたりにも悪意を感じたが」
振り回されているのは、自覚済み。ちなみに俺自身が料理についてからきしなことも自覚済みだし、その理由の全てはヴェルにあるのだが。
「すべて、お前の料理が上手いのが悪い」
「褒め言葉じゃん、それ。……桶、全部運び終えたらいつもより美味しい料理作ろうかな?」
海老で鯛を釣ろうってか。海老と鯛とか全く食ったことないが。ヴェルの方は、既に桶を持っていない。というか俺の家へ向かって歩みを進めていた。
「早く、ね! 御飯が冷めちゃうからさ!」
「いやお前も手伝えよ!」
聞く耳を持たないようで、どんどん彼女は井戸から遠ざかっていく、してやったり、と言わんばかりのずる賢い微笑を浮かべながら。無論、やられてばかりじゃ仕方がないので、
「俺だって、少しは料理が上手くなったんだからな!!」
「……ほう」
ヴェルの笑みが悪賢いものから、挑発に。軽やかだった足を止め、再び――今度もまた足取りは軽く、飛び跳ねるように――こちらへと歩いてくる。
「具体的に、どんなものな「サンドイッチ! 具はハムエッグと卵の二種類!」
「それは料理と言えないよロキ! 残念だったね!」
「……まさか、お前のような一流の凄腕で可愛くて美しい料理人が、サンドイッチの真理を知らないだと……!?」
「可愛い……! 美しい……!」
「いや気にするのそこかよ!?」
「気を取り乱した。後で覚えてなさいな、ロキ」「勝手に勘違いして勝手に八つ当たりは止めてくれ!」
――閑話休題。
「俺がサンドイッチを薦める理由は、二つだ」
「一つは簡単だからでしょ?」
「でももう一つは分からないはずだ」
家計に優しいとか、種類が豊富で食べていて飽きないとかヴェルは答えてきたが、そういうことじゃない。もっと単純な、
「二人で作れた方がいいんじゃないかな、って思ったんだ」
「……そうしたら、自然にロキ目線で料理をしないわけで」
「恥ずかしながら、そうなんだよな。それに、いつもヴェルに任せっきりだと俺が料理できないままだからな……」
「その時は、私に養ってもらえばいいじゃん。ロキは筋肉で物事を解決してればいい」
まあ、力があっても臆病だから、まだまだ私には釣り合わないかな――ニヤニヤと、小悪魔的な微笑を浮かべる幼馴染には、いつになってもかなわないだろう、きっと。
結局、二人で水桶を運んだ。終始、僅かながら頬を赤くしていたヴェルの口数は少なかった。いい機会だからからかってやろうかと思ったが、もしその表情と動作が芝居だったら、返り討ちに遭うだろうから止めておいた。
――実に、平和ボケした朝だった。毎日のように過ごしているこの集落の風景、空の青。周りに広がる山林の青々とした色彩。
ガキの頃は、実に外の世界を知らなさ過ぎていたと、帝国に来てから、何回か回顧したことがある。子供だから、村の外に一人で出ていくことはまずできなかったし、仕方がなかったのだろうが。
せめて、――せめて。自分の一歩が出るのがアイツよりも早ければ。俺は、苦しむことを忘れられただろうに。
街をかたどる色彩が崩れたのは、俺とヴェルがサンドイッチを食い終わって、洗濯を始めようとした時だった。
無事に食事を作り終える。ちなみに母親は朝から鍛冶場で鉄を打っている。
父親に関しては、諸国をまわって母親の作った武具を売り捌いている。要するに、ヴェルが母親がわりというこの状況。幼馴染なのに。なんなら妹分だが。姉貴分は断じて認めない。
不本意だが、そもそも自分の家事スキルが低いのが原因なのだ。一人っ子のヴェルはちょうど、遊び相手が居なくて困っているので俺にしたって彼女にしたって利益を得ているのだ。
「今日の飯は、二重丸ってところかな? 上出来だよロキ」
「上から目線の評価ありがとうほんと可愛くないなそういうところ」
「仕方ないでしょ? まだ初歩的な料理なんだから」
「ふてぶてしい幼馴染を見返したいから、明日も料理教えて」
「私は大歓迎だけど、くれぐれも酷評で挫けたりしないでね、みっともないから」
「できれば頭ごなしで否定するのとかは止めてくれよ?」
考えておくよー、って気の抜けた返事。絶対聞いていないだろ、と疑ったが、それもまたヴェルである。マイペースに身勝手なのはどうしても一人っ子だから仕方がなかろう。俺自身も一人っ子だから同じようなものだ。
だが、他の幼少なガキの前では姉貴分としてしっかりしている。俺なんか、ガキから弄られる方が多い情けない兄貴分だ。――その分、二人でいるときは、いつも抑えているものを俺にぶつけてくるわけだが、仕方ないってことだ。
簡単な朝食は終わった。今度は、寝間着を地下水が溢れそうなまでに盛られた桶ですすいでいく。俺とヴェルは、背中合わせで作業をしていた。
ふと、山の方へ目を向ける。細くたなびく黒煙。俺の故郷は小さな村で周りは小高い山々で囲まれている。都会から訪れる客は(母の鍛冶場を訪れる者くらい以外には)滅多にいない。大人たちが狩りへ出かける日でも無かったことも相まって、違和感が倍加した。
なあ、ヴェルあれは――言いかけたところで、細かった煙の勢いが急激に強まる。焔が燃えているのが木々越しに見て取れる。山火事が起きる程の気温じゃない。轟轟と木々が燃えていく音にヴェルも気付いたようで振り向いて、俺の肩越しで煙の咆哮を見やる。
「嫌な予感がする」
ヴェルの、短い声は震えていた。
「いつか、本で見たことがある――これって」
言い終わる前に声は掻き消される。足音が一〇……どころじゃない、数にして数百だろうか。村の周りを囲むように、林から出てきたのは、ボロ切れを纏ったいかつい男衆、蛮族。
「あの煙は、狼煙――、山賊」
「とりあえず、何でもいい。マズいのは分かったから、早く家に入るぞ!」
男たちの気配からして人間の理性を持ったそれではなく、本能剥き出し、いわば獣のような眼光だった。一瞬でも気を許してみろ、きっと何かしら危ない目に遭うだろう、言葉では形容しがたいような。
桶に突っ込んでいた手を放す。冷水に浸っていたからか神経が鈍くなっているが気にせず、振り向きざまにヴェルの手を取る。
「急ごう、まずい気がする」
ヴェルがたじろいだような気がしたが、構う暇は無さそうだった。家に飛び入り、ドアを閉め、鍵をかける。外で、何かしらの足音が重なって、重く響いて、近づく。――母親に、忠告されたことだが、非常時には、キッチンにある調理用具置き場に地下倉庫へ続く隠し扉があるから、襲われる前にそこに逃げ込みなさいと言われたことを思い出す。
「ヴェル、少しだけ魔法を使っててくれないか? 時間稼ぎが欲しい」
「いいけど、どんなやつ使うの?」
「窓の外から家の中が見えなくなるような」
「光の遮断、かな?」
「そんな感じ。俺が補助の魔法をかけるから、完全に見えなくしろよ。さもなくば、命はないかもな」
「ロキの補助じゃ心許ない」
「いや普通に使えるわというか文句言うな!」
言葉では、緊張感なさ過ぎな演出をしているヴァルだったが、声震えている、緊張はしている(口に出さないのは面倒臭いことになるしそもそもそんな暇があったら体力消費しないように最小限で魔法を使わないように無駄口を叩くな)
ヴェルの魔法が展開――対象は、家中の窓へ。魔法の補助をしながら、逃げ道の手配をする。食器類を掻き分け、マンホール上の円盤を見つける。金属製でところどころが錆びた円盤を持ち上げ、横にずらす。梯子が真下に伸びている。
「よし、逃げる準備はできた。先にヴェルが行け。入り口を塞いでから俺が続くから」
「憶病なロキに先を譲るよ?」
「ヴェル、お前の肝が据わっているのは認めるが、洒落言ってる場合じゃない早く逃げろ! 足震えてるの隠しきれてないしな!」
いきなり叫ばれたからか、ビクッとヴェルの身体が震えていた。だが、次の瞬間、踵を返し、身を屈める。器具置き場の奥に向かってきたヴェルの顔にはいつものような不真面目さは微塵も感じられない。
「……わかった。ロキ、入り口塞いだら合図をお願い。魔法を解除するから」
「了解」
円盤の奥に隠された梯子を下り始めるヴェル。山賊が襲ってくるのも時間の問題だ。周りの調理器具を元の状態に戻して。
「ヴェル。魔法の解除、頼む」
返事は無かった。梯子に手を掛けてからずらしていた円盤を元に戻す。地下に続く避難経路に闇が広がる。足場を外さないように、慎重な足取りで地下倉庫へと進んでいく。
先程まで近くで感じられていた少女の息が、まっさらに消えていた。どこまで下ればいいのだろう。闇の中、平衡感覚がつかめないまま、梯子から手を離さないことだけを考えようとした。だが、
(足場がない)
気付いたまでは、良かったのかもしれない。だが、そこで運は尽きた。
梯子を握っていた腕が空回り――、いや。長年使われていなかったから錆び切っていたのだろう。梯子の持ち手が壊れた。宙に舞う身体。無重力という恐怖。
だがその恐怖はすぐに終わった。幸いなことに、目の前に地面が存在していたのだ。おかげで軽く尻もちをついただけで済んだ。だが、近くで待機しうているはずの、ヴェルの姿が見えない。吐息すら聞こえない。完全な静寂は不気味さを増幅させる。闇の中、誰もかれもが死んでいるような空間。
「ヴェル……、どこにいるんだ…………?」
返ってくるのは反響した自分の声のみ。相変わらず無機質な世界が精神を逆撫でしてくる。逆撫で? そう、逆撫でだ。あくまで見栄っ張りの、であるが。身体の震えが止まらないのは、恐怖の感情が引き金となっている。
さっきまで減らず口叩いていたヴェル。その気配が瞬時に消えた、それもまっさらに。
何故だか、走らなければならない気がした。手元に火の玉を浮かべるが、辺りを隅々まで見渡せるほどのものは作れない。倉庫の大きさがどれほどなのか、齢十二の少年には見当が付くはずなかった。だから、駆け抜けた。もしも、ヴェルに何かあったとしたら。
「何が……、何があったんだ…………⁉」
呼吸が乱れる。肺が酸素で満たされることない。立ちくらみがした。朝食のサンドイッチを吐き出しそうになったところを抑えて、ひたすら暗中を見回す。灯りという灯りは手元にしかないゆえ、一面の漆黒だけが視界を塗りつぶす。
ふと、足元に奇妙な感覚があった。水溜りのような。
ふと、鼻梁にこびりついた鉄錆の臭い。
静かな呻き声、少女の声。
ヴェルが苦しんでいる。声の方向へ、火の玉を近づける。奇妙なまで大量の汗をかいたヴェルの悲痛な表情が窺えた。頬には血糊が飛び散っている。
「大丈夫、か……?」
答えはない。痛みを苦しむヴェルの耳に、俺の声は届いていなかった。
焔で照らされた視界、ヴェルの身体に視線を移し、そして、
流血。刃物。人肌。蹂躙。吸着。蛭。肉塊。腹。
えぐれて、えぐれて、えぐれて。――腸の一部がぬるり、と。
込み上げる胃液。期間を焼き切りながら、喉元からこぼれ出る。抑えようと両手で口を塞いだが、吐瀉物は流れをとどめない。小麦の生地、卵の具、ハム、あとは黄色の強酸…………、混ざり混ざって異臭を放つ液体が、塞いだ両手から零れる。意味が、分からなかった。俺が、地下へくだる間に何が起きた?
疑問符。冷や汗がぶわっと噴き出した。ヴェルの双眸を見やる。目を見開いて、俺を怖がるような視線。
いや。
ヴェルの視界は、俺を見越していた。
腹。それは縫い針が布に刺さるくらいに容易いような。何か、鋭いモノに貫かれたような奇怪な感触。ぬるい液体、口を塞いだ両手に飛び掛かる。ぬるりとした、体液……?
いたい? 痛い? 遺体? あれ、全身を支配していた緊張感が虚脱感へと変換。地面が近い。倒れた。吐瀉物、紅の体液、ヴェルの流血。混ざり合った狂人達の調味料。意識、暗い。Cry…悲しい?
刃物が、俺の身体からするり、と抜けていく。そうして、周りを把握できないまま、それでも半分以上の確信をもっていた。ああ、自分達も餌になるのだ。
「ロキ……」
目の前に、ヴェルの顔があった。掠れ声。相当弱っている。俺が発動していた火の玉の魔法もじきに効果が切れるだろう。
おぼろげな灯火を囲んだ二人以外、周りから人間の気配は消えている。だが、代わりに――獣が、跋扈している。
山間部の蛮族共は人の肉でさえ、食料として扱うらしい。とくに、少年少女の肉を好む。同族であっても、見境なんてない。他人の知性を剥奪されたまさしく、獣。
「死ぬな……、死ぬんじゃねえよ、ヴェル」
「まったく、説得力ないよね、ロキ。あなたの方が死にそうでしょ……」
「軽口が言えるんだったら、死なないな、ちょっと、待ってろ、魔法で、修復すれば」
ぽっかりと穴の開いたヴェルの腹部に手をかざす。魔法による修復は、時間がかかるし、体力の消費も激しい。集中を切らしたら、身体がデタラメに再構築されてしまう。
体が冷えてきたが、そんなことは二の次だ。歯を食いしばって、襲い掛かる極度の眠気に耐える。魔法を、発動した――、
「いいよ、そんなたいそうなこと、しなくっても」
豪雨に打たれたように、ひどく汗まみれだったヴェルは、苦痛の中、なんとか、微笑を見せた。
痛々しい、笑みだった。弱弱しい、言葉だった。
諦めの含まれた、表情。――なんで、諦める?
「俺が、ヴェルに満たない弱いやつだから、諦めているのか……?」
「諦める? なにを、かな――ロキ」
相変わらずの笑みだった。はにかんだ顔、壊れやすい硝子細工、或いは繊細な中にほのかな甘みを抱いた飴細工のような。
「絶望と絶望で、縫い合わせた、トーチの中――さて、何が入っていると思う?」
「なぞかけ、している、ばあいなんかじゃ」
「――――あふれ、こぼれるのは、想いの緋色。きっと、ロキには分からないはずだよ、この言葉の意味は」
ああ、分かんない。この場面、この瞬間に発するべき言葉だったのか、すらも。
「ねえ、ロキ。私は、動けそうにないから。もっと。顔を。近づけて」
細切れになった言の葉。浅い呼吸。絶え絶えの命。
散乱した地面は酸と鉄の入り混じった異臭が立ち込めていた。地を這うようにして、ヴェルへと顔を近づける。
ヴェルの身体を修復していることを頭の片隅に留めながら、慎重に、動こうとして。
突如、ヴェルの身体が、乗り出してきて。彼女の顔が、目と鼻の先で。
ひどく、青ざめ、唇も血が通っていないような、まさしく死にそうな顔貌で。
それでも、瞳は、いつものような聡明で、悪賢くて、憎たらしくて、それでもどこか憎めなくて、周りでは大人ぶってるけど、どうしても同年代の俺の前で子供になる、そんな彼女らしいきらめきを帯びていた。
対になった金色の星々が光りながら、こちらを覗いている。
安心しきった緩んだ笑顔で。
彼女は、「 」と何かを、囁いたが、密着した身体を伝う、二つの鼓動が聴覚をジャミングしていた。
もう一度、問いただし、彼女の台詞の正体を暴くことを考えてみたものの、俺が言葉を発する前に、柔らかく、凍えていく微かな温もりに、唇を奪われて、何も発せなかった。
少なくとも、目の前の少女から、僅かな灯りが遠のいて、失われるまでは。