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The End of The World   作者: コロタン
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第7話 中谷 夏帆 ②

  走り寄った私を、誠治さんは抱き寄せてきた。普段の彼からは想像出来ない積極さだ。

  私は、嬉しさと恥ずかしさで舞い上がりそうだったが、彼の様子がおかしいのに気付いた。


  「どうしたの、そんなに慌てて?」


  私は彼に問いかける。


  「夏帆、説明は後でするから、今は黙って俺について来てくれ!」


  彼は私の返事を待たずに手を強く握ると、走り出した。

  私は状況が飲み込めなかったが、彼の只ならぬ様子に、何か大変な事が起きたのだろうと思い、手の痛みを我慢し、後について行った。




  駅前広場には、何かを囲むように大勢の人達が輪を作っていた。

  私はそれほど身長が高く無いので中で何が起きているのかは解らない。

  私が気になりつつも走っていると、広場を囲む人達が、事件うんぬんと言っているのが聞こえてきた。


  「え、事件があったの?」


  私は誠治さんに問いかける。


  「そんな生易しいものじゃ無い! 後で説明するから、今は此処から早く離れないと!」


  彼が凄い剣幕で私に怒鳴ってきた。

  この2年で彼に一度も怒られた事が無かった私は驚きとショックで泣きそうになった。

  でも、普段温厚な彼がここまで取り乱すほどの事だ、私には想像も出来ない様な事が起こっているのだろう・・・。

  そう自分を納得させ、彼の後ろを走る。



  広場から大きな声が聞こえた。警察官が駆けつけたようだ。

  私が、その声を聞きながら走っていると、ちょうど人垣の切れ目から広場の様子が見えた。



  私はその光景に驚愕した。

  1人の女性が、広場に倒れた男の人の側に蹲り、その身体を喰べていたのだ・・・。


  「あの女の人、男の人を喰べてる!?」

  

  私はそう呟き、誠治さんの手を強く握り返した。


  「うっ・・・!」


  私は女性が手にしている物をみて吐きそうになる。


  「今は我慢してくれ! このまま俺の家まで走ろう!」


  誠治さんが私を気遣って声をかけてくれた。



  私は、まだ状況がしっかりと理解出来ないでいた。

  予想だにしていなかった光景に頭がついていかない。

  広場の警察官が、犯人の女性に何かを叫んでいるのが聞こえるが、私は頭に入ってこない。

  すると、突然大きな音が響いた。銃声だ。


      ガァァァン! ガァァァン!


  「キャアッ!」


  私はその音に驚き悲鳴をあげ、身体が萎縮した。

  警察官がなおも女性に叫び、また銃声が轟いた。

  だが、その後、広場に絶叫がこだました。

  私が恐る恐る広場を見ると、女性が警察官の1人に襲い掛かり、顔の肉を喰いちぎっていた・・・。

  広場は一瞬静寂に包まれ、そして、堰を切ったようにパニックに陥った。


  「こんな事が現実に起こるなんて・・・」


  私が目に涙を浮かべ、恐怖に震えながら呟くと、誠治さんが手を握り返してくれた。

  そして、私達は広場を後にした。




  私は、誠治さんに手を引かれ、駅前商店街に到着した。

  しかし、商店街の様子を見て、彼はすぐさま足を止め、私は彼にぶつかった。


  「此処にもいやがる・・・」


  彼の呟きを聞き、私も商店街を見る。


  逃げ惑う人達に襲い掛かり、容赦無く喰らいつく者達が居た。しかも、1人や2人じゃない・・・。


  「嘘・・・あの女の人だけじゃ無かったの!? これじゃあ通れないよ・・・」


  私は無事に帰り着けるのか不安になり、誠治さんを見上げた。

  彼は少し迷った後、決心し、私に考えを話してくれた。

  それは、商店街がこの状況ならば、他の道も同様であろう事、そして、道幅が狭く、距離の有る他の道よりは、多少障害物があっても、最短距離で抜けられる商店街を通った方が良いであろうとの事だった。

  私は彼の提案に賛同した。もし狭い道で、あの女性のような存在に囲まれたら無事では済まないだろうと思ったからだ。


  

  誠治さんは、私が納得したのを確認すると、近くに停まっていたトラックから鉄パイプを2本持ってきて、私にも1本渡してくれた。

  彼が前を行きながら襲って来る人達を突き飛ばし、私が後ろを注意すると言う作戦だ。

  私はいつも守られてばかりだ・・・。

  だが、私は意を決した。今日は私が彼の背中を守るのだ!




  私達は商店街を注意深く進んだ。

  誠治さんの作戦は功を奏し、順調に歩を進めた。

  彼は時折私の方を振り返り、励ましてくれる。


  (広くて頼もしい背中だな・・・)


  私は、前を行く彼の背中を見て心の中で呟く。

  すると、彼が安堵した声で私に話しかけてきた。


  「よし!後少しで商店街を抜けられるぞ!ここまで来れば俺の家はすぐそこだ!」


  「本当!?良かった・・・」


  私は彼の言葉を聞いて安心した・・・いや、安心してしまった。

  商店街の出口付近にあった事故車両の影から何かが飛び出してきた。

  安心して気が緩んでいた私は、それに反応出来なかった・・・。


  「キャッ・・・!?」


  私は悲鳴をあげて倒れた。私はすぐに理解した。私を押し倒したのは、さっきの女性の同類だ!

  そいつは私にのし掛かり、歯を剥いて嚙みつこうとしてくる。

  私は持っていた鉄パイプを自分の身体とそいつの間に入れ、押し返そうとするが力負けしてしまう。


  「嫌っ!離して!誠治さん、助けて!!んんっ・・・・!」


  私がそう叫んだ直後、喉に激痛が走った。奴に噛まれたのだ。

  

  「てめぇ!夏帆を離しやがれ!!!」


  誠治さんの叫び声がする。

  私はなおも助けを求めようとするが、痛みで声が出ない・・・。

  胸の辺りに、生暖かくヌルッとした感触が広がる。

  まだ奴は私の上から離れない。私は必死に抵抗するが、徐々に意識が朦朧としてきた。

  そして、私は意識を失った・・・。




  「ーー! ーーーーーくれ・・・!」


  誰かの声がする。

  私は重い瞼をゆっくりと持ち上げ、声の主を確認する・・・。 目の前には誠治さんの顔があった。抱き上げてくれているらしい。

  心なしか彼の顔が霞みがかって見える。

  彼が私に話しかけてくるが、何故だかしっかりと聞きとれない。遠くから話しかけているかのように小さく微かにしか聞こえない。

  夢の中に居る様な朧気な感じだ。

  さっきまで、あれ程痛かった喉は不思議と痛みが引いている。

  


  私は彼の顔を見つめてある事に気付いた。彼は泣いているのだ・・・。 彼と出会って2年半、初めて見る顔だ。だが、私はこの顔は好きじゃないと思った。彼にははにかんだ笑顔の方が似合っている。


  『誠治さん、何で泣いてるの? 貴方には笑顔のほうが似合ってると思うわ』


  私は彼に語りかける。何故だか、自分の声も聞き取れない。


  「ーーーーー! ーーーーーーーー!」


  彼は更に顔をクシャクシャにし、泣き叫んでいるように見える・・・。


  『誠治さん、泣かないで・・・。私は、貴方がいつも私に向けてくれる、はにかんだ笑顔が大好きなの・・・。だから、貴方の笑顔を見せて・・・』


  私は精一杯の笑顔を作り、彼の涙を拭おうと腕を伸ばした。 自分の腕なのに、鉛のように重く、鈍い。

  私は自分の状況を薄っすらとだが理解した。

  


  私はもうすぐ死ぬのかもしれない。



  あぁ、そうか・・・だから誠治さんは泣いているのか。


  私の為に泣いてくれているのか。


  私の所為で泣いているのか。


  私が誠治さんの言葉に安心して、気を抜いてしまったから・・・。

  誠治さんが泣いているのは私の所為だ!


  『誠治さん、優しい貴方の事だから、自分の所為だと思ってるんでしょう? でもね、違うよ?私が死ぬのは私が気を抜いたから・・・。 だから、貴方が泣く必要はないんだよ?』


  私はもう一度彼に語りかける。


  視界が更に白さを増し、彼の声は殆ど聞こえなくなってきた。



  あぁ、もうすぐ死んじゃうんだな私・・・。


  誠治さんのプロポーズの言葉聞きたかったなぁ・・・。


  どんな指輪を準備してくれてたのかな・・・?


  私がOKしたらどんな風に喜んでくれたのかな? 泣いて喜んでくれたのかな・・・?そんな泣き顔なら見て見たかったな・・・。


  悔しいなぁ・・・。もっと一緒に居たかったな・・・。


  一緒のお家に住んで、一緒にお料理をしたりして、毎日おはようとおやすみを言って・・・。


  好きですってもっと言ってあげたかったな・・・。


  好きですってもっと言って欲しかったな・・・。







  もし、生まれ変わる事が出来たなら、また貴方と一緒にーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


  


 



  

  

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