第6話 中谷 夏帆①
この話から2話ほど、本編の第4話と第5話を夏帆視点で書きます。
お付き合いいただけたら幸いです。
私は今、ウキウキしながら電車に乗っている。これから人と会う約束をしているのだ。
その相手は、井沢 誠治さん、私の彼氏だ。
2年半程前に私が半年契約で派遣された会社で知り合った人だ。
身長が190cm以上で、細身だけど筋肉質なこともあり、慣れるまでは正直ちょっと怖かった・・・。
私は引っ込み思案ではあるけど、基本的には人見知りせず誰に対しても優しくしようと心がけている。でも、小学校入学から大学卒業まで女子校で育ち、男性に対してあまり免疫の無い私は、彼を初めて見た時、怖いと思い、あまり関わらないようにしようと思ってしまった。
『はじめまして、よろしくお願いします。』
その時の私は、彼に対して目をそらしつつ、素っ気なく挨拶をした。
私の願いとは裏腹に、会社内と言う限られた空間で全く関わらないと言うのは無理な話で、何度となく彼と一緒に作業をする事になった。
彼と一緒に働いていて思ったのは、基本人見知りで、あまり人と積極的には話さない人だと言う事だ。
でも、それ以上に彼が優しく、気遣いの出来るとても優しい人だと判って、彼を見た目だけで判断してしまった自分が恥ずかしくなった・・・。
私が解らない事があると、理解出来るまでしっかりと教えてくれたし、私がミスをした時も、それとなくフォローをし、自分の指導不足だったと上司に頭を下げてくれた。
私がそんな彼に惹かれるのに、たいして時間は掛からなかった。
彼の事をもっと知りたいと思った。
私は、彼の事を知ろうと、会社での彼の生活を監視した・・・。
「今思えば、私ストーカーみたいだったな・・・。」
私は、電車の座席に座りながらそう思い、周りに聞こえないような声で呟いた。
数日間彼の様子を見ていた私は、彼が昼休みにはパンを食べながら、必ず読書をしている事に気がついた。
読書は私も大好きだ!これを会話のきっかけにしよう! と、思い立ったが吉日、早速彼に話しかけた。
でも、私はすぐに後悔した・・・。急に私が後ろから話しかけたせいで、彼は食べていたパンを喉に詰まらせて咽せてしまったのだ・・・。
彼が落ち着くのを待って謝罪すると、彼は恥ずかしそうにしながら、顔を赤らめ、逆に謝ってきた・・・。
ちょっと可愛いと思ってしまった・・・。
それから、私は彼と毎日いろんな話しをした。彼は口下手な方だったけど、好きな本のジャンルや作家、他にはどんな物が好きかなど、色々と話した。
休日には一緒に図書館に行ったり、本屋でお互いのお薦めの本を買ったりと、彼の事を知るたびに、私は彼の事が好きになっていった。
そして、私が彼と出会って半年、派遣の契約が切れる10月31日、彼に告白された。
『貴女の事が好きです! 付き合って下さい!』
顔を真っ赤にし、口下手な彼らしい非常にシンプルな告白だったけど、私はとても嬉しかった。涙が出るほど嬉しかった。そして、私も彼に好きだと伝え、付き合う事になった。
私はその日、あまりの嬉しさに興奮して、朝まで眠れなかった・・・。後日、彼にその事を伝えると、彼も同じだったらしい。似た者同士だなと嬉しく思った。
彼と付き合って今日で丸2年、今日は彼と一緒に食事をする約束をしている。
数日前、彼から電話がかかってきて、『大事な話しがあるから、一緒に食事がてら会わないか?』と緊張した声で言われたのだ。
(まぁ、私は彼の言った大事な話の内容を知ってるんだけどね!)
私は心の中で勝ち誇る。
まぁ、それを知ったのは偶然だ。1ヵ月前に彼の家に遊びに行った時、彼の部屋に積み重ねられた本の山の中に、買って間もないと思われるプロポーズに関する本や、指輪のカタログが挟まっていたのだ。
私は、詰めが甘いなと思いつつも、気付かない振りをしてあげた。武士の情けだ。
それと同時に、嬉しさが込み上げて来るのを必死に抑えた。私が知った事を勘付かれては元も子もない・・・。
私は、前々から結婚について、控えめではあったけどアピールしていた。ちょっと鈍感で押しの弱い彼が気付いてくれるかは半信半疑だったので、本を見つけた時は嬉しさもひとしおだったのは言うまでも無い。
嬉しさをよく我慢出来たと、自分で自分を褒めてあげたい!
だけど、もしこれで別れ話だったら、私は立ち直れない・・・。
自殺を図るかもしれない・・・。
私は、それ位彼の事が好きなのだ!
まぁ、彼から別れ話が出る可能性は無いだろう。彼は付き合い初めた時から私を大切にしてくれていたけど、月日が経つごとにさらに大切にしてくれているのを感じる。
「早く誠治さんに会いたいな・・・」
私が小声で呟くと、見計らったかのように電車が停まった。駅に着いたのだ。
私は早く彼の元に行くため、小走りで改札に向かう。
「夏帆! どこだ!!!」
誠治さんが私の名前を呼んでいるのが見える。
入り口まで迎えに来てくれるなんて、彼も私に会いたかったのかな?と嬉しく思う。
「誠治さん! こっちこっち!」
私は手を振りながら彼の元に走った。