第61話 お父さん
「千枝・・・。大丈夫でしょうか・・・」
悠介は、汗で湿った千枝の髪を優しく撫でながら呟いた。
美希は千枝の汗をタオルで拭ってやっている。
「まだ本当に扁桃腺炎かどうかも判らないから、なんとも言えない・・・。今は扁桃腺炎になりやすい条件が揃ってしまってるから、可能性は高い・・・。だけど、ただの風邪である可能性も十分ある・・・。耳鼻咽喉科の先生に見て貰えれば1番なんだがな・・・」
「その条件って何ですか・・・?」
「度重なる疲労とストレスで抵抗力や免疫力が低下すると、扁桃腺に付着した病原菌が増殖し易くなるんだ・・・。この騒動が起きてから、しっかりと休める日が少なかったし、千枝ちゃんはずっと俺達に心配を掛けないようにと気遣ってくれていた・・・。どのみち、千枝ちゃんの身体に限界がきてるってことだよ・・・」
「早く安全な所に連れて行きたくても、千枝がこんなんじゃそれも出来ないし・・・もどかしいですね・・・」
悠介は項垂れている。
「悠介・・・。お前と美希は笑顔で居てやれ・・・。家族の笑顔ほど安心出来るものはないからな・・・」
「はい・・・そうですね・・・!俺がこんな顔してたら余計に心配掛けちまいますからね!」
悠介は両手の平で自分の頬をピシャリと叩き、気合いを入れ直した。
「ん・・・。お・・・兄・・・ちゃん?」
千枝が悠介の声で目を覚ましてしまった。
「千枝、ごめんな・・・起こしちゃったな・・・。早く良くなるために、ゆっくり休んでてくれよ?治ったら、また遊ぼうな!」
悠介は千枝を撫でながら優しく話しかけている。
「千枝ちゃん、喉の痛みはどうだい?お薬を飲んでから少しは落ち着いたかな?」
千枝は、俺の質問に少しだけ微笑んで頷いた。
「喉が落ち着いてたら、夕飯の後でもう一度お薬を飲もうな・・・!」
俺がそう言うと、千枝は苦笑いをして頷いた。
(やっぱり漢方薬は不味いよな・・・)
俺は千枝の頭を撫でながら、漢方薬の味を思い出し顔をしかめた・・・。
「じゃあ千枝ちゃん、また会いにくるよ・・・!」
「早く良くなって、また元気な笑顔を見せてくれよ?」
俺と悠介は、長居は千枝の身体に障ると思い、美希に後を頼んでリビングに戻った。
「誠治さん、おかえり・・・。千枝ちゃんはどうだった?」
「今の所落ち着いてるみたいだよ。ただ、薬で熱や痛みを和らげているだけだから、薬の効果が切れた時にどうなるかはまだ様子見だな・・・」
渚は俺の言葉を聞いて、肩を落とした。
「そうか・・・。良くなる事を祈るしかないな・・・。誠治さん、私達は何をしておこう・・・?このまま何もしないのも時間の無駄だし、何かやる事があれば言ってくれ・・・!」
渚は気を取り直し、俺に聞いてきた。
確かに千枝が心配ではあるが、それだけに気を取られている訳にはいかない。
千枝が治った後、早めにここから移動する為にも、今からでも確認作業をしておかないと、さらに時間を取られてしまう。
「なら、昨日伝えた通り、この家に使える物が無いか調べて貰えるか・・・?取り敢えず、今日と明日はガレージと倉庫を頼みたい。千枝ちゃんを起してしまうからな・・・」
「了解だ!では、千枝ちゃんの方は頼む・・・!」
渚達は了承すると、ガレージに向かった。
「さて・・・俺も出来る事をしないとな・・・」
俺は千枝の食べやすい物を作ってあげるため、キッチンに籠もった。
「よし・・・なかなかの出来だ!」
俺がキッチンに籠もって3時間・・・悪戦苦闘の末やっとの事で完成した・・・。
「カラメルソースを作るのに手間取ったが、なかなか美味そうなプリンが出来た・・・。これなら千枝ちゃんも食べやすいだろう!」
見た目が茶碗蒸しに似てるので甘く見ていた・・・。
1度目はカラメルソースが焦げ、卵と砂糖の混ぜ方が足りなかったりと散々な結果だった。
この家の冷蔵庫には、かなりの量の卵があった・・・。
正直、今が11月で助かった。
寒い時期は卵の消費期限が大幅に伸びる。
春や秋で産卵後25日程は生食出来ると聞いた事がある。
冷蔵庫の中の卵は、産卵日が騒動前日だ。
つまり、まだまだ卵を使った料理を作れる。
(卵かけご飯を食べる為、安心して食べられるように期間を調べてて良かった・・・!)
俺は過去の自分を褒めてやりたいと思った。
卵かけご飯は日本人のソウルフードだと思う・・・。
「さて・・・おやつの時間には少し遅いが、千枝ちゃんは食べられるかな?まぁ、無理なら夕飯の後にでもだしてあげよう」
俺は冷やしたプリンをお盆に乗せ、キッチンを出た。
コン コン コン
俺は部屋のドアをノックする。
もし着替えさせていたり、身体を拭いてやっていたら気まずいからだ・・・。
まぁ、一緒に風呂に入ってるし、気にするほどでは無いかもしれないが、一応の礼儀だ。
「どうぞ・・・」
中から美希の声が聞こえる。
「美希、お疲れ様・・・千枝ちゃんはどうだい?」
「少し寝苦しいみたいです・・・。さっきから、呻ったりしています・・・」
美希は心配そうな眼差しで千枝を見つめる・・・。
「まぁ薬も飲んだし、後は見守るしかないよ・・・。ストーブとヤカンで加湿もしてあるし、喉の具合も少しだけだが楽にはなると思うよ」
「はい・・・。でも、辛そうな千枝の姿を見ていると不安になりますね・・・」
「美希・・・。まぁ、気持ちは解るよ・・・。千枝ちゃんには俺がついとくから、君も少し休んだら良いよ。千枝ちゃんは寝ちゃってるし、良かったらこれ食べるか?」
俺は美希にプリンを差し出した。
「わぁっ!プリンだ!誠治さんが作ったんですか?」
「冷蔵庫の中にも沢山入ってるから、後で皆んなにも食べさせてあげよう!もちろん、千枝ちゃんの分は多めに作り置きしてあるよ!」
「じゃあ、ありがたく頂きますね!誠治さん、千枝の事お願いします・・・」
美希は、千枝を優しく見つめて部屋から出て行った。
俺は千枝の首を触った。
(朝とそんなに変わってないな・・・。これがピークなのか、それともまだ腫れるのか・・・)
リンパの腫れを確認した後、千枝の額に乗せてあるタオルを手に取る。
千枝の体温で暖まっている。
俺はタオルを水で冷やし、絞ってから千枝の額に乗せた。
「最悪の事態は避けて欲しいな・・・」
俺は千枝を見ながら呟いた。
千枝は、今は少しだけ楽そうにしている。
首に暖めたタオルを巻き、マスクを着け、更には部屋を加湿している。
喉が少しでも楽になるようにと思い、これだけ準備をしたが、健康状態の俺には暑過ぎる・・・。
「流石にちょっと脱ぐか・・・」
俺は立ち上がり、上着を脱ごうとしたが、何かに上着の裾が引っ掛かった。
「何だ・・・?」
俺は引っ掛かった物を確認した。
千枝が掴んでいた・・・。
「まぁ・・・俺が我慢すれば良いか・・・」
俺は座り直し、千枝の頭を撫でてやった。
「お・・・父・・・さん・・・。いか・・・ないで・・・」
俺の上着の裾を掴んだまま、千枝が言った・・・。
父親の夢を見ているのだろうか?
千枝の瞳には涙が浮かんでいる。
寝ていても不安なのだろう・・・。
「あぁ・・・お父さんは何処にも行かないよ・・・。だから、安心して眠りなさい・・・」
俺は千枝に話しかけ、隣に寝転んだ。
ただの寝言か、意識が朦朧としての勘違いか、千枝が俺の服を掴み引き止めて言った・・・。
父親に行かないでと懇願した・・・。
俺は自意識過剰だなと思いながら、千枝の頭を撫でてやる。
心なしか、少し安心したような顔をしているように見える。
「お父さん・・・か・・・。夏帆・・・この優しい子を守ってやってくれ・・・。この子には、幸せな人生を歩んで欲しいんだ・・・」
俺は小さく呟くと、いつの間にか千枝の隣で眠りに落ちてしまった・・・。




