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The End of The World   作者: コロタン
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第5話 愛別離苦(あいべつりく)

  俺は、夏帆を連れて広場を抜け、駅前商店街の入り口まで来た。

  俺の住むマンションは、商店街を抜けて50mほど進んだ先の角を曲がった先にある。

  早く避難しようと、夏帆の手を引いて走っていたが、俺は商店街の入り口で足を止めた。


  「キャッ! どうしたの、いきなり止まって?」


  俺が急に止まったため、夏帆は俺の背中にぶつかった。


  「此処にもいやがる・・・」


  「嘘・・・。 あの女の人だけじゃ無かったの!? これじゃあ通れないよ・・・」


  俺の呟きを聞いた夏帆が、商店街の状況を見て絶望する。

  いつもは、多くの買い物客で賑わっている商店街が、今は阿鼻叫喚の地獄絵図と変わっていた。

  奴等は確認出来るだけで10体近く居る。それぞれが、逃げ惑う人々を喰らわんと襲い掛かっている。

  俺は、このまま商店街を抜けるか、遠回りするかで悩んだ。

  夏帆が不安そうに俺を見上げて来る。

  俺は、震える夏帆を見て決断し、彼女に告げた。


  「このまま商店街を突っ切るぞ! 此処がこの状況なら、他の道も同じ状況だろう。此処なら最短距離で抜けられるし、道も裏通りより広いから、障害物を避けながら歩いても余裕がある!」


  俺は、この判断が本当に正しいのか自身が無い。 だが、このまま此処で悩み続けても、状況は悪くなるばかりだろう。 ならば、今はとにかく行動すべきだ。


  「うん・・・分かった! 気を付けて行こう!」


  夏帆が俺の提案を聞き頷く。


  「俺の後ろから離れないでくれ、前から襲って来る奴は俺が何とかするから、夏帆は後ろを気にかけてくれ!」


  俺は夏帆に指示し、近くに停まっていた建設会社の車両から鉄パイプを2本拝借し、念の為夏帆にも持たせた。後ろから襲われた時、前にいる俺では直ぐに対処出来ないからだ。


  「夏帆、此処を抜ければ後少しだ。怖いだろうけど、今は我慢してついて来てくれ」


  俺は、夏帆を少しでも安心させようと言葉を掛け、商店街に踏み込んだ。





  俺は車の影などを注意深く確認しながら歩を進めた。

  商店街は本来車は通れないのだが、今は店舗に突っ込んだり、電柱にぶつかって事故を起こした車が数台止まっている。 恐らく、パニックを起こして入って来たのだろう。他にも、通りのいたる所に店の商品などが散乱している。

  俺は障害物を避けつつ、襲って来る奴を鉄パイプで押し退け、周りを警戒しながら進む。

  中には人を食べてる真っ最中で、こちらに気付かない奴もいる。俺達にとっては好都合だ。無駄な戦いは体力を消耗する。

  時折後ろを見て、夏帆もしっかりとついて来ているのを確認する。

  

  「よし、後少しで商店街を抜けられるぞ! ここまで来たら、俺の家はすぐそこだ!」


  「本当!? 良かった・・・」


  俺が夏帆に伝えると、安堵の溜息が聞こえた。

  俺は一安心して振り返り、夏帆の手を取ろうとした。だが、俺が気を抜いてしまったその時、出口付近の事故車両の死角から、1つの影が飛び出し彼女に覆い被さった。


  「キャッ・・・!?」


  夏帆が短い悲鳴を上げ倒れた。

  俺は一瞬何が起きたのか理解出来なかった。


  「嫌っ! 離して! 誠治さん、助けて・・・!! んんっ・・・・!」


  俺は夏帆の叫びを聞きすぐに我に返り、状況を理解した。奴が彼女に襲い掛かっているのだ!

  彼女は手に持っている鉄パイプを奴との間に入れ、必死に抵抗している。


  「てめぇ! 夏帆を離しやがれ!!!」


  俺は夏帆にのし掛かる奴の襟首を掴んで引っ張ったが、ビクともしない。凄まじい力で夏帆に掴みかかっているのだ。

  引き剥がすのは無理だと判断した俺は、手にした鉄パイプをフルスイングして、奴の身体を横から殴り飛ばした。

  奴は衝撃で横に転がり、夏帆からは離れたが、ゆっくりと立ち上がり、今度は俺の方に向かって来る。

  俺は意を決し、鉄パイプを上段に構えて、渾身の力で振り下ろした。



          グシャッ!!



  鉄パイプは、奴の頭蓋骨を砕き、中身を飛び散らせた。

  俺の掌には骨の砕けた感触が残っている。

  俺は奴にとどめを刺し、夏帆の安否を確認するべく彼女に走り寄った。


  「夏帆! 無事か!!?」


  名前を呼ぶが、彼女はうつ伏せに倒れたまま動かない。

  俺の心臓が早鐘を打つ。俺は夏帆の肩に手をかけ、抱き起こそうとした。


          ヌルッ・・・。


  俺の掌に生暖かい感触が伝わる。

  彼女を仰向けにして抱き上げて俺は絶句した・・・。

  彼女の喉は刳れ、おびただしい量の血を吐き出していた。


  「夏帆!? 嘘だろ!!? 目を覚ましてくれ!!!」


  俺は悲鳴に近い叫び声で話し掛ける。

  彼女の喉からは空気の漏れる音が聞こえてくる。まだ死んではいない! 俺がなんとかしなければ!!

  俺は、上着のポケットからハンカチを取り出して彼女の喉に乗せ、軽く押さえて止血しようと試みる。


  「あぁ・・・血が止まらない!! どうしよう! どうすれば良い!!?」


  俺が慌てふためいていると、俺の叫びを聞きつけた他の奴等が近づいて来るのが見えた。


  「ここじゃダメだ! 何処か安全な所で手当てしないと!!」


  俺は急いで周りを確認し、すぐ目の前に行きつけの美容室が目に入った。

  入り口には休業日の看板が掛かっている。

  俺は夏帆を抱き上げ、分厚い木で出来た美容室のドアを蹴破り、彼女を中に降ろしてドアを閉めた。

  奴等が入ってこれない様に、順番待ち用の椅子と、持っていた鉄パイプをつっかえ棒の代わりにしてドアを固定し、安全である事を確認して彼女の元に戻った。


  「夏帆・・・頼むから目を開けてくれ・・・!」


  俺が喉の傷を美容室の棚にあったタオルで押さえ、スマホで119番に電話をするが回線が混み合っているのか繋がらない。

  彼女の喉からは、今も血が流れ続けている。

  俺は何度も電話を掛け直し、泣きながら彼女の顔を覗きこんでいると、彼女の瞼が微かに動き、薄く目を開いた。


  「夏帆! !」


  俺が名前を呼ぶと、彼女は何かを喋ろうと口を動かしている。 だが、喉の傷から血と空気が漏れるだけで声にならない。


  「夏帆! 無理するな! 俺が絶対に何とかするから!!」


  119番には繋がらない、治療用の機材も無い状況では、ただ死を待つのみだというのに、俺は出来もしない事を口走ってしまう。

  俺はただ滂沱の涙を流しながら彼女に話し掛ける。

  すると、彼女は力なく腕を持ち上げ、掌で俺の頰を撫でた。


  「ーーーーー」


  彼女は声が出ないにも関わらず、目に涙を浮かべながら俺に話し掛け、力なく微笑む。


  「夏帆! 夏帆! 俺がもっと早く奴に気付いてれば、油断しなければ!夏帆がこんな辛い思いをしなかったのに・・・! 俺のせいで・・・!!」


  俺は夏帆の手を握り話し掛ける。


  「ーーーーー」


  彼女は微笑んだまま、なおも話し掛けてきた。

  痛みで強張っていた彼女の身体から、力が抜けていくのが判る。俺は、彼女に死が近づいているのだと感じた。


  「夏帆・・・頼むから死なないでくれ・・・! プロポーズしたかったんだ! 渡したい物もあったんだ! 君がそれを期待してたのも知ってた! なのに、今まで俺が君にプロポーズする勇気が出せなくて、こんな事になってしまって・・・!!」


  必死に彼女に語りかけた。涙で顔がクシャクシャになっているのにも構わず語りかけた。




  だが、俺の願いも虚しく、俺の手から夏帆の手は力なく滑り落ち、呼吸が止まった・・・。

  夏帆は最期まで、優しく微笑みながら俺に語りかけ、微笑みをたたえたままに死んでしまった。

  


  「夏帆・・・? おい、冗談だろ・・・? 目を開けてくれよ! 頼むよ・・・俺を置いて行かないでくれよ・・・!」


  俺は動かなくなった夏帆を胸に抱きながら叫んだ。

  入り口の外で奴等がドアを叩くが気にしている余裕などない。

  俺は泣き続けた。自分の不甲斐なさと無力さに憤りを覚えながら泣き続けた。

  



  彼女が息絶えて10分程の時間が過ぎた頃。


          ピクッ・・・。


  一瞬彼女の身体が動いたのに気付いた。

  

  「夏帆・・・?」


  俺は彼女の名前を呼び、確認する。

  瞼が動いている。そして、彼女はゆっくりと目を開けた・・・。

  俺は夏帆が生きていたと歓喜しそうになった。だが、心の奥底で嫌な予感が湧き上がるのを感じ、すぐに彼女から離れた。


  俺が転がる様に彼女から離れた瞬間、彼女は牙を剥いて俺に襲い掛かった。

すんでの所で回避した俺は、目に涙を浮かべながら目の前の彼女を見つめて叫んだ。


  「君まで・・・君まで奴等みたいになっちまったのかよ!!」


  彼女はさらに襲い掛かってくる。

  俺が横に廻って回避すると彼女は倒れ込んだ。


  「くそっ! 何で君まで・・・!」


  俺は立ち位置が入れ替わったのを好機と思い、入り口に走った。

  つっかえ棒にしていた椅子をどけ、鉄パイプを取り、外に居る奴等ごとドアを蹴り開け外に出て、近くに居た奴等の頭を殴り倒した。

  彼女を確認すると、ゆっくりと立ち上がり、こちらを向こうとしていた。

  俺は、美容室のドアを閉め、美容室の看板を倒しドアを塞いだ。

  俺は、彼女にとどめを刺す事が出来なかった・・・。

  たとえ奴等に転化しても、愛した彼女を手に掛ける事が出来なかったのだ。




  俺は一心不乱に走った。自分の家まで止まる事なく、泣き叫びながら走った。

  夜の帳が下り、暗くなった空に俺の泣き声が虚しく響いていた・・・。

  

  

  


  

  

  


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