第56話 陽動作戦
俺は、流石に隆二1人に押し付けるのは可哀想だと思い、2人で渚を宥めた。
半分は俺のせいとは言え、なかなかに苦労した・・・。
「すまない・・・見苦しい所を見せた・・・」
渚は泣き腫らした目をしている。
渚の上着の襟と袖は、彼女の涙と鼻水でべちょべちょだ・・・。
(うん・・・台無しだな!)
俺は口にこそ出さなかったが、改めて彼女を残念だと思った・・・。
「それで、どうする・・・?明朝発つか?」
「そうだな・・・。慶次の件で遅れてしまったしな・・・確かに、渚さんの言った通り、この前の街にいた奴等が心配だ・・・奴等は遅いから心配は無いと思いたいが、油断は禁物だ。それに、この状況になって半月近くなる・・・。いつ電気が使えなくなるとも限らないから、早く進んだ方が良いだろう・・・。隆二は問題無いか?」
「えぇ、たっぷりと休ませて貰いましたからね!休んだ分は頑張って取り戻しますよ!」
「なら、明朝発とう・・・。悠介には、この後、夕飯の時にでも話そう」
俺達は、この場を発つ事を決め、夕飯の準備をするため休憩室へ向かった。
午前11時、俺達は朝の7時に交番を発ち、当初の目的地を少し過ぎた場所にある自販機の前で、2度目の休憩をしている。
「フィルムは大活躍だったな!最初はどうなる事かと思ったが、苦労して手に入れた甲斐があったというものだ!!」
「そうですね!誠治さんに聞いてはいましたけど、実際に見て驚きましたよ!」
渚と隆二は大興奮だ。
他のメンバーも頷いている。
俺達は1度目の休憩の後、奴等の集団に出くわした・・・。
それ程数は多くなかったが、道が狭くて引き返せない場所だった。
俺は交番を出発する時、「奴等の集団と出くわした場合、エンジンを切り、音を立てるな」と車を運転する悠介と隆二に指示を出していた。
彼等は指示通りに行動し、奴等の集団をやり過ごす事に成功した。
「まぁ、上手くいって良かったよ!地獄のフィルム貼りが報われて嬉しいよ・・・」
俺がしみじみと呟くと、悠介と隆二も頷いていた。
「いや、これは想像以上の結果だと思うぞ?大幅に回り道をしなくて済む分、時間と燃料の節約になる。これはかなり大きい!」
渚の言う通りだ。
俺達は、次の目的地に移動する時は、暗くなる前に泊まる場所を決めるようにしている。
時間が押してしまえば、その時間が無くなってしまう・・・。
かと言って、早く目的地に着こうとスピードを出せば、燃料を消費してしまう。
もし、滞在する建物を見つけられなかった場合、人数が多いため、道端で車中泊をするのには無理がある。
いつ奴等に気付かれるか判らないし、ゆっくり出来ないため、疲れが溜まってしまう。
「まぁ、これである程度は道中の安全が確保出来たな!さて、そろそろ出発しようか!後は、目的地まで休憩はしないから、皆んな気を引き締めて行こう!!」
皆んなは、俺の言葉に頷いて、それぞれの車に乗り込んだ。
2時間後、俺達は目的の街に着いた。
街の規模は、今までの街の中で一番小さい。
だが、街の中には大型商業施設等が無いため、通りには多数の奴等の姿が見える。
「少し多いな・・・。このままだと、安全とは言えないな・・・。どうしたもんか・・・」
俺は街の状況を見て思案する。
「誠治さん、私に提案があるんだが良いか?」
俺の様子を見て、渚が話しかけて来た。
「どんな提案だ?あまり危ない内容だと、許可出来ないぞ?」
「少なくとも、そこまで危険では無いと思う。取り敢えず、何でも良いから車を一台調達したいんだ・・・。それを街から少し離れた所に放置して、クラクションを鳴らしたままにしておきたい」
「ふむ・・・。それなら良いな。出来れば改造車が良いかもな!ホーンを換えてあれば申し分ない!」
俺は渚の提案をのみ、行動を開始した。
メンバーは3人・・・俺が周りの奴等を倒し、渚が車を探す。隆二は俺のハイブリッド車を運転をしている。
「誠治さん、あったぞ!乗ってくれ!」
探し始めて30分、なかなか良さげな改造車を見つけた。
「渚さん・・・これって、違法改造だよな?」
俺は渚に問いかけた。
「そうだな・・・キャンバー角は異常だし、何より、タイヤがボディーからはみ出し過ぎだ!さらに、このマフラーは明らかに五月蝿いだろうな!」
渚は、自分の見つけた車を見て、憤然としている・・・。
(今の俺達には好都合なはずだよな・・・?)
俺はそう思いはしたが、口には出さなかった・・・。
とばっちりは遠慮したい。
「俺が運転しようか?」
「いや、私がやろう!一度乗ってみたかったんだ!どれ位乗りにくいのか試してみたい!」
「渚さん、一度クラクションを鳴らしてみてくれ!ホーンを変えてあるか確かめたい!!」
「わかった!」
パーーーーーーーッ!!!
デコトラに付いているような甲高く破裂したようなラッパの音がした。
「大丈夫そうだな!これだけ大きければ、奴等を十分引き寄せられる!!」
「あぁ・・・けしからんが、今の私達には好都合だな!」
渚はそう言うと、素早くエンジンを掛け、アクセルを踏み込み、思い切り吹かした・・・。
ドゴッ!!
「うおっ!!?」
ボボボボボボボボ・・・!
後ろから回り込もうとした俺は飛び上がった・・・。
渚がエンジンを掛けていきなり吹かしたせいで、アフターファイヤーが出たのだ。
「誠治さん、すまない・・・!」
渚は慌てて謝って来た。
隆二は、腹を抱えて爆笑している・・・。
(あの野郎・・・)
俺は隆二に怒りを覚えたが、クラクションとアフターファイヤーの音に気付いた奴等が数十体ほど見えたので、急いで車に乗り込んだ。
「隆二の野郎・・・爆笑してやがった・・・。後で教育的指導だな!それにこの車、整備不良にも程があるぞ!プラグがかぶってるんじゃないのか!?」
「まぁ、そう言ってやらないでくれ・・・。私が悪かったよ・・・」
渚は申し訳無さそうに呟いた。
「冗談だよ・・・。それより、急いでここを離れよう!奴等が追ってくる!まずは、街の中を走り回って他の奴等を引きつけよう!その後は郊外に向かい、エンジンを掛けたままホーンを鳴らして固定する!!」
「了解した!しっかり掴まっていてくれ!飛ばすぞ!」
渚はハンドルを握り直し、アクセルを踏み込んだ・・・。
正直、ちびるかと思った・・・。
遠くでホーンの音が鳴り響いている。
俺達3人は、離れた所に隠れ、様子を伺っている・・・。
「凄い数ですね・・・。あれだけの数がいたなんて、この作戦をやって正解でしたね・・・!」
隆二は、頭をさすりながら呟いた。
俺の拳骨を喰らったのだ・・・。
(冗談と言ったな?あれは嘘だ!)
「あぁ・・・渚大先生には、これから先、足を向けて寝られないな・・・!」
「是非そうしてくれ・・・。冗談はこの位にして、そろそろ皆んなの所に戻るとしよう・・・。彼等の事が心配だ」
俺と隆二は頷き、美希達の元へと戻った。
俺達は、奴等の様子を見た後、急いで美希達を待たせている場所まで戻って来た。
俺達の車に気付いた悠介が、手を振っている。
「ただいま!成功したよ!」
俺は車から降りると、悠介達に作戦成功の報告をした。
皆んなは安堵し、互いを見やって笑いあった。
「今なら、街に殆ど奴等はいない。今の内に今日休む場所を探そう!」
「了解です!それにしても、結構時間掛かってましたけど、何処まで行ったんです?」
確かに悠介の言う通り時間が掛かってしまった。
3時間近く掛かったので、今は16時過ぎだ。
「念の為に、結構離れた所まで奴等を引き付けたんだ・・・。そのおかげか、街の外にいた奴等も合わせて1000体近くは遠ざける事に成功した。だが、まだ街の建物の中にはいるかもしれないから、油断は禁物だ!」
皆んなは頷き、俺達は奴等の少なくなった街へと車を走らせた。