第40話 告白
外はすっかり陽が落ち、暗闇に包まれている。
待機室の窓から下を見ると、街灯の光に照らされながら、奴等が数体程歩いている・・・。
奴等に気が付かれないように、部屋の灯りは点けず、カーテンを閉めて蝋燭を灯している。
「まだ19時か・・・暗くなるのが早くなったな・・・」
「そうですね・・・陽が落ち始めてから、あっと言う間でしたからね・・・」
俺と美希は奴等の集団から逃れ、やっとの思いでこの場所を見つけた。
あと少し遅かったら、暗くてここに気が付かなかったかもしれない・・・。
正直、運が良かったとしか思えない。
「くしゅん・・・!」
窓から外を見ていた俺の後ろで、美希がくしゃみをした。
「大丈夫か? 最近は朝晩が冷えてきたからね・・・。物置に何かないかな・・・」
俺は、美希の身体を冷やさないように、物置から毛布を探し出し、肩にかけてやった。
「すみません・・・あれ? 誠治さんの分は・・・」
「あぁ、気にしなくて良いよ。俺は革ジャン着てるし、暖かいからさ!」
美希は申し訳なさそうな顔をしている。
俺は腕時計を確認する・・・まだ20時を回ったところだ・・・。
さっきまでは美希と会話をしていたが、ネタが尽きてきた・・・時間が過ぎるのが遅い。
「誠治さん・・・大丈夫ですか? さっきより寒くなってきてるので、良かったらこっちに来ませんか・・・?て言うか、来てください! 誠治さんが風邪を引いたら大変です!」
美希が、肩に掛けた毛布を広げ、俺を隣に招いた。
「・・・わかったよ。 じゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかな・・・」
美希の隣はとても暖かく、なんだか安心出来た。
(震えてる・・・?)
俺は美希が小さく震えているのに気付いた・・・。
さっきまでは明るく振舞ってはいたが、やはり不安なのだろう・・・。
「美希ちゃん、大丈夫だよ・・・俺がついてるから・・・」
俺は美希の頭を撫でながら、優しく呟いた。
「はい・・・。 すみません・・・さっきは大丈夫って言ったけど・・・やっぱり、まだ少し怖いです・・・」
それは仕方の無い事だ。
もし、彼女が居てくれなかったら、俺も不安になっていただろう・・・。
戦える俺がそうなのだ・・・彼女はさらに不安だろう。
「誠治さん・・・私ね・・・誠治さんの事が好きなんです・・・」
俺が頭を撫でてやっていると、美希が呟いた。
悠介から聞いてはいたが、面と向かって言われるとやはりドキっとする・・・。
「それは・・・ありがとう・・・。光栄だよ・・・」
俺は努めて冷静に、笑顔で美希に答えた。
「たぶん、誠治さんの考えてる好きとは違って・・・1人の男性として好きなんです・・・」
俺は悠介から聞いていたから知っている・・・。だが、答えを出すのはまだ先だと思っていたから、言葉が出て来ない・・・。
「最初は、優しくて頼りになる人くらいにしか考えていませんでした・・・でも、夏帆さんの実家にいる時に、実戦訓練で何も出来なかった私を励まして、家族だって言ってくれた時・・・誠治さんが好きなんだって気づきました・・・」
美希は何も言わない俺をきにせず話を続ける。
「誠治さんは、夏帆さんの実家で一緒に見張りをした時、私に恋をしてみたら良いって言ってくれたけど・・・誠治さんは、私を妹みたいにしか思ってないだろうし、今でも夏帆さんの事を愛してるって知ってましたから、我慢してたんです・・・。夏帆さんには敵わないって解ってましたから・・・。でも、今日ずっと私を気に掛けてくれて・・・優しくしてくれて・・・我慢出来なくなっちゃいました・・・」
美希の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた・・・。
「私じゃ駄目ですか・・・?私じゃ・・・夏帆さんの代わりにはなれませんか!?」
美希は俺の目を真っ直ぐ見つめてくる・・・。
「私は夏帆さんに比べて頼り無いかも知れないけど・・・」
「頼む! やめてくれ・・・!」
俺は、美希の言葉を遮り叫んだ・・・。
「すみません・・・やっぱり、迷惑ですよね・・・私、20歳なのに子供っぽいですし・・・」
美希は俺の叫びに身体を強張らせ、力なく呟いた・・・。
「違うんだ・・・!美希ちゃんは魅力的だよ!優しくて気が利くし、家族思いで見た目も可愛いし、1人の女性としても、魅力的で好きだよ・・・!だから、夏帆と比較して自分を卑下するのはやめてくれ・・・。確かに、俺は夏帆をまだ愛してるよ・・・でも、このままじゃいけないって言うのも解ってる・・・。美希ちゃんに好きだって言って貰えて、嬉しかったんだ・・・でも、俺は人を殺してる・・・それは拭い去れない事実なんだよ!だから・・・!」
俺は、思いの丈を伝えた・・・。
「それなら、私も背負って生きます・・・!私に出来て、亡くなってしまった夏帆さんに出来ない事で貴方を支えます!」
俺は、美希の言葉に涙が零れた・・・。
この子は、こんなにも俺を好きでいてくれる・・・それが嬉しくて涙が出た。
「でも・・・」
「やっぱり・・・駄目ですか・・・?」
美希との間に沈黙が流れる・・・。
「わかりました・・・。 誠治さん・・・最後にお願いを聞いて貰えませんか・・・?」
「あぁ・・・俺に出来る事なら何でも・・・」
美希は、一呼吸置いて、意を決した様に言った。
「・・・私の初めての人になって貰えませんか?」
俺は絶句した。
美希の願いを断れば、彼女の心はさらに傷付くだろう・・・。
だが、もしここで美希を抱いたら、俺は戻れなくなる・・・彼女を失う事を恐れ、もし失ってしまったら、壊れる・・・。
俺は夏帆を失い、人を殺し、道を外れた事ですでに壊れかけている・・・それは自分でも解る。
俺が正気を保っていられるのは、美希達がいてくれるからだ・・・。
もし、それを失ってしまったら・・・。
そう思うと言葉が出なかった。
「やっぱり駄目ですよね・・・すみません・・・こんなの卑怯ですよね・・・!」
美希は無理やり笑顔を作り、明るく言ってくる。
その瞳には涙が浮かんでいる・・・。
(あぁ・・・彼女は、こんなにも俺を思って、勇気を出してくれたのに、泣かせてしまった・・・。彼女はずっと俺を見てくれているのに、俺は自分の事しか考えていない・・・)
俺は、美希の腕を取って抱き寄せた・・・。
「美希ちゃん・・・ありがとうな・・・。こんなに勇気を出してくれたのに・・・俺は、自分の事しか考えてなかった・・・。俺も・・・覚悟を決めるよ・・・」
美希は驚いたように俺の目を見てくる。
「美希ちゃん、本当に・・・俺と一緒に背負ってくれるかい?」
「はい・・・!」
俺は、美希の返事を聞いて、彼女にキスをした・・・。
美希は最初は緊張していたが、俺を優しく受け入れてくれた。
俺は彼女をベッドに寝かせ、身体を重ねた・・・。
俺はその夜、美希を抱いた・・・。
もう、後戻りは出来ない・・・彼女を失わないように、さらに強くなろう。
そう心に誓った・・・。