第30話 出発
「おはよう・・・」
俺は、最後の休憩時間を終え、リビングにやって来た。
「誠治さん、おはようございます!」
「おじちゃん、おはようございます!」
美希と千枝が元気に挨拶してきた。
2人は今朝食の準備をしてくれている。
「誠治さん、すみません・・・俺がさっきあんな話をしたから、全然寝られなかったみたいですね・・・」
「気にするな・・・むしろ、今日言ってくれて良かったよ・・・しっかりと考える時間が出来たんだ・・・だから、謝らないでくれ」
「そう言って貰えると助かりますよ・・・」
俺と悠介は2人に聞こえないような小さな声で話した。
俺達は朝食を終え、ガレージに集合した。
「今から出発する・・・これから海沿いの町まで移動するが、普通に走っても1時間半から2時間は掛かる・・・奴等の少ない道を進むとなると、倍近く掛かるかもしれない。 俺が先を走るから、悠介はしっかりついて来てくれ」
「わかりました・・・千枝は誠治さんの車で良いんですか?」
悠介が聞いてきた。
「あぁ、美希ちゃんでも良いんだが、もしどちらかの車に問題が発生した時の事を考えると、千枝ちゃんは俺と一緒が良いと思う・・・」
もし悠介の車に何かあった時、3人が向こうに乗っていた場合、助ける手間が増える。
向こうに何かあった時は、俺が救助している間、千枝には車の中で待ってて貰っても良い。
奴等は、窓ガラスを叩きはするが、振りかぶって殴る事は無いので、割れる事は無い。
逆に、俺の車に何かあった時は、悠介と美希の2人で動ける。
「千枝ちゃんもそれで良いかな?」
「うん! やったー、おじちゃんと一緒だ!」
俺が千枝に聞くと、喜んで承諾してくれた。
「じゃあ悠介、門の前の車を退けてくれ・・・俺は奴等が来ないか見張ってる」
「誠治さん、千枝をお願いします・・・」
美希が俺に言って、悠介の車に乗った。
「では、出発する!」
俺は窓を開けて皆んなに言い、車を発進させた。
俺達が夏帆の実家を出て3時間程経った。
奴等の居そうな通りを避けて走ったので、時間が掛かっている。
現在地から目的の町までは、山を越えなければいけない。
俺は、山道に入る前に、奴等のいない場所で休憩を取る事にした。
「悠介、お疲れ様。 長い時間の運転で疲れてるだろうが、目的の町はこの山を越えればすぐそこだ・・・あと少し頑張ってくれ」
俺は悠介に水を差し出しながら言った。
「まだまだ余裕ですよ! それより、千枝はどうしてます? 出てきてないですが・・・」
「千枝ちゃんは、疲れたみたいで寝てるよ」
千枝は、最初こそはしゃいでいたが、はしゃぎ疲れて眠ってしまった。
美希は千枝の様子を見に行っている。
「悠介、ここからは一本道だ・・・だが、だからこそ慎重に行かなきゃならない・・・何でか判るか?」
「狭い山道で奴等に出会う可能性があるって事ですよね?」
「そうだ・・・10体位なら掻き分けてでも進めるが、それ以上だと難しい・・・だから、ここからは車間距離を広めに取ってくれ・・・集団に遭遇した場合、退がる事になるからな」
質問に的確に答えた悠介に、注意を促した。
「ふふっ・・・千枝、熟睡してますね・・・よほど誠治さんの隣が安心出来るんでしょうね!」
千枝の様子を見ていた美希が笑いながら言ってきた。
「楽しそうにしてくれてたから、助かったよ・・・千枝ちゃんはお利口さんだから、面倒をみるのも楽だよ」
「そりゃあ、私達の自慢の妹ですから!」
美希が胸を張って言った。
確かに、自慢出来るほどの良い子だ。
隣に居てくれるだけで、癒やされる。
「じゃあ、そろそろ行こうか。 取り敢えず、山道の途中で町が見えたら一度車を停めよう・・・双眼鏡で町の様子を見たい」
「わかりました!」
悠介と美希は返事をして車に乗り込んだ。
俺達は今、山の頂上付近に車を停めて、町を見下ろしている。
「奴等はさほど多くはないが、生き残った人は見当たらないな・・・隠れてるのか、逃げたのか・・・」
「奴等は少ないんですよね? なら、好都合ですね!」
双眼鏡で町の様子を見ている俺に、悠介が言ってきた。
「いや、逆にそれが気掛かりだ・・・見た所、この町には大型商業施設のような、人が大勢居るような所は無い・・・普通のスーパーや学校はあるが、不気味な程に人の気配が無い・・・それなら、町のあちこちに奴等が分散していてもおかしく無いはずだ・・・なのに、此処から見る限り、通りに奴等が少な過ぎるのが引っかかる・・・」
「生き残った人が居なくなってしまって、次の獲物を求めて何処かに移動したのかもしれませんよ? それか、生き残った人達が奴等と戦って、数を減らしたのかも・・・」
「そうならありがたいが・・・取り敢えず町に入ったら、今まで以上に警戒しよう・・・此処から見えない位置に奴等が集まっている可能性もあるからな」
俺は2人に伝え、車を発進させた。
町まではあと少し・・・俺の不安が杞憂であれば良いのだが・・・。
俺は隣で眠る千枝の頭を撫で、不安を振り払い、山道を下っていった・・・。




