第2話 三釁三浴(さんきんさんよく)
俺はなんとか気持ちを切り替え、部屋の掃除を終わらせた。待ち合わせまではまだ2時間程ある。
このまま何もしないとまたドツボにハマりそうな気がしたので、早めに家を出て本屋で時間を潰す事にした。俺にとって、読書はバイクでツーリングするのと並んで数少ない趣味である。
「何か面白そうな小説は無いかな?」
行きつけの本屋の小説コーナーを見ていると、懐かしい本を見つけ、手に取った。夏帆と付き合う切っ掛けになった本だ。
本の内容は、第三次世界大戦が起こり、核兵器により北半球が壊滅、放射能が南下する中で、徐々に迫り来る死を目前に、海中で難を逃れたアメリカ海軍の潜水艦や、オーストラリアに住む人々の暮らしや葛藤を書いた近未来SFの名作だ。
「あの時、この本を読んで無かったら夏帆と付き合って無かったかもしれないな・・・」
彼女と知り合ったのは2年半程前、俺の勤める会社に派遣で入って来たのが夏帆だった。
彼女は、真面目で人当たりが良く、優しい性格だったため、直ぐに他の社員と打ち解けていた。
まぁ、俺は人見知りする性格だから、仕事の事以外では特に会話をする事も無かったのだが。
彼女が来て1ヶ月ほど経ったある日の昼休み、俺はいつもの様に、買って来たパンを食べながら小説を読んでいた。
「井沢さん、何の本を読んでるんですか?」
彼女が話しかけて来た。俺は、急に後ろから話しかけられ、食べていたパンを喉に詰まらせて咽せてしまった。
そんな俺を見て、彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。
「驚かせてしまってすみません・・・。井沢さんがいつも昼休みに小説を読んでるのを見てて、どんな本を読んでるのか気になってしまって・・・」
俺が落ち着くのを待って、彼女が謝って来た。
「いや、こちらこそ見苦しい所を見せてしまって申し訳ない・・・。 中谷さんも小説好きなの?」
俺は恥ずかしい所を見られ、赤面しつつも聞き返した。
「はい、私は小さい時少し身体が弱かったので、休みの日や暇な時間は、読書や映画鑑賞をしてたんです。今では身体も良くなったので、外に出かける事もありますけど、本を読むのは今でも趣味です」
彼女は微笑みながら答えた。透き通る様な綺麗な笑顔で、俺は彼女の笑顔を見て一目惚れしてしまった。
それから俺は、仕事の事以外でも彼女とよく会話する様になり、お互いの好きな本やお薦めの本などを語り合ったり、休日に本屋や図書館に誘ったりと、ヘタレな俺にしては珍しく積極的に行動した。
そして、2年前の今日、街中がハロウィンで賑わう夜に彼女に告白した。結果はOK、俺はその日は興奮して、朝まで眠れなかった。
それから2年、紆余曲折はあったものの、今日彼女にプロポーズする。
俺は、不安な気持ちを抑え決心すると、腕時計で時間を確認する。
「あと30分か、そろそろ行くか!」
俺は手にしていた本を棚に戻し、気合いを入れて店を出た。
第3話から話が動きます。




