第13話 旅は道連れ、世は情け
「そう言えば、自己紹介がまだだったな・・・。 俺は井沢 誠治だ」
思いの外楽しい夕食だったので、自己紹介をするのを忘れていた。
「あぁ、助けて貰ったのに、こちらこそ申し訳ない。 俺は進藤 悠介、あっちの上の妹が美希、下の妹は千枝だ。 今日は本当に助かった・・・。 改めて礼を言わせてくれ」
悠介は深々と頭を下げた。
「ところで、1つ聞きたいんだが・・・」
夕食を食べ、姉の膝枕で寝てしまった妹に、俺が貸した毛布を掛けながら悠介が話しかけてきた。
「何だ・・・?」
「助けて貰っておいてなんだが・・・何で俺達を助けてくれたんだ? 見捨てることだって出来たんじゃないのか?」
聞き返した俺に、悠介が尋ねてくる。
「兄さん! 危ない所を助けてくれた上に、食事まで分けてくれた人に失礼じゃない!」
「いや、君のお兄さんの言ってる事は正しいよ。 彼は君達を守る立場だ。 疑うのは当然のことだよ・・・」
兄を責めようとする美希をなだめる。
「確かに、俺は君達を見捨てられた・・・。 なのに、助けた上に食事まで用意したんだ。 何かあると疑われるのも当然だ。 もし、これをダシにして不当な要求をされたら、君ならどうする?」
「それは・・・」
美希は口籠り、悠介は黙って俺の言葉を聞いている。
「話を戻そう・・・俺が君達を助けたのは、単に助けたいと思った・・・それだけの事だよ。 理由がそれだけで不十分なら、君達の妹、千枝ちゃんのおかげとでも思ってくれ」
「何で千枝のおかげなんだ? あんたとはさっき会ったばかりだろ? それとも、千枝の事を知っているのか?」
俺の答えに、納得出来なかった悠介が聞き返してきた。
「いや、今日初めて会ったのは間違いないよ。 君達だけなら、もしかしたら助けなかったかもしれない・・・。 大人だけなら、奴等から逃げるのもそう難しくはないだろう。 だが、子供がいたら別だ。 子供にペースを合わせれば君達も危なくなる。 それなのに、君達は逃げなかった。 小さい妹のために走るペースを抑え、奴等から彼女を守っていた。 だから、助けたいと思った」
「それは・・・家族なら当然のことだろ?」
悠介が俺の言葉に疑問を抱きつつ答える。
「そう、君達がお互いに思い合う家族だからこそ、俺は助けたいと思った。 それだけの事だよ・・・家族は大事だからね・・・」
俺は思った事を言った。
家族は大事だ。 今だからこそ解る・・・夏帆を亡くし、母の言葉に勇気付けられたから。
「それと、今回の件で君達に何かを要求するつもりはないよ。 俺が勝手にやった事だ」
俺は元々何も要求するつもりは無かった。
偽善者と言われようと知った事じゃない。
求められたなら、ギブアンドテイクで良い・・・だが、自分が好きでやったのなら、何かを求めるのは筋違いだ。
「本当、何から何まで・・・疑ってすまなかった・・・!」
俺の言葉を最後まで聞き、悠介は涙ぐんで謝罪した。
美希も頭を下げた。
「気にしなくて良いよ・・・それより、何であんな時間に外に出たんだ? 暗くなると奴等を見つけにくくなるから危険だろう?」
俺は疑問に思っていた事を聞いた。
俺なら夜間は絶対に出歩かない。
「それは・・・」
悠介は言葉に詰まる。
すると、美希が俯きながら話し出した。
「私達、この騒動が起きた時、千枝を小学校に助けに行ったんです。 元々私が1人で迎えに行く予定だっただけど、小学校に向かう途中で奴等に襲われて、私はなんとか振り切って、兄さんに連絡して千枝のいる小学校に行ったんです。 でも、小学校にも奴等が沢山いて・・・兄さんが助けに来てくれたので、なんとか家に帰り着いたけど、仕事が終わって帰って来てるはずの母さんが居なくて・・・」
美希は涙を堪えているが、言葉が続かない。
「俺達が家に帰り着いたのは暗くなってからだったんだ・・・暗い中で奴等に出くわしたらヤバいだろうと思って、母さんを迎えに行こうと言う妹達を説得して、一晩休んで・・・すぐに街から逃げられるように準備して、昨日の昼頃に母さんの職場まで捜しにいったんだ・・・そしたら・・・母さんが奴等と同じになってて・・・襲い掛かってきたんだ・・・! だから、俺は気が動転して妹達を連れて車で逃げたんだ・・・。その後家に帰って一晩過ごして、今日の昼過ぎにこの街を出ようと車を走らせたんだ・・・そしたら、奴等の集団に出くわして・・・。もし俺が妹達の言った通りに母さんを捜しに行っていれば、母さんは死なずに済んで、今頃4人で逃げられてたかもしれないのに・・・!」
悠介は、美希から説明を引き継いだが、悔しさと情けなさで涙を流して拳を握りしめている。
父親の話が無い所を見ると、片親なのかもしれない・・・。
「そうか・・・辛い事を思い出させてすまなかった・・・」
俺は、地面に座ったまま泣いている悠介の前にしゃがみ、肩を抱き慰める。
美希も肩を震わせて泣いている。
彼等は強い・・・出会ってから今迄悲しそうな顔をしなかった・・・小さい妹を心配させまいと気を張ってたのだろう。
「すまない・・・見苦しい所を見せてしまった・・・。 あんたは、何で1人でいるんだ・・・? 家族はいないのか?」
涙を拭った悠介が俺に聞いてくる。
「俺も似たような物だよ・・・」
俺は、この騒動が起きてからの経緯を話した。
駅前で騒動に巻き込まれ、夏帆が死に、母からの電話で立ち直り、夏帆を葬い、物資や武器を集めて今に至るまでを簡潔に説明した。
「ごめんなさい・・・辛いのは私達だけじゃ無いのに・・・」
美希が俺の話を聞いて涙ながらに謝罪した。
「気にするな・・・お互い様だろう? それより、君達はこれからどうするんだ? 行きたい所があるなら、送るけど?」
乗りかかった船だ。 ここで見捨てる訳にもいかない。
そんなことをしたら、夏帆に怒られるだろう・・・。
「どうするも何も、近くには親戚もいないし、妹達を安全な場所に避難させたいけど、何処に行くべきか・・・」
悠介が不安そうに呟く。
「行きたい所が無いなら、俺と一緒に来るか? 道程は長いが、状況が悪化していなければ、安全な場所だ」
「そんな場所があるのか!? 妹達が安心して暮らせるなら、是非ついて行きたい!!」
俺の提案に悠介が食い付き、美希が顔を輝かせる。
「あぁ、北海道・四国・九州は安全だと母が言っていた。 目指すのは、俺の実家のある九州だ・・・かなり距離があるし、道中何が起きるか解らない・・・もしかしたら、君達の身に危険が及ぶかもしれない・・・それでも良ければ、俺は一緒に来て欲しい」
無理強いはしない・・・あくまで彼等の判断に任せる。
確かに安全な場所かもしれない・・・だが、それまでに命を落とさない保証は無い。
「あぁ、確かに危険かもしれない・・・でも、今の状況で、近場で他に安全な所があるとは限らない・・・何処に行くにしても危険が伴うなら、たとえ遠くても安全な場所に賭けたい・・・!」
悠介はそう言い、美希を見る。
美希も不安そうではあったが、自分の膝枕で眠る千枝の顔を見て、小さく頷いた。
「わかった・・・なら、明日からよろしく頼む!」
俺が彼等にそう言うと、意を決したように頷いてくれた。
こうして、こんな状況になって初めての仲間が出来た。
俺は、この家族思いの仲間を守ろう。
そう心に誓い、眠りに落ちた・・・。




