硝子の華
「硝華」
帰り道、後ろから呼び止められ足を止める。
「悠貴」
「お前ぜったいおれが後ろにいたの気付いてただろ」
ニヤリと笑い、彼が言う。
その笑顔に私の心は、いちいち反応してしまう。
「別に。足音には気付いてたけど、誰かわかんなかったから振り返らなかっただけよ」
「なんで」
「...昨日、変なやつが後ろにいたから。今日もいたら怖いなと思ったの」
「ふうん」
少しだけ沈黙が流れて、二人の足音だけが耳に残る。
いつもあなたと帰るこの時間だけ、あなたの隣を歩くときだけ、私は少しだけ口下手になる。
違う人ならもっと明るく、笑って話すことができるのに。
「なぁ、お前高校どこ行くの」
「...西高」
「そんなん家から近いから、だろ。おれはぜったいこの町じゃないところに行くよ」
「あっそ。でもめんどくさいじゃん、家から遠いの」
「それでも行きたいから行くんだよ。お前こそもっと視野広げてみれば」
そう言われて自分の世界の小ささについて、少しだけ考えた。
思えば担任にだって、塾の先生にだって「もっとランクを上げても良いんじゃないか」と言われた記憶がある。
「―――お前と離れたらもう、こんな風に帰れなくなっちゃうな」
その一言が、私の胸中を抉った。
「そうだね」と笑って答えて、別れ道のところに着いたので手を振った。
同じ学校の今でさえ、こんなにも心が痛がっているのに、違う学校に進学してしまったら私は死んでしまうにではないかと本気で考えたことさえあった。
口下手でも何でも良いから、あなたに"好き"と、そう一言言えたのなら私は大丈夫なのかもしれない。
それが良い結果でも、悪い結果に終わってしまったとしても、私は私を保っていられるだろう。
でも、――――いつまで友達のフリをしていれば良いのだろう。
あなたが私のことを女だと思っていないことは、嫌なくらい分かっているから。
フラれるのが怖い、だけど誰かに取られてしまうことの方が怖い。だけど、それでもどうしても、私は一歩を踏み出せないままでいる。
今日が花火大会の日だと、花火の音を聞いて思い出した。
小さかった頃は浴衣を着てよく行っていたけれど、今はもう行かなくなってしまった。
昨日あなたに会ったときに訊いておけば良かった。
「祭りには行くの」「花火は見るの」「誰と行くの」
なんて訊いて、女の子の名前が出てきたら、私はどうするつもりだったのだろうか。
家の窓を覗いてみると、ちょうど花火が見えた。
赤、青、緑、黄色。
色とりどりの花が空に咲いていた。
あなたは今どこで、誰とこれを見ているのだろう。そんなことを考えたら涙が出てきた。
今更、あなたにLINEや電話で訊くのも怖くて、もうどうすることも出来なかった。
私はただ、花火を見て涙を零した。
私の恋は涙みたいに散るのだろうか。それとも、硝子の華如く、儚げに悲しげに散ってしまうのだろうか。
「好きだよ、悠貴」
花火を見て、一人そう呟いた。
end