1話
やや古ぼけ始めた屋敷の一室へと歩みを進める娘がいた。
外は一面の銀世界。
屋敷の至る所隙間がありそこから冷たい冷気が容赦なく吹き付けてくる。
ぎしぎしと床板をならしながら寒い廊下を一歩一歩身長に歩いていく。
美しいドレスとはいえないもののさしてぼろぼろともいえないごくごく普通。
しかし、脇にはやや華奢な体にしては大きい一冊の本を抱えて。
目的の部屋の前に到着したときノックして早々返事も聞かず扉を開ける。
中には二人の使用人と暖炉の前の安楽いすに老人が一人いるだけである。
「お父様っ!」
「なんとも冬は堪えるのぅ。」
「はい。ですが。」
「これ、仮にも貴族の娘であろうに。ドアをノックしたら中の者が開けるまで待つのがマナーだと。」
「小言はこれを見てからにしてくださらない?」
「なんだ、これは。」
「我が家の出納帳ですわ。ここの支出はおかしいですよ。こんな大金を支出するだけの余裕はないはずです。屋敷の修繕費にも事欠くような我が家に。」
「ふっ、良く見つけたね。」
「ここに書かれている土地というのは伯爵様の御領地ですわよね?」
「いかにも。」
「なぜその伯爵様の御領地に我が家の一月にかかる食費の何倍なのかご存じですよね。元ご当主様?」
「だから?」
「だからここを削ればここまで困窮することはないと思いますが。」
「残念だがそれは出来ない。ましてや我が家は困窮などしておらぬ。」
「お父様!」
「聞き分けのない娘よ。」
「お父様??」
「ロザリンド。私は当主の座を息子にゆだねた。私にはどうすることも出来ない。」
「お父様?このままでは私は嫁ぐための持参金さえないではありませんか。」
「これ。」
「仮にももう15を過ぎ、もうすぐ16になろうというのに。」
「ロザリンド。」
「いいわ。私確かめるから。」
侍女達の制止を振り切り部屋を飛び出していった。
「誰に似たものか。」
ぱちぱちと燃える暖炉に手をかざしながら少し困ったような顔をしてあたっている。
ロザリンドは自分の部屋へ行き、手紙をしたためる。
書き終わると侍女の一人に預けた。
「今から都へ行き我が当主へ渡してほしいの。」
黙って頷き下がっていった。
程なく返事が届いた。
「さすがね。」
そこには万事整えたと書かれていた。
「私、確かめに行くわ。」
「これこれ。なんだその格好は。」
「お父様が教えてくださらなかったから私行きます。」
「おまえ、どこへ行くの?」
心配そうな顔をする一人のご婦人が居た。
彼女こそ、そばでおろおろとする元男爵の妻であり、今にも飛びださんとする娘の母である。
「ドーシア。止めろ!」
「あの子は言い出したら聞きません。好きにさせましょう。危ないことは絶対しないと約束するならですけれど。」
にっこりと笑う。
「行ってきなさい。そして、納得する答えを見つけてきなさい。答えが見つからなくてもいつでも帰ってくるのですよ。」
母、ドーシアに優しく見送られ、ロザリンドは少しの手荷物を持って歩き始めた。
目的地は件の伯爵領にあるブナスと言う町の郊外、古城サノーン城へと向かうのだ。