3日目
第三章を開いていただきありがとうございます。
『Lv12
CP 9524/11000
HP 328/328
MP 174/174
SP 180/180
STR 34
VIT 36
DEX 32
AGI 35
INT 37
MND 32
所持金:12860erg
槍 67/1000 S
格闘 32/1000 S
革防具 47/1000 V
盾 42/1000 V
採取 27/1000 D
索敵 48/1000 A
夜間行動 85/1000 A
話術 7/1000 I
ソイルボール 137/1000 I』
日が昇る頃、ネムレスは飛躍的に成長していた。
夜の寒さでは冷めぬ不思議な熱も朝日の温かさに冷めてしまう。刃こぼれして切れなくなった槍と擦り切れた革防具、破損したアイアンシールド、満身創痍のネムレスは素手と魔法によって狂戦士の如く暴れ狂った。
気怠い身体を引きずるようにして街へと戻る。
獲得した物品を冒険者の店で売り払えば一万エルグは軽く超過した。
時刻は8時を指そうとしており、早い者ではもう街の外へと出て行っている。
フレンドリストからコルトのタップし、通話ボタンを押す。数回のコール音の後、昨日と同じ声が聞こえた。電話越しのような声ではなく、実はすぐ近くを飛んでいて俺の目に映ってないのではないかと錯覚するほど鮮明な声だった。
「ネムレスだけど、約束の件で」
「おお、分かった。お前、今どこだ?」
「冒険者の店の前」
「分かった。いますぐ行くから、中で待ってろ」
ネムレスが店へと踵を返して、適当に腰を掛けるとすぐにコルトが店に入ってきた。どうやら銀翼を惜しむことなく羽ばたかせてやってきたらしい。
「お待たせ」
「いや、全然待ってない」
通話を切ってから30秒で来てもらってお待たせもなにもないだろう。
「じゃあ、早速だけどリセット頼むよ」
「OK」
ネムレスはコルトをパーティーに勧誘し、コルトが了承する。そして、スキルウィンドウを開きサム・カスタムを選択。コルトの目の前にウィンドウが現れ、それをタップする。
「おお、マジでCPが戻ってる」
ステータス画面を開くコルトは驚いていた。
「これで約束は守ったよ」
「ああ、助かった。余計なスキルに振ったり、新しいスキルが手に入ったりで困ってたんだよ」
「それは良かった」
席を立とうとするネムレス。
「なんだ。もう行くのか?」
「この後、人と会う約束なんだ」
「そうか。俺のために時間作ってくれたんだな。ありがとう」
「約束は約束だから。それじゃあね」
「じゃあな。俺の力が借りたくなったら連絡くれよ」
ただただ約束を果たすための呼び出し。意外でもないがあっさりとした別れ。ネムレスとコルトの関係性はこんなものだ。そう、ネムレス自身が自覚していた。
ネムレスはアキラにコンタクトを取る前に武器や防具の修理のために武具屋を訪れた。修理には一日を要し、今のレベルならもう少し上の武器や防具に買い変える事を勧められた。
なので、新しく購入する武具について検討した。
近接武器は重い種類から順に短剣、格闘武器、片手剣、片手槍、片手斧、片手鎚、両手剣、両手槍、両手斧、両手鎚。
遠距離武器は投擲武器、弓。
魔法武器は片手杖、両手杖。
防具は五カ所に素材別の金属、革、布。それと盾。
少なくとも店売り品はそれらしか売られていない。
Lv10以上で着用可能な革防具一式、短剣、片手剣、片手槌、片手杖、両手槍、投擲用のダガーを3本。計11500erg。
そのあとに魔法屋で買う予定だった攻撃魔法3種と防御魔法と回復魔法で2500erg。
更に何らかの条件を満たして新しく表示された付与魔法と呼ばれる物も購入。計4000erg。
買ったものをリストすると
『短剣
片手剣
片手槌
片手杖
両手槍
投擲用ダガー×3
ウォーターボール
ウィンドウボール
ファイアボール
マジックシールド
ヒール
ソイルエンチャント
ウォーターエンチャント
ウィンドウエンチャント
ファイアエンチャント』
以上。これで夜通し乱獲した利益も全てこれらに費やされた。
タクティクスインベントリの空きは3つ。使い慣れた槍と咄嗟の時に防ぐ盾、それから回復薬のHPポーション。これだけで埋まってしまう。
時刻は10時手前を指していた。
フレンドリストを開き、アキラの名前をじっと見つめる。昨日のタンバとのやり取りが脳裏をよぎる。
通話。
「もしもし、ネムレスさん?」
「アキラさん。例の話のことなんだけど、今いいかな?」
「チーム加入の話だね!」
声が3オクターブぐらい上がった錯覚を覚える。
「ああ、あの話受けようと思う」
「本当に!?」
「ああ、チームの一員として足を引っ張らない程度にレベルも上げた。だから、俺を入れて欲しい」
入れて欲しい。自然とその言葉が出ていた。勧誘を受けるのではなく、入りたい。たかだか受動的か能動的かの違いだ。だが、それはアキラにとっては違ったらしい。
「もちろん! ネムレスさん、今どこにいます?」
「アキラさんと出会った場所」
日当たり良好。あの日と同じ席にネムレスは座っていた。
「お待たせしました」
アキラはネムレスの姿を見つけると駆け寄ってそう言った。
「久しぶり、まぁ座って」
「はい。……ネムレスさん、少し雰囲気変わりました?」
「そうかな?」
「気に障ったならごめんなさい。あの時のネムレスさんに儚気とか朧気な雰囲気があったから」
「たぶん、この三日間で色んな人に会ったからかな」
初めに会ったのがアキラだった。次に冒険者の店でタンバ、夜にすぐそこの通りで龍馬、魔法屋でツカサに会って、料理屋でゆうきとあやの、郊外でコルト。ネムレスにとって出会った一人一人が考えさせられる切っ掛けになっていた。
「そう言えば、あやのとゆうきとツカサに会ったんだってね。私も一緒に食事したかったな」
「そうだね。チーム全員で行こう」
その言葉にアキラは破顔する。
「はい!」
アキラはインベントリを開き一枚のカードを取り出す。それはローズクォーツの全員が身に付けている装飾品だ。
「これ、受け取ってもらえますか?」
「もちろん。ありがとう」
紅石英の耳飾り。ピンクで透明な可愛いピアスで、男性が身に付けるにはやはり可愛すぎるか。
システム的な効果は被回復量10%上昇とMNDに+3の補正がかかる。武具屋にも売っていない一品だ。
そして、規定の手続きに則りネムレスは『ローズクォーツのネムレス』になった。
「じゃあ、早速歓迎会を開きましょう!」
アキラは手早くチーム全員に連絡を入れるとネムレスの手を取った。
「行きましょう」
握られた手は暖かく、柔らかかった。
時刻は昼前、場所は冒険者の店。ネムレスはアキラに引っ張られながらやってきた。扉をくぐると、奇異な視線をチラチラと向けられた。それが自分に向けられた物かと自意識過剰になっていたネムレスだったが、注目を集めていたのがアキラだと気づいた。しかし、アキラ自身は気が付かない、あるいは気づかないふりをしている。
「チームにはチームルームていう専用の部屋があって、今日はそこでネムレスさんの歓迎会をするの。今は半ばシオンの研究室みたいになってるけどね」
少しだけ苦笑いしていた。冒険者の店の奥、今まで足を踏み入れたことのない場所だった。
「シオンさんってどんな人?」
「んー、私の友達で魔法使い。CSOの世界、ゲームのシステムみたいなものを研究してるの。ここがチームルームに入るための扉。どの扉から入っても所属しているチームの部屋に入れるの」
左右に3つずつの扉と突き当たりに1つ扉がある。
「ネムレスさんからどうぞ」
ネムレスはアキラに促されるがまま中に入る。
冒険者の店の外観からは想像できないほど広い部屋だった。単純な話、店の敷地の半分ぐらいの部屋がそこにはあった。更にまだ奥がありそうだ。
「君が新人君か」
煙管を咥えた美人が現れた。豊満な曲線を持ち、大人びた雰囲気を漂わせており、知的な印象を抱く。
「シオンちゃん。この人が話したネムレスさんです」
その女性の頭上には『†シオン†▼』と表示された。
「初めまして」
「ああ、初めまして。話に聞いたよりも利発そうな子じゃないか。ん? 彼は本当に初心者なのか?」
子という表現がシオンの推測年齢をぐっと押し上げる。
この問いにアキラが答える。
「そうですよ。三日前にはレベル1で街中を歩いてるところで出会ったんです」
「今は12だけどね」
「そうか。ならいいんだ」
シオンはインベントリを開き数十枚のカードを取り出す。
「アキラちゃん。これ、頼まれた物買い足しておいたから」
「ありがとうございます。では、準備しますね」
「えーっと、俺は何か手伝えばいいかな?」
「大丈夫です。シオンちゃんと楽しくお喋りしててください」
ネムレスの視線がシオンに向けられる。シオンは先に椅子に座って煙管に葉を詰めていた。
「ネムレス君、座りたまえ」
「はい」
ネムレスは畏まって座る。年上の知的な女性に少年扱いされ、その通りに振る舞ってしまう。
「そう畏まらないでくれ。こう見えてもアキラちゃんとは同い年だ」
纏う雰囲気が明らかに大人びている。
「そうだったんですか」
ネムレスはアキラの年齢を知らない。
「この喋り方もロールプレイの一つだと思ってくれ。私達はゲームのキャラクターであり、役割がある。私はそう思っている」
「シオンさんはこの世界の研究をしてるってアキラさんから聞きました。それってどういうことですか?」
煙管に火を点け、一条の白い煙が立ち込める。タバコとは違った趣のある薫りだ。
「なに、色々さ。フラグ管理やダメージ計算、CPの推奨割り振り。もっぱらゲーム攻略を効率的に行うための研究が一つ。もう一つはゲームをクリアの方法について、といってもこればっかりは推測の域を出ないがね」
ゲームクリア。オンラインゲームではストーリークエストクリアみたいなものは存在することが多いが、それはオンラインゲームを楽しむコンテンツの一つという程度の認識が一般的だ。
「シオンさんが考えるゲームクリアってなんですか?」
「そうだな……。結論から言うと、このゲームにクリアはまだ実装されていない。というのが私の考えだ」
「実装されていない?」
「ああ。これはローズクォーツの全員に話したことがある推論なんだが、まだ他のプレイヤーには話さないで貰えると助かる」
「はい」
「では、話を進めよう。もともと、CSOの世界観の説明では人が住む現界、神族が住む天界、魔族が住む魔界があるという一文があるのを覚えているか?」
ネムレスは聞き覚えが無い表情を浮かべ、シオンはその表情を読み取る。
「北海道の天界、九州の魔界、そして本州の現界。不思議と四国についての情報が無いことが気になるが、私は四国が未実装と考えている」
「未実装ですか」
「ああ、CSO世界は毎週アップデートが行われる。といっても、アップデートはまだ一度しか行われたことがない」
「一度ってことはCSOが始まってまだ2週間経ってないんですか?」
「……? おかしなことを聞くんだな」
「あ、いえ……」
「まぁいい。……どこまで話したかな?」
「四国が未実装だという話だったと思います」
「そうだ。天界と魔界の情報があることにはあるんだが、魔族モンスターと神族モンスターを発見した者が未だに誰もいないという点がおかしいと私は考えている」
「それってどういうことですか?」
「まだプレイヤーのレベルが足りてないから出会えない。というならば、私の仮説は否定されるんだが、両勢力のモンスターの情報が出ないというのはおかしい。廃プレイヤーは既に30レベルを超え、関東平野、セントラルシティから拠点を変えているプレイヤーもいる。だが、彼らからもたらされる情報に神族のしの字も出てこない」
煙管を灰皿にカンと叩くと燃え尽きた葉は灰となり山になる。
「でも、それっておかしくないですか? ゲームの情報として既にあって、まだ実装されていない。だったらネタバレもいいところじゃないですか」
「そうだが、あれはネタバレじゃなくて予告という可能性がある」
「予告ですか?」
「ああ。ゲーム情報には人間勢力も関わってくる。第一に神族と魔族の衝突、第二に人族が巻き込まれ、第三に人族が両勢力に加担し、裏切る。そう情報があったはずだ」
「そういえば、他のプレイヤーからレベル25以上になるとプレイヤーキルができるって話がありました」
「ああ、その情報は聞いていたのか。その情報も組み合わせるとこうなる。人間同士で争う条件が整うまで、界合は起こらない」
ネムレスは身震いした。
「つまり、プレイヤーの成長はゲームクリアに近づき、争いを招く」
「そういうことだ。プレイヤーキルについての情報がガセという話もあるが、おそらく本当だろう」
そこでネムレスはふと思った。情報のソースは確かに開示されていない。タンバから聞いた話を鵜呑みにしただけだ。
「本当だという根拠は?」
「根拠というよりも、これは女の勘だが、このゲームの開発陣であるソウルプロジェクトの人間がこの世界にいる。そして、彼らはプレイヤーと同じ環境下で情報を漏らしている」
「それは……」
「これはゲームクリアの仮説の一つにゲームマスターを発見し捕まえることがクリア条件だという推測の過程から派生して考えたものだ。開発者がゲームにいる可能性は十分にある」
「それは何故ですか?」
「まず、アップデートが行われている事。これはゲームが管理者の手から離れていないという事の証だ。アップデートとはつまり、プレイヤーが楽しみ、飽きないことが重要であり、そのためにプレイヤーの声を聞く必要がある。しかし、このゲームには要望を送る先が無い。よって、管理者自らプレイヤーとして世界に馴染み、プレイヤーの声を聞く必要があるという仮説が成り立つ」
「……そういうシオンさんが管理者という可能性は?」
「ああ、探偵が犯人という説かい? それなら大丈夫、アキラちゃんが証明してくれる。そもそもこのゲームをするきっかけがアキラちゃんから誘われた事だからね。そのアキラも疑うなら証明のしようが無いけどね」
「分かりました」
「一応、このチームの参謀というかブレインみたいな役割を任されてるからね。チームの大目標は界合が行われるまでに仲間を集め、レベルを上げ、自衛できることが最低条件だ。ゲームクリアには更に多くの条件が必要になるだろう」
「分かりました」
「いい返事だ。そのためには小目標を一つずつクリアすることが大事になる」
「小目標ですか?」
その時、扉が開き見覚えのある三人が入ってきた。
「君と仲良くなることだよ」
シオンはネムレスに笑いかけた。
パーティーとはすなわち食事会だった。主賓はネムレス、主催はローズクォーツ、料理長はアキラだ。アキラはモノトーンのエプロンドレスを着ており、可愛らしく厨房で働いている。
「アキラさんって料理上手いんですね」
「現実世界でも料理はしてましたから。それに料理スキルで味に補正がついてるのかもしれません」
アキラは冗談めかして皿に料理を盛っており、ネムレスとシオンの間に座るツカサは両隣の話に興味深そうに頷いており、ゆうきはあやのと一緒に盛りつけられた皿を卓上に並べ、特に量が多い物をあやのは優先的にゆうきの席に置く。
「アキラちゃんの料理は本当に素晴らしい。まだ料理スキルの習熟度が低い時から食べてるけど、本当に美味しい。こんなことなら、むこうでも作ってもらえば良かった」
シオンは笑顔でツカサの空いた皿に野菜を入れ、ツカサは苦笑いしながら礼を言う。トマトはお気に召さないらしい。
「そういえば、ツカサ君が調合でアキラさんが料理なら他の人はどんな生産スキルを取ってるんですか?」
ネムレスがふと疑問に思ったことを口にする。
「私が執筆、ゆうきが細工、あやのが鍛冶だ。執筆はその名の通り本を書いたり、本を批評するあれだ。魔法の補助品を作ったりもできるぞ。細工は私達が着けてるこのピアスや指輪なんかを作ることができるスキル。鍛冶はそのまま金属の武器や防具を作ることができる」
「俺にできそうな生産スキルってありますか?」
「君のソウルスキルがあれば、できないものはないだろう。むしろ、積極的に他のスキルも習得する方がいいだろうね。ステータスのことを考えて上げるなら、執筆と調合はINT、料理がMND、細工がDEXで、鍛冶がSTRだね。他に確認されてる物と言えば、木工、付与術、裁縫、絵師、彫刻、作曲、演奏とかかな」
シオンが説明する各スキルを整理すると
S彫刻は木や石を掘り道具を作成する。ある魔法によって動く人形を作成することができる。
D木工は矢や弓といった武器類や木製の家具等を作るスキル。
D演奏は音楽を理解する物全てに効果を与える。演奏後もしばらく効果は持続する。
D裁縫は布製の防具や寝具といった道具を作成するスキル。
I付与術は魔法結晶と呼ばれる高価なクリスタルに魔法を封じ込め、消耗品として魔法が使えるようにするスキル。
M絵師は絵を描くスキル。人探しのクエストや言葉が通じない種族との交流が可能になる。
M作曲は演奏に必要な楽譜を作る。優れた楽譜は演奏の効果を増幅させる。
となる。
「どれにするか迷いますね」
「まぁ急ぐ必要はない。それよりも気になるのはネムレス君のCPが余り気味なのはチーム参謀として見過ごせないな」
シオンの目がキラリと光る。
「さて、この後だがミーティングでもしようじゃないか。新しいメンバーが増えたんだ。作戦の幅が広がるぞ」
この世界には二種類の人間がいる。頭を使うのが好きな人と嫌いな人。シオンは前者らしい。
「シオンちゃん、気が早いですよ。さあさあ、料理も全部できました。皆さん、手を合わせてください」
ネムレス以外の全員が行儀よく手を合わせている。それに倣いネムレスも手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」×5
何とも言えない懐かしさがあった。
二次会、もといミーティング。議題は『新パーティーの構成』
各自に紙が配布され、各々のステータスとスキルを書き込んだ後、シオンに提出し、シオンの執筆スキルによる複写でコピーを作る。そして、パーティーメンバー全員に配る。
ネムレスは受け取った紙に目を通す。
『アキラ Lv14
シオン Lv14
ツカサ Lv13
ゆうき Lv13
あやの Lv13
ネムレス Lv12』
レベルは以上の通り。真っ先に気になる点はチームメンバーのソウルスキルだ。
「では、ミーティングを始めましょう。といっても、話し合いというよりも確認作業なんだけどね」
シオンの掛け声でミーティングは始まった。
「まず、初めに受け取った用紙で気になる点がある人は挙手を」
そこでネムレスが手を上げる。
「ネムレス君、何か?」
「ソウルスキルの事なんですけど、ゆうきさんの『天使の羽』とあやのさんの『剣王』とシオンさんの『ラプラスの悪魔』ってどんなスキルなんですか?」
「アキラとツカサのソウルスキルはいいのか?」
「二人のソウルスキルは既に聞いてるので」
「分かった。なら、ソウルスキルについての質問は本人が答えたほうがいいだろう。まずはゆうき」
「はい。僕のソウルスキルは『天使の羽』で、効果は1分間AGIを2倍にするっていう効果。具体的に言うと移動力が飛躍的に上がって敵の攻撃を避けやすくなって、それで敵の攪乱や後衛が襲われた時のバックアップができるって所かな。ただ、再使用時間が24時間もあって、実質1日に1回しか使えない。何か気になるところはあるかな?」
「スキル詳細に効果Ⅰって表記はありますか?」
「うん。これってたぶん、効果Ⅱがあるってことだよね。楽しみだな」
「そうだな。俺からゆうきさんへの質問はないです」
「では、次はあやのだな」
「……」
あやのは閉口したままだった。
「あやの」
シオンが促すようにもう一度声をかける。
「……ああ、私のソウルスキルは『剣王』。効果は刃を持つ武器によるダメージの上昇と熟練度の成長率が高い事」
「ダメージの上昇率ってどれぐらいですか?」
「15%」
「ありがとう。あやのさんへの質問は以上です」
「じゃあ、最後は私だね。私のスキルは『ラプラスの悪魔』。この単語を聞いたことがあるか?」
「悪魔って、キリスト教とかで出てくる悪魔ですか? 七つの大罪のルシファーとかサタンみたいな」
「それとはちょっと違うね。この言葉は物理学で出てくる単語なんだけど、簡単にいうと未来予知ができるっていう思考実験から生まれた悪魔。で、私の持つスキルの効果は相手の名前を知っていて、予備動作を見るだけで攻撃の種類や射程、効果が瞬時にわかるって物」
「それってかなり凄いんじゃないですか?」
「そうね。名前さえ入手していれば、初見のモンスターでもなんとかなるわね」
このパーティーってひょっとして強いんじゃないか? とネムレスは思った。
「ネムレス君、何か質問はありますか?」
「それって、モンスターだけじゃなくてプレイヤーにも適応されるんですか?」
「ええ、一度ツカサにお願いして実験した時に物理攻撃も魔法攻撃もきちんと視認できたわ」
つまり、いずれ来たるプレイヤーキルへの対処が可能ということだ。
「俺からの質問は以上です」
「僕の質問もいいですか?」
今度はツカサが手を挙げた。
「ツカサ君」
「ネムレスさんのソウルスキルってどういった効果なんですか?」
それは当然の質問だと思った。
「俺のソウルスキルは『サム・カスタム』。自分や任意のパーティーメンバーのスキル振った全CPを初期化すること。回数制限や再使用時間はないです。何か質問はあるかな?」
ツカサは特になさそうな素振りを見せ、シオンが口を開く。
「どういった時に使えて、どういった時に使えない?」
「えーっと、スキルウィンドウを開いて使用するので戦闘中は無理かと。あと、これは勝手に決めたんですけどもしもこのスキルが周囲にばれたらお願いごとが頻繁になりそうなので、周りには一日に一回しか使えないってことにしてます」
「なるほど。確かに今はまだ他のプレイヤーもCPを持て余し気味みたいだが、いずれ初期化したいと願い出る奴は少なくないだろう。チーム全体として口裏は合わせよう」
「ありがとうございます」
「他に質問は無いか?」
全員無い意思を表す。
「では次に行こう。本題のパーティー構成についてだ。まず従来の構成は前衛をあやのとゆうき、後衛を私とあきら、前後衛のスイッチをツカサがやっていた。基本戦術はあやのが敵を引きつつ攻撃を加え、ゆうきが敵の背後したり、他のモンスターを攻撃し攪乱、アキラが前衛を回復して、私が指示を飛ばす。ツカサはその時々で役割は変わるが、前衛が薄い時は前衛、前衛が十分な時は後衛から高火力攻撃。ここまではいいかな?」
全員が頷く。
「今の所、戦力的な偏りは無いが迷宮に入れる最大人数6人を5人でカバーすることは難しかった。しかし、今はネムレス君がいる。ネムレス君のソウルスキルの特徴から言えば、ツカサ程の即効性はない。全スキルをリセットということはつまり、スキルを振り直す時間が必要ということ、今はスキルこそ少ないから数十秒で振り終わるかもしれないがスキルが増えれば数分は動けないだろう。ただし、そのデメリットを補って余りあるメリットがあるのは事実だ。VIT特化の盾もできればINT特化の魔法アタッカーも、AGI特化にすればゆうきと並ぶこともできる。つまり、ネムレス君はジョーカーということになる」
「俺がジョーカー?」
「そう、ジョーカー。それともワイルドカードって言った方がかっこいいかしら?」
言い方はお好きにどうぞ。
「俺はどうしたほうがいいですか?」
「まずはスキルの熟練度を上げるのが最優先ね。習熟度は低いほど上がりやすくて、高いほど上がりにくいの。だから、とにかく低いスキルをかたっぱしから上げて、CPを割り振って余すことなく割り振りなさい。そのソウルスキルを活かすには序盤はCPを割り振りまくって、中盤以降は特化型にするのがいいと思うの。いいかしら?」
「分かりました」
ネムレスはとにかく多くのスキルの熟練度を上げることを目指した。
「構成に関してはネムレス君の場合、その時々で役割が異なってくるからあえて決めない。というより、決めようと思ったんだけど、可能性はあるのに手持ちのスキルが少なすぎて活かしきれてないわ。ゲームだから強制はしたくないのだけど、死と隣り合わせの戦いは現実のそれと同じ。私の指示もパーティーを活かし生かすため。だから、お願いね」
チームの頭脳担当の言葉は本心から来る言葉だった。
「さてと、次はアキラちゃんね。また回復魔法の熟練度が上がってるわね。もう400を超えて半ばってことは蘇生魔法ももうすぐかしら」
「うん。私だって頑張ってるんだから」
「ええ、それは私が一番知ってるわ。だけど、あまり無理しないでね」
「分かってる」
「ならいいんだけどね。さて、MNDの成長も十分ね。このレベル帯なら十分。MPの最大値も増えてきたようだし、少しぐらいの連戦ならなんとかなりそうね」
「ツカサちゃんから貰ったポーションもありますからね」
アキラはツカサへと微笑みかける。
「じゃあ、次はツカサ。……どうやら魔法が近接よりもスキルが高めになってるわね。私がツカサにお願いしている頻度がこういう形で分かるのはいいわね。アキラの回復量も回数も増えたことだし、これまで以上に近接系で起用することもあると思うわ」
「分かりました。それと相談なんですけど、僕の近接武器を短剣から片手鈍器にしようと思うんですけど、どうですか?」
「そう考えた理由は?」
「あやのさんが片手剣か両手剣でゆうきさんが短剣、二人とも斬撃系で打撃がないから、僕ができないかなって思ったんです。ネムレスさんが入ってくれたおかげでCPが遊ぶこともないですから、良いかなって思ったんですけど」
「そうね。片手鈍器ってことは盾を持つってことよね?」
「はい。僕が前に行く時って前衛が少ないってことですから、攻撃力より防御力かなって」
「そうね。あやのとのスイッチが上手く可能性もあるし、それは良いと思うわ。ネムレス君もツカサにリセットすることには問題ないでしょ?」
「はい」
「私からツカサへは以上ね。質問はあるかしら?」
「ないです」
「では、次はゆうき君ね。AGIが高くなって短剣スキルも上がってる。技スキルも十分。だけど、ちょっとVITが低いのが気になるわね。……あまり攻撃を受けないから革防具の熟練度が足りないのね。VITは最大HPにも関わるからできれば上げてね。99%避けられても、たった1%で瀕死になるなんて困るからね」
「努力します」
「……前もそう言ったわね。まだ、強い攻撃をするモンスターに合ってないからいいんだけど、いずれは出会うから準備だけは忘れずに。何か質問は?」
「ないです」
「では、次にあやの。特に問題らしい問題は無いわね。片手剣と両手剣の熟練度はとてもいいわ。技スキルも充実してる。ただ、AGIが少ないせいか最大SPが少ない。だから、技が連発しにくくなってるわね。一応、持ち前のSTRでポーションを多く携帯できるから、今の所問題ないけど、飲める量にも限界はあるから気を付けてね。何か質問は?」
そこで手を挙げたのはネムレスだった。
「ネムレス君、何かしら?」
「ポーションって飲める量に限界あるんですか?」
「……ああ、そういうことね。ゲーム感覚で言うならポーションは何個でも飲めるってイメージでしょうけど、ポーションを飲んでも満腹感ってあるのよ。飲みすぎるとお腹がパンパンになって生理的に飲めなくなる」
「……マジですか?」
「マジです。ちなみにポーションを飲める量もプレイヤースキルの一つって考えがあるの。ツカサ君からポーションを貰ったと思うけど、あれが150mlでミニ缶ぐらいの量があるの。あれを何本も飲むのって難しいでしょ?」
ネムレスがイメージするのは某炭酸飲料だ。
「飲み過ぎれば動きに支障が出るし、気分が悪くなる。調合過程で工夫して味を付けたりして飲みやすくはしてるんだけど、それでも10本飲めれば十分だと思う。一人、おかしいのがいるけど」
「一人?」
「ゆうき君。彼、最高で36本は飲めるの」
「36本!?」
単純計算で5.4Lだ。満腹中枢が壊れてるとしか思えない。
「ほら、ポーションって飲み物だから」
ポーションは薬だと思います。
「彼、怖いわよ。ピンボールみたいに跳ね動きながらポーションを飲んで背後から攻撃する姿は」
恐ろしい。
「さて、話がずれたけれどあやのからは何か質問はないかしら?」
「ないわ」
「では、最後に私から。魔法スキルの熟練度が上がり、魔法スキルが購入可能になったのでいくつか増えました。特に範囲魔法が増えた事で作戦の幅が広がることでしょう。質問はありますか?」
ゆうきが手を上げる。
「その範囲魔法ってなんですか?」
「土属性と火属性の魔法で射程20m、直径3メートル範囲の魔法。説明から推測すると両方とも足元から吹き出すような攻撃になると思います」
「分かりました」
「質問は以上ですか?」
沈黙。
「では今回のミーティングは終わります。さて、次は実践ですね」
にっこりとほほ笑むシオンは企み顔だった。
買い物や準備を済ませ、北門へと再集合すると、シオンはワゴンと呼ばれる6人掛けのオープン馬車をどこからか借りていた。料金は100[erg/h]だそうだが、チームの共有資産から出ることになっていた。
騎乗スキルを持つあやのが御者台に、喋り相手にゆうきがその隣。ワゴンには二人掛けの椅子が二つあり、ネムレスとツカサ、アキラとシオンが隣り合って座っている。セントラルシティを出た頃の午後の陽光も斜陽となる頃に目的の地にたどり着いた。
「今日はここをキャンプ地とする。アキラは料理の仕度、あやのはその警護。ゆうき君とツカサ君は薪拾いとテントの組立。ネムレス君は私と一緒に来なさい」
このチームの実質的リーダーはシオンだとネムレスは思っている。本来のリーダーはアキラだが、かなりの決定権をシオンに委譲しているといった所か。
「俺は何するんですか?」
「君は特別に私が指導をしてあげよう。私自身が持ってないスキルでも、君が条件を満たしてさえいれば習得できるような物をね」
シオンは背中でついてこいと語っており、ネムレスはその背中を追いかけた。
2、3分も歩けばモンスターが湧いている地点があった。ほっつき歩いているモンスターは豚のようなシルエット、四足歩行に短い足、突き出た鼻と口、そして牙。『トランプルボア▽』、蹂躙する猪か。
「あのモンスターを倒して来なさい。危なくなったら私が助けてあげるから、安心してね」
「一匹倒せばいいんですか?」
「一時間倒せばいいのよ」
次元が違った。
仕方がないとネムレスはインベントリのリストから武器を見比べる。
敵は猪型、つまり突進攻撃が一番怖い。ただし、軌道が読みやすく避けやすい。盾を使えば押し倒される可能性があるため、使うならば、素早く動ける短剣、あるいはリーチの長い槍、射程の長い魔法、ただし相手は素早いことからマジック&ランは使えない。魔法リストを見るとエンチャント系統の魔法がある。消費MPは一律30であり、持続時間は1分だ。
ソイルエンチャント。武器、防具の耐久減少を緩和する。
ウォーターエンチャント。武器のリーチを延長し、防具の仰け反り値減少効果を増加する。
ウィンドウエンチャント。武器と防具の体感重量を軽くする。
ファイアエンチャント。武器の耐久と引き換えに威力を上げ、防具の耐久と引き換えに防御力を上げる。
使うならばウォーターエンチャントかウィンドウエンチャントだろう。ついでに盾魔法も参照する。
マジックシールド。100[MP/s]で前方に一定のダメージを無効化する盾を張る。
今のネムレスで1.74秒しか張れない盾だ。
この世界は現実とは違い、急所を一突きすれば勝てるという戦いではなく、急所とはすなわち与えるダメージが高い以上でも以下でもない。しかし……。
使い慣れた槍を手に取る。
「それでいいのかい?」
少しばかり考えた末に槍を取り出したネムレスに対し、確認のためにシオンは聞く。
「はい。見ててください。鋭き斬岩の矛となれ、ウォーターエンチャント」
槍の両端に水を纏う。重心は変わらず武器そのものの重さも変わらない。純粋に水が形どる刃と石突の分だけリーチが伸びたようだ。
軽く振り回していつもと違った扱いに慣れてからトランプルボアの群れから離れた箇所から魔法を唱える。
「燃やし尽くせ、ファイアボール!」
直径10センチの火球がトランプルボアを襲い、甲高い声を発した。白い煙を上げながら燻る毛が際立ち、ネムレスに対し敵対姿勢に移ると間髪いれず突進する。強靭なバネを持つその四本の足は地を蹴り加速しながらネムレスへと襲いかかる。
左手を前に突き出す。「マジックシールド!」
秒速30mにもなろうかというトランプルボアの体はマジックシールドに阻まれ、瞬間的だが動かない。現実ならば、その衝撃で負傷しそうなものだが、ゲームシステム上ダメージはない。しかし。
「ほらよ!」
体を横にずらし、マジックシールドを解除。トランプルボアの軌道上に刀身を伸ばした槍を突き出す。
やや重たい手応えと、地を滑るズザザという音と砂埃。トランプルボアの左前脚と左後脚を切り飛ばしていた。
足失ったトランプルボアは満足に立つこともできなくなっていた。あとはどう倒そうと自由だ。槍をその腹に突き立てる。トランプルボアのHPバーは持続的に減少していき、消滅する。
「どうですか?」
シオンに戦い方の評価を聞いてみた。
「悪くないわね。素早い相手の脚を切り落とし、機動力を奪ってから仕留める。きちんと頭を使って戦えている。その調子で一時間は狩ってきなさい。ペース配分は任せるけど、仕留めた数はきっちり数えなさい。それと非戦闘時の自然回復は禁止、その代わりポーションを持って行きなさい」
各色の液体が入ったビンが描かれたカードの束を受け取る。
「分かりました。行ってきます」
20分後、ネムレスの動きはすこぶる悪くなっていた。最初の10分は一回の戦闘が数十秒もかからず終わったが、 次の10分で明らかに動きが悪くなり、今では一回の戦闘が2分かかることが普通になっている。
序盤、ネムレスは最初と同じ戦法を使い、消費したMPをポーションで補い、次の戦闘へと移っていた。しかし、戦闘後に毎回ポーションを飲めば、ミーティングで話した通りお腹がたぷたぷになる。既にネムレスは10本近く、1.5Lは飲んでいる。今では魔法は群れから釣るために最初にファイアボールを一発だけ撃つだけに留まっていたが、その代わりにダメージを受けるリスクを負い、ダメージは回復魔法ヒールで誤魔化す。今のネムレスのヒールではHPは回復できても状態異常の出血や部位欠損は補えないため、そういう時のみHP回復薬に頼ることになる。結果的に飲むポーションの種類が増える。
一応、地味だが回復手段はある。今までは微々たる量で気づかなかったが、戦闘時にも自然回復は発生していた。非戦闘時程ではないが、目算でそれぞれVIT/12[HP/min]、MND/12[MP/min]、AGI/2[SP/min]程。
ネムレスは手早く装備を短剣に変え、身軽さ重視でトランプルボアに挑む。今のネムレスは休憩を欲するボクサーが試合中にも関わらず相手と距離を取って体力を回復させる作業に似ているだろう。
とにかく敵の突進を避け続け、突進に疲れ牙の攻撃に移行し、それでもなおその攻撃を避け、逆に相手の動きが鈍くなった所に的確に短剣を突き立てる。致命傷こそ与えることはできないが、出血ダメージを与えることで持続ダメージを与える。更に動きが鈍くなったトランプルボアに止めとばかりに刃を突き立てた。
序盤程の殲滅スピードはないものの、無理なく敵を倒し、動き回ったおかげか汗を多くかいたおかげか、飲み難かったポーションも数本ならばすんなりと飲めるようになる。途中からはファイアボールを撃つMPも惜しんで投擲スキルによる攻撃で敵を釣ることもできるようになっていた。
「ネムレス君、時間だ。そろそろ切り上げよう」
「分かりました」
短剣は刃こぼれしており、新調した革防具もかなり傷んでいる。
「これ、ありがとうございました」
余ったポーションを返却する。
受け取ったカードを眺めたシオン。
「ネムレス君、そろそろ技スキルを覚えようか」
「技スキルですか?」
ネムレスが見たことある技スキルと言えば、おそらくコルトが使った『ペネトレイト・アロー』ぐらいだ。
「そういえば、技スキルってどうやって習得するんですか?」
「技スキルはその武器の熟練度が100増える度に一つ覚えることができる。これは魔法屋で購入するのとは違い、自分で編み出すことで使えるようになる。例えば、ネムレス君が使っている槍なら、突きを多用すると突きの技スキル、薙ぎ払いを多用するなら薙ぎ払いの技スキルを習得する。あやのなんか良い例だね。あいつの両手剣の技スキルにある一刀両断、上段の構えから一太刀で相手を切り倒す技。隙こそ多いがその威力はピカイチだね。あやのは一撃必殺の高威力な技を好んでいるようでね。私の指示で盾も扱ってもらってるが、あやのの本質はタンクではなくファイターなんだ。おっと口が滑ったな。とにかく何かの武器スキルを100まで上げてみろ。そうすれば技は覚える」
「分かりました。ありがとうございます」
「いいさ、そろそろ帰ろう」
キャンプ地に戻ると大きなテントが二つ立っており、食事の準備も済んでいた。晩御飯は手の込んだものではなく、バーベキューのような串焼きで、塩や胡椒、アキラ手製のタレとどれでも美味しく頂け、希望者にはご飯も振舞われた。
男女別のテントで皆が寝静まる頃、ごそごそと音がした。
ネムレスはテントの中を見渡すとゆうきは部屋着、ツカサは清楚なパジャマを着て静かに寝ている。
テントから顔を出すと、白い何かが森に入る所を目撃した。
気になったネムレスは気配を殺しながら追跡する。
月明かりさえも生い茂る草葉に遮られ、闇をより一層深くする。
手探りで森を抜けた先には白いローブを見に纏い、両手杖を持つアキラが体長2メートル以上もある立ち上がった熊に襲われていた。
瞬間、走り出してアキラを身を挺してかばい、盾を構える。
「ネムレスさん!?」
ガギンという重たい金属音、それが二回も襲いかかってきた。
『SP 121/193』
持ち前のスタミナの三分の一以上を削られ、倦怠感が襲いかかる。
「アキラさん! 離れて!」
アキラはネムレスの声に反応して、背を向けることなく距離を取る。
咄嗟に出たのはいいが、武器を用意する前に盾を構えている。トランプルボアと戦った時の名残で今タクティクスインベントリに入っているのは槍ではなく短剣、目の前の熊、『ハグベアー』に決定打を与えることはできない。
『SP 85/193』
『SP 49/193』
ハグベアーの攻撃を受け止めてはいるが、腕が痺れSPも尽きかけている。
連撃が一瞬止んだかと思うとハグベアーがその太く長い腕でネムレスを盾ごと抱きかかえる。爪が体に食い込み、鋭い痛みが走る。
『HP 287/347』
『HP 227/347』
心臓が脈打つ事にドクドクと流れる血は体を伝い、雫となり、血だまりを作る。
「癒しの力、ヒール!」
『HP 347/347』
疼いていた熱が少しの間だが、確かに引いた。
「ネムレスさん!」
アキラがその両手杖の先端でベアの左肩を鋭く突き、流れる動作で後ろ回し蹴りを熊の左膝裏に与える。
大きくバランスを崩したベアは背中から倒れ、ネムレスを離した。
「大丈夫ですか!」
「ああ、大丈夫。助かった」
盾は手放してしまい、仕方がなくタクティクスインベントリから短剣を取り出す。
「ファイアエンチャント!」
足りない火力は魔力で補う。刀身が真っ赤に燃え上がり、松明の如く周囲を照らす。だが、不思議とネムレス自身は熱さを感じず、暖かさを感じていた。
「私が回復します。ネムレスさん、前をお願いします!」
アキラが言うよりも早くネムレスはベアとの距離を縮める。背中から倒れたベアはのっそりと起き上がり、四足歩行のままネムレスを迎撃しようとする。
ボアを相手にした時と同様に回避を優先しつつ攻撃を加える。
ベアのその豪腕は当たれば簡単に人を鞠の如く地を跳ねさせるだろうが、その攻撃も当たらなければ問題ない。だが、盾で防いだときの後遺症か腕が痺れ、ベアに的確にダメージを与えることができていなかった。
「疲れを払え、リフレッシュ!」
アキラが魔法を唱えるとネムレスの感じていた痺れや気だるさが取れた。
感謝の言葉を投げかける余裕はないが、心の中で感謝をしながら、短剣をベアの顔、腕、首に切り傷を作る。出血ダメージを与えるほどではないが、HPバーは少しずつ削れ、タンパク質を焦がす独特の匂いが辺りに漂う。
「ファイアボール!」
襲い来るベアの顔面に火球をぶちあて、視界を奪い怯ませた隙に背後に回り、左後脚の腱を目掛けて、逆手に握った短剣で全体重をかけて切断する。
ベアは苦痛を訴える鳴き声を上げ、腱を切断された左後脚でネムレスを蹴飛ばそうとしてきた。
「マジックシールド!」
一瞬展開した盾で後ろ蹴りを防ぎ、自重を支え浮き出た腱を一閃、切断する。
更に咆哮するベアだが、自重を支える脚を失った以上、あとは遠距離攻撃を繰り返すだけで仕留めることはできるだろう。そうでなくとも、四足歩行ができない今、座り込んだまま前脚を振り回す以上のことはできない。
ネムレスは両後脚を失い振り向くこともできなくなったベアの背中を燃える短剣で一突き、その燃える刀身がベアの体力を全て奪い尽くした。
「ネムレスさん。ありがとうございます」
アキラはネムレスに駆け寄ってきた。
「いや、気にしないで。俺も助けてもらったし」
「本当にすみません。私のこと、心配してきてくれたんですよね」
単なる好奇心で追いかけただけだが、それは口にしない。
「それよりも、どうしてこんな夜に外に?」
「えーっと……」
下世話な話だが、まさかトイレということはあるまい。このゲームには便意は存在しない。現実によく似ていてもゲームなのだから。例えば、BGMとしての虫の鳴き声は聞こえても、虫は確認できない。キャンプに来て虫に煩わしい思いをさせられないのもその証拠だ。
「……実は回復魔法の熟練度上げに来てたんです」
「ああ、だからか」
ふとその言葉に気になることがあった。攻撃の熟練度を上げるには敵を攻撃する。回復魔法の熟練度を上げるには誰かを回復させる必要がある。
「アキラさん、さっきハグベアーと対峙してた時、構えてませんでしたよね」
「……」
つまり。
「自分を傷つけて、回復してたんですね」
寂寥の時間が流れる。バレていないと思っていた嘘がバレた子供のような複雑な表情を浮かべていた。
「……うん」
そこまで気づかれたなら、仕方ないといった諦めの表情。
「なんでさ」
「だから、熟練度を上げるために」
あくまで熟練度を上げるため、確かにそれは間違ってないのだろう。
「そうじゃなくて……」
伝えたい気持ちが言葉にできない。ゲームだから、強くなりたい気持ちは分かる。だけど。
「俺はアキラさんに傷ついて欲しくない」
精一杯の気持ちが言葉を押し出した。多くの言葉で飾ろうとも伝わらない、抜き身の芯としての言葉だった。
「俺、タンバさんから聞いたんだ。チームのこと。本当の六人目のこと」
「……ネムレスさん……知ってたんですか」
「うん」
この話題はあえて避けていた。元から六人だったかのような六脚の椅子、六人分の食器、それらの痕跡が今までにチラチラと目に入っていた。それでもあえて、お首にも出さなかった。
「知ってて、チームに入ってくれたんですか?」
その言葉は、冒険者の店で向けられていた視線を知りながら受け止めていたことを裏付ける言葉だった。
「知ったから入ろうと思ったんだ」
タンバの話を聞いて、俺がやらなくてはいけないとネムレスは思った。使命感なのか、保護欲なのか、劣等感なのか。形容し難い感情があった。論理的ではない、感情的な衝動、そうしなければいけない、そうしたい、そうするべき、ネムレスの中の何かが働きかける。繰り返してもいいのかと。
「……どうして」
ネムレスの心情の全てをアキラに伝える事はできない。本人さえもその感情に揺り動かされている。それでも、アキラに納得してもらえる言葉を選んだ。
「……アキラさんが傷ついて、チームリーダーとして頑張ってるって知ったから……」
理由の一つだが全てではない。それでも、紛れもない本心の一欠片だ。
「ネムレスさん……」
言いようのない空気が二人の間に流れる。アキラは顔を伏せ、前髪が表情を隠す。きっとその唇は震えているだろう。
「ネムレスさんは……ネムレスさんは居なくなりませんよね」
アキラはそっと手を伸ばし、ネムレスの袖を掴む。その指は弱々しく震え、神にすがる修道女のように思えた。
ネムレスはその震えるその手を両手で包み込む。
「俺は居なくならない」
それは慰めだったのか誓いだったのか。
「……うん。ありがとう」
アキラは顔を背けてローブの袖を顔に当てていた。
「ヒールの修練なら俺も手伝うから。もう、一人で危険な事はしないで欲しい」
「はい」
アキラは誰も失いたくない。だから誰よりもこの修練に身を投じていた。ならば、俺は俺ができることをしよう。ネムレスにとっての目標だ。
「俺は死なないし、誰も殺させない。アキラさんの心配が無くなるくらい俺が強くなります」
アキラは呆けた表情を浮かべ、暗がりでも分かる程に耳まで赤くして、それを見られないようにアキラはネムレスの胸に顔を押し付けた。
「ありがとう。ネムレス」