2日目
第二章、二日目を開いて頂きありがとうございます。
第一章の前書きの通り、今回も20000文字近くの分量です。
稚拙で駄文な内容ですが、それでも僕は楽しんで書けています。
よろしければ、感想と意味の分からなかった漢字をコピーペーストして貼っていただけたら幸いです。では、お楽しみください。
結局、一睡もできなかった。
ネムレスは空が白み始める頃には宿を引き払い、街の西方、アキラに教えてもらった採取ポイントへと向かう。
亜人系、コボルドやゴブリンといったモンスター達が徘徊している周辺には野草や野菜を採取できるスポットが点在している。
コボルド、ゴブリンは共にアクティブモンスター(プレイヤーが敵対行動を取らずとも攻撃してくる好戦的モンスター)のため、周囲を警戒しながら採取する必要がある。
採取には両手を空きにする必要があり、槍をタクティクスインベントリに入れる必要がある。こういう時には刀剣のような片手武器を腰に下げると便利だが、今のネムレスのインベントリには刀剣類は入っていない。
最初はモンスターの徘徊ルート外の採取スポットを手当たり次第に採取していった。この周辺では主に薬草等が手に入るようだった。採取スポットはリスポーン時間がそれぞれ存在し、次に採取が可能となるまで3時間程を要するらしい。そして、新規習得スキルとして『採取』が手に入った。
『採取
習熟度 5/1000
採取時間短縮 -0.00%
採取成功率上昇 +0.0%
再採取時間短縮 -0.00%
CPの割り振り 』
CPを割り振ってみると
『採取
習熟度5/1000
採取時間短縮 -0.25% ↑
採取成功率上昇 +0.5% ↑
再採取時間短縮 -0.25% ↑
確定 』
となった。
また、採取による経験値取得により、レベルも上昇。結果、現在はLv4となっている。
ステータスとインベントリの作業を終えた頃。空はすっかり青くなり、街を眺めれば煙が昇っている。どうやら街は動き始めたようだ。
朝食を食べるかどうか迷った末、もう少し狩りと採取をすることにした。
槍を構えてコボルド達の警戒区域に入り込むと索敵範囲に引っかかったのか、一匹のコボルドがネムレスに駆け寄る。腰に毛皮のような物を巻きつけ、80cm程の棍棒を片手にしている。キャラクターで言うなら、腰に革製の防具と右手に片手武器の棍棒といったところだろう。リーチはネムレスに分があるが、棍棒の特徴としては仰け反り値が高く、ラピッドラビットと戦った時と同様、腕に痛打を貰えば満足に槍を振るうことが難しくなるだろう。現状、頭装備もしていないため、頭にもらっても致命的だ。
リーチを活かすように薙ぐように牽制をしかける。コボルドのリーチは棍棒と腕の長さを込でも1メートルと少し、こちらのリーチは二メートル超といった所。
コボルドはジリジリとにじり寄り、ネムレスは彼我の距離を保と下がる。
シビレを切らしたコボルドは持ち前の動物的健脚で素早く懐に入ろうとする。一発は覚悟の動きだ。
ネムレスは一撃をコボルドに叩き込もうと遠心力を最大限に活かす振り回すような痛烈な一打をコボルドに浴びせる。
しかし、コボルドはその一撃を棍棒で受け止め、ネムレスに接近する。距離があまりに近く、石突も放てない。
コボルドは空いている左手でネムレスの右脇腹に一撃を叩き込む。革防具で身を守っているとはいえ、呼吸を乱すぐらいの一撃にはなり得る。
『HP 152/188』
今の一撃だけでHPの二割近くを持って行かれた。素手の攻撃力でこれならば、棍棒の威力は恐ろしい。
悪あがきにコボルドに対して右足でローキックを放つ。コボルドの素手でダメージが入るなら、こちらもという意趣返しだ。
コボルドのHPも二割ほど減少し、少しだが動きが鈍くなる。蹴りは打撃属性扱いなのか、仰け反り値の蓄積ができたらしい。
ネムレスはバックステップからコボルドの上半身に対して突きを放つ。足が満足に動かないコボルドでも大きく上半身を動かせばそれぐらいは避けることはできる。本来の健脚なコボルドならば、このままネムレスに突っ込むこともできたかもしれないが、まだシビレが残るコボルドは攻めあぐねていた。
ならばとネムレスは下半身、特に脛のような膝下を狙って突きを連続で放つ。これにはコボルドもバックステップで距離を離すしかないない。数発の突きの後、フェイントを入れコボルドが引っかかった所に切り上げてコボルドの左肩を切断する。
部位欠損。失われた部位を使うことはできず、流血ダメージとして毎秒一定のダメージを受ける。これは回復魔法やポーション等で治療できるが、コボルドにその手段はない。
今の一撃でコボルドのHPバーは2割まで減少。また、ジリジリとHPバーが毎秒1%程減少していた。最後に一撃と棍棒を振りかざすが、ネムレスの槍がコボルドの胸を貫いた。
戦利品として30EXPと金袋が手に入る。金袋には100エルグが入っていた。換金アイテムではなく、開封するアイテム。宝箱の劣化品のようなものらしい。
HPの自然回復とモンスターの討伐を繰り返し、気がつけば、時刻は昼を過ぎレベルは7まで上がっていた。装備品以外は何も入っていなかったインベントリも今ではコボルトとゴブリンのドロップ品、そして採取して手に入れた品々が並んでいた。
新規習得したスキルと上昇したスキルの習熟度もそれぞれ
『格闘 2/1000
槍 17/1000
革防具 11/1000
採取 14/1000』
となり、その都度CPを割り振っていた。
周囲を見渡すとちらほらとネムレスと同じぐらいのプレイヤーなのか、剣を振るう者、魔法を使う者、矢を放つ者が見え始めた。
狩場の独占というわけではないが、人がこれ以上集まる前に街に戻って換金した方がいいのかもしれない。
街に戻ったネムレスは冒険者の店へと向かう。昨日の出来事もあり、注目されないか心配だったが意外にもプレイヤーは少なかった。狩りに出ているのかもしれない。
換金する前に開封アイテムの金袋7個を開封し、そのいずれもから100エルグを入手。また、コボルドやゴブリンが使っていた棍棒も換金。こちらは3個手に入り、一つ50エルグで売れた。あとは採取品があるが、こちらは使い道が分からない。おそらく、生産スキルで使うということは分かるのだが、調合や料理をどうやって手に入れればいのかはまだ分からない。とりあえず、売却することなくインベントリに保管しておく。詰まるところ、手に入った金額は850エルグであり、手持ちの財産は950エルグとなる。
ふと、他の冒険者が魔法を使っていたのを思い出してネムレス自身も魔法が使えないかと思った。
換金所のNPCのお姉さんに訪ねてみたところ、魔法は魔法屋で買うことができるらしい。親切にも魔法屋の場所を教えてもらうと、メニュー上のマップが更新された。
換金所のお姉さんに礼を言って、ネムレスは魔法屋へと足を伸ばす。
魔法屋で売られている魔法は簡単な物は500エルグで買え、更に上位の魔法はINTが足りないということで購買画面に表示すらなれなかった。
周囲を照らす明かりをつける魔法や攻撃目的の拳大の炎や岩等を飛ばす魔法、魔力による障壁を張る魔法。アキラが使いそうな回復魔法ももちろんある。
まずは攻撃魔法が欲しいと思うが、属性の違いは分からない。そこでNPCである魔法屋の白髭爺さんに属性の説明をしてもらうことになる。
要約すると属性には四属性が存在する。地火水風の四大元素。
地は土や石、岩等を操る魔法であり、仰け反り値が高く、対象が武器等で弾いた場合、耐久を大きく削る事が特徴。
火は熱や火、炎等を操る魔法であり、周囲を照らす発光や可燃性のモンスターへの持続的燃焼ダメージが特徴
水は冷気や水等を操る魔法であり、武器によって弾かれにくくダメージを与え対象を濡らすことができる。
風は大気を操る魔法であり、視認しにくいことが特徴であり、地形による影響を受けにくい。
カスタムをしない場合は追加効果は大きな影響を与えない。
極端な話、各属性を持ったボールを投げつけるような物だ。
『ソイルボール 500erg
ファイアボール 500erg
ウォーターボール 500erg
ウィンドボール 500erg』
魔法は詠唱をすることで発動が可能。更に追加詠唱、例えば
『全てを押し潰す土塊、ソイルボール』
のように本来の呪文の前に何かを添えると魔法の威力が上昇する。システム的に言えば母音の数だ。
su be te wo o shi tsu bu su tsu chi ku reのように13音あれば威力が仮計算で13%上昇する。
と、分かった事はこれぐらいだ。
そして、ネムレスは全部を買う事を前提にしてリストから順に買う事にした。初めに買う魔法はソイルボール、地属性の魔法だ。
杖や布のようなINTやMNDを上昇させる装備ではないためメイン火力にこそならないが、牽制や挑発、釣り等に使えるだろう。
購入した魔法は魔本という形で商品として売り渡された。『シール』と唱えればカードとなり、本を開けば魔法の内容が見開き1ページで書かれている。
『ソイルボール
消費MP10
再詠唱時間 3.000s
地属性の初等魔法。
直径10cmの土の塊を20m以内の対象に放つ。
カスタム項目
ダメージ倍率上昇
消費MP軽減
再詠唱時間短縮』
内容の全てに目を通すと新規習得スキルにソイルボールが追加されていた。
『ソイルボール 変更
習熟度 1/1000
ダメージ倍率上昇
消費MP軽減
再詠唱時間短縮』
普段と違ったアイコンがあることに気づく。
魔法名の隣に変更というボタンが表示されたのでタップすると新規ウィンドウが現れマイクボタンが表示される。
「ソイルボール」
唱えてみると
『ソイルボール(ソイルボール) 変更
習熟度 1/1000
ダメージ倍率上昇
消費MP軽減
再詠唱時間短縮』
と表記が少し変わった。
もう一度変更ボタンを押してみる。
「すなかけ」
『すなかけ(ソイルボール) 変更
習熟度 1/1000
ダメージ倍率上昇
消費MP軽減
再詠唱時間短縮』
どうやら、魔法の詠唱を任意に変更できるようだ。もう一度変更ボタンを押す。
「ファイアボール」
『ファイアボール(ソイルボール) 変更
習熟度 1/1000
ダメージ倍率上昇
消費MP軽減
再詠唱時間短縮』
属性に喧嘩を売ってるとしか思えない。とりあえず、呪文はデフォルトに統一しておき必要になったら詠唱もカスタムすればいいと思った。
魔法屋への用も済み、店を出ようとすると魔法使い然とした杖とローブを着た栗毛の美少年とあやうくぶつかりそうになった。
「すみません」
美少年はまだ声変わりもしていないような高い声で謝る。
「こちらこそごめんね」
美少年はあどけない丸い瞳でネムレスのことをじっと見つめる。
「あの、間違ってたらすみません。もしかしてネムレスさんですか?」
美少年が自分の名前を知っていた事に驚いた。
「うん。そうだけど君は?」
「僕はツカサって言います。アキラさんからネムレスさんの話を伺ってます」
ネムレスはなるほどと思う。おそらく、この美少年、ツカサはアキラのチームのメンバーなのだろうと。
「アキラさんの知り合いだったんだ」
「はい! 新しい人が入ってくれるかもしれないって喜んでました!」
ややテンションの高いツカサ。店先で話す二人に冷たい視線を魔法屋の親父が送る。
「ツカサ君、少し場所を変えないかな」
「あ、そうですね。ああ、でも僕買いたい魔法があって……」
「そうなんだ。じゃあ、店先で待ってるから後で少しお話しない? 俺、魔法初めて買ってみたんだけどどういう風に使えばいいのか、ツカサ君が教えてくれたら助かる」
「いいですよ。といっても、あまり教えられる事は多くないと思いますけど」
ツカサは少しだけ待っててくださいと断りを入れて魔法屋の親父から魔法を買って店から出てきた。
「お待たせしました」
律儀に腰を折って礼をするツカサ。その時、揺れる髪の間から桜色のピアスが目に入った。美少年、中性的な顔立ちも相まって可愛いと思ってしまうのはきっと万人だろう。
「ツカサ君、時間は大丈夫かな?」
「はい、今日はチーム活動もお休みなので大丈夫です」
「なら良かった」
「どこかのお店に入ります?」
「そうだね。ツカサ君、このあたりのお店に詳しい?」
「この先に行くと個室のある懐石料理のお店があるので、そこに行きませんか?」
音だけで聞けば分かりにくいが、会席ではなく懐石の方だろう。軽和食を食べるお店。
「うん。案内お願いできるかな」
「はい、お願いされます」
ツカサはネムレスと並んで歩く。ネムレスより背が低いため、上目遣いがちになる。
「ツカサはCSOでずっと魔法使ってるの?」
つい先程、自身も魔法を買ったため共通の話題として魔法を挙げてみた。
「僕は武器も魔法も使いますよ。今は魔法だけですけど」
ツカサは含みのある言い方をした。
「両方使うのってあんまりよくないって印象なんだけど。前に高いレベルの人にレベルが高くなるとCPが足りなくなるって話を聞いて」
「そうですね。その認識は間違ってないと思いますよ。ただ、僕の場合は少し特殊なんです」
ツカサはそういって自分のスキル画面をネムレスに見せた。ツカサのソウルスキルは『デュアル・ソウル』という名称だった。
「僕のスキルはカスタムしたスキルの二通りに使えるんです。ここを見てください」
ツカサのスキル画面のタブには
『新規習得スキル スキルA スキルB ソウルスキル』
と表示されている。スキルAが黒字でスキルBが白字だ。ネムレスのスキル画面のタブは
『新規習得スキル スキル ソウルスキル』
通常よりもタブが一つ多い。
「僕のタブは他の人より一つ多くて、スキルAのタブでは近接系のスキル。スキルBのタブでは魔法系のスキルをカスタムしてるんです。習熟度は共有なので上げ直す必要もないですから便利なんですよ」
「つまり、剣も魔法も使えるってこと?」
「両立はしませんけど、遠近のスイッチなら簡単にできますよ。ソウルチェンジ」
ツカサがそう唱えるとスキル画面のスキルAが白字に、スキルBが黒字になる。そして、ついでにツカサの服装が白いローブから、やや露出の多い革装備の軽装へと早変わりする。装備している武器はどうやら短剣のようだ。
「これが僕の近接戦闘のスタイルです。AGI重視の軽戦士で回避を優先しています」
「なるほど。これがツカサ君のソウルスキルなんだ」
「はい。ネムレスさんのソウルスキルは何ですか?」
「俺のソウルスキル、アキラさんから聞いてないの?」
「チームに入ってくるかどうかまだ分からないけど、入ってきたときに教えてもらいなさいって言ってました」
「じゃあ、明日教えるよ」
「明日ですか?」
「うん。明日、アキラさんから誘われてたチームに入ろうって決めてたから」
「なんでいますぐじゃないんですか?」
「レベル1でいきなりチームに入っても迷惑かけるだけだから、それに少しは一人で試行錯誤したいってのもあったかな」
「僕は気にしませんよ」
「俺が気にする」
そこでツカサは楽しそうに笑った。
「ここが懐石料理店の天岩戸です」
この周囲は街道沿いの赤レンガ造りとは違い、石と木でできた素朴な佇まいだった。
「西洋ファンタジーっぽいゲームかと思ったらこんな店もあるのか」
「はい。僕のおすすめは鯛茶漬けです。きっとネムレスさんも気に入ってくれると思いますよ」
ツカサは暖簾をくぐって中に入る。それにネムレスも続く。
「すみません、二人なんですが個室空いてますか?」
店員さんがやってきた。
「すみません。個室は今満室なんです。カウンターなら大丈夫ですよ」
「あら、ネムレスさん。どうしましょう?」
そういってツカサは困り顔で振り向く。そして、ツカサの声が誰かの耳元へと届く。
「ああ! ツカサくん。こっちにおいでよ!」
太めの男性がツカサを呼び寄せる。店の奥の個室から首だけ出していた。ツカサは店員さんにお辞儀をして太めの男性がいる個室へと向かう。ネムレスは席を外したほうがいいか逡巡した末、追従した。
「ゆうきさん、来てたんですか」
「ついさっきね。あやのさんと一緒にご飯食べてたんです」
「お二人は本当に仲がいいですね」
「ツカサくん、後ろの人は?」
「前にアキラさんが言っていた新しく入るかもしれないって言ってた人ですよ」
「ああ、ネムレスさん! 初めまして、ゆうきです。とりあえず、入ってください」
日本料理店という風体の通り、お座敷形式で靴を脱ぐ必要がある。
障子の入口から見て座敷中央に机があり、左奥に長い黒髪を持つ美人、その手前にゆうき、右奥にツカサが座り、ネムレスはツカサの隣に座る。
二人っきりの座敷で隣り合って座ってたこの二人。ツカサの口振りからして交際関係なのかもしれない。
「初めまして、アキラさんから勧誘を受けたネムレスです」
「改めまして、僕はゆうき。チーム『ローズクォーツ』の一員です」
アキラが設立したチーム名をここで聞くのは初めてだった。ローズとは薔薇のことで、クォーツと言えば石英のことだ。
「私はあやの。ゆうきくんと同じ『ローズクォーツ』の一員よ」
ゆうきくんと同じ、あたりを強調する女性はあやの。二人ともツカサと同じ桜色のピアスを付けている。
「二人とも、ご飯を食べに来たんだよね。好きな物頼んでいいからね」
ゆうきが気を使ってメニュー表をツカサとネムレスに手渡す。メニューにはお品書きと画像が貼られてある。どれも家庭料理に一手間も二手間もかけたという感じだった。
「僕は鯛茶漬けと小松菜のお浸しのゴマ多め。あと食後に玄米茶を」
「じゃあ、俺もツカサくんと同じやつで」
そう伝えるとゆうきは率先して注文を店員に伝える。
「それにしても、ツカサくん。ネムレスさんとどこで知り合ったの?」
「魔法屋でばったり会ったんです。アキラさんが言ってたとおり、白髪に碧い目で顔が小さいんですよ」
「……」
アキラが自分をそういう風に見ていたのかと黙って聞いていた。
「魔法屋にいたってことはネムレスさんは後衛プレイヤー?」
ゆうきは興味津々のようだった。そして、その隣で座っているあやのは自己紹介したきり、一言も口を利いていない。
「まだプレイスタイル決めてないんです。ただ、他の人が魔法を使ってるのを見て俺も使ってみたいなって思って魔法屋に行ってみただけです」
「そうだったんだ。僕もあやのさんも前衛プレイヤーだから、魔法はあんまり詳しくないんだよね。攻撃魔法ならツカサくんか、シオンさん、回復魔法ならアキラさんが詳しいよ」
「シオンさん?」
そう疑問を口にしたネムレスにツカサが答える。
「えーっと、シオンさんも魔法を使うプレイヤーで僕みたいな兼業魔法職じゃなくて、純粋な魔法プレイヤー。チームのブレインみたいな人」
つまり、チームの前後衛は簡略的にこういうことになる。
『前衛
ゆうき[?] あやの[?] ツカサA[フェンサー]
後衛
アキラ[ヒーラー] シオン[メイジ] ツカサB[メイジ]』
ツカサが前と後のどちらかにいるかで前の層は厚くも薄くもなる。
「ゆうきさんとあやのさんは武器って何使うんですか?」
「僕は格闘だよ。で、あやのさんが両手剣か片手剣と盾」
あやのは黙ってお茶を啜っている。
「ネムレスさんはどんな戦闘スタイルなんですか?」
「俺は前でも、たぶん後ろでも戦えるよ」
「それはやっぱり、ツカサくんに似たソウルスキルを持ってるからですか?」
「そうですね。まぁ明日には分かることだし教えてもいいかな」
「え! 僕には教えてくれなかったのに」
頬をぷっくりさせるツカサ。
ネムレスは苦笑しながらソウルスキルをゆうきとツカサに見せる。あやのは茶を啜りながらも横目でしっかり確認している。
「サム・カスタムですか。そういえば、冒険者の店でそんな話が上がってましたね。今にして思えばアキラさんがそわそわしてた理由が分かりました」
ゆうきは納得したようにお茶を啜っていた。
「確かにこのソウルスキルなら前でも後ろでも行けますね。もっと言えば、僕みたいに前か後という話じゃなくて、アタッカーだってヒーラーだってできるわけじゃないですか」
「まぁ序盤ならCPは余りがちだから、俺自身はCPを持て余してるんだけどね」
と、そこで注文していた料理とお茶を店員が持ってきた。
卓上の半分、ゆうき&あやのスペースが埋まっていた。
大豆、昆布、里芋、手羽先、ご飯、小松菜、きゅうり、レタス。食材を上げるだけでもきりがない。料理法でも、煮る、焼く、蒸す、和える。とにかく、様々な和食が並べられる。一品一品持ってこない辺りシステム的というか、ゲーム的だった。
「あやのさん、またこんなに頼んだんですか」
ツカサがそう言った。
「食べないと強くなれない」
あやのはそう言って右手に箸、左手に白飯を構え臨戦態勢に入る。
「あやのさん、もう少し待とう?」
ゆうきがそう言う。
「でも……」
あやのは箸を咥えて、ゆうきをじっと見つめる。
「あ、俺達の事は気にしないでください。冷めるとごはんだって固くなります。ツカサも気にしないよね」
「はい。ゆうきさんも先に食べてください。温かい物は温かいうちに、ってアキラさんもきっと言いますよ」
「じゃあ、悪いけど先に食べさせてもらうね。あやのも食べていいからね」
「うん!」
あやのは嬉しそうにご飯を食べる。
そうこうしているうちにネムレス、ツカサ両名の品も届く。
そこからは四者四様にあれが美味しい、これが美味しい。どこで食べた何が美味い等の料理の話に花を咲かせた。
ご飯を食べて一服。香ばしい茶の香りを楽しんだ後、店を出る。会計はゆうきさんが持ってくれた。自分の分ぐらいは自分で払おうとしたが、ゆうきさんは「ここは僕の太っ腹な所を見ててください」と言ってくれた。ネムレスはカッコイイと思った。
「この店、本当に美味しかったな。ツカサくんに教えてもらってよかったよ」
「はい。僕もネムレスさんと一緒に来れてよかったです」
ニコニコと笑うツカサ。ネムレスも笑い返す。
「そういえば、三人とも同じピアスをしてるけど、それってチームに関係してるの?」
この質問に答えたのはゆうきだ。
「ああ、これ? これは薔薇石英の耳飾りって言って受けた回復魔法の効果を10%を引き上げるアクセサリー。僕達のチーム名のローズクォーツはこの石から来てるんだ。薔薇石英の石言葉は癒しって意味だってアキラさんが言ってました。チームのシンボルみたいなものですね」
アキラのソウルスキルは癒しの微風、使ったスキルの回復効果を20%上昇させるもの。たしかにアキラのイメージにぴったりである。
「死なないためにも回復は大事なのよ」
あやのが鋭く言う。死という言葉はこの世界において思い意味を持つ。
「あやのさん……」
ゆうきが辛そうな表情を浮かべる。
「ごめんなさい。口が滑ったわ」
そのやり取りをみて、この人達ももしかしたら龍馬と同じような経験をしたのかもしれない。
「私、先に帰るね」
あやのは一人でどこかへと向かおうとする。
「あやのさん!」
ゆうきがあやのの名前を呼ぶが振り向きも止まりもしない。
ツカサがゆうきの肩をポンポンと叩く。
「ゆうきさん。あやのさんを追いかけて行ってください。元々今日は二人のデートに僕達がお邪魔しちゃったのが悪かったんですから」
「……ごめんね」
とても辛そうなゆうきは走ってあやのを追いかける。あの図体にもかかわらず、機敏な動き。音も無く走る健脚はコボルド以上だった。前衛職の中でもツカサAと同じ素早さ重視かもしれない。
「では、僕たちも解散しましょうか」
「そうだね」
「ネムレスさん。最後にフレンド登録いいですか?」
「うん。俺からもお願いするよ」
ツカサの申請にネムレスが了承する。
『アキラ Lv13
龍馬 Lv18
ツカサ Lv12』
ネムレスがフレンドリストを覗くとツカサの名前が更新されていた。ついでにアキラと龍馬はレベル上げをしていたことが分かる。
「これ、餞別というわけじゃないですが貰ってください」
ツカサは思い出したようにアイテムを開いて9枚のカードをネムレスに渡す。
「これは?」
カードの絵柄は赤い液体がビンに入ったものだ。他には青と緑色がある。それを各3枚ずつ。
「それは回復薬です。赤がHPで青がMP、緑がSPです」
ネムレスはリリースと唱えて、ビンを見てみる。
見た目としてはきつい赤ではなく、赤く透き通った色をしている。
「それ一本全部飲むとHPが300は回復します。緊急時に飲んでください。タクティクスインベントリに入れておくといいですよ」
ツカサの忠告通りカードをタクティクスインベントリに入れる。現状、ネムレスのタクティクスインベントリは2つのスペースがあり、うち一つに槍が入っている。残りのスペースにHP回復薬、ライフポーションを収納し、残りは通常インベントリに入れた。
「ありがとう。早速、レベル上げで使ってみるよ」
「はい。何かあったら僕を呼んでください」
こうして、ネムレスとツカサは別れた。
ネムレスは冒険者の店を訪れる。ツカサ達と食事をしている時にモンスターを狩るなら、冒険者の店のクエストを受けてから飼ったほうがいいという話を聞いた。今のネムレスのレベルは7。これに見合うクエストを探してみる。
ソロプレイで達成可能なクエストとなると数は限られる。採取系、討伐系、調査系等。ネムレスは討伐系を中心に良いものが無いかと探してみる。
条件を7レベル以下、討伐系、日帰り。めぼしいクエストを発見する。
セントラルシティの北西部に生息するクロコダイルの討伐、及び皮の採取。納品最低数は12枚からで最大20枚まで引き取ってくれる。12枚で3600エルグ、あとは1枚追加する毎に300エルグだ。
ネムレスはクエストを受注し、目的地を目指す。
道中、冒険者の店で受けたクロコダイルについての説明を反芻する。
クロコダイルは川や沼、あるいはその周辺に生息し、じっと身構えて敵を捕捉する。噛まれたら部位欠損は免れない。皮が厚いため、斬撃よりも刺突か打撃が有効。ドロップ品はワニ肉、ワニ革。川や沼にいる場合、近接攻撃が届かないため弓や魔法で誘き出すとよい。
1時間ほど歩いただろうか。周囲の雰囲気が変わった。木々の緑が濃くなり、水の匂いも濃くなる。土も湿り気を帯び始め、草が高くなっている。周囲の様子に神経を尖らせ、ゆっくりと草を踏み分ける。
水の匂いが濃くなる方へと足を向ければ、膝丈まであった草がいつの間にか腰の高さにまでなっていた。進める足にも抵抗がかかり、足を取られそうになる度、槍を杖のように扱っていた。すでに石突の部分はドロ塗れだった。
いつ襲われてもおかしくない雰囲気が周囲を包んでいる。足元を探るように槍で前方を突きながら前へと進む。
念のため、スキルウィンドウを開きソイルボールの項目を確認しようとすると、新規習得スキルに索敵スキルが表示されていた。詳細は省くが、隠密、まはた擬態をしている対象を視界にとらえている場合に見過ごさないスキルのようだった。
ネムレスは立ち止まり周囲の様子を探る。水の匂いは先ほどよりも濃くなり、耳を澄ませば水の流れる音も聞こえてきた。
なんとかクロコダイルとはエンカウントせずに水場まで辿り着いたようだった。川の流れはゆるやかで、岸は丸い石がごろごろと転がっている。ネムレスは通らなかったが、よくよく見渡せば獣道があることも分かり、この川が動物の水飲み場であることが伺える。
見渡しの良い川辺を上流へと向かって歩くと目的のクロコダイルを発見した。
『クロコダイル▽』
先制攻撃としてソイルボールを放つ。
「厚き皮を抉る土塊。ソイルボール!」
打撃・土属性のソイルボールは追加詠唱で威力を増し、クロコダイルの側頭部に命中する。クロコダイルのHPバーが1割削れ、ネムレスに対し敵対行動を取る。ワニは素早い動きで近寄ってくる。鈍重な見た目とは裏腹に人間が走る程度には早かった。
「ソイルボール!」
追加詠唱をする暇は無いと判断し、ソイルボールを打ち出す。クロコダイルのHPが更に1割削れたところで槍を構える。
クロコダイルは勢いを殺さずにそのままネムレスの足へと噛み付こうとする。ネムレスはそれをサイドステップで躱すが、足場が悪く、着地体勢は非常に分が悪い。しかし、クロコダイルが勢いを殺していないことが幸いし、追撃は免れた。
「穿つ土塊。ソイルール!」
クロコダイルのHPが更に減少。怒りは更に増したのか、その鋭い目がネムレスに向けられた。
クロコダイルは今度もまた先ほどと同様、走り出した。また足を狙ってくると思い、警戒していた。しかし、クロコダイルはその尻尾をバネのように扱い、胴体をかみ砕こうとする。咄嗟にバックステップをするが、またもや足を滑らせ、クロコダイルの目の前で倒れる形となった。
「うっ……」
クロコダイルはその牙をネムレスの左腕へと突き立てる。鋭い痛みが走った。
連続的に流れる電気のよにネムレスの戦意を削いでいく。
『HP 202/236』
『HP 166/236』
『HP 130/236』
『HP 94/236』
みるみるうちにHPが減少していく。腕を噛まれ、引き剥がすこともできず、時を追うごとにHPが減少する。
悪あがきに槍の先端をクロコダイルに突き立てるが体勢が悪く、ダメージが期待できない。一撃を加えるたびに与えるダメージはHPバーの3%程。クロコダイルよりも先にネムレスが死ぬことは必至。この絶望な時にプレイヤーがする行動はなんだろうか。
ネムレスは槍で切断する。何を? 腕を。自身の腕、肩から先をその刃で切断する。
『HP 48/236』
自身の攻撃が思ったよりもダメージが大きかった。
『HP 45/236』
切断による出血ダメージが今尚続いている。
『HP 42/236』
タクティクスインベントリを開きライフポーションを出す。タクティクスインベントリから出したものは直接アイテム化するため、ビンの先端を開く間も惜しんでかち割り、一気に飲み下す。無味無臭の液体が喉元を通り過ぎる。
『HP 236/236』
死の間際、なんとか危機を脱した。クロコダイルは未だ、ネムレスの腕を噛み食んでいる。左腕を失い、ポーションも一本消費、有効打の魔法もあと6発は打ち込まないと倒せない。
こうなったら。
「ソイルボール!」
打ち込んで後ろに全力疾走!
3秒走って振り向く。
「ソイルボール!」
打ち込んで全力疾走!
振り返って詠唱!
「ソイルボール!」
クロコダイルの全力疾走は人間並み。ならば、俺が走れば絶対に追いつけない!
「ソイルボール!」
『MP 69/129』
残弾にはまだ余裕がある。ヒット&ラン。
「ソイルボール!」
クロコダイルのHPバーが残り1割と少し。最後の一撃!
「穿て土塊、重圧のソイルボール!」
クロコダイルのHPバーが尽きた。のっそりと動くクロコダイルは五体投地し、ドロップアイテムを吐き出し革と肉を一つずつ。
一体倒すのに死に目に合うってやばいな。普通のゲームならばデスペナルティ覚悟で挑んでもいいが、片腕無しでまた戦うってのも無理だろ。
と思ったが、非戦闘時にHPが自然回復するように腕もゆっくりと戻ってきた。なんとも言えない感覚、かさぶたが痒くなるようなむず痒さを感じる。
腕が戻るまで10分程を有した。腕一本が10分で戻るとはトカゲもびっくりの再生能力だ。
死と隣り合わせの経験をし、この場を離れたい気持ちもある。きっと川沿いに下れば安全に街に戻れるだろう。しかし、辛くもとはいえ、勝てたには勝てた。必勝法とは言えずとも魔法の引き撃ちはクロコダイルに対し有効だった。射程とタイミングさえ間違わなければ勝てる。
生えた腕は違和感なく動く。
「よし!」
川の水で顔を洗って気合を入れる。スキルウィンドウを開き、クロコダイルを倒したおかげか習熟度が25という飛躍的な上昇を見せていた。もしかしたら、敵のレベルによってスキルの上昇率が違うのかもしれない。あと、『ソイルボール』よりも『ソリッドバレット』の方がかっこいい気がするので詠唱を変更する。
全ての項目にCPを割り振ってクロコダイルに挑む。
「厚き壁を打ち砕く弾丸、ソリッドバレッド!」
適当に詠唱しても追加詠唱ボーナスは乗る。いくつか試したが威力は最大で2割増し程だった。
クロコダイルへの引き撃ちは正攻法だと言えるだろう。なおかつ、買った魔法が地属性であることも僥倖だった。水辺のため火は効きづらく、あの厚い皮では風属性も同様だろう。水属性は勝手な憶測だが、クロコダイルが水棲動物であることを考えると有効とは言い切れない。
と、適当に考えた末、クロコダイルの乱獲を始める。二回もこなせば手際よくなり、頻繁に消費されるMPはHPと同様に自然回復する。回復量はMND[MP/min]といった具合で今のネムレスなら毎分24MPが回復することになる。
12体を狩り終え、レベルが上がったところで周囲の雰囲気が少し変わった気がした。
自分以外の誰かがいる。索敵スキルのアシストのおかげか五感に働きかける違和感。視覚で言えば錯視、聴覚で言えばノイズ、そんな感覚が胸の内にいつの間にか残留していた。
ネムレスが歩みを止め、周囲の気配を探ろうとすると声をかけられた。
「やっと気づいた。見た目通り鈍いね」
声は頭上からした。太陽を背にして舞い降りる銀翼の天使。緑の服に金の髪、天使のような高貴な見た目。それとは裏腹に口が悪い。それと滅茶苦茶背が低い。
「お前、冒険者の店で噂になってた白髪のリセットだろ」
「……たぶん」
変な二つ名だが、冒険者の店で噂になってて白髪、それにリセットといえばあのタンバとの一件に違いない。
「お前の名前は?」
「そういう君は?」
「俺はコルト。お前は?」
「俺はNameless」
「ネームレスね。お前、割り振ったCPを振り直せる能力を持ってるんだろ? 俺の割り振ったCPもリセットしてくれよ」
尊大な態度で詰め寄るコルト。小さい見た目だが、その背に携えた弓が並の武器、少なくとも店売りされていたものでないことは分かる。それだけでもコルトのレベルはネムレスよりも上であることが分かる。それに、空を飛んでいた事も気になる。これが汎用スキルかソウルスキルかは分からないが、飛行と弓という取り合わせが拍車をかける。
「あのスキル、一日に一回しか使えないんです。明日ならいいですよ」
咄嗟に嘘をついてしまうネムレス。相手の素性が分からず、信用もない。単に断っても納得してくれない気がした。
「そうなのか? そうか、ならしょうがねぇか」
口は悪いが騙されやすい。意外に素直なのかもしれない。
「一日に一回ってことは明日の分、俺のためにとっといてくれないか?」
「明日は人と会う約束があるので……」
これはアキラさん達とのことだ。
「そうか……。お前の都合に俺が合わせるからどこかで時間取れないか? お前のクエ、俺も手伝ってやるからさ。頼むよ」
そうきたか、とネムレスは思う。クロコダイル、一対一で勝率100%とはいえ、多少のリスクを負っての勝利だ。ここに一人でも加わってくれるのはありがたい。
「そういうことなら……。分かりました」
一日に一回という制限を裏付ける設定を適当に考えた結果だ。
「じゃあ、俺が用心棒を引き受けてやるぜ」
コルトからのパーティー招待に了承する。
『コルト Lv18
Nameless Lv8』
Lv18といえば龍馬と同じレベル。レベル差10の実力というものにネムレスは興味が湧いた。
「一応、俺のスキルについて説明しとくぞ。俺のソウルスキルはさっきも見たと思うが『銀翼』って言って、SPを消費して飛行する。だから連続で狩るよりも小休止を入れながらにしてくないとSPの自然回復ができない。あと攻撃だけど弓だから、相手を足止めしてくれると助かる。そうだな……」
コルトはインベントリを開いてカードを一枚取り出す。それは金属の盾、それも分類としては大型の盾、すなわち体を屈めればすっぽりと身を隠せる盾だ。
「これは約束の前金とか手付金とかそういうやつ。お前にあげるから、使ってみて。お前に死なれたら約束も守ってもらえないからね」
「ありがとう」
早速大型の盾、アイアンシールドを装備する。かなり重く敏捷性に欠ける。走って魔法なんてとてもできそうにない。
「クロコダイルの顎の力でもその盾は壊れないから安心して。それよりも注意するのは体当たり。あの体で体当たりされたら、お前なんて簡単に転ばされるから。その盾でワニと押し合いをするつもりでいなさい。レベル8なら、押し勝てなくても拮抗ぐらいはできるでしょ」
コルトは銀翼を生やし、空へと舞いあがる。
「俺の連続飛行時間は最長で3分、技スキルを使うともっと短くなるから気を遣いなさい」
やはり尊大だ。コルトはあくまでサポートに徹する気なのか、常にコルトの後ろを浮遊している。
周囲に注意を向けながら歩いていると、索敵スキルで水中にいるクロコダイルが浮き彫りになる。
「ソリッドバレッド!」
クロコダイルに先制攻撃でこちらに敵対行動を起こさせる。クロコダイルは水中を器用に泳ぎ岸へと上がる。
そこに
「ペネトレイト・アロー!」
背後からコルトの声がしたかと思えば、一条の矢がクロコダイルを串刺しにする。9割も残っていたHPバーが一撃で消失した。
「ごめん。やりすぎた」
コルト本人はサポートのつもりだったのだろうが、10というレベル差は無慈悲な一撃となりえた。
「大丈夫です。コルトさん、強いんですね」
「まぁね!」
強さを誇示できたのが嬉しいのか、鼻高々といった感じだ。華麗にとんぼ返りをして見せ、調子に乗っている。
「次行きますよ」
「任せて!」
次の標的もすぐに見つけソリッドバレッドを打ち込む。それに合わせるようにコルトが弓による通常攻撃、その一撃はクロコダイルのHPバーを3割程削り、クロコダイルの体当たりをコルトが防ぐ。
『SP 103/129』
そこにコルトがもう一撃加え、クロコダイルは最後の力で尻尾を大きく振り回す。しかし、それすらも盾が弾いてしまう。
『SP 77/129』
最後の一撃にとコルトの一撃が放たれる。放り出された尻尾を地面に縫い付ける一撃だった。
「楽勝! お前も盾の使い方、まぁまぁじゃない。魔法なんかより、盾の使い方覚えなよ」
「考えとく」
ネムレスは苦笑いしながら、次の標的を探しながら、コルトに話しかける。
「小休止は大丈夫?」
「大丈夫、あと一匹ぐらいならなんとかなる」
「降りて戦わないの?」
「お前より、俺の方が索敵スキル高いでしょ。空飛んでると索敵しやすいんだよ。それにパーティーを組んでると味方が索敵した敵って味方にも分かるようになるからさ。お前のために飛んでるんだよ」
「そうだったのか、ありがとう」
「おうおう、恩に着ろよ」
このような感じでクロコダイルを乱獲して行く。クロコダイルの革が12枚集まったところで終わろうとしたが、クエスト内容の最大数まで持っていくとシークレット報酬が出されることがあるとコルトが教えてくれる。そして、残り8枚もついでだからとコルトが手伝ってくれた。意外にも面倒見がいいのかもしれない。コルトのレベルも10まで上がっていた。
「コルト、ありがとう。助かったよ」
「別に礼なんていいよ。約束は約束だからな」
「ああ、そうだな」
「まずはフレンド登録だな」
コルトからの要請にネムレスは了承すると、フレンドリスに新しくコルトの名前が増えた。
「俺はもう行くよ。明日一日は街に居るから、都合がいい時に連絡くれ。もし、ばっくれやがったら……」
「たら?」
「お前が困ることになる」
「穏やかじゃないね」
肩をすくめるネムレス。
「約束さえ守ってくれたらいいんだよ。じゃあなネムレス」
銀翼の堕天使は軽やかに転を翔る。口が悪く、粗野で、お調子者で、素直な女の子だった。
コルトとパーティーを解散した後、スキルを確認したら習熟度が飛躍的に上がっていた。
『ソリッドバレッド(ソイルボール) 45/1000
盾 37/1000
革防具 41/1000
索敵 32/1000』
それぞれのスキルにCPを割り振ってみると。習熟度の頭に字が表示された。
『ソリッドバレッド(ソイルボール) 45/1000I
盾 37/1000V
革防具 41/1000V
索敵 32/1000 』
最初に見たときはギリシャ数字の1と5かと思ったが、ステータス画面を見て意味が分かった。
『Lv10
HP 290/290
MP 156/156
SP 156/156
CP 8426/9000
STR 28
VIT 30
DEX 28+5
AGI 28
INT 29
MND 28 』
食事による補正を除けば、今まで等差数列的に上昇していたステータスのうちVITとINTが上昇していた。このことから、スキルの隣にある文字は数字ではなく、VITとINTを表していたということになる。
つまり、このゲームにおける習熟度はスキルの性能だけではなく、キャラクター性能の上昇にも繋がることが伺える。また、穿った考えだが、単純に習熟度を上げる、というよりもCPを割り振ったからステータスが上がったと考えるのが自然だと思った。その仮説を実証するため、サム・カスタムを実行してみる。すると上昇していたステータスは通常通り、100を表示していた。そして、一つのスキルに項目を問わず100CPを費やすとステータスが上昇する。
つまり、サム・カスタムというスキルの重要性が増したことになる。
タンバの喜び様やコルトの熱心さはこのことも大きくかかわっているのかもしれない。
となると、レベルを上げることも重要だが。スキルの習熟度を上げるという点は非常に比重が大きいと思える。更に言えば、低レベルのモンスターを攻撃するよりも高レベルのモンスターを攻撃する方がスキルの習熟度は溜まりやすい。よって、導き出される答えはパーティーによる高レベルモンスターを倒すことがいいと結論付けられる。
本格的にチームの有用性がはっきりしてきたな。
チームに入る確かな気持ちを抱いてネムレスは街へと戻った。
街に着く頃には夕方になっており、北門をくぐって街に入るとメッセージが一件入っていた。
『送信者:タンバ 件名:連絡が遅れてすみません
本文
ネムレスさん、連絡が遅れてすみません。あれから、色々と聞かれましたが他の方にはネムレスさんの事は話していないので安心してください。積もる話もあると思うので、夕食でも食べながらお話しませんか? リセットの件のお礼も兼ねて会計は私が受け持ちますので、ご都合がよろしければ返信をお願いします』
あの豪快というか豪気というか、見た目に反した文だとは思った。
招待に対し承諾の旨を添えたメッセージを送ると時間と場所を指定したメッセージを受け取った。
冒険者の店でクエストを完了し、規定の報酬とシークレット報酬も入手できた。
店を出ると日がすっかり暮れ、プレイヤ―達も街へと戻ってきたのか今が一番活気があるかもしれない。
指定された店は酒場だった。龍馬に連れられた店とは違ったが、外装も内装もよく似ていた。
店員NPCにタンバの名前を告げると奥の個室へと案内された。
「よぉ、ネムレス。わざわざ来てもらって悪かったな」
やはり、文語と口語が合っていない。
「いえ、あの場から逃げてすみません」
「いや、あれは俺が悪かったんだ。つい嬉しくなっちまってな。まぁ座れ」
「はい。失礼します」
二人で囲うには大きな円卓だ。
「料理は俺が先に適当に頼んだから、適当に飲みながら話そうや。お前、酒はいけるか?」
龍馬と飲んだ時を思い出す。
「いえ、お酒は苦手です」
「そうか。お前、童顔だけど未成年か?」
ネムレスは自信が未成年かどうか聞かれ、答えられなかった。
「おっと、リアルの話は御法度か。口が滑っちまった。悪いな」
「気にしないでください」
「ああ、飲み物は好きに飲んでくれ。油物が多いから、気にするなら烏龍茶とかにしとけ」
「そうですね。そうします」
二人のやり取りはとてもゲーム内の会話ではない。ネムレス自身も客観視してそう思っていた。
当たり障りの無い話をして、頼んでいた烏龍茶とタンバのビールが届けられるとタンバは纏う雰囲気の色を少し変えた。
「さて、前置きは抜きにして話に入ろう」
「なんですか?」
「ネムレス、俺のチームに入らないか?」
「チームですか?」
「ああ、俺達のチームは『アダマス』っていう攻略チームだ。主に未踏破エリアや迷宮を目指してレベル上げやトレハンをする。そこにお前を勧誘したい」
「なんでですか?」
「正直に言えば、お前のソウルスキルがほしいからだ」
正直な人だ。
「別にお前の人間性を度外視してるわけじゃないんだ。お前とはあの時に少し話をしただけの関わりあいしか持ってないが、少なくともお前がPKをするようなプレイヤーじゃないことは分かる」
「PK?」
「プレイヤーキル。プレイヤーがプレイヤーを殺す行為だ」
「プレイヤーが、プレイヤーを?」
コルトが空から降りた時のことを思い出す。なぜあの時、コルトの力量と武器を見て危ないと思ったのか。それが、本能的にプレイヤーキルのことを警戒したのかもしれない。
「ああ、プレイヤーキルはLv25以上になると解禁される。だから、Lv25に到達するまでに信頼できる仲間を集める必要があるんだ。俺が出会った時、お前はLv3の初心者だった。なら、獅子身中の虫、といった心配が減るんだ」
「俺が裏切るかもしれませんよ?」
「そんときはそんときだ。チームリーダーってのは選んで決めて責任を取るのが仕事だ。俺が選んで、メンバーを納得させて、お前を入れる。裏切られた時はメンバーからの恨みも俺が引き受けるさ。とまぁ、カッコイイことを言うだけ言ったが、お前は裏切らないだろ?」
タンバは笑いながらビールのジョッキを傾けた。
「そう言ってもらえると嬉しいですが、もう入るチームは決めてるんです」
「そうか、俺より先に勧誘する人間がいたか。よかったら教えてくれよ。お前が入るチームを」
「アキラさんってご存知ですか?」
「アキラっていや、あのアキラか。赤髪でヒーラーの」
「はい。そのアキラさんです」
「ってことは、『ローズクォーツ』か」
タンバの表情に影が射した。
「何かあるんですか?」
「……そうだな。まず、前もって言っておくがあいつらのチームの評判を落とすつもりはないが、内容が内容だからな。陰口になっちまう。それでもいいなら話す」
「……お願いします」
「そうだな……。まずはチームを設立する条件って知ってるか?」
「そういえば、知りません」
「チームの設立には最低でも6人のパーティーを組んで、冒険者の店に行く。そして、チーム設立の手続きをする」
「でも……」
ローズクォーツのメンバーはアキラ、ツカサ、ゆうき、あやの、そして会っていないシオン。これで全部のはずだ。
「その様子ならあいつらの現メンバーが5人ってことは知ってるんだな」
「はい……」
つまり、欠けた一人がいるってことだ。
「一人少ないってことはつまり、一人チームから抜けたってことだ」
遠回しな言い方。タンバのジョッキの泡立ちを眺めている。浮かびは弾ける泡沫を。
「……そういうことだったんですか」
「なにせあのチームのリーダーはヒーラーだろ。……だからだろうな、あいつはかなり塞ぎこんじまってたんだ。今でこそ外面を取り繕うことはできてるだろうが、内心どう思ってるか分かんねぇ」
「タンバさんはアキラさんとパーティーを組んだことはあるんですか?」
「ああ、あれほどソウルスキル(適性)を持ったヒーラーもいないからな。大人気だったよ」
過去形であることが悲しくなる。
「パーティーメンバーを……。っていうヒーラーってのは一発で信用を失うんだ。順調に行けば俺達のチームと肩を並べるチームになっただろうが、今では燻っている」
「……」
「プレッシャーになるかもしれないが、アキラはお前に凄く期待しているはずだ。他のチームならいざ知らず、あいつには本当の意味で立ち直って欲しい」
その口振りはまるで……。
「お話有難うございました」
「いや、いいんだ。元はといえば俺が臭わせる口振りが発端だからな。さぁ、飲んで食って楽しもうぜ」
タンバは気持ちの切り替えが早い。それはチームリーダーとして必要なことなのかもしれない。アキラもまた努めてそう振舞おうとしているのだろう。
その夜もまた、目が冴えた。宿は取らずに街の外へ出る。月明かりを頼りにモンスターを狩り尽くした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回は初めて魔法が出た回です。やはり、魔法はゲームの花形なので優遇したいですね。属性はオーソドックスに四大元素。固くて重い地。流動的で冷気の水。軽くて不可視の風。熱や破壊の火。属性としてはどれかを優遇するということはなく、どれも魅力的に使えれば良いと思います。
可愛い男の子は好きですよ。というか、可愛いものはなんでも好きです。
以下、語録です。
徘徊:あてもなく歩き回ること。うろうろと歩き回ること。
障壁:へだてや仕切りのための壁。 妨げるもの。じゃま。
天岩戸:日本神話に登場する、岩でできた洞窟である。