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1日目

この小説は1章20000文字前後からなる7章立ての小説の予定です。

一応、7章で小説一冊分の分量になると思います。

それなりにオンラインゲームに触れ、またそれなりに小説に触れ、自分なりのゲームを小説で表現してみようと思いました。

文章が簡素でキャラクターの個性が不足しているとは思いますが、一読していただけると大変嬉しいです。

また、ラノベは読書にならないという意見を希に耳にすることがありますので、後書きにていくつか語彙を記したいと思います。

 その日、日本で最先端技術が注ぎ込まれた最高ゲームハード、エッグの公式発表が行われた。数多のゲームプレイヤーが望んだゲーム世界に入るという夢が実現されたといっても過言ではない理想ゲームハード。視覚、聴覚はもとより、触覚、嗅覚、味覚、といった五感全てを再現できる。ネット中継で配信されている動画に映っている有名なゲーム会社、ソウルプロジェクトの社長がそう言っていた。

 白銀色の光沢を持つ頭部装着式のコントローラー。脳波を読み取ることで、それをゲーム世界に反映、また、ゲーム世界におけるプレイヤーへの影響をオプション設定によってかけられたフィルターを通してプレイヤーへとフィードバックされる。更に病院での検査を経ることによって最も理想的なフィードバック設定を行うこともできるという。

 ゲームハードが優れていても、面白いゲームタイトルが無ければ話にならない。最初に発表されたタイトルは5つだった。

 一つ目の作品はクローズド・クリスタル・クロニクル。通称、CCC.今までに十七作品出ているRPGシリーズ作品の最新作、グラフィックと音響に定評があり、今作に置いてはハードそのものがコアなプレイヤーを対象としているということもあり、歴代の主人公達を織り交ぜたファンのための作品とも言えるソフト。ナンバリングが無い事もあり、外伝的な位置づけの作品だろう。

 二つ目の作品はロード。サーキット、公道、荒野をあらゆる地上走行搭乗車で走ることが可能という作品。車はもとより、電車、リニアといった鉄道車両から、自転車やスケートボードまで乗ることができ、高速車窓から見える溶けた世界から、サイクリングをしながらの見渡す景色というコアなユーザーからライトなユーザーまでに対応した作品。おまけとして、現地の駅弁を満喫できるといったユニークな宣伝が印象的だった。

 三つ目の作品はカントリー。田舎の小学校から高校までの生活を体験できるノスタルジーな作品。中継を見ているとネームセンスが無いというコメントが流れていた。作品は田園風景の広がる田舎で先輩や後輩と楽しく遊ぶという少年心を忘れない作品。お小遣いを貯めてお菓子を食べたり、秘密基地を作ってワクワクしたり、綺麗な星空を眺めながら野原に寝転がるといった楽しそうな映像が流れていた。

 四つ目の作品はアサシネイト。今回、発表された中で唯一の十八禁ソフト。ストーリーを進めながら、生まれる謎を解き明かし、計画立案から暗殺実行を行う暴力シーンやグロテスクな表現が多く含まれた作品。某倫理協会と最も争った作品であるとコメントが流れている。このゲームのみ、病院での検査が必須であり、病院の検査では精神鑑定という項目が追加されていると良く調べているユーザーのコメントが流れていた。

 五つ目の作品はカスタム・ソウル・オンライン。今回発表されたタイトルの中で唯一のオンラインタイトル。通称、過疎オン。これはソウルプロジェクトがエッグと共に開発したファンタジーRPG作品だ。アルクと呼ばれる日本と同じ地理を舞台としたオープンワールド型の作品で、今回発表された作品の中で最も注目を集めているゲームタイトルだった。従来のレベル制のゲームシステムを踏襲しつつ、手に入れたスキルをカスタムすることで、キャラクターを強化できるというシステムが目玉となっている。また、プレイヤー達の思考を読み取り、NPC達も高度な会話を行うことができるというゲームそのものが成長するという画期的なシステムだった。また、ストーリーはプレイヤー達が存在する現界、神族が存在する天界、そして魔族が存在する魔界の三界が、ある事件をきっかけに一つの世界に存在してしまい、動乱した世界に忽然と現れるプレイヤーは自由な選択の下、冒険をしていく。

 モニターの電源を切り、椅子から立ち上がり、白銀の光沢を持つヘッドセットを手に取り被った。

「コネクト」

 まるで麻酔でもかけられたかのように頭が痺れ、浅い眠りに誘われた。


 ようこそ。カスタム・ソウル・オンラインへ。


 CSOの発売から僅か一週間で、プレイ人口は日本だけで八万人。その数字は増加傾向にあり、その数字が減ることは一切ない。


 現実で言えば関東平野の広い土地の活気あふれる街、セントラルシティ。プレイヤーが始めに訪れる土地であり、拠点でもある。この街の中央には現実世界から最初にくぐる扉、原初の扉が存在していた。

 初めてこの世界に踏みしめた者の半分は驚きに言葉を失い、残りの半分は余りの興奮に自然と笑顔を浮かべてしまう。そして、この男は後者だった。

 自分の身体のように動くアバターの手足が、鮮明に聞こえる街の騒音が、立ち込める煙が、なんと綺麗なことか。清濁併せて、この世界は本物だと感じられる。これは正しく、現実以上に現実感を伴った世界だった。ここに自分がいると強く認識できるほどに刺激的な世界だと直感でわかる。

 初期アバターの彼は子供のように通りを駆け抜けた。走れば息は荒れ、心臓の鼓動は早鐘を打つ。

 これがカスタム・ソウル・オンライン!


 興奮冷めやらぬ中、彼は原初の扉の前へと戻ってきた。

 チュートリアル案内人の人魂のタマちゃんが可愛くデフォルメされた姿で案内してくれる。

「ようこそ。カスタム・ソウル・オンラインへ。

 私はプレイヤーの皆様のゲームプレイを手助けする案内人のタマです。

 チュートリアル項目を選んでください。」

 可愛らしい女性ボイスで案内される。また、口頭説明だけではなく、タマの胸あたりに半透明のメッセージログが表示される。そして、そこには次のような項目が記されていた。

1.この世界について。

2.操作ガイド。

3.スキルシステムについて。

4.コミュニティについて。

5.これからについて。

 大きく分けて5項目存在していた。

 要約には少し長いがまとめると、この世界は現界、天界、魔界の三界が一つの世界に存在する事件、界合により、初めに神族と魔族による二大勢力による争いが勃発、その間で人間は時には巻き込まれ、時には加担し、時には裏切るといった良い意味でも悪い意味でも自由な世界。そして、プレイヤーである君たちは神族のため、魔族のため、人間のため、自分のため、自由に振る舞うことができる。

 次に操作ガイド。基本的には生身の身体と同様に四肢を動かすことができ、戦闘も同様である。ただし、スキルによっては予備動作を必要とするものがあり、それを無視してのスキルの使用、効果の発露は原則行われない。

 次にスキルシステムについて。スキルは詳細な設定によって構築されている。例えば、攻撃スキルでは与ダメージを決定する威力。スキル発動後、再び発動するためのインターバルのCT。スキル発動後、次の入力を受け付けるまでの硬直時間。対象のノックバックを誘発する仰け反り値、オプション設定では持続ダメージを与える出血付与、スキルモーション時の蓄積仰け反り値を無視できるハイパーアーマー付与等。一つのスキルだけでも数多くの詳細設定があり、その一つ一つをカスタムできる。カスタムに必要なCPカスタムポイントというリソースがあり、レベルが一つ上がるたびに1000Pを取得することができる。ただし、上限値と下限値が存在するため硬直とCTを0msにまで下げ、連続発動するといったことは不可能。スキルを使いこなすうちに熟練度が上昇し、その熟練度に応じてカスタムができる上限が上昇する。熟練度最大で、必要CP値は半分になる。

 次にコミュニティについて。コミュニティとはプレイヤーの関係性である。家族、師弟、ギルド、パーティー等が存在する。コミュテニィに所属することで様々な恩恵が受けられたり、そのコミュニティでした受注できないクエスト等もあったりする。最も頻繁に使われるパーティーの最大人数は十二人、クエストやフィールド、ダンジョンによって上限人数は変動するが、十二人を超過することはない。

 最後にこれからについて。プレイヤーはこの世界に慣れることから始める。望むならば、チュートリアルクエストに沿って、移動、NPCとのコミュニケーション、アイテム採取、戦闘等の基本的な事を行うことができる。


「君、ちょっといいかな」

 少年は突然声をかけられた。タマとの会話を一度打ち切り、少年は声をかけてきた主に視線を向ける。

 三人のやや憔悴した面持ちの男性がいた。

「なんですか?」

 少年はやや緊張と警戒心を抱いて応えた。

「えーっと、ちょっと外の世界について聞いていいかな?」

 外の世界、彼らは現実世界を外の世界と形容していた。

「なんでしょうか?」

「その……。向こうで何か大きな事件……とか、たくさんの人間が昏睡している事件……みたいなニュースをしてなかったかな」

 少年にはこの男達が何を言っているのかよく分からなかった。

「そういう話は聞かないですけど。どうかしたんですか?」

「あー……。ないなら……いいんだ。うん……」

 三人の男達は落胆した様子でその場を立ち去った。


 その後、チュートリアルクエストをこなした上でわかることがあった。従来のゲームならば、背景とオブジェクトはグラフィックによって見分けがついたが、この世界ではあまりにもグラフィックが鮮明過ぎて、オブジェクトと背景の区別がつかない。なので、採取スキルによるアシストにより、半径三メート内にある採取可能なオブジェクトが発光しているように見える機能を利用する。この採取スキルもカスタムが可能。採取時間短縮、探索範囲拡大、採取オブジェクトのリポップ時間の短縮、等々。また、採取することで、スキルの熟練度の上昇とキャラクターの経験値の入手、レベルアップによるCP獲得、ステータス上昇。ステータスは振り分け式ではなく、自動上昇によるもの。後は、入手したアイテムは遊戯用カード程のサイズの手首から中指の付け根程の縦幅と指を四本並べた程の横幅に変化し、自動的にアイテムインベントリに収納される。それと、アイテムインベントリにはもう一種類あり、戦闘中に瞬時にアイテムを出し入れするためのタクティクスインベントリ、こちらには替えの武器や消耗品等を入れるようだ。最初はカードが六枚入れられるの空きスロットがあり、基礎ステータスの筋力やポーチ等の補助装備品で拡張できるようだ。

と、そこまで分かったところで、インターフェイスによる時刻表記は現実世界の夕方を示す。

 少年はログアウトをしようと、設定画面を眺める。オプション設定と並列してログアウトの表記があり、タッチウィンドウをタップすると『ログアウト済みです』と表記された。

 何度タップしても、その表記は変わることが無かった。


 これは少年だけではなく、全てのプレイヤーに共通すること。この世界からは出られない。何の説明もなく、何の前触れもなく、入ったら出られない。それがCSOという世界だった。


 この世界について記しておこう。

 CSOはエッグと呼ばれる頭部装着型ゲームハードの最初にリリースされた5つのタイトルのうちの一つだ。

 この世界、CSO世界における死の概念について記述する必要があるだろう。

 各プレイヤーは初心者装備セットや初期スキル、初心者用ポーションと共に一冊の本が渡される。

 そして、その本の内容は俄かには信じられないものだった。

 プレイヤーキャラクターには従来のゲームに準拠する通りHPと呼ばれる健常値が存在する。

 HPが0以下になり、かつ、60秒が経過する。あるいは、とどめと呼ばれる攻撃を行うことで死亡が確定する。

 死亡したプレイヤーはCSO世界からの退場を意味する。

 そして、ここからが重要。

 この世界に自我を持つプレイヤーは現実世界における本人ではないということ。

 分身、というよりも魂写し、同じ記憶を持ち、同じ感性を持ち、運動能力、反射神経といった物までが本人そのものである。

 つまり、CSO世界に存在するプレイヤーと現実世界のプレイヤーはこの世界に入った瞬間、乖離したということだ。

 重大な事のために繰り返す。この世界における死亡は現実世界における死ではなく、今、この世界にいるプレイヤーの自我の消失である。


---


 初心者用装備を身に着けた一人のプレイヤーは幽鬼のような足取りでふらふらと歩いていた。その瞳に写る世界は石畳の街路と赤レンガの建物と青い空と騒々しいまでに溢れかえった人の大海。

 人と人の間を縫って、どこかを目指した足取りということもない。

「君、大丈夫?」

 その声に反応したのか、初心者装備を身に着けた彼は空を仰ぎ、ゆっくりと地面を見つめ、自分の手を見つめる。

「君?」

 彼は自分の手から視線を外し、声をかけてくる声の主を探して振り返る。

 そこには彼を不審そうに、あるいは心配そうに、はたまたその両方か。そんな複雑な表情を浮かべる女性がいた。

 彼は女性をじっと見つめる。少し気の強そうな瞳を持った女性だ。

「君、本当に大丈夫?」

 彼を窺うように女性は何度目かになる声をかけた。

「う……ん」

 か細く、喧噪の中では掻き消えそうな小さな声は彼女の耳に届いた。

「君、ずっとこの辺りを歩いてるけど道に迷ってるの?」

 彼はぎこちなく首を横に振る。

「じゃあ、何してるの?」

「お、お、俺。俺は」

 吃音症のごとく、言葉が上手く出てこない。

「緊張してるのかな? こんなもので良かったらどうぞ」

 女性は腕時計でも見るかのように左腕を自身の胸の前に持ち上げた。そして、右手で腕時計のようなものをタップすると半透明の縦長のウィンドウが表示された。女性は指を宙に躍らせると、女性の手中には光が集まり二枚のカードが現れる。

「リリース」

 女性がそう一言唱えると二枚のカードは水差しとコップに変わった。

「はい、どうぞ」

 女性は彼にコップを無理やり持たせ、水を注ぐ。

 コップになみなみと注がれた水はキラキラと光っていた。

 彼は女性に早く飲みなよといった目に従って、一口嚥下する。

 彼はこの時、自分が如何に喉が乾いていたかを自覚する。干上がりひび割れた土地に待望の慈雨が訪れるが如く。

「そこまで美味しそうに飲んでもらえて嬉しいよ」

 それが、彼と彼女との出会いだった。


 彼女は彼を近くのカフェテラスへと連れて行く。ビーチパラソルのような大きな日傘を差した机と背の付いた椅子が四脚。二人は向かい合うように座った。

「私の名前はアキラって言います。君の名前は?」

 女性は自身の事をアキラと名乗った。その直後、彼の視界にはアキラの頭上に『アキラ▼』と表示された。

「俺の名前は……」

 彼はあたかも自身の名前が思い出せないかのような、歯切れの悪いところで言葉を止めた。そして、彼は何かを思い出したかのように、先ほどのアキラと同様、腕時計のようなものをタップする。そこには『Nameless』と表示されていた。

「ネームレス」

 日本語で言えば名無しである。

「ネームレスさんですね」

 すると、アキラの視界に映る彼の頭上には『Nameless▼』と表示された。

「アルファベットでネームレスなんですね。呼び方はどうしましょうか?」

「アキラさんの呼びやすい呼び方でいいですよ」

 ネームレス、どこで区切ろうとも呼びにくいことには変わりない。ネームさん、レスさん。

「じゃあ、ネムレスさんでいいかな」

「はい。構いませんよ」

 しばらくの間、彼、ネームレスことネムレスは以後この呼称が通名となる。

「ネムレスさんは初心者さんっぽいけど、レベルはいくつかな?」

 アキラに問われたネムレスは再びウィンドウを開く。ステータスの記載によると『Lv.1 EXP0/100』だった。それをアキラに見せてみるとアキラは驚いた顔をした。

「え! じゃあ、ずっとこの街をグルグル回ってただけなの?」

 ネムレス自身、今更にして思うが、何のために街を回っていたのか、いつから回っていたのか覚えていない。

「ネムレスさん、ちょっとスキルウィンドウ見せてもらっていい?」

「ちょっと待っててください」

 ステータス画面からウィンドウを切り替えて、スキル画面へと移行する。初期から覚えているスキルだけでも指折り数えられないほど習得していた。アキラは席を立って、ネムレスの肩に頭を乗せるか乗せないかという直近距離まで接近する。

「えっと、汎用スキルじゃなくて、ソウルスキルを見せてもらっていいかな?」

 ネムレスはスキル画面の上部には汎用スキルと並んでソウルスキルという欄があるのでそれをタップしてみる。表示されたスキルはたった一つ。『サム・カスタム』

「名前だけじゃ効果は分からないかな。効果を見せてくれる?」

 ネムレスはアキラに言われるがまま、サム・カスタムについての効果の詳細を表示される。『効果Ⅰ:CPの振り直しを可能にする』。一行で済んでしまう分かりやすい効果だった。このとき、ネムレスは『効果Ⅰ』という表記には『効果Ⅱ』があるという直感がした。

「変わったソウルスキルを持ってるね。『サム・カスタム』かぁ。じゃあ、ネムレスさんのを教えてもらったし、今度は私のソウルスキルも教えるね」

 アキラもまたスキル画面からソウルスキルを表記させる。スキル名は『癒しの微風』。詳細表記は『効果Ⅰ:自身が使用した回復魔法の効果が20%増加する』といった分かりやすい効果だった。

「私はこう見えてもヒーラーなんですよ」

 盗み見たわけではないが、アキラのレベル表記は『Lv11 EXP13/1455』だった。

「実は私、チームを作るためにプレイヤーさん達を勧誘してるんですけど、ネムレスさんにもし興味あるならお話、聞いていただけませんか?」

 その言葉にネムレスは合点がいった。面識もない女性から急に声をかけられたこと、親切にしてもらったこと。ここで断るにはやや不義理な気になる。

「……分かりました」

 ネムレスは少し考えた素振りをした後、そう答えた。

「ありがとう!」

 見るからに機嫌を良くしたアキラはネムレスが頼んでもいない紅茶とクッキーを頼んでいた。

「ネムレスさんはゲームを始めて間もないみたいですけど、そもそもチームって何か分かりますか?」

「何かをする集団……パーティーみたいなものですか?」

「そうね。簡単に言えば、固定メンバーのパーティーみたいなものね。あ、通常のパーティーには普通に加入できるから、そこは安心して。まずはチームのメリットについて話しましょうか。チームは共有資産を持つことができるの。もし、チームに入ってくれるなら今より良い装備をチーム倉庫から持ち出してもらっても構わないから覚えておいてね」

 ここで紅茶とクッキーが運ばれてくる。暖かく甘い香り立つ紅茶と焼きたてのクッキーが卓上に二つずつ並べられる。アキラに勧められ、ネムレスは紅茶を口にする。

 仄かな甘みと口腔を満たす柑橘系の爽やかな香り。一口サイズのクッキーも手に取り、口に入れる。バターの芳醇な香りとミルクの柔らかい口当たり、サクサクとした食感が素晴らしいとネムレスは感じていた。

「美味しいですね」

「そうでしょ? この世界がゲームだなんて信じられないぐらいよね」

 この店がアキラのお気に入りだったのか更に饒舌になっていた。

「そういえば、食感も感じるし、香りも味も分かります」

「そうよね。ゲームっていっても、これだけ現実感があると怖いわよね」

 アキラの言葉にネムレスは得心せずといったところ。

「さて、チームの話の続きですね。一応、チームの加入にはチームリーダー、この場合は私ですね。の勧誘に了承していただくか、あるいはネムレスさんがチームの加入希望を申請してそれを私が承諾することでチームに入ることができます。馴染めないと思えば脱退することも可能です。脱退にはチームリーダーの了承は必要ないですが、脱退される際には私に一声ください。でないと寂しすぎます」

 少しだけ寂しそうな笑顔を向けるアキラ。

「分かりました。そうですね……」

 ネムレスは考える。いますぐここで決めてしまう必要はない。せめて、アキラさんと並ぶぐらいのレベルになってからでも遅くはないと。加入すること自体は問題はないが、Lv1の自分が急にチームに入れば、手取り足取り色々とアキラさんは教えてくれる気がする。ただ、最初ぐらいは試行錯誤をしてこの世界を楽しんでみたいとも。

「少し考える時間を下さい」

 アキラは期待が少しずつしぼむような顔をしていた。でも、考えを切り替えるように紅茶を口につけて答えた。

「分かりました。じゃあ、フレンド登録してくれませんか? チームに入る入らないに限らず、分からないことがあれば何でも聞いてください。私も初心者に毛が生えたぐらいですが、それでもこの街の周辺の地理やモンスターの生息地とかは分かるので」

「こちらからもおねがいします」

 アキラはフレンドリストを開き、新規登録のウィンドウを開き『Nameless』と入力する。

『Error』

「あれ?」

「どうかしました?」

「ネムレスさんのフレ録がエラーになっちゃうの。ネムレスさんから私にフレ録飛ばしてもらえないかな?」

「分かりました」

 ネムレスはアキラ同様の操作をし、入力欄に『アキラ』と入力する。

「あ、来ました」

 アキラがフレンド登録の申請に了承するとネムレスのフレンドリスト欄には白いゴシック体で『アキラ』と表示されていた。

「じゃあ、ネムレスさんよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくおねがいします」

 そこでアキラがビクッと体を跳ねさせる。

「あ、友達から連絡来ちゃった。出てもいいかな?」

「あ、いいですよ。お気遣いなく」

「ごめんね」

 アキラは席を立ち、少し離れた所で話した後戻ってくる。

「ごめん! 急に召集がかかっちゃった。お茶代、ここに置いておくから、お釣りは話を聞いてもらったお礼として取っといて! 本当にごめん!」

「行ってらっしゃい。チームの件は遅くても三日後ぐらいには返すから」

「分かった! それじゃあね。ネムレスさん!」

 アキラは早馬が如く、街を走り抜ける。

 そして、ネムレスの手元に残ったのはアキラから手渡された1000エルグだった。


 紅茶2杯とクッキー2皿、これで100エルグだった。これが高いか安いかは個人の財布事情で異なるだろう。

 ネムレスはお釣りとして受け取った900エルグをどうしたものかと考えた。

 三日後までにレベルを上げて、お金を稼いでお釣りを返せばいいと考え、まずは装備を購入することをネムレスは優先した。

 武具屋と呼ばれる武器や防具を扱う店に入り、品定めをする。900エルグの予算から装備の一式を揃えようとすれば、一つ一つは安価にする必要がある。

 装備可能箇所は武器の右手と左手。防具は頭部、胴、腕、腰、足。装飾品は髪、耳、首、指だった。

 まずは武器と防具を埋めることにする。

 ここでふと、ネムレスは考える。

 俺の装備って前衛? 後衛? それとも中衛か?

 CSOにおいて職業やクラスといった概念はなく、レベルアップによって得られるCPをスキルに振り分けることでキャラクターの特徴を出す。

 例えば、近接武器に関するスキルと重鎧に関するスキルにCPを割り振ればその人は前衛プレイヤーと扱われ、弓や魔法スキルにCPを割り振れば後衛プレイヤーとして扱われる。

 基本的にCPの振り直しはできないため、最初に自身のやりたいことを決めてからCPを割り振ることが推奨される。しかし、先ほど自身で確認したネムレスはこの例に漏れる。

『サム・カスタム』。要はいつでも自身のプレイスタイルを変えることが可能だということだ。

 一応、スキルには習熟度という概念があり、使いこなせば使いこなすほどCPを割り振れる上限が上がるといった内容がある。しかし、ネムレスはそこまでのシステムに関する知識はない。

 ソロで魔法というのも辛いという短絡的思考から、前衛装備を選ぼうとする。

 そして、次に悩むのが近接武器でも大きく分けて3つある。斬撃系、刺突系、打撃系だ。この違いがネムレスには分からない。

「何かお困りですか?」

 どうやら店員のようだった。

「えーっと、この斬撃系、刺突系、打撃系ってどう違うんですか?」

 ネムレスが質問すると店員の頭上には次のような項目が表示された。

1.斬撃武器について

2.刺突武器について

3.打撃武器について

 どうやら、この店員はNPCのようだった。ネムレスは1から順番に質問する。

「斬撃武器は敵に部位欠損を与えたり、出血ダメージを与えることが可能。

 刺突武器は敵の装甲が薄い場所を狙い、致命的なダメージを与えやすい。

 打撃武器は敵の装甲の上からでも一定のダメージが期待でき、相手を硬直させることが可能」

 いかにもな武器の分け方だった。

 ネムレスは店員の話を聞いて、選んだ武器は槍だった。

 斬撃としても使え、刺突武器としても使え、石突を使えば打撃武器にもなる。リーチも長く、バランスが良い武器だ。ただし、刀や剣と違い咄嗟の時に抜刀しにくい部分や狭所等では振り回すことができないといったデメリットもある。

 棒の先端に片刃の穂先を付けた簡易な作りで耐久力が低いことも欠点だ。それで500エルグもする。

 残った400エルグで胴と腕と腰と足に革装備を装着する。100エルグを4点で残金0エルグ。

 すっからかん。


 さて、ここでネムレスがいる土地を紹介しよう。CSO世界は基本的に日本を舞台としている。日本で言う所の北海道をホーリーノース、ここが天界勢力神族の土地。九州がカオスナイン、ここが魔界勢力魔族の土地。そして、本州全域がアルクモデラート、ここが人族つまりプレイヤーの基本活動地域であり、現実の関東平野にあたる土地にセントラルシティがある。西や北には平原や森、山岳があり、南から東までが海洋を占める。

 ネムレスが向かう先はセントラルシティの北門から出た平原。そこにはLv1~3の非アクティブ(=プレイヤーが攻撃するまでモンスターは敵対行為を行わない)モンスターがいる。

 舗装されていない踏み固められた道を適当に北上すると道からやや逸れた平原に頭大のサイズの白いもふもふした何かが点在していた。

 近づき凝視すると『ラピッドラビット▽』と表示され、HPゲージが表示される。どうやら、これがモンスターらしい。

 ネムレスは槍を構え、そのうさぎのようなモンスターの胴あたりを一突きする。攻撃する直前まで緑色だったゲージが赤く染まり、今の一撃で三割程削れた。

 ラピッドラビットはすぐさまネムレスから距離を取ろうと背を向けたかと思いきや、後ろ足で砂を飛ばしてくる。ネムレスは咄嗟に顔を守ろうと左腕を上げるが、そのせいで死界ができラピッドラビットが助走をつけてタックルを仕掛けてきた。その攻撃をまともに受ける。静電気が走ったようなバチッとした痛みとその周囲が徐々に熱を帯び始める。

『HP 113/140』

 攻撃を受けた部位は左腕。ネムレスは左腕が痺れ、動きが鈍く槍を握れば握力が下がったと感じる。

 ラピッドラビットのタックルは打撃属性、直撃を受ければ硬直する。

 ネムレスは槍を右手で強く握り、左手は添えるだけ。

 先ほどのタックルで彼我の距離は開くがまだ槍の間合いだった。

 ラピッドラビットが助走をつけ、再びタックルを仕掛けようとする。ネムレスは槍を構える。ラピッドラビットのタックル。その攻撃に合わせ槍による刺突を放つ。

 手応えあり!

 クリティカルダメージにより、残っていた7割のHPゲージも一瞬にして消失する。

 しばらくするとHPは上限一杯まで自然回復した。どうやら非戦闘時はVIT[P/min]でHPは自然回復しているようだ。 

 それからネムレスはラピッドラビットを適当に討伐する。1体の経験値は10程。10体も狩ればすぐにレベルは上がった。ステータス画面を開きレベルが上がったことを確認する。

『Lv1→2

 EXP0/125

 HP 140→156

 MP 75→84

 SP 75→84

 STR 10→12

 VIT 10→12

 DEX 10→12

 AGI 10→12

 INT 10→12

 MND 10→12』

 スキル画面を覗くと

『新規取得スキル

 話術    1/1000

 槍習熟   3/1000

 革防具習熟 1/1000』

 となっていた。

 槍スキルの詳細画面を開く。

『槍スキル

 習熟度 3/1000

 通常攻撃ダメージ倍率 ×1.000 

 通常攻撃仰け反り値  +0.0  

 通常攻撃硬直時間   -0ms 

 CPの割り振り         』

 CPの割り振りをタップすると

『割り振るCPを確定してください。

 CP 1000/1000

 通常攻撃ダメージ倍率 ×1.000 ↑

 通常攻撃仰け反り値  +0.0  ↑

 通常攻撃硬直時間   -0ms  ↑

 確定               』

 通常攻撃ダメージ倍率の項目の↑を一回タップする。

『割り振るCPを確定してください。

 CP 999/1000

 通常攻撃ダメージ倍率 ×1.001 ↑

 通常攻撃仰け反り値  +0.0  ↑

 通常攻撃硬直時間   -0ms  ↑

 確定               』

 槍スキルに手持ちのCPを全て割り振ると

『割り振るCPを確定してください。

 CP 991/1000

 通常攻撃ダメージ倍率 ×1.003 ↑

 通常攻撃仰け反り値  +0.3  ↑

 通常攻撃硬直時間   -3ms  ↑

 確定               』

 各項目に3CPずつ割り振ることができた。これは習熟度と同じだけ割り振ることが可能だと推測できる。『サム・カスタム』で振り直しが可能なだけに躊躇なく確定ボタンを押す。

 確認のため『サム・カスタム』の効果を実証してみたところ、単一スキルを指定して初期化するのではなく全スキルを一度に初期化するといった仕様のようだ。

 残CPも豊富にあるため、革装備の防御力上昇や被仰け反り値軽減といった項目にCPを割り振った。

 次にインベントリ。倒したモンスターのドロップアイテムはドロップボックスに仕舞われ、中にはラピッドラビットの毛皮×1、ラピッドラビットの肉×1が確認できる。どうやら敵を倒すことでお金を落とすことはないようだ。

 更にラピッドラビットを13体を狩り終え、『Lv3 5/156』となっていた。ステータスも等差数列的に上昇し、CPも新たに1000CP獲得した。

 ドロップアイテムいくつか取得し、ドロップボックスから全取得ボタンをタップする。

『ラピッドラビットの毛皮×3

 ラピッドラビットの肉×2

 ラピッドラビットの足×1

 を取得しました』

 ネムレスは帰り支度をする。といっても、タクティクスインベントリに槍を収納して移動しやすくすることぐらいだ。

 ここでタクティクスインベントリについて説明しておこう。

 戦闘時はインベントリを表示することができない。ただし、タクティクスインベントリに収納されたアイテムに限れば具現化することができる。

 タクティクスインベントリの上限はSTRが10上がる毎に1つ、今のネムレスで言えばSTRが30のため3つまでは収納することができる。この中には装備だけではなく回復薬や解毒薬等を入れることが可能。

 タクティクスインベントリはウィンドウを開くことなく音声入力でアイテム具現が可能。


 セントラルシティに戻ったネムレスはやや疲れた表情を浮かべながらセントラルシティへと戻ってきた。

 早速ドロップ品を売却しようと最初に訪れた武具店へと足を向けたが、装備品の下取りはするがドロップ品は請け負ってないとのこと。ドロップ品を売却するならば、冒険者の店に行けと言われた。

 冒険者の店。プレイヤー達がクエストを受注したり、パーティーの募集をかけたりする寄合所のこと。食事を取ることができたり、宿としての利用もできる便利な場所だ。

 冒険者の店にやってくると頻繁にプレイヤーが出入りしていることが確認できる。

 中に入ってみると多くのプレイヤーが腰かけており、卓上には『パーティーメンバー募集』の表示がある卓がいくつかある。

 ネムレスは換金所と思われる窓口に向かう。

「換金したいアイテムをカード化して提示してください」

 カード化とはインベントリから取り出すことで出現するカードのこと。アキラが水差しやコップを出したときも初めはカードであり『リリース』と唱えると具現化し、自身がアイテム化したアイテムならば『シール』と唱えればカード化する。

 ネムレスは手に入れたドロップ品をカードとして提出する。

『ラピッドラビットの毛皮 25  ×3 = 75erg

 ラピッドラビットの肉  50  ×2 = 100erg

 ラピッドラビットの足  200  ×1 = 200erg

 合計               = 375erg』

「以上となりますが、よろしいでしょうか」

 尋ねられ、そこでふと思い出す。新規習得スキルに表示された『話術』というスキル。どうやら、取得順からいえば武器や防具を買ったとき、あるいはあの紅茶やクッキーの代金を支払ったときに取得したらしい。

 話術スキルの詳細画面を開くと項目の一つに売却額倍率の項目がある。話術スキルの習熟度が低いせいで焼け石に水だった。具体的に言えば、『売却額倍率 ×1.001』 つまり、1000ergの物を売って初めて1ergの利益が出る程度だった。

「お前、もしかして話術スキルにCP振ろうとしてるのか?」

 ネムレスは急に話しかけられた。

「売却額倍率にCP振るのはやめとけ。その身なりからして初心者だと思うが、序盤はCP余りがちだから色々振りたいとは思うが、レベルが上がればCPがカツカツになってくるからな。先輩風吹かせるわけじゃない、忠告って言うほど偉そうなことは言えないが、アドバイスとして受け取っとけ」

 金属鎧を着たやや大柄のプレイヤーだった。

「ありがとうございます。でも、CPなら後から振り直せるので大丈夫です」

 ネムレスのその言葉に冒険者の店のプレイヤーの視線を一手に引き受けることになった。

「あん? それってどういうことだよ」

 金属鎧の大男の顔が更に大きくなる。というか、近い。鼻息当たってる。

「あの、俺のソウルスキルがそういう効果を持ってるんです」

 あまり大きな声を出さないよう、耳打ちするような小声で大男に教える。

「それってどんなスキルだよ」

 大男もネムレスに合わせて小声になる。

「他の人に言わないでもらえますか?」

 先ほどの視線は視線恐怖症を持たない普通のネムレスでもかなり居心地の悪さを感じた。スキルウィンドウを開く直前にその一言を添えた。

「ああ、黙っててやるから教えろよ」

 かなり強引な大男ははやる気持ちを抑えるように、ネムレスの顔と大男の顔が触れ合っていた。

 スキルウィンドウを開く。

 サム・カスタムの効果を見せると大男は驚いていた。

「こんなスキルがあるのか。それって他人にも使えるのか?」

「試したことないから分かりません」

「俺の名前はタンバだ」

 急に名乗った大男の頭上には『タンバ▼』と表示された。

「どうだ? スキルの対象に俺を選べないか?」

「ちょっと待ってくださいね」

 ターゲットをタンバに指定してサム・カスタムを発動しようとする。『不正な対象です。このスキルの対象は自身、パーティーメンバーに限られます』と表示される。

「どうやら同じパーティーじゃないと選べないみたいです」

「ってことは、パーティーにさえ入れば俺もCPの振り直しができるのか?」

「そうだと思います」

「じゃあ、ちょっと待っててくれ」

 タンバはフレンドリストとは違う、リスト。おそらくパーティーリストを開いて通話をしていた。

「ちょっと用事ができた。今日の狩りは俺無しでやってくれ。この埋め合わせは今度するから」

 そんなやり取り、というよりも一方的な感じで通話を終えていた。

「待たせて悪かった。俺がお前をパーティー誘うから、名前教えてくれ」

「俺の名前はアルファベットでNamelessです」

「OK、Namelessだな」

 タンバは新規にパーティーを作成しネムレスをパーティーに入れる。

『パーティーリスト

 1.タンバ  Lv21

 2.Nameless Lv03』

「タンバさんってLv21もあるんですか」

「ああ、わりとハイペースで狩りをしたりクエストを回してるからな。それより、例のスキルを俺にも使ってみてくれよ」

 玩具を目の前にした子供のような、文字通りの垂涎の様子である。

「分かりました」

 ターゲットをタンバに指定し、サム・カスタムを発動させる。

「お、俺の方に何かポップしたな」

 タンバのポップ画面にはネムレスが槍スキルを初期化しようとした時と同様、全スキルのスキルリセットをするかどうかの確認ボタンが表示された。

 タンバは迷わず確認ボタンをタップする。そして、スキルウィンドウをすぐさま確認する。

「ほら見ろよ! 俺のCPが還元されたぞ」

『CP 20000/20000』の表記。

 余りの興奮に声が大になるタンバ。その興奮の熱は周りにも飛び火する。ざわざわとした空気が冒険者の店を包み込む。

 卓についていたプレイヤーの一人が席を立つ、椅子の引きずる音を合図にまた一人、また一人と席を立ち、ネムレスの方へと走り寄ろうとする。

 ネムレスは咄嗟に換金所の取引完了ボタンを押し、お金を受け取るとすぐさま冒険者の店を走り出た。

 走り逃げたネムレスを追いかけるプレイヤーはさすがにいなかったが、背後からはタンバの「ちょっと待てよ」という大きな声が聞こえた。どうやら問い詰められているようだった。


 どれだけ冒険者の店から離れただろうか。工房が立ち並ぶ区画へと迷い込んだようだった。武具屋や冒険者の店があった区画を商業区画と定義すれば、さしずめここは工業区画と言ったところだろうか。

 生産スキルとして代表的な物と言えば、やはり鍛冶だろう。ネムレスは少しだけ覗こうと思った。

 白い煙を上げる煙突を目印にするとすぐに鉄火場を見つけることができた。金属が金属を叩く黄色い音が聞こえてくる。

「すいません!」

 ネムレスが大きな声を上げると白い手ぬぐいを頭に巻いた汗だくの壮年の男が出てきた。

「どうした」

 やや大きな声でネムレスをその鋭い眼光で射抜く。

「あの、鍛冶に興味があるんですが見てもいいですか?」

 鍛冶屋の親父は傍に置かれた金槌をネムレスに手渡す。その金槌を受け取るとネムレスは前屈のような奇妙な姿勢になった。

「重っ!」

「それを片手で扱えるようになるまでは見学も許さん」

 手持ちのアイテム『鍛冶の金槌』要求STRは50。普通に考えればLv5相当のSTRだ。

「また、改めてきます」

「ああ」

 鍛冶屋の親父は短くそう答えた。

 ネムレスはその場を離れた。


 斜陽が影を伸ばす頃。どうしたものかと考えた。宿を取るにも冒険者の店を訪れるのはやや危機感が足を竦ませる。

 しかし、商業地区までやってくるとその杞憂も無くなった。宿は冒険者の店だけではなく数件点在していた。

 どの店も素泊まり(=一泊食事無し)で100エルグ。風雨を凌げるだけ上等だろう。一人部屋を一部屋、一晩借りた。

 1メートル×2メートルの木枠に干し草を敷き詰めその上から毛布を敷いたような簡素なベッド。

 小さなテーブルと椅子。それから小物を収納する小箱。トイレ、シャワー共同。安宿として良いか悪いか判断に困る。

 ベッドに横になり休んでると着信音のような高いユニークな音がした。どうやら、メッセージの受信音だったようだ。

 メッセージはメッセージリストに『アキラ 冒険者の店で聞いた話 18:39』と表示されていた。

『ネムレスさん、こんばんわ(^-^)

 もうLv3になったんですね(*゜∀゜*)

 おめでとうございます(*´ω`*)

 先ほど、私たちも冒険から戻ってきたところなんです(`・ω・´)

 それで冒険者の店に寄ったらCPを還元するソウルスキルを持ったプレイヤーがいるって話を聞いたんですよ(;゜Д゜)!

 もしかしたら、ネムレスさんじゃないかって思ったんですが走って逃げたって聞いて(><)

 大丈夫ですか(´・ω・`)?』

 なぜアキラが自分のレベルが上がったのが分かったのかと思ったら、フレンドリストをよく見るとアキラのレベルは12に上がっていた。

『アキラさん、こんばんわ。

 心配ありがとうございます。

 ドロップ品を換金しに冒険者の店に行った所でタンバさんという人に声をかけられまして

 CPを話術に振らない方がいいってアドバイスを受けた際に俺のソウルスキルについて話しまして

 話の流れでタンバさんのスキルをリセットしたら、聞き耳を立てていた人に聞こえたようだったので

 急いでその場を離れたんですよ。』

 送信。

 受信。

『そうだったんだ(^-^)

 もし何かあったら私を頼ってね( ´ ▽ ` )ノ』

『ありがとうございます。

 一人でどうにもならないときは頼らせてもらいます』

 送信。

 受信。

『うん(^-^)

 お節介かもしれないけど、西門から出て南西に向かった所に

 採取スポットがあるから、そこで素材アイテムを採取しても

 経験値は貰えるから行ってみるといいよ( ´艸`)』

『ありがとうございます。

 明日から早速行ってみたいと思います』

 送信。

 受信。

『チームの勧誘の件もそれぐらい色良い返事を期待してるよO(≧▽≦)O

 じゃあ、頑張ってね(^-^)/』

『頑張ります』

 送信。

 ……受信なし。

 そういや、タンバさん。あれからどうしただろ。

 メッセージリストを開いて送り先にタンバと指定、件名はNamelessです。

『こんばんわ、タンバさん。冒険者の店で会ったNamelessです。

 今、大丈夫ですか?』

 送信。

 ……受信なし。

 狩りの最中かもしれないと思い、ネムレスは腹拵えに宿に夕食を頼む。玄米と魚、すまし汁、漬物で40エルグ。

 食べなれない玄米は粘り気が強く、食感がややプチプチとして甘みがある。魚はししゃもで、子持ちだった。塩焼きしており、さっぱりした味ではあるが、ご飯が良く進む。すまし汁は薄くスライスした牛蒡とタマネギが入っている。出汁も十分出ており、口当たりがさっぱりしている。

 食後には玄米茶。湯呑を持つ手がじんわりと暖かくなる。

 これがこの世界の食事。簡素で質素だが、味もあれば腹も膨れる。暖かい物を飲めば身体も温まる。

 そして、この食事さえもゲームシステムに組み込まれている。

 ステータス画面には『食事効果 VIT+5 2h48m31s』と表記されている。

 ここはゲームであるが、同時に現実じゃないかと錯覚する。現実危機リアルクライシス。現実の自分とCSOの自分、どちらが本物か分からない。

 そういえば、俺って誰だっけ。

 カフェで紅茶を飲んでクッキーを食べたあれはこの世界が初めてだったか。それとも、現実で経験があったか。お金、お金は銀色だけだったか。石畳と赤レンガ以外の街を見たことがあったか。現実で槍を持ったことはあっただろうか。現実の俺は男だったか。女だったか。名前は。家族はいたのか。そもそも俺はどうして街を歩いていたんだ。

 メニュー画面を開くと時刻は『20:23』を示している。

 あの道を歩けばもしかしたら、何かを思い出すかもしれない。

 ネムレスは扉に手をかける。

 そもそも俺はあの道をどうやって来たんだ。どこをどう歩いていたんだ。

 そんな疑問が湧き出たが、ネムレスはあの道に出ればなんとかなるかもしれないという一縷の思いを携え扉を開く。


 日は落ち、人通りも疎らになり、夜も営業している数少ない店の灯りだけが街路を照らす。

 あのカフェテラスを目指して歩く。そして、たどり着くが、何も思い出さない。ただの道意外に何もない。

 ネムレスはカフェテラスを右手にして歩いていた。つまり、カフェテラスを左手に見たとき、その方向がネムレスの着た方向。

 メニュー画面からマップを開く。どうやら、ネムレスが向いている方向は原初の扉。つまり、ログインして最初にくぐるあの扉だ。

 そういえば、俺はあの扉をくぐったことがあっただろうか。

 ネムレスには明瞭な記憶がない。明瞭でもっとも古い記憶はアキラに声をかけられたあの時以降だ。

 これを物忘れと払拭するには躊躇われる。なにせ記憶が無く名前も無い。

 逆だ。

 ネムレスは天啓が如く、一つの考えが生まれる。

 もともと俺はこの世界の住人。つまりNPC。現実世界に俺はいない。この世界こそが俺の居場所。それが真か偽かはこの際、気にしなくていい。俺自身が納得できればいい。

 ネムレスはそう自身に言い聞かせる。

 自我を持つNPC。それが自分だ。


「お主、どうかしたのか」

 ネムレスは肩をポンポンと叩かれる。

 振り向くとそこには白と青を基調とした夏ならば風流な浴衣を着た狐面を被った、たぶん男、が声をかけてきた。

「ああ、大丈夫」

「そうかそうか。ならばいいのだ」

 男は狐面を外した。

 幼い丸い顔立ちに猫毛の金髪。

「拙者の名前は龍馬りゅうま。お主は?」

 龍馬と名乗るプレイヤーの頭には『龍馬▼』と表示される。

「俺はNameless。ネムレスって呼ばれてる」

「そうか、ネムレス殿だな。覚えておこう」

 覚えておこうも何も名前は頭上に表示されているとネムレスは思った。

 それにしても、今日はよく声をかけられる日だ。

「ネムレス殿はこのような夜更けに一人で何をしておるのだ?」

「ああ、ちょっと散歩を」

「そうかそうか。ならば、拙者も同伴いたしたいのだが、どうだろうか」

 そうかそうかは龍馬の口癖なのかもしれない。

「散歩って言っても、ここから折り返すんだけど」

 もちろん、行先は宿屋だ。

「ならば、一献だけでも拙者に付き合わぬか?」

 龍馬はインベントリを開き、カードを三枚取り出す。

「解」

 瓢箪と赤塗りの杯が二つ。

「もしかして、それってお酒ですか?」

「さよう。味だけではあるが、それだけでも楽しめる」

 龍馬は杯をネムレスに手渡す。

「まずは一献」

 まずはって二杯、三杯があるのだろうか。

 滑らかに注がれる酒は半月を映し出す。そして、白髪のネムレス自身も。

「ささ、ぐいっと飲んでくれ」

 ネムレスは龍馬に勧められるがまま杯を傾ける。

 辛く熱い物がのど元を過ぎた。

「良い飲みっぷりだ。どうだ? 美味いだろ」

「……痛い」

「そうかそうか! 痛いか!」

 龍馬は楽しそうにネムレスの背中を叩く。

「ネムレス殿はまだ子供だな。なに、ネムレスにも合う酒はあるだろう。コレなどどうだ」

 手元の瓢箪を「封」と唱えた後、新しいカードで「解」と唱える。次に現れたものも瓢箪だった。

「これはネムレス殿にも合うと思うぞ」

 そういって次に注いだものはやや黄みがかったものだった。リンゴのような香りが漂う。

「これは美味いぞ。拙者もよく飲むからの。ささ、ぐぐっと」

 ネムレスはふたたび勧められるがまま杯を傾ける。芳醇なリンゴの薫りと甘酸っぱい味と喉を温めるような軽い刺激。酒自体は熱くもないのに、身体の芯から温まるような心地だった。

「これなら俺でも飲めるな」

「そうかそうか。では、拙者にも一献注いでくれぬか」

 その幼さの残る笑顔で瓢箪をネムレスに差し出す。それを受け取り、慣れぬ手つきでゆっくりと注ぐ。

「やはり、誰かに注いでもらうというのはいいものだな」

 龍馬の持つ杯には楽しそうな龍馬の顔と微笑を浮かべたネムレスの顔が映っていた。

「ネムレス殿、拙者と飲み友になってはくれぬか」

「飲み友?」

「さよう。寂しい時、哀しい時、嬉しい時、楽しい時、そういった気持ちを共有するのじゃ。今日はこんな楽しい事があった、こんな悲しい事があった。誰にも言えぬことを酒の席で笑い話にする。そんな友達じゃ」

 もしかしたら、龍馬は自分が落ち込んでいるように見えたのかもしれない。だから、声をかけてきたのかもしれない。

 ネムレスの視界には

『龍馬様からフレンド登録の申請があります。

      了承    拒否       』

と表示された。

 ネムレスは逡巡した後、左のボタンを押した。

 フレンドリストには

『アキラ Lv12

 龍馬  Lv17』

 と新しい表示がされていた。

「ネムレス殿、このあと何か用事はありますか?」

「ないけど」

「ならば、ネムレス殿の時間を拙者にくださらぬか?」

 つまり、一緒に何かしたいということだろう。


 龍馬に連れられやってきたのはNPCが経営する酒場だった。龍馬は馴染み客なのか、いつもの席だと言わんばかりに店内を見渡すことなくカウンター席に着く。そして、ネムレスもその隣に腰かける。

「いらっしゃい。龍馬さん、今日は何にしますか?」

 某眠りの探偵のようなチョビ髭を蓄えた渋いマスターが低い声をかけてきた。

「拙者は上燗を、この御仁には若い葡萄酒を」

「かしこまりました」

 マスターは手際よく用意し、ネムレスと龍馬にそれぞれワイン瓶と徳利を差し出す。

「拙者はこれだが、ネムレス殿にはそちらが良いでしょう」

 ネムレスはグラスを、龍馬はお猪口を軽く掲げて飲む。

「さて、ネムレス殿。彼らを見てどう思いますか?」

 酒場で卓を囲む四人のプレイヤー達が酒を飲んで楽しんでいる。

「どう思うって、普通じゃないか? 酒飲んで、騒いで」

「やはり、ネムレス殿もそう思いますか。あの、赤い手甲を付けたあの者は『小太郎』という」

 龍馬に言われ、初めて赤い手甲を持つ男の頭上に『小太郎▽』と表示された。

「あれ? 三角が黒塗りじゃない」

「あの者達はNPC。死んだプレイヤーの成れの果てじゃ」

「死んだ……プレイヤーの?」

「さよう。このゲームにおける死者はどうなるか、覚えておるか?」

「プレイヤーの死は自我の消失……。じゃあ、あの人達は……」

「話が早くて助かる。小太郎は拙者の友人だった。わずか三日程の付き合いだが、共に酒も飲み交わした」

 お猪口を静かに傾ける。先ほどまで熱かった体も、今では嫌な熱として燻った。

「ネムレス殿。忘れてくれるな。この世界では死して尚、自我を失って尚、キャラクターとして動かされる。残された者は死者を弔い、悼むことさえできない。彼らはああして、楽しそうに過ごしておる。拙者らを忘れてな」

「……」

「すまぬな。飲み友になったばかりで重い話をしてしまった。だが、拙者はお主に生きていて欲しいのだ」

「はい」

 少しばかり、静かに酒を飲み下す。

「さて、この話はここまでとしよう。つまみを頼もうではないか。拙者のオススメはマグロの漬けだ」

「では、いただきましょう」

「マスター。マグロの漬けを二つ」

 マスターは静かに頷いた。


 酒場を出ると龍馬と別れた。

 そして、宿屋に戻りベッドに横になる。しかし、冴えた目は閉じることは無かった。

CSO第一章、一日目に目を通していただきありがとうございます。

皆さんの感想をお聞きしたいとは思いますが、おそらく文章が下手、何を伝えたいか分からない。といった表現の稚拙さ、レトリックの未熟さを感じていただけたかと思います。それでもなお、読んでいただけるならば、僕は大変有難いことだと思います。改めて、ありがとうございます。

更新に関しましては出来る限り毎週月曜日に投稿したいと思っています。


以下、語録とさせていただきます。


ノスタルジー:(仏)nostalgie 郷愁、懐古の意。

昏睡こんすい:意識を失って、眠り込むこと。

乖離かいり:そむき、はなれること。

幽鬼ゆうき:死者の霊魂。また、亡霊。幽霊。

喧噪けんそう:人声や物音で騒がしいこと。

慈雨じう:ちょうどよい時期に、適当な量だけ降る雨。草木の生長に都合のよい雨。恵みの雨。

芳醇ほうじゅん:かおり高く味のよいこと。

得心とくしん:よくわかって承知すること。納得すること。

斜陽しゃよう:西に傾いた太陽。また、その光。夕日。夕陽 (せきよう) 。斜日。

疎ら(まば):間があいて、ばらばらとあること。

一縷いちる:細糸一本のように今にも絶えそうな。かすかな。

払拭ふっしょく:払ったりぬぐったりしたように、すっかり取り除き消し去ること。

天啓てんけい:天の啓示。天の導き。神の教え。

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