35話『矢島悠介』(3)
「……遠堂?」
「そいつがタイマーの違法取引の黒幕である」
ソファーで仮眠を取っていた矢島をたたき起こした紫上から、事件の黒幕の名前を聞かされた。
「遠堂総司よ。どうやらそちら方面では顔が利く有名人だそうよ」
紫上とともに捜査をしていた日花里は、表情を曇らせていた。
「どうやら今回のタイマーを奪う殺人事件は、かなり規模のデカイ話になってるのか?」
「そうねぇ、調査を進めていくと、男子大学生の以外のグループにも、何人かに声を掛けていたらしいのよ」
「声を掛けられた人達に聞き込みをすると、計十二人もの学生や若い社会人の証言が集まったのである」
紫上は脇に抱えていた大学ノートを取り出して矢島に見せる。
そこには遠堂にまつわる話が箇条書きで纏められていた。
「八十代の男性か。……ん? ここに書いてある六月二三日って何の日付だ?」
「これは紫上さんのツテで知ることが出来たのですけれど。暗部の人から聞いた武器取引闇市の開催日という話よ」
日花里は口の横に手を当てて小声で言った。
と言っても矢島達がいる部屋には他人はいない。気分の問題だろう。
「私はこの業界にいる期間が長いので、君たちより情報網があるだけである」
紫上は誤解されないように付け加える。
「来週の水曜日か……。なるほど、その日が一番遠堂の近くに乗り込みやすそうだな。場所はわかっているのか?」
「えぇ、次のページに書いてあるはずよ」
その場所は、特時のビルから三二キロ北にある片田舎だった。
そして今度は日花里が矢島に尋ねる。
「ところで、奈緒子ちゃんはまだ帰ってきていないの?」
「あー、奈緒子なら俺と一緒に帰ってきていている。あいつは奥の部屋で仮眠をしているんだ。ちょっと呼んでくるわ」
矢島はソファーから腰を上げた。
寝癖でボサボサになった髪を手櫛で乱雑に整えながら、奥の部屋に入る。
「おい、奈緒子起きろー!」
「ふぁひっ!? ……あー、矢島さんおはようございますー!」
彼女は完全に寝ぼけていた。一年前まで花の女子高生だったとは思えない。
それほどまでに多忙だった。
しかしそれも今月で終わりとなり、七月からは人員の大幅増員で本格始動するという話で、最後のひと踏ん張りである。
「ホラさっさと起きろ。目的が決まったぞ」
パンパンッと手を叩いて奈緒子の覚醒を促す。
「はっ!? ちょっ! すぐ用意するんでちょっと待ってー!!」
彼女がようやく慌ただしくベッドから跳ね起きたところで、矢島は紫上や日花里のいる部屋へ戻った。
「矢島さんと奈緒子ちゃんは、目的のものは手に入れられたのかしら?」
「あぁ、問題ない。びっくりするほど簡単に申請が通ったんだ。明日にはこのビルに届くだろう」
「それならば、後は闇市への偵察と計画を立てねばならんな。奈緒子さんが準備でき次第、話し合いをすることにしよう」
*
そして六月の二三日の水曜日。
事件の黒幕である遠堂を捕まえるための作戦は、滞りなく開始された。
「まずは様子見だ。前情報が正しいとは限らないから、慎重に行くぞ」
遠堂の開催した武器取引闇市は、とある富豪の別荘で開かれていた。
そして、紫上の知り合いの暗部の人間の協力を得て、なんとか別荘に潜入することが出来た。
矢島と日花里は別荘の片隅に陣取って、持ってきた荷物を広げる。
「コイツを使って遠堂を釣り出す」
「上手くいってくれるかしら?」
「無理だったら、他の手を考えればいい。そのために奈緒子と紫上が、別荘内の状況を調べているんだからな」
そんな話をしていると、一人の女性が矢島達のいるスペースに近づいてきた。
「見ない形の武器ね。何かしらそれは?」
その女性が食いついた銃こそ、矢島と奈緒子が用意していた重要なアイテムである。
「こいつは半年前に開発された新兵器でな。一見ただの棒切れだが、組み直すと銃になる」
矢島は棒を掴んで組み替えて見せた。その時間は僅か二秒。
「それにコイツは表面を特殊なコーティングで覆っているから、金属探知機にも引っかからない優れものだ」
「そんなことが出来るの?」
「出来るから新兵器なんだ。ちょっと見ていてくれ」
矢島は持ってきていた金属探知機を、一旦となりに置いてある普通の拳銃に向ける。
すると、ピーと音が響く。しかし続いて金属探知機をかざした新兵器は反応しない。
「インチキなんて一切していない。それに、コイツの性能はこれだけじゃない。この銃で撃った弾丸が衝突した物体に、強力な電撃で追撃することが可能なんだ」
矢島は得意げな顔でそう語る。嘘はひとつもついていない。
もともとは遠堂を捕まえる際に使う武器として用意したのだが、今日の闇取引が武器専門だと知り、交渉材料に転用することにしたのだ。
結果的に正解だったと、女性の反応を見て思う。
「いいわね。一ついくらなのかしら?」
「売りたいのは山々なのだけれど、この武器は生産も入手も難しく、現金では取り扱ってないのですよ。この武器の値段はタイマー七十年分なのです。それでよろしければ快く譲りましょう」
日花里は持ち前のおっとりとした声音で微笑む。
「はぁ!? あんたタイマー七十年分って……ちゃんと者の価値が分かって言ってるのかしら!?」
矢島も内心ほくそ笑む。
(もっと騒いで注目を集めてくれ)
そしてその願いはあっさりと叶う。
「ほぅ……面白い商売をしている若造がいると聞いてやってきたが、なるほど確かに面白いのぉ」
グレーのスーツにシルクハットの長身の老人が、矢島と日花里の前に現れた。
白髪の彼を見て、矢島はハッと立ち上がった。
「これはこれは遠堂総司殿。お会い出来て光栄です」
一発でお目当てで釣れた。
遠堂の隣には、若い男性が付き添っているが、一人二人増えても構わない。
遠堂の背後には、さりげなく紫上と奈緒子が張り付いている。
これで遠堂は確実に方位出来た形になった。
あとは遠堂を、この衆人観衆の中から引き剥がすだけ。
日花里はニッコリと笑って、新兵器を持ち上げる。
「遠堂様、私たちの商品は如何ですか?」




