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タイムアウト  作者: 夏葉夜
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25話『特時会議』(後)

   *

 大橋は風景を思い出していた。

 笠持と初めて出会った河川敷である。

 家族と家を失った大橋は、そこで笠持とともに二晩過ごした。

 

 十七日のお昼すぎに、そこへ矢島も連れて行った。

 矢島と笠持を会わせるためだ。

 聡明な笠持がいれば、矢島という刑事の捜査の助けになると思っての行動だった。

 その時は、笠持の方が本当の特時で、矢島が嘘を付いている可能性なんて一瞬たりとも考えなかったし、今でも矢島のことは特時だと思っている。

 彼は本気で事件と立ち向かっていたように感じられるからである。

 

 「それから……笠持さんがいなかったので、矢島さんは遠堂の事務所に行くと言い出して、私を置いて私の教えた事務所へと向かいました」


 その時大橋が遠堂だと思っていた老人が、宮内だとは露にも知らなかった。

 そこまで話した大橋に、疑問が過ぎる。


 「笠持さんは、宮内が偽名を使っているって知っていたんですよね? どうして私や矢島さんの前では遠堂だって言っていたんですか?」


 笠持は直ぐに答えた。

 

 「騙していたわけじゃないんだけど、隠していてすまない。僕はシステムの内容を知るために、宮内と接触したんだけれど、その時に宮内って直ぐに気づいたんだ。だけど、僕はあくまで金に困った一般人のフリをする必要があったのさ。被害者が借りた相手は遠堂であって宮内じゃない。僕は役割上、宮内は知らない人間ってことになるからね」

 

 そういう訳があったのかと、大橋は妙に納得した気分になった。 

 そう考えると、寒空の下野宿していたのもうなずける。

 笠持は貧乏で金を借りたという役を徹底的にこなしながら、宮内の動向を探っていたのだろう。

 

 話を聞いていた雨宮が、ホワイトボードに『昼過ぎ宮内の事務所へ』と書き込むと、一旦ペンを置いた。

 

 「午前中の矢島の動きは大体わかったわね」


 笠持が頷く。

 そして、ここから先の展開は笠持も知っている。

 事務所で返り討ちにあった矢島が、事務所裏手の河川敷で気絶しているのを発見するところまで、矢島の行動は中断されていたのだ。

 それが午後八時半。

 矢島と接触した笠持と雨宮は、素性を隠しながら役割にあった身の上話を話して聞かせた。

 そうして矢島が、特時を名乗っていることや、システムについてかなり詳しく把握していることを知り、疑念は一気に深まることとなった。

 

 雨宮は午後八時半まで『空白』と書き込み、確認するよに言う。

 

 「問題は、午後十時二十分頃。黒服の追撃によって、私と和也が、矢島と別行動になったあとね」


 執拗な追撃と、大破炎上するワゴン車に阻まれて別行動を取らざる得なくなったあと、新月亭で再開するまでの間にあったことを教えてもらわなけらばならない。

 

 しかし、そのタイミングで矢島は笠持たちを驚かせるような行動は、ほとんど取っていなかった。

 むしろ必死に事件解決を目指しているという印象さえ受ける。

 バイクを盗み出したことは咎めるべきだが、これまでの件と比べると大した問題ではない。

 再び事務所に向かった矢島が、順当に宮内の住む新月亭を特定し、正面から訪問したというだけだ。

 

 唯一驚いたのは、自らのタイマーを一旦ゼロにしてまで、宮内を欺こうとした覚悟の深さだろう。

 そして彼は失敗しなかった。

 そのことに笠持は少し笑えてきた。

 笠持は同じことをして、失敗したのだ。

 笠持には特時という強力な仲間がいたにもかかわらず……、そして矢島はたった一人きりだったにもかかわらず……。

 

 それを見た雨宮が心配そうに笠持の手を握る。


 「和也……、顔色悪いけど大丈夫?」


 「あぁ、大丈夫さ」


 運の悪さを嘆いたって仕方ない。

 笠持は、思考を切り替えると大橋に訊ねる。


 「生き返ったってのはわかったけど、矢島はどうやってどうやって生き返ったんだい?」

 

 しかし大橋が答えようとすると、雨宮がそれを遮った。


 「ここから先は私が説明するわ。大橋さんありがとう。あとは話の中におかしなところがあれば教えて頂戴」


 雨宮が大橋からマイクを返してもらいお礼を言う。

 すると、大橋もホッとため息をついて、緊張していた姿勢を幾分か崩した。

 大勢の……、それも警察の前で昨日の行動を細かく説明するのは相当なプレッシャーだったのだろう。

 

 そして雨宮の言うとおり、ここから先は雨宮も一緒に行動していたため、観察眼に優れた雨宮の説明の方が有用なのは確かである。


 「和也がタクシーでくれた四十年分のタイマーで、私が矢島を生き返らせたの」


 そして雨宮が言ったとおり、矢島復活の奇跡に大したドラマはない。

 それよりも雨宮が気になったのは、笠持の行動だった。


 「どうして和也は、正体不明の矢島にタイマーを渡そうと思ったのかしら?」


 笠持は、なるほどもっともな質問だと感心した。

 矢島を疑うように言っていたのは笠持自身であったからである。

 もちろん理由はあった。


 「あの時の僕は、正直黒服からの追撃を逃れるのは不可能だと察していた。僕たちの逃げるルートを知っているかのように、隙なく追撃してきていたからね。捕まったら持っているタイマーは失ったのも同然、事件解決に奔走している矢島に渡すのが、一番現実的だと思ったんだ。

 そしてもうひとつの理由なんだけど、矢島がシステムに囚われていたからだね。

 彼には、いろいろ聞きたい話があったから、無駄死にされるわけにはいかなかったんだよ」


 笠持がゆっくりとわかるように説明すると、長机の方から女性の声が聞こえてきた。

 雨宮と同じ休憩室に泊まっている御崎花陽みさきはなよである。

 

 笠持が「どうぞ」と許可すると、御崎みさきは立ち上がり質問する。


 「笠持さんと雨宮さんの話を聞く限り、その矢島が生き返ったのは……非常に偶然が重なり合った綱渡りのように聞こえるのですが……」


 御崎の言うとおりだった。

 矢島が生き返るまでに必要な、偶然の肯定は四つある。

 笠持が雨宮にタイマーを渡すこと。

 雨宮が殺されずに、新月亭へと拉致されること。

 大橋が雨宮を起こすこと。

 彼女が、タイマーを入れ直したら生き返るという知識を持っているということ。

 

 何度考えても、偶然に頼りすぎである。

 笠持はある可能性を思いつく。

 実際矢島は、寿命タイムアウトしておらず、死んだふりをしていたのではないかということだ。

 だがそれを会議でみんなに言ってみると、雨宮から否定が入った。


 「あれは死んだふりなんかじゃないわ。確実に死んでいた。私が触れて、見て、確認したから、タイマーを打ち込んだのよ」


 「となると……考えられる可能性は限られてくる」


 雨宮がつぶやくと、会議室にいた特時の全員がそれぞれの表情で沈黙した。

 

 矢島もシステムを所有し、システムを使用している可能性が出てきたのだ。

 だがそうなると説明のつくことがある。

 どうしてシステムについて、細かく知っていたのかということである。


 「しかし……、それでも矢島の目的がわからないね……」


 十七日の矢島の動きを知っているだけ思い出し、ホワイトボードに書き込んでいったが、事件を革新的に進める情報は少ない。

 だが笠持の中で、今後の方針は決まった。


 「これまた遠堂へ直接向かう道からは外れるけど、僕たちは矢島の足跡を追おうと思う」


 屋敷の中で発生した襲撃は、もう特時の中では共有されているし、矢島が車を使って逃げたということも、雨宮の聞いた矢島の言葉から判断できる。

 内容から判断するに、黒服の一人と行動を共にしている可能性もあり、そこから探るのは悪くないはずだ。

 

 「矢島は遠堂を追っている。矢島が順調に遠堂へ近づけば、矢島を追う僕たちも遠堂の手掛かりを掴むヒントになるかもしれない」


 遠堂の捜査を矢島任せにするような発言に、特時の一部からは不満も上がったが、笠持はそれをなだめてこういった。


 「一つ一つ目的を決めて行動したほうが、案外早く真相に近づけるのさ」




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