18話『呉越同舟』
宮内の屋敷に現れた遠堂の差し向けた襲撃者から紙一重で逃げ出すことに成功した矢島と黒服。
雨宮と大橋は、突然現れたパトカーに乗せておいたから、上手く逃げてくれていると信じるしかない。
「次の交差点で右だ」
フロントガラスの砕け散った車で、黒服に道案内されながら街を駆け抜ける。
「黒服の組織はどれくらいの規模なんだ?」
片手でハンドルを握りながら、矢島は訪ねてみた。
これから単身で、つい数分前まで殺し合いをしていた相手の総本山に乗り込むのだ。
事前の情報収集は必要だろうと考えての行動だった。
黒服は銃弾をも通さない鉄壁のシステムを使用している。
油断できる要素はひとつもない。
ところが、思索を巡らせどうやって立ち回るか考えていた矢島の想像通りの回答が来た。
「うちの規模なんてペラペラ喋ったら、俺が消されちまうんだ。そいつは勘弁してくれ」
やはりそういう答えになるだろう。
「口を滑らしてくれることを期待したんだが……、まぁいいだろう。どうせ社長とやらを見れば把握できる」
肩をすくめて残念そうな振りをして、矢島は笑う。
「ちっ、同盟とか言ってる舌の根も乾かぬうちから探りを入れてくるかよ。油断も隙もない男だな」
黒服の男は舌打ちして、窓の外にタバコを吐き捨て続ける。
「それと……、黒服って呼ぶのはやめてくれ。こんな仕事をしているが俺だって人間だ。名前くらいある」
「へぇ、本名を教えてくれたら助かるんだがな」
「はぁ、あまり調子に乗るんじゃねぇよ……。藤堂と呼んでくれ、もちろん偽名だ」
黒服の名前は藤堂と言うらしい。
システムなんてものを使い、闇に染まった仕事をしているくせに、随分と素直な男だなと矢島は思った。
しかし矢島としても、刑事と総称で呼ばれるのは本意ではない。
「じゃあ藤堂、俺も名乗っておこうか。俺は矢島、矢島悠介だ」
儀礼的な挨拶をようやくすましたところで、藤堂は二本目の煙草に火を点けながら訊ねる。
「なぁ矢島。社長に合わせる前に聞いておくが、遠堂とどうやって渡り合うつもりだ?」
なるほど最もな質問だろう。
宮内の屋敷で、矢島は手段を迷わずに即刻で逃げることを選択している。
つまり、遠堂本人はおろか手下の襲撃者にすら絶対に勝てないと判断していたのだ。
そして今現在も、システムを使っているであろう襲撃者に対抗するすべなんて思いついていない。
「だから藤堂のところの社長に直接合って聞いてみるんだよ。お前の持っているシステムは、襲撃者に対して唯一対抗できた戦力だ。そいつを理解すれば何か思いつくかもしれない」
真剣に話す矢島を藤堂は鼻で笑う。
「ふっ、要するに行き当りばったりってことかよ。全く、とんでもないもんに巻き込まれちまったよ」
「俺だって出来ることなら堅実な方法を取りたいさ。だけど急がないといけない。どんな手を使ってでも、遠堂は止めなければならないんだ」
そう語る口元は笑っているが、その目は真剣そのものだった。
「必ず藤堂の社長とは、協力関係を取り付けてみせる」
これだけは譲れない。
タイマーに干渉し、事象を捻じ曲げるシステムの存在が知られることを避けなければならないのは大前提。
そんな大前提すら些細なことと考える理由が、矢島にはあった。
そして矢島の様子を見て、埒があかないと判断した藤堂は、諦めて前方を指差した。
「勝手にしろ……。あぁ、そこの廃工場のボロ倉庫だ。ちょっとここで待っていてくれ」
藤堂が指差して指示したのは、工場が立ち並ぶ郊外の一角にある工場の跡地である。
「ここが?」
どう見ても手入れされずに放置されている倉庫を見て、矢島は怪訝な顔で藤堂を見る。
だが、藤堂は黙ってさっさと車から降りると、倉庫のわきに付いているドアの奥に入っていってしまった。
しばらくしてから戻ってきた藤堂は、口に人差し指を当てて「静かに」とジェスチャーすると、矢島に付いてくるように促す。
矢島はエンジンを切って、鍵を挿しっぱなしにしたまま車から降りる。
どうせ盗まれても宮内家のものである。
しかも既にフロントガラスに一発と、トランクに二発の弾丸を受けているため未練はない。
そんなことよりも、藤堂の組織の内容が気になった。
システムを作るほどの組織が、なぜこのようなボロ倉庫に拠点を構えているのだろうか。
だが疑問は直ぐに解決した。
ボロ倉庫の壁に備え付けられたドアをくぐり、絨毯のひかれた廊下を超えると、高級感溢れるバーがあった。
ボロい外見の倉庫の中とは思えないほどの、シックな内装に薄暗い照明が灯されているため、一瞬夢でもみているのかと錯覚しそうになる。
不意を突かれた矢島だが、すぐに認識を改める。
「(なるほど藤堂の組織は、ここを隠れ蓑にして活動しているのか)」
矢島は不自然じゃない程度の挙動で、薄暗いバーを見渡して情報を集める。
カウンターにバーテンダーが一人。
そのほか客席は約二十……、しかしどの席も空席で人はいない……。
おそらくこのバーは、組織の人間専用のものだろう。営業向けのバーには無い生活感がある。
「なぁ、藤堂。他のメンツはどうした?」
宮内家に雇われていたのは、知っているのでせいぜい六名。
椅子の数を見る限り、組織にはもっとメンバーがいるはずなので、これでは計算が合わない。
だが、矢島の質問を藤堂が答えるよりも先に、誰もいないと思っていたカウンターの奥から声がした。
「あんたが藤堂の言っていた特時さんかいな?」
若く艶のある関西弁の女性の声だった。
ハッとしてそちらを向いた矢島は、女性の姿を見て再び息を飲む。
「話は聞いている。うちの藤堂を助けてくれたんやってな」
矢島が驚いたのには理由がある。
その女性から滲み出る迫力が、今日出会ったどの人物よりも大きかったのだ。
これほどの大物の存在を、声をかけられるまで気づかなかった自分に驚いていたのだ。
年齢は三十代前後だろうか。
濃い赤の口紅を塗っていてつり目で、腰に届くほどの髪の毛を後ろで一本にまとめて縛っており、灰色のスーツを着こなしている彼女は、まさに仕事に生きる女という雰囲気であった。
タイトスカートから覗くスラリとした脚を組み直し、ゆっくりと告げる。
「まどろっこしい話は無しや。なにが知りたい?」
それを聞いて矢島は合点がいった。
「なるほど、藤堂の言っていた社長っていうのは、あんたのことだったのか」
話が早くて助かると、矢島は内心ほくそ笑みながら、同時にこの女社長に警戒心を強めることにした。
おそらく藤堂の持っていた鉄壁のシステムも、この女社長が生み出したのだろう。
「俺が聞きたいのは、あんたが持っているシステムのことだ」
「ふふっ、知っとったけどやっぱり特時の刑事さん直々に言われると、うちもはいそうですかとは素直に答えられへんのよ」
「まぁ俺の予想どうりだな。どうするんだ矢島?」
藤堂は、女社長に回答拒否された矢島を見て問いかける。
「なに、俺が諦めるのはどうしてもって時だけだ。まだ話合いの余地があるだろう?」
「そうやね。情報が欲しいなら、それなりの対価ってもんが必要なんや」
女社長の発言に、矢島は胸をなでおろす。
対価を要求するということは、対価しだいではシステムの情報を聞き出せるということだ。
これで無駄足に終わるということはなさそうだ、と判断する。
そして、矢島は決意する。
「そうだな……あんたにタイマーをあげよう」
タイマーの価値は高い。売買すれば売買した人間の最大寿命がガラリと変わってしまうくらいに。
だがここで出し惜しみはしていられない。
「一人の人間が持っているタイマーの全て、百五十年分だ」
隔週といった矢先に3ヶ月近く更新を停滞させる暴挙。




