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タイムアウト  作者: 夏葉夜
水時計
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1話『時は金なり』

 

 「俺の時間を返してくれッ!」


 仕事帰りのサラリーマンがわんさかいる大通りから、一つビルを挟んだ路地裏で、青年が背筋の伸びた老人に掴みかかっていた。

 よれてシワシワになった白のカッターシャツを着て、周りに流されるまま髪を金色に染めガチガチに固めたツンツン頭の大学生は、涙を流しそうな程顔をグシャグシャにして叫んでいた。


 「金なら返す! だから、あんたが俺から奪った時間を……返してくれッ!」


 だが、ビルの壁や狭く暗い路地に、青年の訴えは吸い込まれ虚しく消える。

 老人は、青年と青年に掴まれた痩せた自分の腕を交互に見ると、無言で振り払う。

 老人は白髪白ヒゲで痩せてはいるが、立ち姿は若々しく双眸には力があった。老人は不抜けた青年を見下して、こう答えた。

 

 「残念だが、そいつは出来ん相談だ。そもそも君がこの契約書にサインをしたのだよ。後悔したならこれからは残された時間を大切にすることだな」


 低いがよく通る声の老人は、見せつけた時間売買の契約書を胸ポケットに再びしまうと、先ほどの勢いはどこへいったのかと思うほど力の抜けた表情の青年に見切りをつけて、さっさと暗い路地裏から出て行く。表通りに止めさせておいた高級車に乗り込むと、老人はそのまま夜の街並みに消えていった。

 取り残された青年は、ズルズルとビルの壁に背をこすりつけながら崩れ落ちた。


 「こんな……はずじゃ……なかったのに……」


 放心し、天を仰ぐ青年。立ち並ぶビルの隙間からは月も星も見えず、大通りから聞こえてくる車のエンジン音や人々の雑音が遠く感じる。


 そんな薄暗い場所で、青年は寿命をむかえた。


  *

 『時は金なり』

 時間は貴重でお金には変えられない。お金と同様に価値があるから無駄にしてはいけない。

 そんな意味を持つことわざだが、現代においてそれは比喩ではなくなっていた。現実となり、人々は時間をお金で買えるようになったのだ。


 しかし、こんな時代においても時間は無限では無い。生きている人間が自らの意思で、自らの寿命を市場に売り出し、それを欲した別の人間が売られた時間に見合う対価を払う。誰でもどこでも人生で有限であったはずの時間を無限にまで広げることを論理上可能とした。


 時間をお金で買えるようになった。


 論理上可能といったのにはもちろん訳がある。時間を買うには大金が必要だったからだ。無限の寿命を得れるのは、巨万の富を持つ金持ちか、饒舌な詐欺師だけなのだ。


 大学生の青年に絡まれていた老人は、その両方を兼ね備えている裏社会のトップだった。

 老人の名前は、遠堂総司(おんどうそうし)

 彼は、まず非合法であったが金を稼ぐ方法を確立し、稼いだ金で路頭に迷うホームレスや遊ぶ金の欲しさに時間を売る馬鹿な若者など、多くの人間から時間を買った。そこから裏社会のトップにたつまでは早かった。得た時間を存分に使い、時間を買った金額よりも更に多くの金を稼ぐ、そして稼いだ金で更に多くの時間を買う、まるで倍々ゲームの様に増える金と時間によって、誰も手出しできない領域まで上り詰めたのだ。

 

 車の中で遠堂はしまっていた契約書を取り出してつぶやく。


 「フッ、大事な書類の文字もロクに読まず名前を書いて、貴重な時間を他人に渡すような馬鹿な小僧より、私のように賢く価値のある人間が時間を使うべきなのだよ。時間を金に変え、遊びほうけていた時は楽しいものさ、永遠のように感じられる。だから小僧にとっては有意義な時間だっただろうな」


 もう死んだ奴との契約書なんて必要は無い。

 遠堂は、新たに手に入れた時間に笑い、手の中の紙切れをグシャリと握りつぶした。

 

 『時は金なり』

 昔ことわざだった言葉は、現代になってから軽くなるどころか非常に重く重要な意味を持つようになっているのかもしれない。


  *

 翌朝、冷たい風が吹き抜ける路地裏で、ひとりの大学生程の青年が遺体となって発見された。

 青年は絶望したようで、何もかも諦めたような表情をしていた。なにがあったらここまで苦悶の表情ができるだろうか。

 スーツを着た20代半ばの男はため息をついて、見つけてしまった遺体を観察しつぶやく。


 「目立った外傷はなし。毒を飲まされたか飲んだのか、司法解剖してみるまでわからないが、おそらく寿命だろうなぁ」


 推定で言ったものの、スーツの男は短く切りそろえた顎鬚さすりながら確信していた。

 近年増えてきた死因だ。

 寿命を迎えて死ぬ、というのは時間が金で買えるようになってから急激にその割合を増やした。

 この大学生のように金を求めて、後先考えずに時間を売った結果、寿命を全うしてしまう(・・・・・)


 「金髪に染め上げて、随分と遊んだんだろうな。死期が近づいたのを知って慌てて時間を買い戻そうとしたが、間に合わず野垂れ死にしたってとこか」


 この手の死亡は、警察が動きにくい。他者が時間を買った結果死んだとしても、双方の合意がなされた場合であるから、無理やり命を奪ったわけではなく殺人罪にはならないし、死体遺棄罪で糾弾するにも犯人の証拠がない。

 スーツの男が追っている裏社会のトップの遠堂には、あの手この手でかわされて中々証拠がつかめないでいる。


 「時間を弄び、命を奪い勝手気ままに暮らすなんて俺が許さねぇ。なによりもまず、しっぽを掴まないと」


 スーツの男はスマホを取り出すと、警察と病院に電話を掛けた。


 「流石にこのまま放置ってわけには行かねぇからなぁ」


 スーツの男は、救急車と警察が表の大通りに着いたのを確認すると、あとは任せたと言わんばかりに表通りとは反対の側へと歩き去っていった。






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