チュートリアル終了 現実への帰還
俺は背筋が凍った。
数瞬前まで自分の首があった場所を大剣が通過していったのだ。もしあのとき少女から声が無かったら今頃俺の首と胴体はお別れになっていた。
「クソッ、どっから湧いて出やがった」
振り向いて大剣の持ち主を睨みつける
そいつは人型で身長は大体2メートル、そして厳つい西洋甲冑でかっちりと着込んでいた。一見人間のような風体だったが、鎧の隙間から漏れ出てくる黒いガスと、動く度にガチャガチャ鳴る鎧からはどう考えても中身の存在が認められない。パラライズハウンドと同様に化け物なのはすぐ判った。
それにしてもこんなにガチャガチャうるさいのにここまで近付かれるまで気付かなかったとは、恐らく〈無関心〉のデメリットの部分の効果が出てしまったということだろうか。怖っ。
気を取り直して敵の情報収集から初めよう。
「レベル30で名前はデストロイアーマーか。今度はどうすっかなぁ」
デストロイアーマーは完全にこちらに狙いを定めている。これでは逃走は困難だ。だからといってまともにやり合えば5秒と待たずにあの大剣で叩き潰されて終わる。だったらこの状況をどう打破すべきか。そんなのは簡単だ、まともに相手をしなければいい。
「来やがれバカ犬、サッサとあのデカ物を片付けろ!!」
その掛け声に反応して洗脳状態のパラライズハウンドがデストロイアーマーに襲いかかる。
当のデストロイアーマーは完全に予想外な相手からの攻撃に戸惑っている。その隙を見逃さず、俺はダッシュでデストロイアーマーの攻撃範囲の外まで逃走する。
「どれどれ戦況は~っと」
パラライズハウンドは持ち前の身軽さで相手の大剣を軽快にかわし、隙を見つけてはその鋭利な爪を用いて果敢に攻めに転じている。だがそんな攻撃もデストロイアーマーからして見ればそよ風同然だ。さっきからずっと斬りつけているのだがデストロイアーマーの鎧には傷一つ無い。元々鎧だけに防御力の高い個体だったのだろう。それに頼みの綱の麻痺爪の麻痺効果も肝心の身体が無いのでは麻痺状態にさせようもない。
全体的に見ればデストロイアーマーの優勢であった。
その原因といえば純粋に相性が悪いというのもあるがやはりパラライズハウンドの攻撃力の低さにあるのだろう。なにせレベル1の俺をレベル16にも関わらず一撃で葬れないほどだ。そんな壊滅的に低い攻撃力では鎧が本体のデストロイアーマーには傷一つ付けられないのはある種当然の事かもしれない。
「これじゃ避けきれなくなった時点で終了だな」
パラライズハウンドは無駄に有り余った素早さでかわしつづけているが、化け物でも生き物だ。疲れで動きが鈍った瞬間一刀両断にされる未来が確定する。
「自分で差し向けといて難だが、まったく世話が焼ける」
どのみちコイツがやられたら次は俺の番になるのだ。今コイツにやられてしまうのはマズい。ならば仕方ないと再度アビリティを起動させる。
「アビリティ〈怠慢〉発動、スキル『能力上昇•力』」
「グォオオオオオン」
雄叫びと共に放ったパラライズハウンドの斬撃はデストロイアーマーの堅牢な鎧を紙のごとく次々と切り裂いていく。
「………!?!?」
通らなかった刃が急に通りだして混乱しているデストロイアーマーにはもう手に持った大剣をがむしゃらに振り回すことしか出来ない。
HPが0に近づいていくと金属を擦り合わせたようなギキィ、ヒィーといった耳障りな音が鎧から鳴り響く。ひょっとしたらこの音はデストロイアーマーなりの断末魔なのかもしれない。
そして……
ギギギ、ギィ、ガシャン………
HPが0になったデストロイアーマーがその場に崩れ落ち、金属の塊が地面にぶつかったけたたましい落下音が2度目の戦闘の終了を告げる。
と同時にパラライズハウンドも大地に倒れ伏した。原因はデストロイアーマーの最後の悪あがきに振り回した大剣よるHP全損であった。
「よし、予定通りに共倒れで終了~っと。はぁー、疲れた」
実のところ煌はパラライズハウンドをデストロイアーマーに勝利させるつもりなど初めから無かった。前にもいったように煌は洗脳状態にあるとはいえパラライズハウンドのことを全面的に信用していない。とっとと始末されてくれた方が好都合だと思っていた位だ。だが、だからといって今コイツがやられてしまったら自分を守る盾役がいなくなる。そこで煌が考えたのはどちらにも勝たせずに引き分けに持ち込む方法だ。具体的には自分のアビリティ〈怠慢〉の能力調整効果を使ってパラライズハウンドがデストロイアーマーを倒せるギリギリの強さにすることで勝敗を操作したのだ。
「しっかし、能力の調整っていうのもなかなか面倒だったな。初撃の時に1%位しか俺の力を加えてなかったのに紙みたいに鎧が斬れていったし」
煌は気づいていないが、もし100%の出力で能力調整を行っていたなら一撃でデストロイアーマーのHP全損どころかその後ろにあった家屋すら攻撃の余波で真っ二つにしかねなかった。その能力補正値をもし数字に直すのであればおよそ攻撃力+10000前後くらいにはなっていただろう。それほどまでに恐ろしい力だった。
「いやー煌さんすごいですね!!」
あの少女が完全に戦闘の終了したのを確認し、こちらまで降りて来た。
「まさか勝ってしまうとは!それも指一本触れずに!!あなたのステータスを見た時はとても不安でしたが、杞憂でしたね」
「……何かすごく驚かれているようなんだが、そんなに俺は勝ち目薄だったのか?」
「そりゃそうですよ。ステータスの能力値が同レベルのヒーローの平均を大きく下回っているんですよ。こんな低い能力であのレベル差の相手と戦うなんて正直バカの所業ですよ~って痛だだだだぁ」
「誰がバカだ!お前が行かせたんだろうが!!ってゆうか、お前それ知っていてあの化け物どもと俺を戦わせたんだよなぁ。お前こそバカじゃねーのか!!」
少女の発言に心の底からムカついた俺は全力のアイアンクローをきめる。
「すみませんすみません、でも無事に2体とも倒せたわけですしこれで試験は完了ということで、帰ってもらってもかまいませんからー痛だだだだ」
「本当か」
「本当ですよー」
俺の手を抜け出した涙目の少女が頭を押さえてうずくまった。
「ほら、早く俺をこの世界から出せ」
「はい、ちょっと待ってください」
少女が自分の正面に手を伸ばし何かボソボソと呟くと何も無かった場所に巨大な渦状の穴が出現する。
「ここに入って頂ければ元の場所に帰れます」
「はぁー、やっと帰れんのか。謎生物もたまには役に立つな」
「謎生物ではありません!私にはチューリという大事な名前があるんです!」
「そうか……じゃあなチューリ」
穴の中に入ろうとする俺をチューリが呼び止める
「煌さん、最後に二つほどよろしいですか。」
「ん、なんだ?」
「あなたが今身にまとっている〈心殻〉はいつでもどこでも着脱が可能なのです。それは例えあなたの住む世界でも例外ではありません。あなたが望めばいつでも〈心殻〉の力は助けになってくれるでしょう。しかしその力は強力で強大、銃や刃物と同じです。使い方を誤ればあなたは全てを失うことにもなりかねません。くれぐれもそのことを忘れないでください。」
「………」
「もう一つ、もしもう一度ここに来たくなった時はご自分の姿を見ながら鏡の中に入ってください。入る鏡はどれでも結構ですので」
「ああ、分かった」
「それではまた会う日まで」
俺は今度こそ穴の中に飛び込んだ。こっちに来た時のような落ちていく感覚が全身を包む。意識が遠のいていく…………