本物のツッコミ
町の外れにある、小さな研究所。S博士は、いつものようにロボットを作っていた。
「ごめんくださーい」
「おや、お客さんかな」
S博士が玄関を開けると、そこには平凡な顔つきの若い男が立っていた。仕事の依頼だと言うので、S博士は油臭い客間に男を通した。男は出されたお茶を一口飲んでから、話を切り出した。
「僕は駆け出しのお笑い芸人なんですが、本物のツッコミができる相方が見つからず、困っているんです」
「ほう、それでなぜ私の所へ?」
「僕はボケ役なので、漫才をするためにはツッコミ役が必要です。そうして悩んでいる時、どんなロボットでも依頼通りに作ってくれる人がいる、という噂を聞いたんです。そこで、あらゆるボケに対して本物のツッコミができるロボットを作っていただこうと、取るものも取り敢えず伺ったという次第です」
芸人の言う通りS博士は、依頼内容にぴったりのロボットを作ると評判だった。しかしさすがのS博士も、漫才用のロボットを作ったことはない。S博士はちょっと考えて、こう言った。
「人と日常会話をするロボットを作るのは簡単です。しかし漫才となると、ユーモアを理解させないといけないですから、難しいでしょう。台本通りの会話をさせるのではだめなんですか?」
すると芸人は、とんでもないという風にかぶりを振った。
「それでは素人に頼んだって同じです。それに、斬新でないとビッグネームにはなれませんから。そういう意味では、ロボットの判断に任せることで、今までにないおかしさが生まれると思うんです」
「なるほど。私としても、自分の作ったロボットがお茶の間の人気者になるというのは、願ってもない話です……」
かくしてS博士は、ツッコミ用ロボットを作ることになった。
「昨日のことなんですがね、ボーッと窓の外を眺めていたら、とんでもない美人が犬の散歩をしていたんですよ。これは一大事だと思って、僕は急いでスーツを引っ張り出しながら、今日から毎日この時間に散歩しようと決意したんです。しかしその時、ふとこの諺が脳裏をよぎりました。思い立ったが仏滅……」
「マズ、諺ガ間違ッテイマス。正シクハ、思イ立ッタガ吉日、デス。次ニ、スーツハ散歩ニ適シタ服装デハアリマセン。運動ノ際ハ、ジャージヲオ勧メシマス。マタ、昨日ノ六曜ハ仏滅デハナク、友引デス」
依頼を受けてから数週間後、S博士は芸人を研究所へ呼び、作ったロボットの性能チェックをしていた。芸人がボケをしかけ、ロボットがツッコミをするというこの実験は、しかし、笑いに暗いS博士にもわかるほどの大失敗だった。
「……」
周りに置かれた古いロボットたちは、いつにも増して白々と輝いている。
「何がいけないのだろう……」
S博士の独白じみた問いかけに、芸人が答えた。
「一番の問題は、ツッコミがだらだらしていることでしょう。的確ではありますが、テンポの悪さがおかしさを殺しています」
「ふむ、冗長性が仇になったようです。では、もっと簡潔にしてみましょう」
数日後、二度S博士は芸人を研究所に呼び寄せていた。
「デパートで買い物をしていた時の話なんですけど、食料品売り場で小学生ぐらいの女の子が試食をしていたんですね。それで、僕も食べたいなあと思って行ってみたら、その辺りの試食コーナーには何も残ってなかったんです。仕方なく追加されるまで待とうとして、何気なく女の子の方に目をやると、びっくり仰天。目にもとまらぬ早技で食うわ、食うわ。僕はその光景を見た瞬間、これは注意しなければけないと思って、ちょうど僕のわきを駆け抜けようとした女の子を押しとどめ、こう言ったんです。お嬢さん、服に値札が付いていますよ……」
「注意スル所ガ違イマス!」
S博士は、今度の改良にかなりの自信があった。文字数を減らすだけでなく、発声に勢いをつけることで、よりテンポの良いツッコミをすることが可能になっているからだ。
「どうですか。ずっと良くなったでしょう?」
得意げにS博士が問うと、芸人はS博士と正反対の表情を浮かべていた。
「ううん、確かにツッコミにはなっています。けれど、何かが違うんです、何かが……」
芸人はしばらくの間呻いていたが、やがて諦めたように呟いた。
「本物じゃない……」
翌日、三度S博士は芸人を招き、自信たっぷりに言った。
「さあどうぞ。好きなだけ試してください」
芸人は少し怪訝そうな顔をしたが、すぐにロボットに向かってボケを放ち始めた。
「僕のおじいちゃん、現役のプロレスラーなんです」
「ナンデヤネン!」
「フットブレーキが吹っ飛んだ」
「ナンデヤネン!」
「桃栗八年」
「ナンデヤネン!」
「……」
余韻にひたる芸人の目から、配水管が破裂したかのように涙が零れ落ちる。S博士はそれを見て、ほっと胸をなでおろした。
「あなたが求めていた本物は、これだったのですね」
「……はい。今やっとわかりました。本当にありがとうございます……」
後日談。
ある斬新なお笑い芸人の登場により、世間はにわかに沸き立っていた。
「……さあ、続いての話題は、こちら。『ナンデヤネン』に億をつぎ込んだ芸人! えー、『ナンデヤネン』しか言わないロボットに数億円をかけたとして、一躍世間の笑い物になった、お笑い芸人のモノホンさん。前々から、その費用はどうするのか、ということが疑問視されていましたが、昨日、ロボットを開発したS博士が取材に応じてくださいました。博士によりますと、『なに、出世払いでいいのですよ。がはは』だそうです……」