夏祭りと約束
現在俺は、体育の授業の見学中である。保健の先生に、「次の貴方達の授業は確か体育よね?大事をとって見学しておくのよ?」と言われてしまったので、湧別と仲良く体育座りをしている。
すぐ近くにあの湧別あかりがいる。そう思うと、ドキドキと胸が騒がしい。なんとか収めようとするも、隣りにいる湧別の姿を見て、またもや胸の内でどんちゃん騒ぎ。
「今日も暑いね。」
湧別のその言葉は、呟いただけのようにも聞こえたが、今この場にいるのは俺だけ。即ち、湧別は俺に話しかけてきたのである。しかし、そんな急に話しかけられても、隣りにいるだけでドギマギしている自分にはハードルが高過ぎる。
「そ、そうだね。夏だしね。」
若干ドモってしまい、顔が少し赤くなるのを感じる。小学生相手に一体俺は、何をこんなに緊張しているのか。
蝉の鳴く声と、夏の暑さと、そして湧別から香る甘い匂いが混じり合い、俺の体を支配していく。
湧別との会話は止まったままだ。早く、早く次をと頭を巡らせるも、肝心の頭はボーッとしてしまっていて、うまく動いてはくれない。
「ねえ、斎藤君。もうすぐ夏休みだね。」
湧別が遠くを見つめながら話し出す。
「夏休みが始まったら、夏祭りがすぐあるよね。」
俺の方を見ないまま、話しは続けられる。
「あのね、夏祭り、私と一緒に行かない?」
言い終えてからこちらを見てきた湧別は、目がキョロキョロと落ち着きがなくて、顔が少し赤くて、手をイジイジしている。そうだ。これは、緊張だ。湧別は今緊張しているんだ。俺に断られたらどうしようと、ドキドキしているんだ。
しかし、ドキドキしているのはこちらも同じなので、中々言葉を発することが出来ず、2人の間には重苦しい沈黙が流れてしまう。
「あ、のさ。なんで俺…?湧別さんならさ、他にもっと人いるよね?」
勇気を出して口にしたその言葉を聞いて、湧別の顔が少し暗くなる。そして何かを言おうとして、何もいわずに俯いてしまった。
「ご、ごめん。何か傷つくこと言っちゃった?行く。行くからさ、元気出して?」
アワアワと大慌てで言うと、湧別の顔がバッと上げられて、微笑みを浮かべていた。よく分からないが、元気が出たのなら結構である。
「おーい、正士、体大丈夫か?」
体育が終わり、一足お先に教室へと戻っていた俺の所へ夏輝がやってきた。
「大丈夫大丈夫。てか、晃は?今度は晃が体調崩した?」
「さっきの体育で怪我したから保健室行った。」
夏輝は下敷きで自分をパタパタと扇ぎながら言った。懐かしいなあ、下敷きで扇ぐなんて。昔はよくしたもんだけど、歳を重ねるにつれて下敷きを使わなくなって、エアコンに頼り切るようになっちまうんだよな。使っても扇子や団扇で、下敷きなんて最近では見なくもなってたなあ。
「そういや、もうすぐ夏祭りだな。今年も3人で行こうぜ。」
夏輝から、お誘いを受けるも、先程、湧別あかりからのお誘いを受けて承諾してしまった俺は、「あー、うん。えーっと。」と、返事を渋っていた。
「なんだよ、その煮え切らない態度はよお。行こうぜ?夏祭り。」
パタパタと、夏輝が俺に向かって扇ぎ始める。
「ごめん。今年は3人で行くのパス。」
キリリと胸の内が痛みながらも、否定の言葉を投げかけると、夏輝の扇ぐ手が止まる。
「ええ?なんでだよ。理由を教えろって。理由を!」
ブーブーと、口を尖らせている夏輝に、「湧別さんに誘われたんだよ。イイだろ。」と言うと、夏輝は目を丸くしてポカンとした表情を浮かべていた。
「え、あ、あの湧別あかりからか?」
コクリと頷く。
「お前、湧別あかりのこと好きだったの!?」
恥ずかしがりながら、またもやコクリと頷く。
「なんだよ。早く言えって!頑張れよ、正士!」
バンバンと夏輝が俺の背を叩く。力加減のなっていないそれが、今の俺には丁度良い励ましのエールとなっていた。
「何2人で騒いでるんだよ。」
気付くと後ろにいた晃に、夏輝が早速俺の想いを話し始める。
「おい、晃、知ってたか?正士、湧別あかりのことが好きらしいぜ!」
夏輝のビッグニュースに、晃は「知ってた。」とただ一言だけで、読書を始めようと、机の中から本を取り出そうとしていた。
「え、ちょ、まっ、いつから俺が好きだって知ってたわけ!?」
「だっていつも湧別さんのこと見てただろ。バレバレだって。」
やれやれと言った感じで言ったその言葉は、俺の顔を赤らめさせるには充分で、「何顔赤くさせてんだよ、正士!」という夏輝からの煽りにも反応することなく、ただそこで体を固まらせていた。
「ほら、正士、湧別さんが来たぞ。」
廊下の方を指差すその先には、友達と笑いながら教室の中へと入ってきている湧別の姿があった。
湧別が来たからと言って、こちらから話すことは何もなく、あるといえば緊張だけで。それなのにグイグイと夏輝が俺のことを押すものだから、俺はバランスを崩して、湧別の目の前に来てしまった。
「どうしたの?大丈夫、斎藤君。」
首を傾げなからいうその姿に、俺はふと彼女のことを思い出した。あの日出て行ってしまった彼女。長く連れ添った彼女。そんな彼女も、よくこうして首を傾げなから俺の心配をしてくれていた。俺が体調を悪くしたときも、仕事で失敗したときも、いつも彼女は俺の心配をしてくれていた。だけど、そんな彼女に俺は何を返していてあげていただろうか。
「な、んでもでもないよ。夏輝達とふざけてただけなんだ。」
そそくさと晃達の元へ戻ると、「お前何やってんだよ!会話ぐらいちゃんとしろよ!」と夏輝が言うので、無言で叩いておいた。