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思い出の夏

ジワジワと暑苦しくて汗が止まらない。遠くから聞こえてくる蝉の声のせいで、益々部屋の温度を暑く感じてしまう。どうして蝉の声というのはこんなにも騒がしく、体を火照らせるのか。大きくなったら、そのことについて研究でもしようかな。

「ちょっとー!学校遅刻するわよー!」

下から聞こえてくる母親の声でハッとする。急いで目覚まし時計を見ると、針は8時を指し示していた。サッと一瞬で冷や汗をかき、大慌てで準備を済ませ、下へと駆け下りようとして、思いっきり転んでしまう。

「ちょっと、大丈夫なの!?」

母親から差し伸ばされた手を借りて何とか立ち上がり、「ご飯食べていかないの?」という言葉も後にし、牛乳を一飲みすると、俺は家を飛び出した。


家を飛び出したところで、またもやハッとなる。流れ出る汗もそのままに、「なあ、ウサギ。」と呟くようにいうと、次の瞬間にはもう俺の後ろに立っていた。

「目が覚めても私のことを呼ばないので、記憶が飛んでしまったのかと思いました。」

「記憶が飛んでたって、それは大丈夫なんですか。」と、言おうとしてウサギの方を見れば、あいも変わらずミリタリージャケット羽織っている姿が見えて、あまりの暑苦しさに見ているこっちの気力が削がれてしまった。こんなに暑いというのに、化物かコイツは。あ、人間じゃなかったんだっけか。


「斉藤様は、スッゲー可愛い同級生を自分のモノにする為に、この時間に戻られたのですよね。」

「ま、まあ、そうですけど。」

ウサギの話し方は聞き取りやすいのだが、感情の起伏がなく、まるでロボットに話しかけられているみたいだ。作られた存在と言っていたから、ロボットなのかもしれない。そんなウサギから「スッゲー可愛い同級生」と言われると、少し笑ってしまいそうになる。パンチが飛んできてしまうかもしれないから、決して本人の前では漏らさないけど。

「運命というのは、少しのことでは変わりません。本当に変えたいと願うならば、必死に足掻(あが)いて、(もが)いてください。」

ウサギの言葉に少し引っかかりつつも納得をしようとしていると、ウサギは「学校、遅刻ですよ。」とポツリと言い、何処かへ消えてしまった。1人残された俺はキョロキョロと辺りを見渡し、やっと時計を見つけると、そこそこの遅刻をしてしまっている現実を叩きつけられ、猛ダッシュで学校へと向かったのであった。

それにしても、足掻くって、踠くってなんだよ。なんか怖い言い方しやがって。もう少し他にあっただろ。


「遅刻ですよ。ほら、早く席に着いて。」

学校へ嫌々ながらも行くと、朝の挨拶やらなんやらがもう始まってしまっていて、みんなにクスクスと笑われてしまうのをひしひしと感じながらも、俺はなんとか自分の席に着いた。見た目は子供でも、中身はアラサーのおっさんの俺には、精神的にくるものがあり過ぎて、少し泣きたくなってしまった。この世は地獄である。


「おい、正士。なんで今日遅刻したんだよ。心配しただろうが。」

授業が始まる前の空き時間に、後ろから話しかけられて振り返り、俺は涙目になるのをグッとこらえた。

「どうせ、寝坊だろ。正士は朝弱いから。」

この2人は俺の親友で、松前夏輝(まつまえなつき)福山晃(ふくやまあきら)。夏輝は未来では事故で亡くなってしまうし、晃は海外へ行ってしまって、そうそう会えなくなってしまっている。そんな2人が目の前にいる。涙が思わず出そうになってしまうのも仕方ないと思わないかね。

「晃の言う通り、寝坊。ってか、朝飯食べらんなくてさ。スッゲーお腹空いてもう大変だよ。早く昼になんねーかな。」

俺がそう言うと、「もう昼のことかって。早すぎだろ。」「寝坊なんかするからだぞ。」と、少しだけ笑いながら2人に言われてしまう。ああ、夏輝と晃とまたこうして笑いあえるだなんて、それだけでも大収穫だ。なんなら、もう現世に帰ってもいいぐらい。

「おや。もうお帰りになりますか。」

急にウサギが現れて、俺は開いた口が塞がらない。なんとかコイツを隠さねばと慌てるも、「何暴れてんだ?」と夏輝に言われ、今度は目が点になる。

「ちょ、ちょっとお腹痛いから、トイレ行ってくる!先生よろしくな!」


トイレへと駆け込み、ウサギの名を呼べば、当の本人は俺の後ろで首を傾げて立っていた。

「あ、の。他の人には見えてないんですか?」

俺の問いかけに、ウサギはこくりと頷き、続けて「貴方の妄想や、空想の類いのモノでもありませんので御安心ください。」と述べた。

「見えてないってことは、貴方と話している俺って、側から見たらただの独り言ですよね。2人きりの時以外は、俺が呼ばない限り出てこないで貰えますか。」

わりかし強めにそう言ってから、サーっと血の気が引いていくのを感じ、思わず身構える。あんな生意気なこと言って、グーじゃなくて蹴りが飛んでくるかもしれない…!

が、その心配は無駄な労力で終わった。ウサギは素直に「了解致しました。」とただ一言述べただけで、何も飛んでこなかったのである。自分が思っているよりも、穏便な奴なのかもしれない。が、警戒をするに越したたことはないぞ俺。出会いの時を思い出せ。メチャクチャ痛いことばかりされたじゃないか。

前のことを思い出してさらに思い出した。過去に来る前、俺コイツにナイフで刺されなかったか。あまりに突然のことで対応できなくて、気付いたらここにいたけど。あれは確かに刺されたハズだ。だけど、今俺はこうして無傷でここにいる。

「あの。俺、貴方に刺されませんでした?」

俺が訊くと、「これのことですか。」とウサギはどこからかナイフを取り出して、見せつけてくるではないか。

「ち、ちょっと!危ないでしょう!閉まって閉まって!」

また何かされては困る。俺は大慌てでナイフを閉まえと命じると、ウサギは静かにナイフを閉まってくれた。良かった。良かった。

「過去へと戻る為には、何か衝撃を与えなければいけないのです。貴方が自決しても良かったのですが、そのような勇気は持ち合わせていないと思いましたので、時間もタダではありませんし、手荒ながら私が手を下しました。」

多少(けな)された部分もあったような気がしたが、俺はなんとか耐えた。というか反抗したところで、ウサギに勝てるとは到底思えんし。100がMAXの武力で表したら、俺が25くらいなのに対して、ウサギは120くらいだ。しかも今の俺はガキだから、10くらいに違いない。慢心しなくたって永遠に勝てないなんて、クソゲー過ぎんだろ。

「過去へ行くのに、もっと優しい方法ないんですか?」

微かな希望に夢を託してウサギに訊くも、「ありません。」と一刀両断。少しくらい悩んでくれたっていいじゃないか。

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