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第九十章『ラバウル烈風空戦録4』

「小沢さんにも苦労をかけるが、ここはなんとかうまくやって生き延びて欲しいものだ」


椿はそう言って魔王艦隊の右斜め前方百キロほどにいるはずの第二機動艦隊司令長官の

小沢治三郎中将のいかつい顔を思い浮かべた。


小沢は海軍航空派の中心的存在で、空母の集中運用など航空主兵のシステム造りにも

大きな役割を果たした。この世界でも完全にはなくなっていない年功序列人事で、

第一機動艦隊はまかされなかったが、開戦後には改造空母中心ながら六隻の空母を

率いて期待通りの活躍をして来ている。


ただ、椿にすると小沢がかつて主張していた『アウトレンジ攻撃』には不満というか危惧を

抱いていた。航続距離の長さを生かして遠距離から一方的に攻撃をかける…航空作戦としては

理想的にも見えるが、ともすれば机上の空論になりかねないのだ。敵が強力な防御力、多数の

戦闘機を持っていれば攻撃隊は敵艦隊を見る前に消耗し尽くすだろう…史実のマリアナ沖海戦が

まさにそうであったように…


アウトレンジ攻撃が効果的なのは空母、航空機戦力が圧倒的に優勢な場合に限られる。

ギルバート沖なら充分にその威力を示すことができたろう。だが、椿はほどなく無理になる

アウトレンジ攻撃が海軍のスタンダードになることを避けたかった。


あまりにも虫のいい作戦は、裏目が出たときのダメージがはかり知れない。小沢自身も数多くの

実戦を経験することでその辺りのことは大分理解して来てるようだが…


いずれにせよ今回の作戦終了後には大幅な艦隊再編成も考えられている。うまくいくかどうかで

編成の仕方は変わるだろうが、小沢も少しましな艦隊を指揮できる…かもしれない。


「二機艦の前衛駆逐艦より入電! 敵大編隊を捕捉…二機艦の南西およそ百四十キロ…大型機…

約二百以上…」


「戦闘機隊発進させます!」


「よし、おそらく敵は波状攻撃をかけてくる。追加の部隊も準備を急がせてくれ」


米軍の予想通り『西方の艦隊』は囮であった。ただし北や東の艦隊は幻である…トラック近辺には

航空機を運んで来た日本版護送空母『大鷹』『沖鷹』を中心とする部隊がいたが…


一機艦…南雲艦隊と魔王艦隊は二機艦の後方の左右に細長い三角形を形作るようにして後続

していた。ウェワクを攻撃したのは一機艦である…両艦隊は昨日まで二機艦とは三百キロの

距離を置いていたので米軍の索敵にかからなかったのだ。


この行動の秘匿のためパラオ、ヤップ、トラック諸島の航空隊は新たに配備された対潛機の

『東海』の部隊も投入して徹底した潜水艦狩りを行った。開戦以来すでに五十隻以上を喪失してる

米潜水艦隊の活動は不活発ではあったが、この十日間で五隻を発見して二隻の撃沈確実という

戦果が上がっていた。それでも輸送船団が発見されていた…そこにいた空母は就役後間もない

改造小型空母『千代田』『千歳』の二艦である。


二機艦の前方五十キロには、電探を装備した四隻の駆逐艦が左右に二十キロの間隔を置いて

横に広がり先行している…米軍でいうピケット艦…警戒艦である。


これにより本隊から百五十キロ以上前方で敵編隊を捕捉、迎撃態勢を整えようというわけだ。

もちろん狙われたらひとたまりもない危険な役目ではあるが…


いま、その上空には百五十機を越える零戦が陣形を整え水平線上に姿を現しつつある米軍機を

迎え撃たんとしていた。


二機艦の六隻の空母の搭載数は二百四十ほどだが、今回はそのうちの七割…百六十機を零戦にして

戦いに臨んでいる。


米軍攻撃隊は重爆撃機のB24百二十機、B17が四十機…の百六十機をP38戦闘機四十機が

護衛していた…総計二百機の大編隊である。


「ジャップの戦闘機はゼロだ。すばやいが武装は貧弱だからB24やB17は簡単には落とされん…

編隊を緊密にして奴らを近寄せるな!」


ヨーロッパ戦線では爆撃機の立体的な防御編隊…コンバット・ボックスが試行され始めていたが、

まだ太平洋で即採用されるほどの完成されたものにはなっていなかった。


上空にいたP38が進路を切り開くべく急降下して突進を開始する。


そのP38をかいくぐって零戦の群れが重爆の編隊に肉薄する…12,7ミリの火線が大空を

埋め尽くさんとするように交錯する。


百六十機の防御火力は強力だ…何機かの零戦が火を噴き墜落を始めた。


数機の零戦の主翼から二筋の白煙が延びるとB24に迫って来る。


「ロケット弾!? 心配するな、そうそう当たるものじゃない」


機長の言葉通りそれは機体の脇をすり抜けるように見えた…が。


「がっ…な、なんだ!?」


「機体の横で爆発したようです! 主翼破損…高度が落ちます!」


まだ『試製』が付いているK信管装備の空対空奮進弾である。重爆相手が予想される今回の作戦に

あたって増加試作の一千発が各艦隊に分散配備されたのだ。


半数の零戦はこれを左右の翼下に一発ずつ搭載している…いま、その最初の戦果が示されたのだ。


次々に爆炎がきらめき、炎や黒煙に包まれた爆撃機が高度を落とし始める…中には直撃を受け

機体がバラバラになって落ちていくものもあった。


それでも機数にまかせて迎撃網を突破した米軍機は、ついに眼下はるかに日本艦隊を視認することに

なった。だがその前途には先ほどと変わらない多数の…一機艦と魔王艦隊がよこした増援の

戦闘機が立ちふさがっている。


P38は日本軍戦闘機に拘束されほとんど付いて来てはいなかった。


「は、速い…あいつはゼロじゃないぞ!」


零戦のつもりで照準しようとして追随できなかった機銃手の叫びと同時に、激しい衝撃が

B24を襲った。機体が大きく振動を始め、編隊から脱落していく…


「お、大穴が空いている…キャリバー50(12,7ミリ)じゃない…これは20ミリだ!」


魔王艦隊からの増援のうち半数の四十機がその機体だった。


烈風見参!!…である。


つづく




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