第八十九章『ラバウル烈風空戦録3』
日本艦隊発見の報を受けて、ラバウルからは次々と索敵機が飛び立った。
「敵の位置はここから約千四百キロだ。ラバウルへの攻撃可能地点に達するには
丸一日はかかる…つまり明日の今頃、昼過ぎということになる。」
「重爆なら今日のうちにこちらから攻撃ができるが…」
「戦闘機がつけられない。艦船に対して低い命中率しか期待できない水平爆撃を
するために、裸の爆撃隊を出すのは引き合わんだろう」
「夜間にはレーダー搭載機を出して、ともかく見失わないようにしておこう」
「決戦は明日ということか」
「注意しておきたいことがある…日本は複数の空母部隊を運用している。海軍の報告によると
先のソロモン諸島をめぐる戦いでは、西方の艦隊に気をとられたすきを東にまわりこんだ艦隊に
衝かれたということだ」
「…ありうるな。トラック近辺では敵の『潜水艦狩り』がはげしく、哨戒網が穴だらけに
されている。そこから回り込んでくる可能性は充分ある」
「今日発見された敵艦隊は囮かもしれないということですか?」
「ソロモン海戦では結果的にそうだった、もちろん今回もそうだと断定はできんが」
「いずれにせよ索敵を厳重に実施して、日本艦隊を攻撃圏に引き込むのだ。
叩き合いになれば、こちらは沈むことはないのだからな」
島嶼の航空基地を『不沈空母』に見立てる考えは史実の日本にもあった。確かに島は
沈むことはない…その強靭さを持って沈む軍艦に対抗しようという発想だ。
しかし、島は不沈であると同時に『不動』でもある。一日に千キロの移動が可能な空母部隊と
位置が特定され、動くことができない陸上基地ではその有利、不利は明らかである。
機数その他の戦力に圧倒的な差がある場合はどちらにせよ問題にはならないが…
日本艦隊は、そのままの針路と速度を維持した場合に達するであろう位置には発見できなかった。
発見された時点で韜晦のため、進路を変えるはずだから当然のことであろう。
ただ、それより先に踏み込もうとしたB24は数十機の零戦に包囲されて撃墜されたことから
その近傍にいることだけは確かである。ウェワクから出撃した二機のカタリナ飛行艇と護衛の
八機のF4Fも同様の目に遭い、帰還したのはF4Fが二機だけであった。
直接発見はできなかったものの、日本艦隊がほとんどラバウルに接近していないらしいことは
米軍司令部の疑惑を膨らませた。
「これでは明日中にこの艦隊が攻撃を仕掛けてくることは不可能だ…やはり囮か?」
「北から東にかけての索敵をさらに増強しよう…危険だがトラック近辺にも強行偵察を
おこなうべきだな」
夜に入ってレーダーを搭載したB24十二機が各方角に向けて飛び立った。
だが、この時期の機截レーダーは合衆国製といえど探知範囲の狭さや作動の不安定といった
問題を抱えており、実際この夜日本艦隊を発見できた機はなかった。
夜明けまでまだ少し間があるニューギニア島ウェワク基地…
索敵飛行の準備にいそがしい水上機基地と、陸上機の飛行場の一角を除いては静かに
寝静まっていた基地のあちこちに突如轟音が響き、火の手が上がった。
飛行場の監視塔が倒壊し、格納庫の中で起きた爆発で起き抜けの整備員が機体ごと吹き飛んだ。
兵舎でも爆発が起こり、昨日死んだ戦友のことを思って眠れなかったF4Fのパイロットが
自分も『そっち』へいってしまった。
飛び出して来た兵士に軽い連射音とともに銃弾が浴びせられる。
陸上に引き上げられていたカタリナめがけて白煙が延びたかと思うと、主翼がちぎれとび
胴体が炎に包まれた。
「く、空襲か!?」
「レーダーは…破壊されましたが、その直前まで何も捉えておりませんでしたし、
爆音のようなものも聞こえてはいません」
「内陸からの砲撃という報告があります!」
「まさか…敵は…陸兵なのか…!?」
険しい脊梁山脈が走り、ジャングルに覆われたニューギニア島の内陸部を大軍が進撃するのは
不可能に近い…したがって行動可能な海岸地帯は航空機やパトロールの歩兵によって警戒態勢が
しかれている。日本軍が西部からひそかに接近してくる兆候はなにもなかったはずだが…
攻撃は唐突にやみ、基地の混乱が落ち着きかけた頃には空が白み始めていた。
その空を圧して日本機の大群がウェワクに迫っていたのだ…この朝、米軍は西方に向けた目と耳を
一つ失うことになった。
「夜のうちにウェワクに接近したのか…日本軍はなにを考えているのだ? 小さな基地を一つ
つぶして満足するわけでもなかろう」
「あの基地は確かに奴らにとっては目障りな存在だったかもしれませんが…この艦隊の行動は
悪目立ちし過ぎですな。こちらの注目を集めるのが任務のようにさえ思えて来ます」
「敵の陸兵はどうした?」
「少数…多くても数十名単位のコマンド部隊のようです。ジャングルに逃げ込んだようですが、
現状では追跡隊を出すことも難しいですね」
「こいつらもそうだ…夜間の奇襲で混乱を誘い、そこを空襲といえば理屈は通っているが
騒ぎ過ぎだろう」
「艦隊が再度こちらに接近して来たらどうしましす?」
「むろん叩く! だが、他方面への警戒は絶対緩めるな…ソロモン諸島の南…珊瑚海にも
索敵機を出すことにしよう」
その日の午後も米軍索敵機は日本艦隊を発見できなかった。ウェワク北方七百キロの地点で
戦闘機に迎えられ撃墜されたB17があったことから、存在が推測されるだけである。
夕方になってオーストラリアのブリスベーンにある潜水艦隊基地は待望の知らせを受けた。
「空母を含む敵艦隊発見…大規模な輸送船団を伴う…位置は例の艦隊より大分北西に
よっていますね…パラオからニューブリテンに向かう直線航路上ですが」
「上陸部隊…だな。前衛の艦隊が基地を叩いた後でお出ましになろうというわけだ」
「指令官、トラック東方にも敵艦隊です! 『空母を含む』とだけで続報はまだですが…」
「あの地域の対潛警戒は厳重だ…よくやってくれた。ラバウルでもキャッチしてると思うが
ねんのため転電しておけ」
日本軍の出方はほぼ想定内だ…西の艦隊に注意を引きつけ、あるいはこちらの消耗を誘い、
機を見て北の艦隊を突っ込ませてくる…同時攻撃ということも考えられるが…
「包囲攻撃といえば聞こえはいいが、ジャップは戦力分散の愚を犯した。
西の艦隊が囮ならばのってやろう…必ずある程度接近して誘ってくるはずだ。
爆撃機で攻撃をかける…P38は付けられる距離なら出そう…残りの全戦闘機を持って
北の艦隊に備える。むろん、完全には防げないかもしれないが粘って持久戦に持ち込めば
消耗した艦隊は引き上げざるを得なくなる。軍艦は無限に活動はできないのだから…」
「滑走路は相当な損害を受けても、三時間もあれば戦闘機の離発着が可能にできる態勢が
整っています。機体の消耗はポートモレスビーからの補充も可能ですし」
「英国製のバッタでも防空戦には実績があるからな」
バトル・オブ・ブリテンで活躍した英戦闘機も、広大な太平洋の戦場では航続距離の
短さがたたって評価は低かった。なにせ日米の戦闘機と比べると半分以下しか飛べないの
だから…飛び上がっては降りるバッタよばわりされていた。
一月二十二日早朝…
生存性…というか発信する情報量を増やすため四機ずつの編隊で索敵に向かったB24の内の
一グループがラバウル北西千百キロで、例によって零戦の大群に遭遇して攻撃を受けた。
全機が撃墜されたが、そのうちの一機が前方五十キロに日本艦隊を視認、打電に成功する。
「やはり接近して来たな。攻撃隊を出せ! P38は…攻撃隊に合わせて二波に分けて付けよう」
つづく