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第八十八章『ラバウル烈風空戦録2』

1943年一月…


椿五十郎が正月の三が日は激動の42年を振り返ることもなく、朝湯に入り朝酒を飲んで

女中二人のマッサージにうつつを抜かしてる頃…


ワシントンの白い家ではアメリカ合衆国副大統領ヘンリー・ウォレスが自分の

執務室で落ち着かない気持ちを隠せずにいた。


アメリカの副大統領は影の薄い存在であった。政策に関与することはほとんどなく、

白い家でも大統領をとりまくウタッフよりずっと遠い部屋に置かれていた。

副大統領が表に出るのは大統領が死んだり、任に堪えられなくなった場合だから

仕方ないことだが…


ウォレスは農政家であり、トウモロコシの品種改良に業績を残している。

政治的にはリベラルな傾向が強く、政界や軍部のうけが悪かったことで史実では44年の

大統領選挙ではルーズベルトの副大統領候補をハリー・トルーマンに譲らざるを得なかった。


戦後、アメリカ進歩党…そんなものがあったのか…から大統領選に出馬して落選している。


スタッフが部屋に入って来たとき、ウォレスは自分が運命の岐路にあることを自覚していた。


「大統領閣下の容態は危機を脱しました。医師団の話では数日中には意思の表明もできるように

なるとのことです」


「それはよかった…」


ウォレスは大きく息を吐いた。


戦時中の大統領の負担は大変なものである…とくに戦況が芳しくないとあってはなおさらだ。

昨夜の夕食の席で不調を訴え倒れたルーズベルトが持ち直したのは、彼の強靭な精神力…

いや、執念のなせる業だったかもしれない。


歴史は、あったかもしれない分かれ道を閉ざしたのである。


ただ、この前後の期間に国家の意思決定に若干の停滞をもたらしたことも確かであった。


一月十一日…日本領および、現在日本の支配下にある西太平等の各地で活発な動きが始まる。

無線の発信はわずかに増えただけだが、連絡機がさかんに飛び交い情報を補足していく。

やがて雪もよいの北辺から、温暖な瀬戸内の泊地から、南海の基地から…各々決められた

スケジュールに従って艦隊が出港していった。


魔王艦隊、旗艦『みなと』艦橋…


「米艦隊の動きは何か入っているかな?」


「今のところは何も…先月、ソロモン海戦の後でサモアから米本土に向かった戦艦二隻を

中心とする艦隊は、まだ南太平洋に戻って来てはいないようです。潜水艦隊からの報告では

ニューカレドニア再建のためと思われる輸送船団をいくつか発見していますが、戦闘艦は

軽巡と駆逐艦だけだそうです」


下西参謀長の言葉を松島先任参謀が補足する。


「東海岸…大西洋では大型空母が就役したらしいですが、太平洋に回航されたという情報は

入っていません」


「ふむ…所在の確認がとれていない以上、油断は禁物だが…」


米海軍は戦局の推移から工期を前倒しして空母を建造している…史実では今年、43年になって

登場するはずのインディペンデンス級軽空母を、42年十一月の時点で二隻も前線に投入して

きたことからもそれは明らかだった。


だが、それにも限度があろう…椿の計算ではこの時点で就役してるエセックス級は多くて二隻、

インディペンデンス級は一隻…護送空母は別にすればそんなところだろう。


そして、船に限らず兵器は完成してもすぐには使い物にならない。大型艦になればなおさらのこと

戦力になるまでは時間がかかるのだ。乗組員の練度はいかにアメリカとはいえ、相応の時間を

かけなければ上がらない。


史実のエセックスは初期故障や乗組員の不慣れによる事故などが相次ぎ、使い物になるまで

四か月以上もかかったといわれる。


『それを承知で未錬成の艦や航空隊を投入してくるほど米海軍やアメリカの指導部が愚かだったら

…楽ではあるがつまらん。あまり賢くて強くちゃ困るが、ただ馬鹿なだけでは戦いが盛り上がりに

欠けるじゃないか。もっとも、何も考えずに棒っ切れを振り回す体の馬鹿でかいガキは、

ある意味やっかいなのかもしれないが…』


「今回は敵の待ち構えているところに飛び込んでくという戦になりますな」


「…だね。こちらの一連の動きは政治的なものも含めて、秘匿されてると入っても、その実

けっこう開けっぴろげだ。少なくともイギリスは相当につかんでいるはず…チャーチルが

どう動くか、あるいは動かないか…興味があるところだ」


「こちらの受ける損害も、かなりなものを覚悟しなくては…ということですね」


「ああ、ただし…必要以上に血を流してしまっては計算が狂う。そのための手はいくつか

打ってある…さっき参謀長がいった通り、今回は奇襲的要素がほとんどない力攻めだが、

それでもいくつかは…ね」


一月二十日…


ニューギニア島北岸のウェワク基地から発進したカタリナ飛行艇が、基地の北方…

ちょうど千キロの海域で南西に向け進撃する日本艦隊を発見する。


『敵艦隊は戦艦二隻、空母五隻以上を含む…』


ここまで発信してからカタリナは消息を絶った。


来るべきものが来た…ニューブリテン島、ラバウルの米陸軍航空隊司令部はそう受け止めた。

現時点でラバウルは、オーストラリアを日本軍から守る防波堤であると同時に、日本に向けて

突き出された唯一といってもいいアメリカの矛先である。日本軍が攻撃をかけてくるとすれば、

目標はここしかあり得ない。


『来るなら来い、準備は整っている』


在オーストラリアの連合国の航空戦力は機数で約千二百機にも達する。

昨年秋には千五百機あったのだが、ソロモンをめぐる戦いで消耗し、補充もわずかしか

なされなかったのでこの数字になっている。


輸送機、連絡機など直接戦闘にかかわらない機体を除くと九百機ほどだが、それでも強大な…と

形容するに充分な陣容である。


内訳は…重爆のB17が六十機、B24が百六十機…中型爆撃機のB25ミッチェル、

B26マローダー、ハボック等が百八十機…ドーントレスの陸軍版A24が五十機で

計四百五十機。


戦闘機はP38がソロモンの消耗が響いて七十機…P39エアコブラ、P40ウォアホーク等が

百二十機…の百九十機


海軍はカタリナ飛行艇六十機とF4F四十機を送り込んでいるが、前述のウェワクやラエなどの

各基地に分散して主に哨戒を担当していた。


後はオーストラリア空軍だが、若干のブレニム爆撃機を除いて戦闘機が占めており、

ハリケーンが八十、スピットファイヤーが四十機である。航続距離が短いため

ほとんどがニューギニア島南岸のポートモレスビーの守備についている。


陸軍機は常に全機がラバウルにいるわけではなく、二割程度がローテーションで

オーストラリア本土にさがって整備や休養にあたっていた。しかし彼らも急遽

呼び戻されることになるだろう。


艦船攻撃に不向きな機体が主力とはいえこれだけの機数だ…海軍が歯が立たなかった日本艦隊を

叩きつぶして陸軍航空隊の優越を証明してやろう…彼らの士気は決して低いものではなかった。


蛇足になるかもしれないが、ここで出てるB26マローダーはマーチン社の製作で雷撃もこなす

…日本の陸攻のような機体である。ところが、史実の大戦末期に登場したダグラス社の

A26インベーダーがマローダーの退役した戦後にB26と改名することから両機が混同される

ことがある…昔の椿も戦記を読みながらなんか変だなと思ったりしたものだ。


インベーダーの方は登場した時期もあったろうが、多数の機銃を装備した地上襲撃機として

使われることが多かったという。五百七十キロの高速を誇り戦後も長く…ベトナム戦争の頃まで

使われた傑作機である。


こうして『ラバウル航空戦』はその幕を開けようとしていた。


つづく






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