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第八十一章『ノーベンバー・クライシス5』

『逃げられない』…もとよりハルゼーに逃げるつもりはないが…


開戦以来、さまざまな巡り合わせから日本艦隊と直接矛を交える機会はなかった。

ギルバート沖海戦には参加しなかったし、東京空襲のあとは遊撃戦で小さな基地を

いくつか叩いたが、体調を崩しハワイ攻撃のときは本土の海軍病院に向かっていた。


乗っているのが慣れ親しみ、攻撃力も充分なヨークタウン級でないのは残念だが、

インディペンデンス級二隻、カサブランカ級四隻は合計で二百機を越える搭載機を

持っている。ようやく得られた『ジャップの艦隊を叩き沈める』機会に闘志は燃え盛って

いるのだ。


だが、それとは別に冷静な思考が状況を分析している。現れた日本艦隊は位置からして

数日前パラオ諸島の西にいたものとは違う、予想されていた『別働隊』だ。

よりによってこの時点でこの場所に現れたのが偶然とは考えられない…奴らは

明らかにガダルカナルを狙っているのだ。


ハルゼーの艦隊がいなくなれば、まだ自らを守る術…航空戦力を持たないガダルカナルの

上陸部隊は殺戮される…したがって戦う意外の選択肢はない。


おそらくトラックの北方から大きく迂回して来たのだろうが、ここまでひそかに

たどり着けたのならハルゼー艦隊に奇襲をかけることも可能だったろう。

しかし、奇襲にはリスクがつきまとう…下手をすると前と側背に敵を置くことになる…

日本艦隊は自らの存在をさらす代わりにエスピリッツサント島の目と手をつぶしたのだ。


一応は正々堂々と戦いのドラを鳴らしたってことか、正面切ってやろうということだな。

面白い、敵の指揮官は悪魔のように狡猾だが慎重な奴らしい…相手にとって不足はない。


…だいたい正解だが、ちょっとだけ惜しい…悪魔ではなかった。


そこまで考えたハルゼーはターナーに言った。


「あんたがこのままヌーメアに向かうと、日本艦隊と鉢合わせすることになりそうだぜ」


「………!?」


「いったん西に…オーストラリアとラバウルの制空権の中に退避するか、ガダルカナルに

戻るかだな。いざという場合に備えて…」


「いざと…?」


「船がなくちゃ海兵や陸軍はどこにも行けないだろ」


「………わかった。とりあえず、あんたがジャップをかたづけるまで邪魔にならないように

島に引っ込んでいよう」


「ん…ブローニング、索敵機の準備はできてるな…ヌーメアにも連絡してジャップを

見つけさせるんだ。それとラバウルにも援護を要請しろ」


「P38ならラバウルからでもガダルカナルまで来てしばらくは留まれる。交替で戦闘機の

カバーをかけさせるんだ。それに陸軍の重爆撃機をこの海域に飛ばさせれば、哨戒の役には

立つだろうし」


猛将ではあっても、現実を見ずに戦うだけのハルゼーではない…打つ手はすべて打つつもりだった。


『日本軍が重爆撃機に少しでも気を取られれば…弾よけにもなるだろう』とは口に

出さなかったが…


ブローニング参謀長もうなづいて手配を始めたが、内心では疑問だった。


『要請はできるが命令はできない…西の日本艦隊に備えてるラバウルの陸軍がどこまで協力

してくれるだろうか?』


だが、やるしかない…日本軍はすぐそこまで来てるはずなのだから。


ところがこの日は日本艦隊を発見することはなかった。ヌーメアから発進したB17や

カタリナも『当該海域は低気圧の発生により雲に覆われ始めており索敵は困難』との連絡を

よこしただけだった。また、日本軍の索敵機がハルゼー艦隊の上空に飛来することもなかった。


「今日の天候では航空戦は無理と判断したのかもしれませんね。仮に発艦はできても収容が

困難でしょうから」


「…日没まで間がない…勝負は明日以降か」


十一月二十五日夜明け近く…


索敵用のB17の発進準備にいそがしいニューカレドニアのヌーメアの航空基地では、

レーダー係の下士官が蒼白な顔で叫んでいた。


「こいつはなんだ?」


航空機の反応とすれば四百機規模の大編隊がヌーメア北東八十キロの地点に出現したのだ。


ニューカレドニアは重要ではあっても最前線ではない…少なくとも一昨日までは…

哨戒機や輸送機はあっても戦闘用の機体は形ばかりしかない…みんなオーストラリアや

ラバウルに進出しているのだから。


戦闘能力を持つ者といえば、陸軍の兵士が一個師団半…重砲や戦車もある…が、航空機相手には

何の戦力にもならない、というか攻撃目標にしかならない。


二波、六百機の打撃の前にニューカレドニアの米軍基地は壊滅した。停泊していた輸送船と

駆逐艦もそれぞれ十隻が大火災を起こしたあげく、横転したり着座して行動不能に

させられた。航空基地もほとんどすべての機体が破壊され、滑走路も使用不能…

兵舎やテントにいた陸軍兵士多数が死傷して文字通り『阿鼻叫喚の地獄絵図』を現出していた。


「…奴ら、そんなところに行ってたのか!? おれと戦うつもりはないのか…」


いや、そうではあるまい。邪魔者を排除したのだ…これで日本艦隊を拘束するものは

このハルゼー艦隊しかなくなった。お互いの距離は千五百キロ以上はなれている…

今日一日は戦いは起きない。問題はその時間をどう使うか…現在の位置、ガダルカナル島南方に

留まるか、南下して敵との間合いを詰めるか…


心の奥底に『最善の策』が浮かぶ。ガダルカナルの将兵を脱出させるのだ…ターナーの船だけでは

足りないから、自分の艦隊に人間だけ乗せてオーストラリア方面に逃走する…

歴戦の指揮官の勘がそうささやくが、それは自分の考えだけでは実行不可能だともわかっている。


南西方面軍の司令官はヌーメアにいるゴームリー中将だ。彼に連絡をつけ具申をして方針を

引き出すまでどれだけかかるか…現時点で生きているとしての話だが…


それに、やっぱりハルゼーは戦いたかった…自分の目の前で好き放題やってくれた日本艦隊を

叩きのめさなくては気が済まない…


『それにしても、こいつは悪魔なんて可愛いものじゃない…魔王のような奴だ』


ピンポーン…であった。


そして久々に日米空母部隊の対決が起ころうとしているのだ…が。


つづく 



架空戦記の王道?ソロモン海戦…この世界の戦局の推移からはガダルカナル戦が起こりそうもなかったのですが、同じ戦記ジャンルでS.S先生(高校生ですって…いいなあ)の書かれてる『ソロモン海の死闘』を読んでいるうちに何となく話が浮かんできまして…書いてみると楽しいというか、なにやらサディスティックな快感にとらわれ、つい長引いてしまっています。読んでおられる皆さんはいかがでしょうか…

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