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第七章『新島慕情』

「東京で蝶が羽ばたいても、ベルリンやニューヨークで嵐は起きない…か」


東京に向かう船の上で右舷にかすむ陸地を眺めながら、椿は口に出してその言葉の

意味を噛みしめた。


「閣下、お茶でもお持ちいたしましょうか」


高倉健二たかくら けんじ青年が声をかけて来た。明治時代、椿の世話を

していたもう一人の女中レイと護衛小隊の高倉軍曹の子供だ。樺太の海運会社で

秘書をしていたのを、『椿の会』が鞄持ちにでも…と付けてくれたのだ。


某化粧品会社、資…堂の友の会みたいな名称だが、椿がこの世界に出現させた

将兵達一世の親睦組織である。年に一度は各地の代表が集まり宴会などを開き

椿を懐かしんだりしていたという…戦友会みたいなものか。彼らの人格に設定されている

椿への敬愛の念がそうさせているのだろう。少々うっとおしいが、やはりうれしい。

樺太滞在中、連日のように開かれた宴会は歓喜の嵐であった…よく肝臓が

もったものだが…アフターケアと思って頑張った。


一世は椿につくすこと、評価を受けることに最大の喜びを感じるのだ。

考えると一種の教祖様みたいで危ない話でもあるのだが…

二世の代になると、その感覚が薄くはなっているが、それでも半分ぐらいは

受け継いでいるようで高倉青年もかいがいしく仕えている。


「有り難う、コーヒーがあればそれを…なければなんでもいいから、頼むよ』


「はい、近頃ではコーヒーの入手も難しくなっていると聞きますが、

船になければ父達が持たせてくれた私物がありますので入れさせましょう」


椿会は、椿の酒好き、コーヒー好きはよく知っていて、至れり尽くせりである。


ところで、この船は『第一椿丸』といって、椿が出現させ五十一郎(椿の分身)が

満州へ向かうとき使った船だということを乗ってから知らされた。

大分くたびれているがよく保ってるものだ。


…椿が若い頃、毎年のように東京の伊豆七島にナンパ…というかけ声の海水浴をしに

いくとき利用した東海…船の中に一隻おそろしく古い船があって、『つばきまる』といった。

運悪くこいつに当たるとやたら揺れるものだから、トイレはいつも青い顔をした乗客で

満杯になるのだった…


それはともかく、椿の歴史改変の影響は日本および日本との接触が多い周辺諸国…

ロシアを含む…には大きいようだが、欧米列強の歴史の流れにはそれほど史実との

違いは出ていないようだ。


ドイツでは、ちゃんとヒトラーが総統になり1939年九月、ポーランドに

攻め込んで第二次世界大戦を始めていた。そして今年、41年『五月』には

不可侵条約を破ってソビエト連邦に侵攻を開始している。


ソ連の独裁者はおなじみ?のスターリンである。本土航空戦を勝ち抜いた

イギリス戦時内閣の首相はチャーチルであり、まだ参戦はしていないが、国際法を

無視してイギリスへの援助を行っているアメリカ合衆国大統領は…やはりというか

フランクリン・ルーズベルト。


どういう意味があるのだろう…極東の片隅で起こった異変が全世界に大異変を

起こすとは思っていない。また影響が時間を経るごとに拡大ではなく、収縮する方向に

向かったのも理解はできる。


気に食わないのは、あたかも歴史が『本来あるべき姿』に戻ろうかとしているように

見えることだ。椿の知ってるあの不細工な歴史がそんな『ごたいそうなもの』かよ!?…と

突っ込みたくなる。


まあ、クリエーターは自分の作品を…傍目にはどれほど不細工なものでも…いじられるのを

嫌うというから、仕方ないのかもしれないが。


それにゲームとしてはこの方が面白い。アメリカ大統領がウイルキーだったり、

ドイツでアデナウアー首相が平和路線を堅持していたりしたら、そもそもゲームが

始まらないものな。


なじみのない、まるっきりの別世界での戦争は椿の妄想にとって邪道である。

妄想に邪道も正道もあるものか! と言われると、全くその通りなので、ここは

好みの問題…としておこう。


「どうぞ、閣下は砂糖抜きで牛乳を少し…でしたね」


「おう、サンキュー…ん、英語は敵性語でまずいかな?」


「まだ敵とは決まっておりませんし…新聞の投書欄で『横文字の看板などは日本語に

書き直すべきだ』と言った者がいるそうですが、例としてあげた中にドイツ語や

スペイン語があって物笑いになっただけだといいます」


「はは、その通りだ。そう言う茶坊主的な発言が受け入れられず、貴重な時間や塗料を

無駄にしない所を見ると日本はまだ健全だね」


「それにしても、アメリカは…イギリスもそうですが、なぜ我が国を目の敵に

するのでしょうか? 蘭印(オランダ領インドネシア)や仏印、中南米諸国との

貿易にまでいちゃもんをつけて来ていると聞きますが」


「イギリスはアメリカの援助で、なんとかナチスドイツと戦えているので

お付き合いだろうね。祖国を占領されて政府がイギリスに間借りしてる

オランダやフランスも、米英の意向には逆らえんだろう」


「元凶はやはりアメリカですか」


「…もう少し情報を得ないと、あの国の意図はつかめないがね」


大方の予想はついているが…椿にとっても少しだけ意外な展開なのだ。

史実では、対ドイツ…枢軸国戦への参戦に否定的なアメリカ国民を納得させるため

日本を追いつめ暴発を誘ったという解釈がなされている。表向きはどうあれ、

チャーチルの回顧録などからも米英が日本との戦争を望んでいたのは確かだろう。


だが、この世界の日本はドイツと同盟など結んでいないのだ。対ソ連用に

防共協定こそ結んだが、39年八月の独ソ不可侵条約締結…日本に事前通告なしの…

によって怒った日本が破棄している。


したがって日本との開戦が対枢軸戦争には結びつかないはずだ。どうしてもドイツと

やる気なら、Uボートでも沈めて、逆に『攻撃を受けた』とでっち上げるくらいの

ことはするだろう。


史実の1964年、ベトナムのトンキン湾で似たようなことをして、

それをきっかけに本格的なベトナム戦争に突入してる。

いわばアメリカの常套手段なのだから…


すると、対ドイツとは別に…あるいはついでに日本も叩きつぶそうとしているのだ。

『少しはましな日本…そして、より非道なアメリカ』という図式か。


うむ、これでいい…テンションも上がろうというものである。

いくら椿が根底では日本なんかどうでもいいと思っていても、史実通りのバカ…悪いと

いう意味ではない、悪いのはお互い様だから…で無能な日本じゃ、どんな結果になっても

カタルシスもしくはエクスタシ−を感じられそうもないし。


思う存分、殺戮の嵐を巻き起こせる日が近い…かもしれない。


つづく







章タイトルは気にしないで下さい。若い頃の恥ずかしい思い出が蘇って来て、いきおいで付けただけです。

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