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第七十八章『ノーベンバー・クライシス2』

かつて大航海時代には世界最大の版図を持つ海洋帝国であったスペインは、イギリスや

フランスなどとの覇権争いに敗れ、二十世紀の今日ではひいき目に見てもヨーロッパの

中流国といったところに落ち着いていた。


1930年代の内乱を経てフランコ総統のもと独裁国家となっているが、巧みな外交で

今次の大戦に巻き込まれず中立を保っていた。内戦時の最大の援助国であったドイツは

かなり強硬に同盟、参戦を迫ったがフランコは言を左右にして応じようとはせずヒトラーを

いらつかせていた。


歴史的経緯やジブラルタルを奪われていることなどから、心情としては反英の立場であるが

国力と戦備いずれにしても戦争ができるような状態ではない。大西洋に突き出たイベリア半島と

いう領土の特性から、参戦すれば連合国の矢面に立つことは必至であり、国家として生き延びる

ためには中立の維持が絶対に必要であった。


大戦初期にドイツによる英本土上陸作戦が成功してイギリスが降伏したりすれば話は別だった

かもしれないが、ロシアやアフリカにまで戦域が広がっているいま、ドイツの勝利は

おぼつかない…それがフランコ総統の至極まっとうな判断であった。


穀物などを輸出することでドイツの怒りをなだめながら、ひたすら戦争の終結を待っている

中立国は情報戦の舞台でもあった。スペイン当局はイギリスと戦っている日本に対して

好意的とはいえなくとも無下には扱わなかったし、枢軸国も準同盟国として情報の提供を

いとわなかった。


ヨーロッパの関する情報が主であるが、間接的には太平洋戦線への戦力配備の判断材料として

使えることから、相当な量の情報が日本に送られていた。


もう一つの重要な情報源は大西洋を越えたメキシコにあった。

メキシコがアメリカ合衆国にいだく感情は愛憎が絡み合ったものである。

十八世紀以来カリフォルニアやテキサスなど豊かな領土を次々に奪われてきた…

戦争や恫喝、欺瞞に満ちた外交によってメキシコはその国土をすり減らされてきたのだ。


現在の軍事力、経済力を見ればアメリカに逆らうことなど思いもよらない…

豊かさにあこがれた多くの国民が、安価な労働力として国境の向こうに働きにいっているのだ。

鬱屈した感情はアメリカと戦争を始めた日本への親近感と陰ながらの援助として表れた。

日本が勝てるとは思えないが、少しでもアメリカに痛い目をみせてくれ…

これに『六月の七日間』の後の『6・11』が拍車をかけた。


日本軍来襲のデマから起こった西海岸のパニックの中で、アジア系や黒人と共に

かなりの数のメキシコ人も殺傷されていたのだ。日本がよけいなことをするからだ…という

声がなくもなかったが、圧倒的な反米感情が燃え上がったのは確かである。


メキシコ軍の司令部はカリブ海や太平洋の監視を強化し、得た情報はほとんど日本側に

流してくれた。中南米の各国ともこっそり協力して手に入れたパナマ運河の通過船舶の情報まで

提供していたのだ。


複数の空母を含む艦隊と大規模な輸送船団が南太平洋に向かったという情報はさまざまな

ルートから日本側の知るところとなった。


米軍がどこに来るのか…ラバウルの陸軍航空隊と共同でトラックを攻撃するか…ニューギニアを

西進してインドネシアをうかがうか…いくつかの選択肢が考えられ対応策が練られたが、椿は

ある直感を得ていた。


歴史を『復元』しようとする力があるかどうかはわからないが、椿がねじ曲げたこの世界を

史実に近いものに戻そうという『働き』を感じることはある。


それは不思議でもなんでもなく、国力や地形、その時点での相互の戦力といった実際の条件

からして『そうあるべき形』に向かっているだけのことかもしれない。だとすれば次の戦場は…


瀬戸内海…戦艦大和艦上


連合艦隊、海上護衛総隊の海軍関係者だけでなく陸軍の航空隊からも派遣されたメンバーが

三キロほど離れた洋上を進む輸送船を双眼鏡で見ている。


「では始めます」


進行役の海軍中佐の声にかぶさるように航空機の爆音が響いてきた。指差す先に九機の

陸攻が三機ずつの編隊を組んで飛行している。かなり高度が低い…まるで雷撃をするような

高さだが、それにしては速度が出ているようだ…雷撃の場合は投下時に魚雷を損傷しないためと

針路の安定のために速度を落とす。しかし、この陸攻はほとんど全速で飛行しているようだ。


と、陸攻の腹の爆弾槽が開き一発ずつの樽のような形をした物が投下された。それは海面に

落ちると跳ね返り前方の輸送船めがけて飛んでいく…九発のうち三発は手前で海中に沈み、

二発は最後に高く跳ね返って輸送船の上を飛び越えていった。残る四発が舷側や上部構造物に

命中…信管はついていないので爆発はしなかったが…


「ほう…子供が川や池でやる『水切り遊び』のようですな」


「ええ、その原理を応用した物です。水線近くの舷側にあたっていますから、実弾ですと

大破か悪くすると沈んでいますね。船橋にも一発あたってます…無線操縦でなければ

危なくて実験ができません」


「これなら陸軍機でも艦船攻撃ができますな」


そういう積極的な感想は少数派で、防御思想が濃厚なこの世界の日本軍人はこれを米軍機が

やってくるという方が重大な関心事である。


「B26やハボックといった双発機が低空で来たら要注意ということですか」


「雷撃より高速で接近しますから見分けはつくでしょうが、いったん投下されたら繰艦で

回避するのは至難です。なにしろ三百キロ以上の速度で飛来しますから針路上に船がいれば

必ず命中します…ご覧になったように投下の角度で早めに海没するか軌道がずれていることを

祈るしかありません」


「要は接近される前に撃ち落とさなけりゃならんということか…まあ、敵がこうした戦法を

とってくる可能性があると知ってるだけでも対処のしようがある。いきなりやられたら

とんでもない被害を出したかもしれんがね」


「これは、あの例の…?」


「はい、椿閣下の情報です。もともとは英空軍がダムを破壊する攻撃法として開発したものだと

いうことです。米英で情報交換がなされれば、米軍が艦船攻撃に転用してくることは充分に

あり得るとおっしゃっておられました」


「なるほど、ダム攻撃用…か。とっぴなようだが現実的、いかにもアングロサクソンが

考えつきそうな戦法だな」


椿五十郎が前途に横たわる『悪い芽』をぷちぷちと摘んでいる間に、彼の分身である

五十三郎は休養、補給、そして補修をおえた魔王艦隊を率いて三か月ぶりに出撃した。

連合艦隊と共同で行われる作戦名は『進化論42』…である。


つづく






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