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第七十六章『42年秋物語』

三隻に一隻は沈められるという犠牲を払いながらも、潜水艦によるフィリピンへの

物資の輸送は続けられてきた。ハワイが壊滅してからしばらくは間隔が長くはなったが

十日に一隻はルソン島やミンダナオ島に到着して食料や医薬品の補給を行った。


むろんこのペースでの補給では、二万人の米軍将兵の生活を支えるにはとても足りないが、

合衆国は君たちを見捨てはしないというポーズをとり続ける必要があるのだ。

市民の国家への忠誠は、国家による市民への保護との交換という契約によって成り立って

いる社会なのだから…


米海軍は開戦以来、五十隻に迫る数の潜水艦を失っている。その半数がフィリピン近海での

ものであった。なぜか『プライベート・ライアン』と名付けられたこの補給作戦は限界に

達しようとしていた。


極東航空軍のブレリートン少将は潜水艦『キャットフィッシュ』に乗り込み、日本軍の警戒網を

くぐりぬけてオーストラリアに到着、以降は航空機を乗り継いで米本土まで帰ってきたのだ。


新聞やラジオのインタビューでブレリートンが語ったフィリピンの状況はアメリカ国民を

驚かせた。敵の勢力圏のまっただ中にあって、敵を寄せ付けずに奮闘するマッカサー将軍以下の

米軍将兵の活躍は開戦当初はよく報道もされ話題にもなったが、いつのまにか情報が減っていき

駐留している将兵の家族や知人以外からはなかば忘れ去られていた。


『日本の海軍と空軍により島嶼間の交通は遮断され、各地の米軍は孤立したままの戦いを余儀なく

されています。補給は不十分を通り越して、とくに医薬品の欠乏は危機的状況にあるのです。

また日本軍の示唆を受けたと思われるゲリラが跳梁して背後を脅かしています。このままの状況が

続けば遠からず在比米軍は戦闘能力を失うことになるでしょう。マッカーサー将軍の命令で

フィリピンを離れるとき私は誓いました。必ず援軍を連れて戻ってくる…I shall return…と』


ベトナム戦争の報道で、最初のうちは北ベトナムの示唆を受けた南ベトナムのゲリラを

『ベトコン』と呼んでいた。ベトナムの共産野郎…という蔑称であったが、いつのまにか

『南ベトナム民族解放戦線』と変わり、アメリカは悪役に一直線ということになった。


武器を持たない民間人にならともかく、正規軍や傭兵、民間軍事会社の従業員に対する

武力行使は『テロ』ではなく、ゲリラやレジスタンス、バルチザンとでも呼ぶべきであろう。

もっとも東西のイデオロギー対立がほとんど消滅し、対立軸が持てる者と持たざる者の南北に

変わって来た二十一世紀、『イラク民族解放戦線』が広範な支持を集められるかどうかは

また別問題であるが。


余談が過ぎた… ブレリートンは議会でも発言を求められ、フィリピン救援を熱く訴える。

大統領周辺や海軍はそれを快くは思わなかった。欧州が第一であり海軍が再建途上である現在

太平洋でことを起こす余裕はなかったからだ。


だが陸軍の航空隊、とくにその中でもアーノルド大将を中心とする重爆撃機による『戦略空軍』の

創設に動いているグループが熱心にブレリートンを後押しした。

近い将来の空軍の独立をにらんで、米軍の中で複雑な勢力争いも発生しているのだ。


爆撃派の言い分では島伝いに強固な補給態勢を構築して、強大な航空戦力を持つ基地を漸進させて

いけば東南アジアからフィリピンへのルートが開けるというのだ。現にニューカレドニア、

サモア経由でオーストラリアへの補給は順調に進められている。五百機の航空機を擁する

ニューブリテン島の基地に日本軍が手をつかねていることも自信となっていた。


広大なニューギニア島を西に進み、西端のソロンに巨大基地を建設すればインドネシアの東半分と

フィリピンの大半は制空権下におさめることができる。海軍はそれに協力すればよい…


海軍としては、陸軍主導で自分達を脇役に割り振るような戦略には当然反発する。


『陸軍の戦略には即効性がないではないか…仮に順調に推移したとしてもフィリピンへの

ルートが確実に確保できるまでは一年近くかかるだろう。それだけの時間があれば太平洋艦隊は

充分に再建ができるから、日本海軍を撃破してのフィリピン救援が可能になる。いまの時点で

戦力を小出しにして艦隊再建を遅らすべきではない』


だが、負け戦を重ねた海軍の立場は弱かった。海軍びいきのルーズベルト大統領としても陸軍の

顔を立てる必要を感じているほどである。なにしろ、ハワイを壊滅させられ、本来なら責任を

とって更迭されてしかるべきニミッツ太平洋艦隊司令長官さえ『後任のなり手がいない』という

理由で留任している状態だ。


ニミッツ自身は辞職を申し出た。真珠湾の基地や艦隊のみならず、たのみにしていた参謀長

スプルーアンス少将を空襲で失ったことが最大の痛手であった。また空母部隊指揮官として

嘱望されていたミッチャー少将、日本軍との対戦経験が豊富なフレッチャー少将の二提督も

戦死し、責任云々以前に前途に希望を見いだせなかったからだ。


しかし、まともな艦艇が残っていない艦隊の指揮官になるのは誰でも尻込みする。

信賞必罰が厳格な米海軍であったが、結局ハワイの後始末…住民の避難や基地の再建…にめどが

たつまでという条件でニミッツが留任しているのである。


「陸軍の下につくのは面白くないが、艦隊の指揮はまかしてもらってもかまわないぜ。

おれはジャップと戦いたくてしかたないんだからよ」


元気なのは健康を回復していたハルゼー中将だけだったかもしれない。


ルーズベルトは陸軍に対し厳密なタイムスケジュールと必要な戦力、補給計画の提出を求め、

再度検討の上で諾否を決定することにした。その結果によっては海軍に協力を命じることも

あきらかにした


史実で『カート・ホイール』…両輪作戦と呼ばれた中部太平洋と南回りの二正面同時進攻は

現時点では不可能である。だが、なんらかのアクションを起こさなければ政府に対する

国民の不信が高まるだろうこともまた確かだと思われた。


1942年の秋も深まろうとしている…


つづく

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