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第七十四章『それ〜でも〜待あってるう…』

1942年の八月と九月、太平洋には穏やかな時間が流れていった。


日本海軍はインド洋での疲れを癒していたし、アメリカ海軍は現在唯一の攻撃手段である

潜水艦の補給、出撃のための基地造りに追われていた。ハワイ、ミッドウエー、ウエークが

当分の間使い物にならないので、遥か南のオーストラリアを策源地として日本の南方航路を脅かす

しかない。


潜水艦乗り達はホッとしていたという。彼らが勇敢でないというわけではない。

ただ、一週間に一隻のペースで発生する消息不明艦とか三隻出撃すると一隻は戻らない…という

状況の中では作戦の一時中止が喜ばれたことは確かであった。


さて、太平洋の最前線のオーストラリアであるが、この当時は有色人種の移民を受け入れない

『白豪主義』の国家であった。初めからそうだったわけではなく、十九世紀に金鉱が発見され

ゴールドラッシュが起きたときに中国系移民の排斥運動が始まり、以降国是となったのだ。

世の中のことはだいたいかねがもとになっているものである。


「…で、ジャップはなんと言ってきているのだ?」


カーティン首相の問いに三十代半ばの若手官僚がメモを見ながら答える。


「スイスにおける『ジャパニーズ』の代表『ヨシダ』の言い分は次の通りです」


日本はオーストラリアと講和をのぞむ。条件は…領土の割譲および賠償は相互に求めないこと。

すみやかに国交の回復、捕虜の返還、凍結財産の解除、外国軍隊の排除をおこなう…


オーストラリア軍の捕虜はマレーやボルネオなどの陸軍、撃沈された艦艇の海軍将兵が

約三千名ほどいる。日本側はニューギニア近海で攻撃を受け座礁した潜水艦の乗組員など

約百名が捕虜になっていた。


この世界の日本軍には「生きて虜囚の辱めを受けず』などという現実感皆無の戦陣訓は

存在しない。開戦前に東条英機陸軍大臣の名で出された『戦陣の心得』の中では、やむを得ず

捕虜になったときの国際法に沿った対応が記されていたし、『とにかく生き抜く』ことと

戦争終結後の国家に対する貢献の重要性が強く打ち出されていたのである。


「本音は最後のところだろう! 我が国に駐留している英米軍がそれだけ脅威だと白状して

いるようなものだな」


「なお、将来的には…世界大戦が終結した暁にはカロリン諸島を非武装化して、我が国に対する

脅威を減じるともいっています」


「はっ! 非武装化も何も…我らが占領してしまえば問題にもならんではないか」


「…さらに講和後、現在日本が捕虜にしているイギリス軍将兵を中立国として『抑留』して

欲しいともいっています。輸送と抑留にかかる費用は日本が負担するとのことです」


「英軍捕虜を…? 首相、そこだけは少々興味が持てる提案ではありませんかな」


「最後に…日本の立場はオーストラリアと枢軸国との戦争には何ら関わりがない。あえて

いうならばドイツの政策には賛意を示したことはないし、それは今後も変わらない」


「枢軸国との戦争に専念しろというわけか…日本と枢軸国の間には密約があると聞かされて

いるが、そうでもないということですね首相」


「お話しにならんよ諸君! ジャップは我が大英帝国の横っ面を張るようなことをしたのだ。

最後通牒など突きつけてな…連合国は単独の講和をしないことは了解済みの合意事項だ。

戦争の終結は奴らの降伏以外にはありえない」


『我が大英帝国…? オーストラリアは英連邦に属してはいるが、れっきとした独立国だぞ。

これだから年寄りは困る…国王陛下に対する忠誠心はわかるが自分の国を属国扱いするのは

いい加減やめるべきじゃないか…連合国の取り決めだって今年の初め英米両国だけで決めた

ものだろう、そこに呼ばれるどころか事前の通達さえなかったのに…』


オーストラリアは1901年に事実上の独立を果たしている。それ以前の英国臣民と

独立以降に生まれた世代では国家に対する認識などに差が出るのは当然かもしれない。

もちろん若い世代が有色人種…日本に敬意を払っているという意味ではないが…

なんといっても、アメリカ独立を機に流刑者が入植したのが国の始まりである。その過程で

どれほどの有色人種…アボリジニを殺してきたことか、東南部のタスマニア島においては

原住民…タスマニア人は絶滅させられている。


それが格別悪いわけではない。生物としての人間の本能が『自分の遺伝子をより多く後世に

残すことに』あるのならば、彼らはそれにしたがい自分の生存圏にいる邪魔者を排除したに

すぎない。であるならば、自分が逆の立場におかれたときは『四の五の言わず』に戦い、

力がおよばなければ絶滅していく覚悟を求められるだけ…である。


「…で、講和に応じないとどうなるのかね」


「日本はオーストラリアに対する領土的野心はない。したがってその領土を占領するような

ことはしないが、日本にとって脅威となる軍事施設、工場を含む都市を破壊する…都市の

破壊に当たっては事前に通告するので住民を非難されたし…です」


「傲慢なものいいではないか。できると思っているのか…そんなことは我が国に展開してる

強大な英米軍の航空戦力がある限り不可能だ」


『逆に言えば、その航空戦力が無くなった場合はオーストラリアは破壊されるということだ』


「首相、あくまで万一の場合ですが…住民の避難については準備が必要ではありませんか?

いきなり内陸の砂漠に追いやられたのでは生活、健康の維持に相当な支障が起きると

思われますが…」


オーストラリアの都市…というか、人が住む土地は大陸を首飾りのように囲む沿岸部に限られる。

内陸部の自然は人間にとって優しいとはいえない…人口八百万の内どれだけがそこで生き延びる

ことができるか…実務を担当する若手官僚の立場でそれを考えると、勇ましいことばかり

言ってはおられないのだが…


「それこそジャップの手に乗るようなものだ。ただでさえ成年男子の多くが外地に出征してるいま

国民の不安を煽るようなことは厳に慎まねばならん」


『我が国は犠牲になるばかりか…本来ならその外地…アフリカ戦線にいってる成年男子を

戻してもらいたい状況だろうが…あ、もうアフリカではなく中東戦線か…』


そう、すでにアフリカの『東部戦線』は存在しなかった。


つづく







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