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第七十三章『征西の艦隊…5』

七月二十七日、早朝…セイロン島北東岸にあるトリンコマリーの上空は二百機を

越える日本軍艦載機の群れに覆われていた。


スピットファイヤー、ハリケーンにモスキートの戦闘機タイプまで加わった

三十機あまりの英軍戦闘機は十機ほどの日本機と引き換えにほぼ全滅している。


日本機は港湾、飛行場、基地施設や英軍車両などを丹念につぶしたあと悠々と

帰っていった。これで陸軍歩兵部隊を除くセイロン島の防衛戦力はあらかた

失われたことになる。


「奴らはセイロン島を占領するつもりなのか?」


逆三角形をしたインド大陸の北東のつけねに位置する、東インドの要衝カルカッタでは

イギリス陸、空軍を中心とする防衛軍司令部が混乱し始めていた。


「いや、陽動ではないか。南の日本艦隊に輸送船団が付随しているという情報はない。

一昨日ダッカとチッタゴンを攻撃した北の艦隊は一時後退したようだが、マラッカ海峡から

アンダマン海に出た輸送船団が発見されている。やはりこちらが本命で、ビルマか北インドの

どこか…もちろん、ここカルカッタも含まれるが…に上陸してくる可能性が高い』


「セイロンへの戦力増強は断念して、カルカッタ防衛に集中するしかないか…」


「ダッカでは住民に不穏な動きが出ているとか」


「そこまではいってないが、英軍に対する尊敬や畏怖の念は揺らいでいるようだ。目の前で

日本軍にやられるのを見てるからな」


「ここでそれを繰り返してはならん、東インド一帯にそんな感情が広がったらおおごとだ」


しかし、それから三日間が過ぎても日本艦隊は姿を現さない。

英軍司令部が日本軍の意図をはかりかねていた七月最後の日にそれは飛び込んできた。


『ボンベイ空襲さる、延べ七百機の日本軍機により港湾および周辺の基地はほぼ完全に

破壊された。なお市街地の被害は僅少…』


トリンコマリー空襲は魔王艦隊ではなく、補給ののちに南下してきた第一、第二機動艦隊が

行ったものであった。セイロン島東方の洋上で合流した空母十八隻…『飛鷹』が機関の不調で

シンガポールの向かったので…を含む巨大艦隊はインド大陸西方を迂回、アラビア海に進出

していたのだ。


ボンベイ港に停泊もしくは付近を航行していた巡洋艦二隻、駆逐艦四隻、輸送船十一隻は

ことごとく撃沈された。


住民達は上空を乱舞する赤い丸のマークを付けた航空機と地上に落下した英軍戦闘機の

残骸を見比べて、複雑な表情を浮かべた顔を見交わせた。もちろん大部分の住民は

日本のことなど詳しくは知っていない。だが、自分達と同じ非ヨーロッパ人がつくり、

操縦する航空機がインドの空にいることだけは認識していた。声高な叫びは上がらなかったが、

ささやきは静かに、着実に広がっていく。


アンダマン諸島に建設されたインド向けのラジオ放送局が英語やヒンズー語、タミール語、

パンジャブ語の放送を始めたのはこのすぐあとである。英軍の収集した情報にあった輸送船団は

このためのものであった。


マレーで投降した英軍のインド系将兵の中で日本軍に協力を約束した者は、捕虜として扱わず

マレー半島西岸のペナン島などで警備兵の役目に就いていた。インド解放を旗印に

『自由インド軍』を組織しようとする動きもあったが、尉官級の下級将校しかおらず軍の

組織造りは無理と判断され見送られた…というより日本が深入りを避けた。


この世界ではインド独立の闘士、自由インド軍の中核となるべきチャンドラ・ボースは

ドイツにいったきり消息不明である。日本と同盟関係にないドイツがUボートを派遣してまで

彼を運んでくることはおそらく…ない。


それでも、教養や技術の高い者で宣伝部隊をつくり『自由インド放送局』として送り込んだのだ。

アンダマンの防備の過半もインド兵に委ねられることになる。


この時代の最先端の電化製品であるラジオを持つインド人は、金持ち…体制側の人間が多いが、

知識層などでこの放送にダイヤルを合わせる者も少なくはなかった。その内容もイギリスに対する

武力闘争など過激な手段より、サボタージュや不服従を呼びかける比較的穏やかなもので

あったから中流以上の階層に受け入れられ易かったのだろう。


インドのヨーロッパへの玄関、ボンベイの破壊と巨大艦隊の存在はインド洋の通商路を

完全に遮断するに充分であった。もはやインドだけでなく、中東やアフリカ大陸、フランス領で

この春イギリスが占領したばかりのマダガスカル島などが、重大な脅威にさらされることに

なったのだ。各地の英軍は厳戒態勢をしいて、やってくるだろう破壊と殺戮にそなえた。


『自分のとこじゃなかった』


幾分かの安堵をもってそれら各地の英軍将兵が溜息をもらしたのは、月が変わった八月五日に

なって次のような情報が入ったからだ。


『チャゴス諸島空襲さる』


セイロン島で魔王艦隊を攻撃した英空母部隊は戦艦部隊が撃破されたことを知って、日本艦隊を

さけてセイロンの南西約千五百キロにあるチャゴス諸島に退避していた。搭載機が三十機ほどに

減ってしまった艦隊が日本艦隊に抗すべくもないからだ。


インド洋のほぼど真ん中にあるチャゴス諸島は一種の秘密基地で、日本軍には知られていない

はずだった。しかし、大損をさせられ強烈な『復讐』の念に燃える『魔王』は当然知っていた…

英艦隊がいるかどうかは未知数だったが…


戦艦部隊の生き残りは大陸各地の港に傷ついた体をひそめ、空襲に脅えていたが結果的に

難を逃れることになった。逆に安心と思っていた空母部隊は池のアヒルのようにやすやすと

打ちのめされた。日本軍、とくに魔王艦隊の攻撃は執拗をきわめ三波に渡って攻撃隊を

送り込んで英艦隊を叩きつづけた。


イラストリアス級空母は頑丈さがとりえ…といっても、しょせん重巡プラス程度の防御しか

持っていない。『ビクトリアス』の場合はかえってしぶとさが仇となった…退艦命令も

出ないまま爆沈したので生存者がほとんどいなかった。


三隻の空母、二隻の巡洋艦、五隻の駆逐艦が沈んだ。港湾施設や陸上の基地もあとかたもなく

叩きつぶされた。ボロボロになった巡洋艦一隻、駆逐艦七隻が西方のセイシェル諸島めざして

逃走したが、そこで安心できる状況ではなく紅海方面か、南アフリカにいくことになるだろう。

インド洋の大英帝国海軍は文字通り駆逐されてしまったのである。


時間と燃料のむだを承知で、オーストラリアからインドの遥か南を迂回してエジプトに

向かおうとしていた輸送船団はびっくり仰天して引き返した。


『へっ、これでちったあ気がおさまったぜ。今日のところはこれくらいにしといてやらあ』


その後さらに二週間以上…日本艦隊が太平洋に帰ったという確証が得られるまで、インド洋周辺は

恐怖のどん底にありつづけたのだ。


都合三週間以上もの輸送路途絶は、各地の戦局になにがしかの影響を与えずにはおかなかった。


つづく




インド洋での作戦が一区切りついたところで、仕事がいそがしくなりそうです。残業続きで更新が間遠になるかと思いますが、ゆっくりとお付き合い下さい。

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