第六十七章『ちょ〜へいきだってばぁ』
『超兵器』…現行の使用兵器から大きく飛躍した兵器の開発…というより企画をする。
平時であれば酒でも飲みながら『こんなのあったらいいな〜』とやってればいい楽しい
部局かもしれない。だが現状ははるかに切実な要請の元、過酷なスケジュールに追われて
いた。全体会議で出た『高高度戦闘機』もここで方針をまとめ関係部署と調整の上開発が
進められているのだ。
本日の議題は『K信管』と『機截電探』『空対空奮進弾』…そして『対潛専用機』という
それぞれ密接な関連をもつ兵器についての開発進捗状況であった。
兵器というのは国なり組織なりのもつ科学、工業技術の頂点に位置することが多い…
命がかかっている…から、更にそこから飛躍したものを作ろうとするのは困難である。
優れたエンジンを作り機体を超高空に引っ張り上げたとしても、その環境で搭乗員を守る
コクピットの与圧や暖房、効果的な武器などが揃わなくては軍用機として用を為さない。
また、一機や二機の実験機ではなく戦略上必要な数を生産できる体制がなくては意味が無い。
ただ、縦割りになりがちな組織の風通しを良くして、バラバラに研究開発をしていたものを
まとめ、そこにヒントが与えられればそこそこの飛躍することは可能だ。
「結論から言いますと『K信管』の実験は失敗でした。効果範囲である十五メートル以内で
作動したものは五十発中五発…一割にしかなりません」
対空砲弾が炸裂しない鉄のかたまりであれば、127ミリの砲弾の軌跡が航空機と交差しない限り
効果はゼロである。炸裂すれば断片が飛び散り機体に損傷を与えることが期待できる。
127ミリ高角砲の場合半径約十五メートルの球状の空間が効果範囲というわけである。
そこでこれまでは炸裂するまでの時間…距離を調整することができる信管を使用することで
効果を高めようとしてきた。例えば急降下爆撃機なら高度四〜五千メートルで接近、攻撃を
かけてくるから、その付近で炸裂するよう調整して発射するわけだ。もちろん一門が一機を
狙い撃っても当たりっこないので、多数の砲でいわゆる『弾幕』を張るのだが…
三次元の機動をする航空機が高速化することによりこの方式では『おっつかなく』なって
きていた。
そこで『K…近接信管』の登場である。
いわば超小型のレーダーを信管に組み込み、効果範囲の中に入った航空機が最接近したとき
着火信号を出して砲弾を炸裂させるものである。これなら事前の調整も要らず、撃ちまくれば
いいわけだから対空戦能力は飛躍的に高まる。
『し…かし、電探をそんなに小型化できるのですか?航空機に載せるための小型化でさえ
四苦八苦してるのですが…』
『敵機の最接近時をどうやって判断するのですか?』
それなりの専門知識を持ち『できる』はずのメンバー達も、椿がこの話を持ち出した時の
反応はおどろきを通り越して、あきれた…といった感じであった。
『まあまあ、聞いて下さい。電探が大型化するのは主に二つの理由からですね。
ひとつは…電波は距離の二乗に反比例して弱くなるので、百キロ以上も遠くの目標を
捉えるためには強力な出力をもつ発信器が必要だということ。
今ひとつは…得た情報を人間にわかるように視覚化する必要があることです』
そこまで聞くと、さすがに理解が早かった。
『そうか、十五メートルの距離なら出力は小さくてかまわないし、着火信号を出すだけで
ブラウン管に映す必要も無いってことですね』
『その通りです。着火のタイミングですが…ドップラー効果という言葉を聞かれたことは
ありませんか? 波というものはそれを発しているものが接近してくる時と、遠ざかって
いく時では波長が変わるというものです。緊急車両のサイレンが近づいてくる時は
甲高く、そばを通り過ぎたとたんに間延びして聞こえる…という経験はあるでしょう。
音波も電波も波であることは同じですからね』
『つまり…反射波の波長が変わった時、砲弾と機体がもっとも近づいているわけですな』
あとは目を輝かせた彼らにまかせ具体的な形となるのを待つだけだ。もちろん今回同様、
不満足な結果になることも多い。
問題は使用する超小型の真空管の強度にあるという。砲身から発射される時の強烈な加速度と
砲弾の回転による遠心力に耐えられないのだ。
「研究所で作ったものは九割以上の成功率を出しました。ですが、月産『百』ほどでは
いちどきに万単位で消費する実戦にはとても足りません。せめて月産『千』という前提で
工場に作らせた結果が先程述べた通りです」
1943年から米軍が実用化してくる近接信管…『マジック・ヒューズ』用の真空管は勤労奉仕の
女性工員が製造したにもかかわらず、不良品は平均で五パーセント…つまり九割五分がつかえる
製品であった。工作機械の精度をはじめ日米の工業技術力の差はこの世界でもこれほど大きい…
何度も言うようだが、史実の日本が戦争を始めた…追い込まれたこと自体が涙なくして語れない
悲劇なのはこの一事を見てもよお〜っくわかるだろう。
「椿閣下の予想では来年にも米軍がこの信管を実用化してくるということでしたね…
航空主兵が正しかったと思っていましたが、その優位はもう崩れてしまうわけですか」
「盾と矛は相互に作用して進歩しますからね。航空主兵については露骨に出ないように気を配って
きました…レイテ沖海戦でも南太平洋海戦でも最後は水上艦がとどめをさしたようにです。
でも、巡洋艦や駆逐艦はボコボコ沈めましたから、その脅威に対抗する手段を講じてくるのは
しかたないでしょう」
「米軍は戦艦を大量に建造しているといいます。航空主兵に完全に目覚めたとはいえないのでは?」
「空母建造に全精力を注いでないという面ではそうかもしれません。おそらく現時点で六〜七の
大型ドックを戦艦がふさいでいるでしょう。その分空母建造は遅れるはずですが…問題は、
それでもなお恐るべきペースで空母が戦列に加わるだろうということですがね」
「…ともかく我々としては米軍がK信管を使ってくるという前提で対応策を考えねばならん
わけですな。実は私どものところでその辺りを思いついた奴がおりまして、至急実験をしてから
皆さんに報告しますので少し時間をいただきたい」
そうこなくっちゃ…である。たとえ自分のところで実用化にいたらなくとも、研究所レベルで
実物が作れるなら対応策を練ることは可能だ。
「もうひとつ…朗報と言っていいのか…現在のレベルでも砲弾ではなく奮進弾に使用した場合
八割の成功率を記録したということです」
「うん、ロケット…奮進弾なら加速度は砲弾とは比べ物にならないほど緩やかですからな」
「八割なら四発発射して三発が敵に損害を与えられる…これは椿さんのいわれる敵の『超重爆』に
対する空対空奮進弾として有効なのでは…」
日本陸軍では早くからロケットの研究は行われていた。しかし、気流の影響を受けやすく
弾道が安定しないことから命中率が低く実用化が行き詰まっていた。まして高速で飛行する
航空機に『当たらなければ効果のない』着発信管のロケット弾を何発射っても意味が無いだろう…
だが、近接信管があれば話は別だ。
「よいアイデアだと思います。その線で進めて下さい…予想される敵の超重爆の速度や防弾設備
からして、高高度戦闘機ができても何度も繰り返し攻撃するのは困難です。一撃に可能な限りの
火力を集中して叩き付ける必要があります。空対空奮進弾は大いに力になるはずです」
「聞いてて思ったのですが、艦の防空にも使えませんかね。戦闘中の再装填は難しいでしょうし、
一発や二発では意味がないでしょうが、多連裝にして敵編隊の鼻面に発射すればそれなりに
効果があるのでは…」
これなら月産千の単位でも、備蓄をすればなんとか間に合うかもしれない。
もちろん椿は魔王艦隊にはアメリカレベルの近接信管を配備するつもりだ。かといって日本に
何でもかんでも与えるつもりは無い。自助努力はしてもらわなくてはならないし、魔王艦隊と
日本艦隊に差がつくのも当然のことなのだから。
「機截電探の方は苦労してますが、なんとかめどが立ってきました。飛行艇や陸攻には配備を
始められます…夜間戦闘機の月光や屠龍にはできるだけ早く搭載したいですな。トラックに
夜間爆撃が行われていますし…」
米軍のラバウルからトラックへの爆撃は大損害が出たこともあって途絶えていたが、日本戦闘機の
活動しにくい夜間に少数機が飛来し始めていた。爆撃の被害はとるに足らないものであったが、
こちらの夜間戦闘機も戦果を挙げられないでいる。秘密兵器の斜め銃も敵機の捕捉に手間取っては
なかなか威力を発揮できない。
「対潜水艦用の磁気感知装置は五月から陸攻に搭載して実戦にも投入しましたが、こちらは
大成功といえます。およそ二か月で十機の陸攻が二機ずつのペアで、のべ百機の出撃数…
戦果としては敵潜発見十九回、攻撃が十五回…撃沈が確認されたものが四隻、効果有りと
判定されたものが三隻です。六月後半には担当区域の関東地方沿岸で敵潜の活動がほとんど
確認されていないことからも、相当な効果があったことが裏付けられていると思われます」
磁気感知装置とは、簡単に言うと機体を大きなコイルにするものだ。水面下に潜む潜水艦は
上空からは発見が困難だが、この機体が上を通過すると鉄のかたまりである潜水艦に反応して
電流が流れる。日本が独自に開発した技術で…椿が強力に押したことから人、物、金が
集まり史実よりかなり早く実用化にこぎ着けていた。
「電探を搭載すればさらに効果は上がると思います。あとは専用の機体です…陸攻では不満足な
点も多いですし、低空低速での安定性と長時間の飛行による搭乗員の疲労軽減に配慮した
機体の配備が急がれます」
『東海』と名付けられるその機体は43年初頭から配備が始められる予定だが、兵器だけでなく
物資すべての生産が急務である現在、いくら椿のお声掛かりでも充分な数が揃うかどうかは
わからない。
日本が手に入れた幾ばくかの時間的余裕によって生み出される『超兵器』がどんな活躍を
するのか、またしないのかはこれから見てのお楽しみ…である。
つづく