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第六十六章『ビール日和』

「陸軍航空隊では制空戦闘機を立川飛行機の二式戦『飛燕』に一本化する方針です。

本来なら次期戦闘機には二千馬力級の発動機を積みたいところで、開発のめどはたって

いますが量産できるまで一年以上かかる見込みで…それを待つよりは飛燕を集中的に

生産した方が得策であると判断しました。早期に数を揃える必要がありますので。

中島飛行機にも生産を委託して来年春には一千機を実戦配備したいと考えています」


陸軍の菅原道大中将が今後の航空機生産計画について説明した。

二月のドウリトル空襲の折に試作機が活躍した『飛燕』は制式化されている。

量産型のスペックは最高速度六百十五キロ、12,7ミリ機銃六挺、増槽無しでの

航続距離千七百キロ、全アクリル製防弾風防など日本戦闘機ではもっとも『固い』造りが

売り物で、急降下時の速度制限も九百キロを超えている。


「隼は順次生産を縮小、鍾馗と屠龍は発動機の改良で若干の性能向上が望めるとのことで

当分はそれでつないでいきます」


「それで結構ですよ菅原さん。何より数が大事ですからね…それに飛燕なら米軍がこれから

出してくるグラマンF6FヘルキャットやヴォートF4Uコルセアに充分対抗できます」


「優位…というわけにはいきませんか」


「残念ながら…その意味でも、先ほど言われた『数を揃える』方針に賛成しますね」


「海軍でも二式戦を採用します。空母艦載機には無理ですが基地航空隊では早期に零戦と

入れ替えたいですな」


「艦載機は零戦のままですか?」


「川西航空機から千五百馬力のエンジンを載せた機体の案が出ていまして、なかなかいけそうな

ものですから近々に結論を出します」


「水上機のメーカーではありませんでしたか」


「ええ、飛行場の建設が難しい島嶼用に開発してた『水上戦闘機』が元になってるそうです』


この世界には零戦にフロートを付けた『二式水上戦闘機』とかの色物は作られていない…

土木機械の普及によって短期間での飛行場建設が可能になっているからだ。


「航続距離は零戦より落ちますが、六百二十は出るということで…機銃も六挺ですから

つなぎは充分勤まるかと。フラップに独特の機構があって、空戦時はもとより離着陸のときにも

操縦性を高める効果を発揮するといいます。艦載機には必須の特性ですからな」


ここでの『紫電(改)』がどんな機体になるか楽しみではある。

もっともそれを魔王艦隊の空母に乗せるかはまた別の話だが…


「艦爆は順次彗星に切り替えていますが、八月中には全空母の分が揃います。九八式は訓練用や

組織されつつある蘭印…インドネシアの空軍に供与する予定です。まだ初等練習機の段階ですから

活躍するのは大分先のことでしょうが…」


インドネシアでは一年後の政府樹立を目指して組織造りが進められている。その中には当然

軍もあるわけだが、少しでも下地がある陸、海と違って航空隊の創建は相当手間がかかりそうだ。


「艦攻ですが…新エンジンの開発を待っての『流星』に決定しました。現行の九七式は設計に

若干の余裕がありますので、エンジンの性能向上、防弾装備の改良等でしのいでいく予定です」


そう、この世界の日本機は一般にギリギリまで切り詰めた設計になっていない。九七式でいえば

感覚的には五パーセントぐらいは遊び…余裕がある造りをしているのだ。史実の零戦が初期型から

目一杯の性能を引き出していたため、いくつか作られた改良型がさほどの性能向上を示せなかった

のとは対照的である。


「次に、椿さんから開発を指示されていた陸海共同の高高度戦闘機の件ですが…奮進式

…ジェット機はまだ模索段階です。なにせ全くの新技術ですので、原理は理解できても

現物を生産するまでには三〜四年はかかるだろうという状態です」


史実よりましな工業技術を持つとはいえ、見本も無しではやむを得ないか…


「排気タービンによる高高度性能向上の方が、まだ現行の技術の延長線ということで見込みが

ありそうです。ただ、我が国の冶金技術では量産性、耐久性とも問題があるということですが」


「耐久性は予備部品を揃えることで解決可能でしょう。量産性は…44年秋の時点で三千機が

常時稼働状態にあればいいでしょうから、それを目標にして下さい」


一座にはそれほど深くタッチしていない者もいる。管轄外、専門外の事案も多いからだ。

彼らが一様に浮かべる表情は『二年後の秋までも、そんな新技術を使って戦争を続けていなくちゃ

ならないのか』というもの…暑いはずの室内でゾクッとした者もいたようだ。


「私の得てる情報では、44年半ばにアメリカはこれまでと次元の違う重爆撃機を完成させる

予定です。それは七〜十トンの爆弾を抱え、一万メートル以上の高空を五百八十キロで飛行する

ことが求められています。航続距離は六千キロ以上…つまり東京から半径三千キロの円内に基地を

造れば恒常的に東京を空襲できることになります」


初めて聞く者も、何度か聞いていた者も一様に静かになる。


『二年後にはそんな化け物と戦わねばならないのか…』


そして、この時点では『御使い』の言葉を疑う者はほとんどいなくなっている。


「太平洋であてはまるのは内南洋…マリアナ諸島ですな。サイパン、テニアンの防備を

一層強化しなくては…」


「住民を内地に移すこともいまから考えた方がいいですよ。成年男子は軍属にできるとしても

女性や子供、老人を抱えての戦闘は悲惨なものになりますからね」


椿の言葉に含まれる不吉な予言に唇を噛み締める者も多い…


「それでもマリアナは、まだ手を打つことができます。困るのは北の三千キロ圏に基地を

造られた時です」


「北…というとソ連領ですが…不可侵条約を結んでいても…」


「あの国は帝政ロシアの時代からそういったものを破る常習犯ですね。充分な見返りが期待

できれば躊躇しないでしょう。そして我々はアングロサクソンはいざとなればなんでもやる…と

いうことも知っています。東京…本土防空はいずれにせよ必要なのですよ」


この後、会議はいくつかの分科会に分かれて行われる。総連自体が分科会の名称をもっているので

おかしいといえばそうなのだが、大所帯になったいまはそうしないと議事がスピーディーに

進まないことも多いのだ。


椿も必要に応じて顔を出す。今日は陸海軍の技術廠の技官達が中心になって新兵器の計画を

担当している部局…『超兵器開発局』である。


今夜も遅くまでビールにありつけそうも無い…


つづく


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