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第六十章『六月の七日間…1』

戦艦ネバダ以下の艦艇が真珠湾軍港を離れたことを確認したニミッツ太平洋艦隊司令長官は

二重の意味でホッとした。


ネバダ以下には日本艦隊から少しでも離れるため、南西にあるジョンストン島を目指すよう

指示してある。先に脱出したサウスダコタにもようやく連絡がつくようになったので、

同様の指示を出した…現在は対潛戦闘中でそれどころじゃなさそうだが…


さらなる空襲があったとしても、これ以上の艦艇の損害を防ぎたい…軍港内では

大破、着底した艦の消火や救助活動が行われている。真珠湾が軍港として機能を回復するには

それらの艦の『除去』が必要となる…一体どれほどの時間がかかるか、考えるだけで頭が痛い。

残存艦艇が軍港内で沈められる『二重の悲劇』は避けられた…のかもしれない。


指揮、連絡系統が回復するにつれ『恐るべき情報』が次々に飛び込んで来た。


『オアフ島北部、カフク岬沖に日本空母あり』


『ワイキキビーチに日本軍上陸』…等々


陸軍司令部に問い合わせると、そちらでも同じような情報が舞い込んでおり対処に

追われてる最中であった。


『日本軍がハワイを占領するなんてあり得るだろうか?』


一時的に占拠する軍事力がないとは言えない。だが、ニミッツの分析ではハワイを長期に

渡り占領維持することは日本の兵站能力からして不可能ではないまでも、大きな負担に

なるはずだ。ハワイの利用価値は米本土攻撃の足がかりということだが、日本にそこまでの

力はないはずだし、やれば自滅を招くだけだろう。もしもハワイ占領で合衆国が膝を屈する

などと考えているのであれば甘すぎると言わざるを得ない。合衆国はなぐられて、そのまま

済ますような国家ではないのだ。そうして考えるとハワイ占領は日本にとって、あまりにも

見返りが少ない作戦なのではないか。


これはニミッツのみならず、アメリカ上層部の一般的認識であった。だとすれば史実で

山本五十六が抱いていたとされる『ハワイ占領、早期講和』はやっぱり妄想でしか

なかったことになる。ただ、実際になってみたらその先がどう転がるかわからないのも

人の世の常なのではあるが…


レーダーサイトがあらかた破壊されているため、視認によってフレディ上等兵が司令部に

連絡をしたときには日本機の大群はすぐそこまで来ていた。


「また来やがったぜジェイソン…ジャップはこのオアフをどうするつもりかなあ」


「バラバラに砕いて海に沈めようってんだろ」


三百機を遥かに越える日本機は大きく二つの編隊に分かれていた。

彗星六十、流星改四十は『お約束』どおり石油タンクを爆撃する。

初期の架空戦記ではこの攻撃で真珠湾が火の海になる…というパターンが多く、

若い日の椿もその線で妄想をめぐらしたものである。


その後、艦艇燃料の重油はそう簡単に燃えないという説が主流となり、妄想も変更を

余儀なくされている。そして燃えない重油はかえって厄介な存在であることも…

後の世でもタンカーの座礁事故などで海岸に漂着した原油が環境に与える悪影響や

除去の困難さが大きな問題となっている。タンクの破壊によって基地施設や軍港の海面を

覆った重油は人間の活動…いや、生存すら許さないのだから…


合衆国が数十年の時と莫大な予算を費やして築き上げた太平洋最大の拠点は、一日にして

ゼロ以下の状態に引き戻されたのである。隣接するホノルル市には流れ弾による軽微な損害

しか出ていなかったが、重油の除去が済むまで住民を避難させなければならない。

この時点でオアフ島は海に沈んだも同然となった…


在住の日系人には気の毒なことになった。42年二月にルーズベルトが出した大統領令によって

アメリカの十一万人もの日系人は一時移転場所…『リロケーション・センター』という名の

収容所に入れられた。しかしハワイでは人口の四割を占める日系人を収容してしまっては

地域社会が維持できないのと、簡単に移動できない『島』ということもあって免れていた。

もっとも、教師や僧侶、ジャーナリスト、組合の指導者達は本土の収容所に連れて行かれたが…


よく言われる『日系人だけ収容した差別』だが…確かに差別はあったとしても、ドイツ系、

イタリア系の市民を収容することは物理的に無理だし、社会が崩壊するということがおもな

理由と考えた方がよい。


今回の攻撃でオアフ島の住民は多くが移住を余儀なくされるだろう。ハワイの他の島で

吸収しきれなければ本土に行くしかない。そのとき日系人は…


だが、椿にそれほど大きな感傷はない。日系人…それも二世以降の多くは合衆国の忠誠を

誓う『アメリカ人』なのだから。さらに言うなら、椿は日本という国家自体にもそれほど強い

思い入れはない。『自分国』の元首であり国民…これが偽らざる椿のスタンスなのである…

『自分国』の元首は自国民に優しい、つまり自分に甘い。そのかわり?他国、他者に対しては

『魔王』として容赦のない厳しい顔を向けるのだ。


ネバダ以下の『逃走艦隊』はオアフの南西五十キロの洋上において、サウスダコタと邂逅を

果たしたところで日本軍機に捕捉された。


八十機の彗星が相変わらず駆逐艦を狙う。残る四十機の彗星と雷装の流星改四十機が

目標をサウスダコタに絞って殺到した。手の空いた零戦は機銃座つぶしに専念する。

二十数分後…日本機の去った海面には三万六千トンの燃える鋼鉄のオブジェが沈みかけており、

一隻の軽巡、三隻の駆逐艦が炎上停止していた。五隻の駆逐艦はすでに海の底である。


直後に始まり繰り返された潜水艦の攻撃によりさらに重巡、軽巡各一隻が被雷した。

結局ジョンストン島までたどり着けたのは戦艦ネバダと巡洋艦、駆逐艦各三隻…

真珠湾軍港で健在ではあるが、着底艦に邪魔されて動けない上に重油漬けで人間が乗って

いられない巡洋艦が二隻…

本土のサンディエゴ軍港にいる巡洋艦一隻と若干の小艦艇を除くと、これが現時点の

太平洋艦隊のすべてであった。


「なぜか今度も生き残っちまった。この艦は幸運…なのかな」


ネバダ艦長ベイツ大佐のなかば自嘲気味の言葉に、副長が真剣な口調で答える。


「日本軍がここに攻めて来なければ…ですがね」


空襲から二日…日本軍空母部隊は姿を消していた。彼らはどこに向かったのか…

後に『六月の七日間』と呼ばれる…かもしれない…激動の一週間は始まったばかりであった。


つづく

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