第五十九章『波號演習…3』
「対空射撃をやめさせろ!届きやせん」
戦艦サウスダコタ艦長、ルックス大佐は命令も無しに発砲を始めた自艦の乗組員の
パニックぶりにうんざりしながら怒鳴った。
七千メートルほどの上空に旋回していた日本機は北方に去ろうとしているのに
届きっこない機銃まで撃ちまくっている。
『練度が低すぎる…いくら戦力補強が急務とはいえ、新兵がほとんどの艦を二か月足らずの
訓練で戦列に加えるのは無理だったか…』
ギルバート沖で四万名もの将兵を失った穴埋めは巨大なマンパワーを抱えるアメリカといえども
至難なことであった。喪失艦から救助された乗組員は新造艦に配置転換され、サウスダコタにも
乗り組んでいるが絶対数が足りない。それに負け戦で撃沈された船の乗組員の心理は三つに分かれる…
復讐心に燃える一部の兵、なんとか任務に就ける大部分の兵、そしてトラウマを抱えて使い物に
ならなくなる負け犬だ…ギルバート沖の惨敗はこの負け犬の割合を増やしていた。
『兵のことは笑えんか…俺もあわててパールを飛び出してこのざまだ』
後に続いているのは軽巡フェニックスのみ、当然いると思ったネバダは影も見えない…
敵から逃れるため全速で南西に走った結果、オアフ島から五十キロほど離れている。
カタリナからの『敵艦隊発見』の無電はキャッチしたが、艦隊司令部とは連絡が取れない。
『敵艦隊に向かう?いや、冗談にもならんが、オアフの状況がわからんとどうにもできん』
とりあえず艦を巡航速度に落とし、『善後策』という思考の堂々巡りに入っていたルックスの
耳に、見張り員の絶叫が飛び込んで来た。
「フェニックス被雷!!」
サウスダコタに習って速度を落としていた軽巡の舷側に二本の水柱がそそり立っている。
「潜水艦!?…機関全速、取りかじ一杯!!」
三十秒後、ようやく艦首が回り始めたとき…
「左舷前方に雷跡四!!」
サウスダコタはこの魚雷をすべてかわすことに成功する。だが、沈みかけているフェニックッスの
乗員救助にあたることなど思いもよらない。敵潜水艦はまだいるに違いないのだ…
『何のジョークだ…合衆国で最新最強の戦艦が味方を救うこともできず、ひとりぼっちで
逃げ惑うしかないとは…』
通商破壊戦に出撃したドイツ海軍のビスマルクやポケット戦艦は別にして、戦時中に戦艦が
単艦で行動することなどあり得ない。オアフ島南西五十キロの海上でサウスダコタは独り滑稽な
命がけのダンスを踊り続けるしかなかった。
…空母『みなと』艦橋
日本海軍の大型艦の士官の昼食は洋食のフルコース…自費…だが、戦闘行動中は兵と同じ
戦闘配食を食べる。醤油をつけて焼いた握り飯を竹の皮の包みからつかんでほおばると
香ばしくてうまい!時と場合によってはこれが最後の食事になるかと思うと飯粒の一つひとつが
いとおしくさえある。お茶でのどに流し込んで一息ついた椿に飛行長、宮崎由美
中佐が声をかける
「各艦とも第三次攻撃隊、発艦準備完了しました」
「ご苦労!…参謀長、敵情は?」
敵地にいる特設機動艦隊は全周に索敵機を出していることは言うまでもないが、
オアフ上空には攻撃開始以来常に交替で数機の偵察機が張り付いている。
敵戦闘機はすでに姿がないし、仮に出て来ても彗星や流星改は簡単には捕捉されない
速度を持っている。戦い、特に航空戦は情報がいのち…今回より危険な状況であっても
やはり多数の偵察機を送り込んだことだろう。
「最新の報告では、生き残りの敵艦…戦艦一、巡洋艦六が駆逐艦十隻をともない水道を通過、
湾外に出て南西に向かいつつあるということです。他の索敵機からの報告はありません」
「想定内だな…よし、搭乗員に訓示をしよう。隊内無線で全艦隊のスピ−カーにつなぐよう
手配してくれ」
艦隊は二つの輪型陣を形成している。それぞれ五隻の空母、一隻の戦艦、四隻の軽巡、
十六隻の駆逐艦三隻の給油艦で構成されている…と言えばわかりやすいのだが、阿賀野型
防空軽巡は六対二になっている。もちろん椿の乗る『みなと』を中心とする第百一航空戦隊の
対空火力を高めるためである。
第百二航空戦隊の方は『なかの』に吉浜治少将が戦隊司令官および特設機動艦隊の
次席指揮官として座乗している。
第一次、二次攻撃隊には奇襲前ということもあり各艦の飛行長が訓示をしたが、そろそろ
景気づけのセレモニーをしてもいいだろう。演説など椿の柄ではないが、自ら生み出した
『子供達』を少しは喜ばしておくのも必要なのではなかろうか。
『椿である。日本を脅かすアメリカの最大の拠点ハワイに対する攻撃は成功までもう一息
というところまで来た。諸子は気を緩めることなく任務を遂行して欲しい…そして必ず
戻って来て欲しい。戦争はまだまだ続く…私は敵撃滅の報告を望むが、帰還した諸子の笑顔に
会えることの方をより強く望んでいる。以上だ!』
ちと臭いが、搭乗員のみならず全艦隊がこれで…椿の目には…適度に感動し、発奮する設定に
なっているのでこれでいいのだ。
雄叫びを上げて乗機に駆け寄る搭乗員…整備員とのつかの間の交歓があって発艦が始まる。
『帽振れ』や敬礼に送られて零戦は軽々と、彗星と流星改の前列はカタパルトを使って…
両機種はそれ用に脚部等の補強改造が施されている…飛び立っていく。
最後列の流星改は風向きさえ良ければカタパルト無しでも楽々と発艦が可能だが…
零戦百機、対艦爆装の彗星百二十、地上攻撃用の彗星六十、雷装の流星改四十、爆装の流星改が
四十機…計三百六十機の第三次攻撃隊はほぼ真上からの陽光を浴びてハワイを目指していく。
『う〜ん、思ったよりずっと楽しいなあ』
超絶した戦力で敵を踏みにじる…当たり前過ぎてつまらないのでは、という危惧は無用だった
ようだ。少し意味は違うかもしれないが…史実の大戦末期、日本本土に接近したハルゼーの
大機動部隊から発進したグラマンF6Fの群れは、戦略的には意味の全く無い農村の子供達にまで
機銃掃射を加えたという。他に攻撃目標が無くなっていたこともあるだろうが、パイロット達の
多くが憐憫の情におそわれ、胸の前で十字を切りながら発射ボタンを押していたとは思えない。
『虫けら』を思うさまに踏みつぶす暗い楽しさを感じていたのではないだろうか…
司令長官用の椅子に腰を下ろした椿はマイルド・セ…ン・ライトに火を着けながら従兵に
声をかけた。
「コーヒーを頼むよ…よかったらみんなの分もね」
つづく
パソコンの画面が小さいせいか、老眼のせいか、見返すとけっこう誤字も多くなっています。最近ではハワイ…『布哇』を「布哺』と間違えたりしてました。「 と 『 もよく違ってますね。時々チェックして直していますが、読者の皆様も気がつかれたことがありましたら教えてやって下さい。