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第五十八章『波號演習…2』

特設機動艦隊の旗艦『みなと』の艦橋から長大な飛行甲板を見下ろしながら

椿五十二郎は楽しさを満喫していた。大和級戦艦に迫る全長を持つ改翔鶴型空母の

飛行甲板は二百四十二メートルもある。そこでは着艦した第一次攻撃隊をエレベーターで

格納甲板に降ろす作業が熟練の水兵達によってスムーズに進められている。


雲量二の空は青く輝き、潮風が肌にも鼻腔にも心地よい。椿は海が、船が好きである…

少年時代は悩まされた船酔いも、千トン前後の『小船』で何十回となく行った伊豆七島への

旅ですっかり克服した。ましてや満載排水量が三万トンを越える空母の揺れは微塵も不快を

与えるものではなかった。


戦場には来たかったが、こういう雰囲気を味わえれば充分である…なにも鉄片や血しぶきが

とびかう中に来たかったわけではないのだから。若い頃に営業で神奈川県横浜市の生麦近くに

ある屠殺場…食肉加工処理場にたびたび行って、牛や豚の惨殺…バラバラ死体はずいぶん見て

そのうち平気になったが、人間となるとまた別であろう。自分のはらわたなんぞ見ることを

考えるととてもいや…心身ともになるべく痛みや苦しみとは無縁でありたいと常々思っている

椿である。


まあ戦場に出る以上、そうした危険性は必ずつきまとうだろうが『スリル』を求めるのも

また人間の度し難い業なのである。


それはともかく、いましがた顔を紅潮させた攻撃隊指揮官、日笠和彦中佐から戦果報告を

受けたところだ。


「航空基地の機能の大半を撃破、空母一隻撃沈、二隻大破…か。上々だな…敵の航空戦力に

よる反撃手段をあらかたつぶせたわけだ。巡洋艦一、駆逐艦五隻以上も撃沈破…」


参謀長の下西正夫少将がうれしそうに言う…基本的に椿に参謀長は必要ないのだが、

彩りというか艦隊を構成するオプションとして、楽天的で酒の相手にちょうどいい人物と

言う設定にしてある。


オプションとしては美少女の姿をした『艦魂』というのも考えたが、妄想の方向が違うのと

はやりに背を向けるのが椿のポリシーなので今回は却下…


うるさ型という設定の先任参謀、松島律中佐がたしなめるように発言する。


「帰還した第一次攻撃隊のうち再出撃可能な機数を集計中です。第二次攻撃の戦果にも

よりますが第三次は…」


「当然おこなう前提で準備を進めて欲しい。六月の昼は長い、アメリカが当分の間ハワイに

基地を造ろうなどという気が起きなくなるくらい叩いてやろうじゃないか」


艦橋内の一同が笑みを浮かべながらうなずく…彼ら今回出現させた将兵は一に椿、二に国家に

対する忠誠で存在してることは前の日露戦争のときと同様であるが、椿への敬愛、尊崇の度合いは

少し希薄にしてある。もともと他者とのかかわりをあまり濃密にするのを好まない椿としては

明治の一世達がよせる「濃すぎる感情』は少々うざったいのである…本土で秘書役をしている

高倉青年ぐらいでちょうどいい。


オアフ島では零戦百二十、彗星百二十、流星改六十からなる第二次攻撃の真っ最中である。

わずかな間隙を縫って三十機ほどのカーチスP40やグラマンF4Fなど陸海軍の戦闘機が迎撃に

上がっていた。攻撃を受けた基地ではブルドーザーで強引に残骸を除去したり爆弾孔を

埋め戻したりして離陸させたし、攻撃を免れた小さな飛行場もあったからだ。

水上機基地からは生き残った数機のカタリナ飛行艇が日本機を迂回するようにして東に向かい

索敵に飛び立っていた。


本来オアフ島には陸軍のB17やB25、B26マローダーなどの爆撃機が計八十機とP40や

P39エアコブラなどの戦闘機百四十が駐在していた。海軍もカタリナやF4F、ドーントレス

爆撃機、新鋭のアベンジャー雷撃機が計百二十機…陸海軍合わせて三百四十機もいたのだ。


その上、米海軍では寄港する空母の艦載機はほとんどを陸上基地に着陸させるシステムなので

エンタープライズ、ホーネット、ボーグの二百二十機がぎっしりと駐機していた。

総計五百六十機…正面から航空戦をやれば特設機動艦隊といえどもただでは済まない戦力で

あったが、そのほとんどは残骸となるか飛び立てる状態ではなかった。


ものの数分で敵戦闘機を撃墜するか追い散らした零戦の群れは、討ち漏らしていた陸上の機体や

対空砲陣地に機銃掃射をかけて制圧していく。彗星はようやく動き始めた湾内の敵艦…おもに

駆逐艦に急降下爆撃を加える。


「ようやく缶圧が上がりました。本艦もサウスダコタに続きますか」


副長の声に戦艦ネバダの艦長ベイツ大佐は一瞬考えてから聞き返した。


「サウスダコタの前後に駆逐艦は付いているか?」


「…いいえ、軽巡のフェニックスが後続しているようですが…」


「だろうな、ジャップは空母の次は駆逐艦を集中的に攻撃してる…副長、これと似た状況を

覚えてないか」


「……ギルバート沖…ですか」


南太平洋海戦では空襲で駆逐艦を『駆逐』された後で、米戦艦群は日本潜水艦隊の猛攻を

受けた…なすすべなく魚雷を受け、のたうちまわり沈んでいった僚艦をベイツも副長も

目の当たりにしているのだ。


「ハワイの周りには、いくら追い払ってもつきまとう野良犬みたいにジャップの潜水艦が

うようよしてる。駆逐艦や航空機の護衛なしで出て行ったらどうなるか…」


ベイツの想像は当たっている。ハワイ周辺には多数の日本潜水艦が張り付いている…もちろん

米軍の対潜部隊により少なくない犠牲を払ってだが…彼らの任務は偵察、情報収集にあり

通常は攻撃に出ることはない。だが、空襲によって港を追い出されてくる『落ち武者』なら

話は別だ。秘匿電文『波號演習』によって終結と攻撃が下令されていた。


ハワイ…漢字だと『布哇』だけど『布號演習』だと字面が悪いので『波』の字をあてた。


「ここで対空戦闘を行う。湾内にいれば少なくとも魚雷は食わない…水深十メートルかそこらじゃ

航空魚雷は海底に突き刺さっちまうからな。本艦は動かん!」


オクラホマは動きたくても動けんだろうが…と、ベイツはギルバート沖で生き残ったもう一隻の

戦艦が入渠しているドックの方を見やった。ネバダとオクラホマは先の海戦後、新型レーダーの

設置や両用砲、ボフォース四十ミリ対空機関砲の増設などの改装を行った。旧式艦ではあっても

現時点では貴重な戦力を少しでも強化させようということだったが、オクラホマは改装後に

推進系に故障が頻発して、いまもドックで修理を受けていた。


『オクラホマの乗組員はいまごろ陸上で逃げ惑っていることだろう…武器があるだけこっちの方が

少しはましかもしれんな』


そのドックがある海軍工厰の上を整然と編隊を組んだ流星改が航過すると、五十九発の

八百キロ爆弾が降り注いだ。巨大なガントリークレーンが轟音とともに倒壊し、頑丈な

ドックにも多数の大きなひび割れが走る。オクラホマにも一発が命中、艦の後部に修理

しようがないほどの破壊を加えた。


延べ二時間半、二波に渡る空襲の後で真珠湾軍港に戦闘が可能な状態で残って

いたのはネバダと重巡三、軽巡五、駆逐艦十一隻…であった。

重巡一が大破着底、二隻が炎上…軽巡二隻が着底と横転沈没…

駆逐艦二十九隻が撃沈破され使い物にならなくなっていた。

その他給油艦二隻も炎上していたが、幸い空荷だったので大事には至っていない。


地下壕に退避していたニミッツ以下の太平洋艦隊司令部のメンバーは

変わり果てたパール・ハーバーの姿に呆然とするしかなかった。


「通信機能の復旧を急げ!このままでは各部隊、各艦ともバラバラだ…統一指揮を取り戻して

日本軍に対処しなくては…」


気力を振り絞ってニミッツが命令した頃、生き残っていた無線機がカタリナ飛行艇からの

無電を受信していた。平文のそれは『日本艦隊発見、オアフ島の東北東二百九十キロ、

敵艦隊は空母五隻以上を含む………』で途切れた。


つづく



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