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第五十七章『波號演習…1』

オアフ島北部のレーダーサイトで夜勤番だったフレディ上等兵は眠気覚ましの

コーヒーをすすりながら、相棒のジェイソン上等兵の懐古談を聞くともなしに耳に

入れていた。カレッジ時代にアイスホッケーのゴールキーパーとして『不死身』の

異名を奉られたとかどーとかという話だったような気がするが…


六月の短い夜は明けようとしているが、当番の交替時刻まではまだしばらくあり

眠気および退屈という敵と戦わなくてはならない。なにせフレディ達がこのサイトに

勤務するようになって三か月近く、対空レーダーのスコープが緊急を要する情報を

映し出したことは一度もなかった。初期の頃は機器が安定せず故障であわてることが

何度もあったが近頃はそれも落ち着いている。


半年前…日本との戦争が始まったその日の早朝、まだ移動式だったレーダーが北から

接近してくる編隊を捉えて緊急報告をしたことで大騒ぎになったらしい。

正体はフィリピンへの増援のためハワイに立ち寄ろうとしたB17爆撃機だったのだが、

その編隊めがけて数発の高射砲弾が発射されるという笑えない事件まで起きたという。

現在では陸海軍の情報交換も進んでおり、各航空隊の哨戒飛行のスケジュールなども事前に

通達がされるから、そんなミスが起こることはないだろう。


しかし、退屈なことは確かだ。彼らが警戒すべき日本軍は何千キロも彼方にいる…

インド洋で空母部隊が暴れたというニュースが入ったのはつい昨日のことだ。

イギリスやオーストラリアは気の毒だが、おかげでこちらは戦時中とは思えないほど

穏やかな日々が続いている。前からハワイにいる連中から真珠湾を埋め尽くしていた

太平洋艦隊がほとんど戻って来なかった時の衝撃は聞かされていたが、その後に本土から

やって来た陸軍兵士のフレディ達にはどうしても他人事に感じられてしまう。


トイレから戻ったジェイソンがコーヒーを入れるために席を立っていたフレディに声をかけた。


「おい、これはいつからスコープに出てたんだ?」


「……なにが?」


「すげえ反応だ…距離は八十キロぐらい…お前見てなかったのかよ」


「い、一分前にはこんなの映ってなかったぞ。なんなんだこれ?」


「こっちへ向かって動いてる…だけど…」


陸軍司令部の電話に人がでるまで大分時間がかかった。


『……どれだけ席を離れてた?…いきなりそんな距離に現れたとは不自然じゃないか

…で、反応は東というのは間違いないのか?鳥の群れとかじゃないんだろうな』


「正確には東北東です。鳥は時速三百…いや、四百キロ近い速度では飛びません」


『故障でないとすれば…待て、運行スケジュールを確認してみる。ああ、もし航空機だと

したら規模はどれくらいだ?』


「…単発機だとしたら、四百から五百機…です」


『ますます非現実的だな…とにかく海軍とも連絡を取ってみる。引き続き監視と報告をしろ』


「すでに六十キロまで接近しています!あと七、八分でここの上まで来てしまいます!!」


ジェイソンの金切り声を聞きながらフレディは思った。


『おれたちはとびっきりの悪夢の中にいるんじゃないか…だったら早く覚めてくれよ』


レーダー波を避けるため低空飛行を続けて来た特設機動艦隊、第一次攻撃隊は徐々に速度と

高度を上げながらオアフ島上空に侵入しようとしていた。A級で揃えた操縦員はここまでみごとに

困難な飛行をなしとげ、一機の脱落も起こさなかった。背後から上り始めた太陽の光を浴びて

胸甲をきらめかす空の騎兵軍団の進撃である。


制空隊の零戦九十機が前に出る。さらに百六十機の彗星と八十機の流星改には直衛の零戦が

九十機はりついている…四百二十のうち実に百八十機が戦闘機で構成されているのだ。

もっとも、前方にはまだ一機の敵戦闘機も姿を現してはいないが…


「どうやら奇襲に成功したようだな…『ドラ・ドラ・ドラ』だ!!」


『三ハン増し』を意味する電文が指揮官機から打たれるのと同時に、攻撃隊は各々の目標に

向かって突撃を開始した。


数分の間に真珠湾軍港とオアフ島の陸海軍航空基地群は火と煙に包まれることになる。


『油断…だ。開戦以来の…いや、開戦前からの日本軍の防御的な動きを見ているうちに

いつのまにか彼らは合衆国に対しては積極的攻勢には出て来ないという錯覚に陥っていたのだ。

矛先はイギリス…インドに向かっているのではないかとさえ思わされていた……

日本がタイワンやトーキョーへの空襲に対して報復を公言していたにもかかわらずだ。

先日ニミッツ長官と話した時、もう少し突っ込んで考えるべきだった』



火と煙と轟音にさらされながら太平洋艦隊司令部に向かう車の中でスプルーアンス参謀長は

うめいた。昨夜は遅くまでフレッチャー少将、ミッチャー少将…本土の病院送りとなった

ハルゼーの後任…と今後の機動部隊運用について打ち合わせをして、ほとんど寝ていないが

眠気はきれいに消えていた。


『私の感じたあの…異質な精神…を含めて再度徹底的に日本軍を分析しなくては…』


スプルーアンスの精神はそこで永遠に動きを止めた…彼の乗った車に数十発の機銃弾を

撃ち込んだ四機の零戦が急上昇していく…オアフ島の空は日本軍機の跳梁するままであった。


「航空基地はどこも壊滅状態…まったく連絡がつかないところもあります。軍港は…」


「それはここから見えている。レイはまだこないのか…」


太平洋艦隊司令長官ニミッツ大将はともすれば崩れ落ちそうになる体を必死で支えながら

事態を把握しようと務めていた。


日本機は飛行場と空母を集中的に狙ったようだ。停泊していた三隻の空母『エンタープライズ』

『ホーネット』は十数発の五百キロ爆弾を受け猛火に包まれている。若干華奢な『ボーグ』は

中央部で二つに折れ前半分は横転している…浮揚修理など考えるだけ無駄であろう。


ニミッツが疑問に思うのは報告にあった敵機の侵入方向だ。それを信じるなら敵空母は

ハワイの東にいる…何故?

意外性からの奇襲効果?いや、確かに誰もが日本軍が攻めて来るなら西からとは思うだろうが、

どの方向であっても発見されずに攻撃圏内に接近できたとしたら、それだけで奇襲効果は充分だ。

移動距離が長くなるほど発見される可能性は高くなる…意外性と危険性を秤にかければ結果は

明らかだろう。


『異質な精神』か…レイならこの疑問に答えを見いだせるだろうか…


「サウスダコタ出航します!」


数発の命中弾を受けたが、まだ健在の戦艦が湾口に向かっている。

さしもの大規模な空襲もようやく終わろうとしている気配だ…いまのうちに回避が容易な

外洋にでようとしているのだろう。


戦闘機の機銃掃射を受けズタボロになったレーダーアンテナを見上げながらジェイソンが

毒づいている。


「ジャップめ好き放題しやがって。この仕返しは必ず…ん、なんて言ったフレディ?」


「悪夢はまだ終わってねえよ…あれを見な」


日本機が消えていった東の水平線の上にキラキラ光る点が見える…やがてそれは

視界一杯に広がる航空機の群れに形を変えて二人の頭上に迫って来た。

三百機からなる第二次攻撃隊がオアフ島をさらなる地獄に変えるため到着したのだ。


つづく




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