第五十六章『設定そのに』
1942年六月五日、史実ではそれまで無敵を誇っていた日本の第一航空艦隊…
南雲艦隊がミッドウエー島近海で米空母機動艦隊の奇襲攻撃を受けて壊滅、
幾多の軍事少年を身もだえさせ、妄想への道に踏み込ませることになるその日…
太平洋戦争のターニングポイントになったとされるその日…ハワイ、オアフ島の東北東
三百五十キロの洋上にそれは姿を現した。
当然のことながら、ハワイ以外の選択肢もあった…米本土、西海岸のあそこやここ、東海岸
ならあそことあそこ…航空機製造工場をつぶしたり、造船所を破壊して建造中の新型艦艇
もろとも熟練工を大量に抹殺するとか、人口密集地で十万単位の民間人を殺傷するとか…
それぞれ意義はあるけれど、ここでは時期尚早と判断した。
東海岸攻撃は、その後大西洋の通商路を脅かしつつ南下し、喜望峰を回ってインド洋を席巻、
シンガポールに至るというロマンに満ちたもので心ひかれるものがあるのだが…
この時点の大西洋での作戦はせっかく『無関係』を強調しているナチスドイツとの密約疑惑を
呼んでしまうので得策ではないということだ。
パナマ運河は割と早期に目標から外した。中立国船舶に被害が及んだ時の悪影響もあるし、
太平洋に回航する主力艦艇がまだ建造中のいま運河を破壊したとしても、アメリカに対する
直接のダメージは決定的なものとはならないだろうからである。
何より『ありがち』なことが気に入らない…ハワイ攻撃だって『ありがち』ではあるが、
少なくとも直接的ダメージは大きいはずなのだ。
その他…となると、副次的な目標ということになる。ハワイ攻撃の結果により『どこまで
いくか』が決まってくるだろう。
『魔王艦隊』…特設機動艦隊は十隻の空母、二隻の戦艦、八隻の巡洋艦、三十二隻の
駆逐艦、そして六隻の高速給油艦の五十八隻で構成されている。
空母は基本的に『翔鶴』級である。それに日本ではまだ実用化されていない油圧カタパルトを
装備させた。一隻あたりの単価は五億ポイント…新品ほやほやではなく、適度な慣熟訓練を
済ませ初期故障を解決した状態…という設定での価格である。十隻で五十億ポイント…さらに
日本領の外に出現させることで一割り増し…五十五億ポイントの消費ということになる。
鉄のかたまりを軍艦たらしめるためには、その船の扱いに習熟した…翔鶴級でいえば
艦長から機関員、飯炊きの水兵にいたるまで、約千七百名の乗組員を必要とする。
この人員の三年間分の給与、糧食、被服などの経費を含めたポイントは十隻で百十億ポイント
である。なんといっても人間以上に高いものはない…時間、経験というかけがえのないものが
含まれているから…
さらに、空母を空母たらしめるのが搭載機と搭乗員である。ここでは戦闘機はすべて零戦とした。
全搭載機九百の内、四百五十機が零戦で搭乗員の練度はすべてAとした。
この世界で制式化された空冷艦爆『彗星』が三百機、残る百五十が艦上攻撃機『流星改』である。
流星については注釈がいる…以前、九七式艦攻の後継機がある理由によって開発が遅れていることを
述べた。それは千八百馬力エンジンを積んだ攻撃機『天山』と、同じ出力ながらよりコンパクトな
新型エンジンを積み、急降下爆撃も可能な機体設計を持つ汎用攻撃機『流星』との綱引きが
あったからだ。開発速度…戦力化という面では天山であるが、中長期的な運用という点では流星に
軍配が上がる。戦況が多少の時間的余裕をもたらしたことから流星の開発に力をそそぐという
意見が大勢を占めている。
したがって、この世界での『流星』がどんなものになるかはわからない。魔王艦隊が搭載するのは
史実の誉エンジンを積んだ『流星改』である。五百キロ爆弾、または八百キロ航空魚雷を積み、
投弾後は五百五十キロ以上の高速で離脱が可能な機体である。
『彗星』『流星改』の搭乗員は半数がレベルA,残りがBプラス…である。
搭載機と搭乗員および航空機用燃料と弾薬の消費ポイントは十隻分で十五億四千万ポイント…
…で、空母にかかるポイントは総計百八十億四千万ということになる。
空母の艦名は、日清戦争の前にフランスで建造され日本に回航中行方不明になった『畝傍』とか
日露戦争で機雷に触れて沈没した『初瀬』『八島』のように、よろしからぬ終わり方を
したために日本海軍で使ってない名前にすることを考えたが、数が多くて埋めきれないので
東京の特別区を使うことにした。
旗艦『みなと』以下『すみだ』『めぐろ』『おおた』『しぶや』『なかの』『ねりま』
『としま』『あだち』『かつしか』…である。
さて、戦艦だが…これがけっこう迷うのだ。
アイオワ級の三十三ノットは魅力だが、四万五千トンの細長い艦体は長砲身…五十口径の
四十センチ主砲の発射の反動を吸収しきれず命中率が悪かったともいわれる。
貫通力を増すために大重量の弾頭を使用したから尚更だったのかもしれない。
また、戦局の流れからして六万トンの『モンタナ級』が建造されている可能性が高いから、
いずれにせよアイオワ級では力不足だ。
かといって、全長二百八十メートル、二十八ノット、四十センチ砲三連裝四基十二門の
モンタナ級にそれほど魅かれるものはない。なんだか全体的にだらっと『でかいだけ』という
感じがしてしまうのだ。
では史実の大和級か…弱点とされる十五.五センチ副砲を取り去って高角砲と対空機銃を
増設、機関を改良すれば速度も二十八、九ノットまで上がるかも…
だが、非装甲部分…特に艦首付近の弱点を改良するのは難事だし、四十六センチ主砲の
発射速度の遅さも問題だ。メンテナンスの面からも扱いにくい艦であることは確かである。
史上最大(重量)の戦艦というロマンは捨て難いが…学生時代のただ一度のスポーツ全国大会
出場がときとして、人の一生の支えになるように…
結局、この世界の大和級にすることにした。五万トン、三十一ノット、四十七口径四十センチ砲
九門はバランスがとれていて充分魅力的である。
『いせ』と『ひゅうが』は艦本体が一隻あたり一億六千五百万ポイント。
二千三百名の乗員が十五億四千万…
計三十四億一千万ポイントの消費である。
巡洋艦も史実の米海軍の最新鋭軽巡『クリーブランド級』や大戦中の最高傑作といわれる
『ボルチモア級』重巡などにも食指が動いたが、この世界の『阿賀野型』防空軽巡に統一
した。せっかくカスタマイズができるという設定になってるのに…という向きもあろうかとは
思うが、使い易さを考えるとどーしてもこうなってしまうのだ。
艦が八隻で三億五千二百万ポイント。
乗員が計五千六百名…四十四億ポイント
四十七億五千二百万ポイントかかる…けっこう高い。
艦名は椿にゆかりのある地名を適当につけた。
『しもきた』『かねこ』『いとう』『なかのぶ』『ふじみだい』『ゆたか』『はざわ』
『だいた』…艦名としてどうか、というものもあるがご容赦願いたい。
駆逐艦は十二隻が『秋月型』直衛艦で、『夕雲型』が二十隻である。
艦名は『あき1、2、3…』『ゆう1、2、3…」と大分手抜きになって来たが
これもご容赦願いたい。
『秋月型』は史実と違い雷装をしていない。二千八百トンの大柄な艦体に
連裝四基、八門の十二.七センチ高角砲を搭載している。雷装の分の余裕は
三十ミリ機関砲や対潜爆雷の充実に向けられた。
消費ポイントは『あき』が艦の分が二億六千四百万、乗員が三十億…
『ゆう』は艦が三億三千万、乗員分は三十八億五千万…
計七十四億四千四百万ポイントである。
軍艦は小型艦ほど艦本体および乗員のコストが高くなる。五万トンの戦艦を
建造運用する予算では、二千トンの駆逐艦二十五隻は全然まかなえないのである。
六隻の高速給油艦「ゆ1、2、3…』は一万トン、二十六ノット…以前日本に資源を
プレゼントしたとき出現させたものと同型艦であり、一隻あたり乗員込みで一億五千万…
領土外だから一億六千五百、六隻で九億九千万ポイントということになる。
総計三百四十六億三千六百万…おっと、大事なことを忘れていた…椿の分身である。
前の日露戦争の時もそうだったが、椿五十郎自体は内地にいて色々とやることがある…
だが、自ら戦地に行って指揮もしてみたいではないか。そこで意識を共有する
『椿五十一郎』を出現させ満州に派遣したのである。五十郎が死ぬとゲームオーバーだが、
分身が死ぬと残りの能力ポイントが半分に減るという設定になっている。
実際に五十一郎は奉天会戦で戦死してしまった…
今回は特設機動艦隊を率いる『椿五十二郎』を出現させた…九十九億ポイントを
消費してだ。めっちゃ高いが、戦争をより楽しむための『もう一人の自分』という
スペシャル・バージョンだからしかたがない。
全部で四百四十五億三千六百万ポイント
残は五百三十三億七千七百六十八万九千五百…まだ半分以上…あるぞ。
かくして!魔王椿が見守る中で十隻の空母から発進した戦爆連合四百二十機の第一次
攻撃隊は、西へ…ハワイ、オアフ島の真珠湾にむけて進撃を開始したのである。
つづく