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第五十三章『南斗水鳥拳…は関係ない』

米海軍の航海局長を務めていたニミッツは太平洋艦隊司令長官への就任を

打診されたとき一度は渋った。人事に明るいニミッツは自分が長官になるなら参謀長には

冷静沈着ながら果断な一面ももち、将来の司令長官候補といわれるレイモンド・スプルーアンス

少将が必要と考えていた…そのスプルーアンスは巡洋艦隊の指揮官としてギルバート諸島で

日本艦隊と戦い、一時は損傷した乗艦とともに消息がわからなくなっていたことがニミッツを

躊躇させたのだ。


結局スプルーアンスは無事が確認され、長官就任とともに大将に昇進したニミッツのもと、

ここハワイで参謀長を務めている。


「平均して、命中魚雷の半数が不発とは…潜水艦の艦長達が怒るのも無理はないですね」


「私は元は潜水艦乗りだからよくわかるが、攻撃位置に着くまでの苦労は並大抵の

ものじゃない。そのあげくにこの結果ではな…」


建造中の水上艦の数が揃うまで、米海軍に残された攻撃手段は潜水艦による通商破壊戦

しかない。しかし、その主兵器たる魚雷がとんでもない欠陥品だったのだ。


『磁気感知魚雷』と呼ばれるそれは、敵艦の磁気を感知して艦底で爆発するという

必殺兵器のはずだった。…が、秘密兵器にありがちな検証の不足から不発弾が続出していた。

当時の魚雷は後の世でいえばミサイルのような超高価なハイテク兵器であり、いかに

金持ち国家アメリカといえど実弾訓練などめったにしなかった。また、海軍全体でいえば

砲力を重視して、『弱者の兵器』とされる魚雷にはそれほど真剣に取り組んで来なかった

結果であるともいえる。


当初軍の上層部、特に開発部局では艦長達の苦情を『運用のまずさを糊塗するもの』として

切って捨てていた。責任逃れの官僚的体質は国を問わずに存在するものらしいが、ようやく

ここに来て対策がとられようとしていた。ドウリトル空襲の折に潜水艦の雷撃を受けて

損傷した空母『飛鷹』は命中魚雷が全部『ちゃんと爆発』していたら、おそらく沈んで

いただろう。


「潜水艦隊の損害も無視できないレベルですね。開戦以来すでに二十四隻…週に一隻が

消息を絶っています。記録を見ると、ここ数週間では日本本土の近海で航空機の

接触を受けたという報告のあとで連絡が途絶えた艦が数隻あるのが気になります」


「日本軍の対潜能力は戦前の予想よりかなり高いようだ。科学技術などで我が国の優越は

私も信じているが…未だに日本人を野蛮視する風潮があるのは困ったものだ」


「長官…実戦部隊の参謀長として、今更こんな疑問を持つのはどうかとも思いますが…

私はこの戦争における日本軍に何か不可思議なものを感じているんです」


「どういうことだね、レイ…日本軍が日本軍らしくない…ということかな」


「いや、例えば…わが政府が言うほど日本が侵略的、攻撃的でないというのは理解できます。

あの国の軍事ドクトリンは防御重視で、特に海軍はその方針に基づいて建艦や編成が

なされているはずです。戦争前にマーシャル諸島を放棄したのもドクトリンに沿ったもの

でしょう」


「では、非常にらしい…ということになるが?」


「彼らは戦争…終結のデザインをどう描いているのでしょうか。我が海軍の戦備が整うのを

手をこまねいて待ってるように見えるのですが」


「人間は先例…特に成功例には拘束される。日本はツシマとギルバートで大成功をおさめて

いるからね…もしも再建された太平洋艦隊がギルバートと同じような運命に陥ったら、

合衆国国民に厭戦気分が起こると期待しているのかもしれんな。少々甘い考えだとは思うが

理にはかなっているだろう」


「日本…軍のこれまでの動きはそのすべてが理にかなっている…少なくともそのように見える

ことは確かです。ですが…私はなぜかそこに『異質な精神』とでもいうようなものを感じて

しまうのです。そいつに我が軍…いや、ひょっとしたら日本さえも引きずられているんじゃ

ないかという気さえすることもあります」


「………」


会話は副官の声で中断された。


「エンタープライズが入港します」


ハルゼーは東京空襲の後、大西洋から回航されたボーグを加えた三隻の空母を率いて

太平洋を暴れ回っていた。日本軍の撹乱が目的であるため、防備の薄いとされる島嶼の基地に

一撃をかけては高速を利して逃げ去る…ヒット・アンド・アウェーの遊撃戦である。


日本の輸送路を脅かす意味も大きいし、実戦に参加したパイロットの練度向上も著しい

ものがあった。度重なる『戦果』が大々的に報道されたハルゼーは一躍、英雄の名を

欲しいままにしていた。


今回もマーカス(南鳥島)を空襲してから日本軍占領下のグアムを偵察するなどして

無事帰還して来た…が、司令部に報告に来たハルゼーは立っていることもままならないような

病人であった。過労と皮膚病がしばらくの間ハルゼーを表舞台から去らすことになる。


担架に乗せられたハルゼーが言った。


「パールに入る前にジャップの潜水艦を一隻地獄に送り込んでやったぜ。まだウジャウジャ

いるようだがな…」


ニミッツとスプルーアンスの日本についての会話はそれきりになったが、ニミッツは

ずっと後までその会話を思い出すことになるのである。


つづく


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