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第四十七章『ハルゼーの贈り物…3』

十六機のBー25は一団となったまま高度五千を時速四百キロで北上した。


椿の知識にある名古屋や神戸攻撃のための分派はない。横須賀、東京を航過しつつ

適宜な目標を爆撃、そのまま本州を横断して日本海に抜けウラジオストックをめざす。


日米戦には中立のソ連領に降りれば、国際法上は抑留されることになるが、そこは

米英の援助でドイツと戦っているソ連だからどうとでもなる。機体はくれてやっても

パイロット達は英雄として凱旋できる…という目論見である。


機位を保つため東京への針路に連なる諸島を目印に飛ぶ。島の守備隊に発見される

危険はあるが、どうせ艦隊が発見された時点で奇襲の可能性はなくなっている。

いまは正確に早く日本本土に着くことが先決だ…今日の夕方まで発見されなかったら

夜間爆撃ということもできたが…細かい目標が設定されているわけではないのだから…


八丈島の監視哨から『敵は双発、双尾翼の大型機』との報告がはいったとき、防空隊司令部は

一応の落ち着きを持ってそれを受け止めた。佐々木中佐が椿との電話の内容をメンバーに

伝えてあったからだ。だが、その先は…


「敵機の速度は五百キロ近いらしい…東京まであと一時間ほどだな」


「各基地への出撃命令はいつ出しましょう。電探の探知範囲は八十から百キロという

ところですから、それからだと間に合わないかも」


「敵の針路からして、相模灘から東京湾口で待ち受けないと陸地への侵入を許すことに

なってしまうな」


「羽田への移転を急ぐべきだった。本土防空は前線指揮だ…霞ヶ関にいたんでは

ろくな働きができん」


苦渋に満ちた表情で黒板に書かれた情報をにらんでいた塚原本部長がうめくように言った。


「出撃命令を出そう。指揮は各基地に任せるしかない」


新型機には何とか使い物になる機上無線が載せてある。あとからできるだけの情報を

伝えて適切な位置に誘導できれば…


この日、防空隊司令部の管轄下で稼働状態にあった戦闘機は零戦十二機、旧式の九五戦八機、

陸軍の屠龍十六機、隼八機、旧式機九六戦が五機…の五十機あまりであった。

厚木基地には新品の雷電が十六機もあったが転換訓練がまだで…というより搭乗員の

異動待ちで飛ばせない。月光も夜戦用の新装備『斜め銃』の調整に手間取り使えない状態…


B25は伊豆大島の辺りでいくつかの編隊に分かれて北上した。日本側の混乱を誘うためと

できるだけ広範囲に攻撃を加えるためであり、これはまんまと図に当たった。

房総半島、三浦半島に設置された電探は距離七十キロで敵編隊を捉えたものの、

主目的を図りかねて戦闘機隊に的確な誘導ができないでいた。

平塚、横須賀に敵機襲来…その度に後追いで駆けつけた戦闘機隊は敵機を捉えられない。


最初の戦果は眼が多い…機数が多く複座の屠龍隊があげた。東京湾を北上するB25の四機編隊を

発見した十六機の屠龍はやや上空から急降下して攻撃…一方的な虐殺であった。

機首に装備された四門の二十ミリ機関砲の威力は絶大で、二機から相次いで命中弾を受けた

B25は主翼が根元からちぎれとんだ。他の三機も同様の運命をたどり、すべて東京湾の海面に

落下していった。


単機で飛んでいるB25を見つけたのは九六戦の部隊だったが、五機で攻撃をかけたにも

かかわらず、なかなか落とせない。12.7ミリ二挺の非力さもさることながら、全機が初陣で

距離感を誤り命中弾がでないのだ。ようやく一機が距離をつめ至近から撃ち込んでエンジンに

煙を吐かせたが、自分も旋回機銃の銃弾を浴びてしまった。そのままB25の尾部に激突、

もつれあうように落下した先は、住宅や小さな町工場が密集した東京の下町であった。


まだ投下していなかった爆弾と、二機の燃料の発火により四百以上の家屋が被災し

死者百二十、負傷者三百以上という大惨事を引き起こすことになってしまった。


横須賀の基地には四機が投弾、実質的な被害は資材倉庫二棟の全壊だけだったが、

大型艦用のドックの側に落ちた二百五十キロ爆弾は、少しずれたら建造中の翔鶴型空母

『葛城』に命中するところで関係者の肝を冷やした。


平塚では住宅五棟が全半壊したが軽傷者数名で済んだのは幸いだった。しかし、東京の大森では

中学校が被弾、生徒に十名の死者を含む百名以上の死傷を出していた。

『兵舎のような建造物』を攻撃した三機を率いていたのはドウリトルの乗る機体だった。


「首都だというのに思ったより防備は手薄だな。高射砲もあまり配備されてないようだし、

これがジャップの実力か…いずれ戦略爆撃が可能になれば全土を灰にしてやれそうだ。

さあ、挨拶はこれぐらいにして全速で北へ向かうぞ」


「後方五時の方角に敵機!四機編隊」


その日本機はおそろしい速さで迫って来た。


「閣下、あそこを!!」


遠藤中尉の声に椿が見上げた先をオリーブグリーンに塗られた二機の双発機が飛んでいる。

識別マークまでは見えないが、B25ミッチェルに間違いない。初めて肉眼で見る敵機…

見える形と動きからして真上には来ないとわかったが体が動かない…椿は軍人でもなんでもない

ただのおやじなのだから。椿の周りにぱっと人垣をつくった護衛小隊の将兵達が…じっさいに

爆撃を受けたら効果はないにせよ…めちゃ頼もしく思える。


平成の世にいた頃、低空を飛ぶセスナやヘリコプターを見かけると『対空戦闘!』などと

頭の中でやっていたものだが…口に出してやるといろんな意味でアブナイので…

『敵機』を目の当たりにした恐ろしさは、椿をして『二度とこのようなことは繰り返さない』

…不祥事を起こした企業や役所のお詫び会見における常套句ような決意をさせるのであった。


小便漏らさなくてよかった〜…とも思うのであった。


遠ざかるB25の後方から銀翼をきらめかせた機体が急接近したかと思うと、B25の翼から煙が

吹き出し、そのまま高度を落としていく。


「中佐、二番機もやられました」


「く…データにはなかった機体だ…ジャップの新型機と鉢合わせしたようだな」


「来ます!!」


だが、その日本機は一連射しただけで反転していった。

陸軍の新鋭機、立川飛行機で開発された二式戦『飛燕』は試作試験の最終段階にあった。

優れた機体設計と千四百馬力の空冷エンジンにより最高速度は六百二十キロに達する。

やや長めの機首と、視界の良い涙滴型の風防を持つスタイルは水冷エンジンなのに

空冷のようなカウリング形状をしたドイツのフォッケウルフ戦闘機を思わせた。

…史実の飛燕はメッサー・シュミットに似ていたが…

六挺の12.7ミリを装備し、対戦闘機、対爆撃機のいずれにも活躍が期待されている。


空襲警報を受け、独自の判断で『実戦訓練』に飛び立った四機の飛燕は、試験飛行を

担当するベテランパイロットが操縦するだけあって、遭遇した三機のB25のうち二機を

たちまち撃墜した。だが、緊急のことで燃料も銃弾もわずかしか積んでいなかったため

最後の一機にとどめをさすことはできなかったのだ。


「…何発か食らいましたがなんとか飛べます。ただ退避機動でだいぶ燃料を消費して

しまいましたが…」


結局、ウラジオストック近傍にたどり着きソ連に抑留されたB25は一機だけだった。

もう一機は不時着に失敗して大破、乗員全員が死亡した。

日本で撃墜が確認されたのは七機であったから、残る七機は日本海で消息を絶ったと

考えられる。被弾の損傷に耐えられなかったか燃料切れを起こしたものであろう。

ドウリトルの乗機もその行方不明機の中に入っていた。


損耗率九十四パーセントの結果であったがアメリカは『エンペラーの頭上を脅かした

英雄的作戦』の成果を大々的にアッピールした。

もっとも、英雄達の帰還はすんなりとはいかなかった。ソ連は日本との不可侵条約締結を

外交的勝利として内外に宣伝したばかりであり、抑留した米兵をただちに返還することは

できなかったのだ。


日本は破壊された中学校の写真付きで『またも児童殺傷をねらった米軍の蛮行』を

…おもに外に向かって…うったえた。台湾空襲のときと同様、米本土に対する報復をほのめかす

ことも忘れなかったが…


第六航空戦隊はハルゼー艦隊とやり合うことはなかった。六航戦は敵が北上すると思って

動いたし、ハルゼーは一目散にハワイに向かったから接触しなかったのである。


だが、訓練途上の六航戦は思わぬ伏兵に脚をすくわれた。潜水艦『ソール・フィッシュ』の

雷撃を受けたのだ。対潜戦闘の訓練も不十分だったし緊急事態にあがってもいたのだろう、

空母飛鷹に三本が命中…二本が不発だったが…結果的にかばう形になった秋月型直衛艦

『凉月』が一本食らって艦首を吹き飛ばされた。両艦とも沈没は免れたが就役して即ドックに

入ることになってしまった。そのドックは『南太平洋海戦』の損傷艦で埋まっているというのに…


首都空襲を許した責任問題は当然のことに発生した。防空隊司令部長官の塚原中将は

辞意をあらわしたが、端緒についたばかりの防空システムを改善してからでも遅くはないと

いうことで慰留された。代わりに及川古志郎海相が辞任、嶋田繁太郎大将があとを継ぐことに

なった。


一部には東条陸相の責を問う声もあったが、意見を求められた椿の『本土が空襲を

受けたからといって、やたらとクビを切っていたら戦争が終わるまでには将官がいなくなる

かもしれませんよ』という、聞きようによっては恐ろしい助言によって沙汰やみとなった。


「これまで筑波への移転を渋っていた官庁や大学から問い合わせが急増しています」


現金であるといえばそれまでだが、首都にあることの利便と危険をはかりにかけた組織が

動き出す。


「疎開に応じようという企業も増えてきました。これまで政府の要請にもほとんど

色よい返事をしなかったんですがね」


椿は総連を通じて日本列島…とまではいかなくても、首都圏改造計画を提唱していた。

一極集中による弊害を防ぐには戦争は良い機会なのだ。


御上の決定をごり押しすることが良くないことは充分承知しているが、個人のエゴに

東西冷戦の影響から『反政府を売り物にした勢力』が加わり、それに便乗した『半非合法組織』…

『ぼ』とか『や』とかがつく者たちによってひき起こされた超非効率な都市政策をたっぷり

見て来た椿である。


この際、幅員百メートルの環状道路の建設をはじめとする、今後半世紀をにらんだ政策を

実行しておこう…そう考える『魔王』椿にとって今度の空襲はドウリトル…いや、ハルゼーからの

またとない贈り物になったかもしれない。


つづく









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