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第四十六章『ハルゼーの贈り物…2』

エンペラーのお膝元に爆弾を落として日本人の度肝を抜いてやろう…

この計画を発案したのは陸軍航空隊のドウリトルという中佐だった。


戦前は飛行機競技で名を馳せた男で、大向こう受けするのが大好きである。

彼のもくろみでは、開戦劈頭におこなって日本軍の戦意をくじき、あわせて全米の

拍手喝采を浴びるというものであった。


当初陸軍上層部では、楽しいが実現不可能なヨタ話としてコーヒータイムの

会話のネタにしていたにすぎない。開戦後、ルーズベルトから早急に『華やかな勝利』を

求められたマーシャル陸軍大将が、つい漏らしてしまったことから強引に計画を進めざるを

得なくなったのだ。


検討を重ねると、それほど無謀というわけでもないことがわかってくる。

艦載機の攻撃範囲…いって、戦って、帰ってくる…五百キロ圏に踏み込むのは

確かに危険が大きすぎる。捕捉されたら艦隊が無事に済むとはとても思えない…が、

一千キロから発進させ空母は即時反転離脱させればどうだろう。

発艦した機は攻撃終了後に空母に戻ることなく『日本以外』に降りる…


それを可能にする機体として選ばれたのが、陸軍の中型爆撃機『B25-ミッチェル』である。

爆弾の搭載量を減らし、その分燃料タンクを増設する。さらには防御用の機銃まで減らして

機体を軽くすることで航続距離を伸ばす。


残る問題は、空母から双発の中型爆撃機が発艦できるか…だったが、ドウリトル以下の

クルーは地上に描いた飛行甲板で訓練した後、実際にホーネットから飛び立ってみせたのだ。


そして、ハルゼーはここまでやって来た。

十六機…全機が無事に飛び立ち北に向かうのを、エンタープライズの艦橋で見届けた

ハルゼーは全艦隊に命令した。


「進路変更! 全速で北東へ向かう。逃げるんじゃないぞ、ジャップの船に出会ったら

戦艦だろうとジャンクだろうと、海の底に叩き込んでやるからな!!」


…東京はまだ静かであった。

ラジオは臨時ニュースを流していたが、『小笠原諸島の海域に航空母艦を含む米艦隊が

発見された。関東地方に空襲が行われる可能性があるので警戒を要する。これは演習にあらず』

という、間違いではないが緊迫感に欠けるものであった。しかも、発見からすでに

二時間以上もたっているのだ。


椿になにかいわれるまでもなく日本政府、軍部は空襲の危険性については認識していた。

ドイツ空軍のロンドン空襲や、英空軍のドイツ本土夜間爆撃についても情報は得ていたが、

残念ながら知識や認識、情報といったものが即生かされるとは限らない。

具体的なイメージ…椿が見ていたような、史実の『東京大空襲』による焼け野原や

黒こげの死体の写真などがないこの時点では無理のないことかもしれないが…



出版社に手を回して、海野十三や横溝正史といった作家に空襲を扱った『架空戦記』を

書かせたり、政府や軍部の『談話』という形で情報を流し啓発に務めたりもしていた。

東条陸相の年頭の演説には椿も少しだけ口を出してあった。


「航空機の発達により、四方を海に囲まれた我が国といえど空襲の危険は常に存在するので

あります。聞くところによれば、昨日北海道の北にいた航空母艦は今日は九州鹿児島を

攻撃することが可能ということです。もちろん、帝国陸海軍は防衛に全力を傾注すること

言を待ちませんが、すべてを防ぎきることは不可能であります。彼のドイツですら

ゲーリング空軍大臣が『我が領土にただ一機の敵機も侵入させることなし』と発言した

結果、面目を大いに失してしまったのです。国民諸子におかれてはこの事実をふまえ

防空体制の構築に協力を望むこと切であります」


具体的に何をどう協力すればいいのかは不明だが、脅威の存在だけはよくわかっただろう。

この時代の一般の日本人にとり、北海道から九州までというのはほとんど天文学的な距離だった。

ともかく、おそろしく遠いところから短時間の内に襲いかかってくる脅威…それを本当に実感

できたのは開戦劈頭、フィリピンからB17の空襲を受けた台湾の高雄周辺の住民だけだったかも

しれないが…

その実感のなさが、ごく一部を除き日本側の対応を後手後手に回らせていたのだ。


椿の護衛小隊が隊長の八木隆大尉のもと整列をしている。


「八木大尉…本日、東京を始め関東各地が米軍機の空襲を受ける可能性が高い。

もしもこの近辺で被害が出た場合は被災者の救助にあたってもらうから

準備をしておいて欲しい」


「はっ、医薬品と土木工具は整えてあります。…ですが閣下、申し訳ありませんが

かねてお申し付けのあった防空壕は未だ完成にいたっておりません」


「予定はまだ先だったからね、八木君。さっき見せてもらったが充分な進行具合だ。

よくやってくれた」


「あ、有り難うございます」


武家屋敷跡だった椿の家の敷地内には築山があり、それを利用して防空壕を造らせていた。

十畳ほどの内部をコンクリートで固め、電線も引き込んだけっこう本格的なもので、

それだけに時間もかかったのだろう…まだ内装や出入り口の扉付近は手つかずだった。


「とりあえず水を運び込んで、出入り口は土嚢で補強しておいてほしい。

警報が出たらセツとサチを中に避難させるようにね」


ちょうど握り飯とみそ汁を運んで来た二人を見ながらそういったとき、高倉青年が表から

走って来た。


「総連からの車が参りましたが、直前でパンクしたとかでしばらく待って欲しいと…」


舗装されてない道路、品質も悪いのだろう…昭和四十年代頃までのタイヤはよくパンクした

ものだ。


「ちょうどいい、その間に朝食を済ませる」


握り飯とみそ汁を交互に流し込みながら、作業に取りかかっている兵士達を見る。


『ん〜、造らせたのはいいが、やっぱり入りたくないなあ』


椿は閉所恐怖症気味であるのだ。『生き埋め』とか想像するだけでドキドキするし、

ポーランド映画『地下水道』を観たときはすっごく気分が悪くなったものである。

子供の頃、近所の防空壕跡に探検に連れて行かれたときなど入り口から二メートルも

入ると脚がすくんで動けなくなった。


電話番をしていた副官、遠藤中尉が駆け寄って来た。


「横須賀が空襲を受けたとのことです。関東全域に警報が発令されました」


一般市民に警報を知らせるサイレンはまだ鳴らない。ドウリトルは日本の防空システムの

不備を徹底的にさらけ出させてくれそうだ。


遠く爆発音が聞こえる。対空砲火かそれとも…


花火の音もそうだが、爆発音はかなり遠くまで届く。椿が小学生のとき神奈川県横浜市で

火薬を積んだトラックが爆発事故を起こしたことがあった。その爆音は東京の品川区で充分

聞こえたのだ。


「閣下、壕にお入り下さい!」


『入りたくねー』


「いや、まずはセツ達だ。今回は本格的な大空襲ではないし、できれば米軍機を

この目で見たいじゃないか」


史実と同じならB25は十六機だ。その内関東地方に来るのは十二機…見ることができる

可能性はほとんどないだろうが……ん、あれはひょっとしてエンジン音??…おいおい…


椿はこれまで何度となく『ゴジラの夢』を見ている。遥かに遠い町並みの上を横に

移動していたゴジラは必ず…必ず!方向を換えて自分の方へ進んでくるのだ。

必死で走って逃げながら、いまにも背後から放射能の火を吐かれそうなのを感じる。

と〜っても怖い……


つづく











初めての小説だった前作『三丁目の艦隊』を四十七部分で終わらせたときは、ずいぶん長く書いたなあ…と思ったものでした。本作もそこまで来ましたが、戦争はまだ始まったばかりです。一体どうなるのか…作者と一緒に気長に構えて下さい。

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